フランク王国

481 フランク王国創始(メロビング朝)
496 アタナシウス派に改宗
534 ブルグンド王国併合
732 トゥール・ポワティエの戦いで宮宰カールマルテルがイスラムを撃破
751 カールマルテルの子、ピピンがカロリング朝創始
800 カール大帝、レオ3世から加冠され西ローマ皇帝となる
843 ベルダン条約で西・東・中部に分裂
870 メルセン条約で中部フランクを再分割

フン族(エフタル、白フン)の進入により、ヨーロッパ各地に移住したゲルマン人は各地に王国を築いたけど、長く続いたのはフランク王国のみでした。
一般に言われている原因は、フランク族の移動距離の短さです。
その他に、フランク王国の開祖クロービスは、カトリックの支持するアタナシウス派キリスト教に改宗し、ローマ教会と密接な関係を持ち被征服民を体制に組み込みやすくした事があげられます(他のゲルマン人はアリウス派をを信じていた)。
フランク王国はベルダン条約とメルセン条約の分割を経て、フランス・ドイツ・イタリアとなります。
またイギリスのアングロサクソンやバイキングのノルマン人もゲルマン人の一派です。




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