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法政大学HDS弁論部
中 宣昭
目次
はじめに
第T章 競技弁論大会とは
1. 弁論とは
2. 競技弁論とは
3.競技弁論大会全般のおけるルール
1)形式
2)時間について
3)審査
4)分野・テーマ
5)野次について
第U章 競技弁論の構成
1.競技弁論の構成過程
1)弁論の構成過程
2)競技弁論の構成過程
2.競技弁論の主な技術構成
1)競技弁論で使われる技術の3種
2)エートスによっての説得
3)パトスによる説得
4)言論が証明を与える説得
第V章 事前準備
1.事前準備
1)分野・テーマを決める
2)調べる
3)解決策を模索する
4)解決策を見直す
第W章 原稿を書く
1.配置
1)配置とは
2)競技弁論での配置
2.原稿を書く
1)原稿を書く際の基本姿勢
2)原稿を彩る文彩
3.演題を決める
1)演題の重要性
2)演題を決めるために
第X章 演練
1.演練とは
1)演練とは
2)演練の目的
2.礼儀
1)礼儀の重要性
2)礼の場所
3.あがりを防ぐ
1)あがりの影響
2)あがりの対処法
4.野次
1)野次とは
2)野次に類する技術
5.声調・態度
1)声調・態度の重要性
2)声調・態度の分類
3)声調・態度の技術
6.質疑応答
1)演練において質疑応答を行う意義
2)質疑応答の技術
7.書き直し→演練
第Y章 大会当日
1.開会式前の準備
2.開会式
3.基準弁士
4.弁論をする
5.弁論終了
6.閉会式
7.閉会式後
終わりに
はじめに
私は大学4年間、法政大学弁論部に所属し、競技弁論を行い、数々の大会を見て、自分自身も大会に出場してきた。
そこで学んだ技術は、人間が言語を話すようになってから、当然に生まれてきた技術である。弁論術と聞いて、人を惑
わす技術であると考えるものがいる。しかし、人を惑わすことはもちろん弁論術をもちいずともできることである。弁論 術とは人を説得する技術なのである。人に自分の主張を十分に分かってもらうことは誰しもが難しいと思うことである。 それを、分かってもらうために、長年様々な技術を積み上げてきたもの、それが弁論である。もちろん、その技術を悪 用すれば、人を惑わすこともできるだろう。しかし、それは弁論術特有のものではない。どんな科学技術であっても、す べての技術が悪用されうるものなのである。弁論の中に正義があるとすれば、それは正義の道具にもなりえるのであ るのだから、それはその人物の使い方によるのである。
自分の主張を充分理解してもらい、実りある議論ができれば、それはすばらしいことである。
その議論の練習の場として、競技弁論の世界が存在してきた。競技弁論の世界からは、首相・国会議員をはじめとす
る政治家、経済人、著名な言論人など数多く輩出してきた。これは競技弁論の場が実りある場となってきた証であろ う。
この競技弁論の技術を体系的に学ぶこと、これは実践の場である競技弁論の場を有意義に使うために必要なことであ
る。そこで競技弁論大会に出るまでの時系列的な技術を学ぶため、また自分の学生生活で学んだ技術をまとめるため にこの論文を書く。
短い競技弁論時間の中に隠された技術は、どういう技術を使っていて、どのように形成されていくのだろうか。
なお、この論文で扱う競技弁論大会は、特に旧全関東学生雄弁連盟に所属した弁論部・雄弁部の主催による大会で
ある。
T.競技弁論大会とは
1.弁論とは
オリヴィエ・ルーブル(2000:P10)は「弁論」の定義を「ここでいう『弁論』とは、ある主題に関して組み立てられた複数
の文(phrases)の、一つのまとまりである。」と言っているが、この「弁論」とは、特に弁論を道具と見ての定義であろう。
弁論大会における弁論と言えば、「弁論」を使って、多くの人の前である主張を述べ説き支持を求めること、つまり説
得することである。
この定義は、「講演」・「演説」もほぼ同じ定義を持つ言葉である。これはそもそもの語源であるSpeechという単語を弁
論・演説・講演などと訳したことに由来する。Speechはもともと「演説」と訳され、Public speaking のすべてが「演説」と訳 されていた。しかし、現在において通例、「演説」といった場合、ごく政治的主張をアピールするものとなっている。弁論 はごく政治的な主題である場合もあるが、主題を限定しないものとなっており、どの分野においても行うことができる。 また現在「講演」というのは、その分野の専門家である人物により、多くの人の前で教えることをさすのである。弁論は 主に特にその分野の専門家といわれる人物ではない者が、ある主題に対して主張し説得するものである。
であるが、やはりこの三語はほぼ同じ意味で使われており、弁論大会を演説大会・弁論部を講演部と呼ぶことが
多々ある。
なお弁論を行うものは、特に弁士と呼ばれている。
2.競技弁論とは
「弁論」は、古代アリストテレスの時代から(アリストテレス(1992:44-15))、よく法廷弁論・議会弁論・演説的(演示)弁
論に分けられる。(以下の記述、オリビィエ(2000:24-27)参照)
法廷弁論は、裁判官を判定者として、弾劾あるいは弁護を行う。
議会弁論は、国会・都市議会等のような政治的な会議の構成員に助言を与え、賛同させる。
演説的(演示)弁論は多くの聴衆を前に、ある人物を賞賛する。
この中で、演説的(演示)弁論は、現在では行うことが稀に見える。この弁論は、主に英雄や都市(国家)を賞賛するた
めに用いられた。しかし、今日でも故人の追悼称賛演説に用いられる。ところで、このような演説的(演示)弁論を聞くも のは大抵が、そもそもその人物を賞賛する目的で聞いており、「弁論」の定義である説得するというものに欠けているよ うに見える。しかし、直接的な説得は行っていないにしろ賛美する対象をいっそう際立たせ説得するものである。この演 説的(演示)弁論は宗教的な雄弁の場で発展した。(以上、参照終わり。)
では、競技弁論というものは前者2つのうちのどちらの分野に属すものなのか。
競技弁論は、議会弁論に属している。しかし厳密には議会弁論とは違う。議会弁論との大きな違いはやはり議会に向
けて行っていないところであろう。議会弁論のように、議会の構成者に向けて行うのではなく、会場に集まった聴衆に向 け行うため、論の実行力にかける。もちろん、会場に集まった聴衆に聞いてもらう場であることは言うまでもなく、世論 への訴えかけにはなる。しかし、それは公道で行われる演説と変わりがない。では何が公道などでの演説と違うのか。 それは大会を行うという告知を行うことにより、公道等で行われる演説とは違い、競技弁論でとりあげられるような公共 の主題に対して関心を持つものを集めることにより、高次な議論を行うことができる。佐藤孝弘(1999:13)も
「次に弁論大会とはどのような場所なのか考えてみよう。弁論大会は、その開催当日、会場に足を運びさえすれば誰で
も聞くことができる。すなわち会場となる場所がある社会のすべての構成員が来る可能性を持つ公共的空間である。し たがって、そこで語られる内容は公共的事項(社会の構成員の多くの経済的利益、精神的利益に関わる問題)でなけ ればならない。また、我々はなぜわざわざ弁論大会を開催するのだろうