ONE OF US
TALK ABOUT ANYTHINGS.


端的化が進む                  佐藤 01/7/10
最近イベントの主催のことを考えながら、
一つ思ったことがありました。
それは物事の価値が本来の姿から一歩づつ
離れているのが今の世の中なんじゃないだろうかと
言うことです。

例えば、腹が減ったら飯を食う。
当たり前のことですね。
むかしは腹が減ることから始まって、
行きたいレストランや食べたい食事を
選んで“食べる席”へ出向いていたと思うんです。
でも今は空腹や欲求に関係無く、情報が飛び込んできます。
雑誌を見てもテレビを見ても、仕掛けとして
欲求を刺激するものがあります。
雑誌・テレビはまだいい方で携帯はもっとひどいですね。
何処にいても自分の居場所を主張しているようなもので
Eメールなんか最悪ですね。知りたくも無い情報を
どんどんどんどん詰め込んでくる。
僕はまだ運良くそれを拒む術を知っていますが、
それが普通になったときに生まれてきた今の
子供達は可哀相に思います。
無いところから始まったより、有るところから始まっているから
なくすことが出来ないんですね。

話がそれましたが、要は今の世の中はそう言う仕掛けに
力が注がれているように思います。
だからHPでもその内容如何よりも、派手な見せ方や
バナーの有効性を問うばかり。
伝えたい事よりも1クリックがお金になるなんて
冷静に考えると信じられません。
受け取ったメールを転送して、誰かと誰かが恋を
するなんて、何か間違っているような気がします。
それが生業になって収入を得る人がいると思うと
改めて驚かされます。
誰かが食べたいと思ったことよりも、
何とかして食わしてやろう。まずくてもうまく見せよう。
気がつけば刷り込みをばっちり入れられ、
空腹なんかどうでも良くなっている。

自分もメディアに関わりながら、誰かに何かを
主張して、その責任の一端を負っていると思うと、
軽いため息をついてしまいます。
だから、自分の思うことの半分でも人に
伝われば有り難いですね。



大橋川拡幅工事のその後の動き                  佐藤 01/7/10
まだ具体的なアクションについて全く進んでおりませんが、
今、分かっている現状をお伝え致します。

県庁詰めの新聞記者の友人に聞きましたところ、
調査測量について反対姿勢にあった米子市・境港市・鳥取県側と合意が
なされたようです。しかし条件付で。

まず調査測量について説明しますと、
川幅をどの位、どう開削するかと言うことと
宍道湖・大橋川・中海にどのくらい汚濁影響を与えるかを
調べる作業です。
この事は工事を進める上ではもちろん必要なんでしょうが、
あとづけの言い訳探しのようなものだと思います。
何をどう調べたかも伝えずに
「水質汚染の心配はありません。むしろ洪水の方が
問題です。」
こう言うことを言い出すことでしょう。

次に条件合意の条件なんですが、
鳥取県側が危惧しているのは、大橋川拡幅による
中海の水量の変動です。川幅が広がれば、
下流に水量が流れ込むわけです。それによって、
中海の水位が増すわけです。そうなれば、何がしかの
変化が中海の産業に影響を与えるようになるでしょう。
分かり易いところでは水産業は長年自然によって維持されてきた
水位が変われば、プラスに働く物事はありません。
(中浦水門があるため、自然によってませんが)

そこで鳥取県側は拡幅をした場合に中浦水門を
開くように要求しています。
更に本庄工区の埋め立てを中止するように求めています。
中海の水位が上がれば、埋め立てても
埋立地は水に浸かりますからね。

これだけ見ても分かるとおりに
拡幅工事のする必要性は無いのです。

これとは全く違う意見も聞きました。
県庁に知り合いがいる友人によれば、
工事はもう決定しているそうなんです。
お金はもう実際に動いていて、旧体制の癒着が
諸に実権を握っているようです。
端的に見ても、某山陰大手の新聞社には拡幅工事の
詳細を示す記事は一切載っていません。
15年着工を目途に事は運んでいるそうです。

また現状がわかり次第お伝えします。
そのときには具体的アクションの提案が一つでも
出来るようにがんばります。
この件はまた次回に。


大橋川拡幅工事                         佐藤 01/6/18
何処からお伝えしたらいいものか。
私,生まれも育ちも島根県は松江市になるわけですが、
生まれ育った松江を非常に愛しております。
最近、は仕事柄こう言った音楽情報の提供に
一役買っておりますが、具体的に松江の為に
何か出来たと言う想いは残念ながらありません。
たまに考えます。何かをしてあげられればと。
住み良いことには感謝してますが、時々は
古い封建的な体制に嫌気も指します。

この度も例に漏れず、大橋川拡幅という、かねてからの
旧体制な政治事件が勃発しそうになっています。
大橋川拡幅について簡単なご説明を致します。

小泉内閣発足後、行政改革が叫ばれていますが、
超ド田舎な松江の行政はいまいちピンと来ていません。
ゼネコン気質たっぷりに相変わらず土建屋と政治家が
べったり腕を組んでおります。
今回持ち上がった大橋川拡幅も実は30年前に
端を発した、宍道湖洪水にあります。
30年前たった一度の洪水の為に、今更洪水対策の為に
川幅を拡張する工事を推し進めようとしています。
宍道湖より川幅両端20メートルづつ拡張しようと言うもので、
近隣の立ち退きはもちろん、環境破壊、水質汚濁は一切
考えられておりません。なにより税金の無駄!!
もっと言えば、行くところにしかお金は行かないのです。
もう、すでに多額の財源は動いています。
30年前の洪水の為に今更何が出来ましょうか。
少なくとも僕が生まれて27年間、洪水にあった試しがありません。
行政改革、旧体制からの逸脱ですから、
もう必要ない工事なんです。
それを今更になって慌てて、工事を推し進めようと言う訳です。
実にナンセンスの一言。

僕は今、音楽を通して政治に働きかけるべきだと思います。
何がしかの形で音楽の力を信じたいと思っています。
大きなイベントを起こして反対の署名を募れればと思います。
そのときには皆さんの力を貸してください。
また、追ってこのことはお伝えしていこうと思います。
よろしくお願いします。

追伸、このあきれ果てた憤りの一部でも皆さんに
届けばと思います。


レイモンド・チャンドラー                         佐藤 01/5/21
まあ、なんと半年ぶりのコラムです。半年も経つと私なりにも成長がありまして、
テーマも大それてチャンドラーです。

この半年の間の大きな収穫といえば、さる紳士との出会いがあります。
細かくはお伝えしませんが、私はその方に大変お世話になり、
いろいろなことを教えていただきました。
簡単に言うと“男とは”と言ったところでしょうか。
せめて20年後には大人の男、紳士でいたいと思います。

紳士とは果たしていかなる紳士かと言いますと、
チャンドラーの小説に出てくるような紳士であります。
至って寡黙。必要なこと以外は言わない。
かと言ってしらけているわけでもなく、品性をわきまえたクール。
誰と接するにも度ゑお過ぎない。
そんな男でいたいなあ。

話はそれますが、チャンドラーとの出会いは
創刊したての所ジョージの監修する雑誌“LIGHTNING”から。
男の選ぶこの一冊みたいなコーナーで取り上げられていました。
編集の誰かが紹介していて、彼の紹介文はこんな感じでした。
「中学生からの愛読書で、男とはこうありたいと言うことを教えてくれる。
未だに手放せない。」
私が若干19歳くらいでしたが、なるほど今になって納得できます。
27歳の今改めて再読していますが、
ホント男とはこうありたいが詰まっています。

レイモンド・チャンドラーの“長いお別れ”
お勧めです。

追伸、カクテル“ギムレット”にまつわる挿話はあまりにも有名!!


PARAPARA                         佐藤 00/11/21
PARAPARA PARTYを目の当たりにしました。特に否定をしようとは
思いませんが、率直な感想をお伝えしたいと思います。
一言で言えば悲しくなりました。切なくなりました。
感想はほぼそれだけです。

なぜ悲しくなったか。

それは、決め事に率先して従う姿勢と、あの踊る人達の無表情。
誰一人として疑問も持たずに聞こえる音に機械的に手足を動かすだけなのです。
あれが人間であろうはずがない、人の取る行動とは思えなかったのです。
もしPARAPARAを愛してやまないのなら、
もっと楽しく踊っているはずではないでしょうか。
決め事を破ってでも新しい踊りを作ろうと思うのではないでしょうか。

価値観を押し付けようとは思いませんが、
人はあそこまでメディアの虜になれるものなのかと思い、
ひたすら悲しくなりました。自己主張がなさ過ぎる。
歴史は独裁者を要求したのです。


自転車                         佐藤 00/11/17
私は最近自転車に乗っています。深い理由はありません。
ただ、移動の多い私にとってガソリン代や駐車代はバカバカしく
思えるのです。交通手段としては必要なこととは言え、
虚しく消費していくだけのガソリンと、畳二畳足らずの空間に
お金を費やすことが無駄に思えるのです。
そこで私は自転車に乗っています。
ここ2日は雨に祟られていますが、実に快適。
見える景色の心地よいこと。日ごろ素通りして見落としている景色や
すれ違う人の姿形が良く見え、何よりどこにでも止まれる。
さらに良いのは宣伝活動に活かせること。
フライヤーをもって走れば、
道行く人にすかさず手渡すことができます。
会話もできれば、顔も覚えてもらえる。正にいいことだらけ。
身体が軽くなったような気がします。

沢木耕太郎の“深夜特急”にあった表現のように、
身の周りの物から開放されることによって
私はまた少し自由になった気がします。

お金のいらない最近の楽しみ、
8月に阿蘇で買ったランドセルを背負って
チャリンコに跨る。


軽薄な価値観                         佐藤 00/11/13
先日、ある洋服屋さんのオーナーとお話をしました。
今ごろは過去に例を見ないほど価値観が軽薄になっていると言う事についてです。
私は音楽もファッションに終始しているのではと言ったら、
(別に服に例えた訳ではないが)オーナーは服も同じと言われました。
物事に目が利かないのはもちろん、誰かの真似をすることに、今の若い人は
一生懸命だと。自己流とか自分らしさとか、見つけることは簡単ではありません。
そうであるのが理想なんですが、見つけることを目標に何にでも触れて見るべきだと
思うのです。

日々音楽に関わるイベントをやっていると、一様に聞かれるのが
「今日のバンドはどんなジャンル?」「DJは何系?」
ほぼこれが大半です。

どんなジャンルでもいいものはあります。
お客さんであるとは言え、常に受け手になって与えられるのを待つのではなく、
積極的に出逢いや触れ合うことをするべきだと思います。
せめて専門にならなくても、流行らないものは悪いとか
ダサいとか、与えられた価値基準に照らし合わせない方が良いです。
メディアの虜になって借り物の威厳を纏うことが、
軽薄な価値観を産んでいるのではないでしょうか。
分からないことや知らないことを否定から入るのは止めよう。


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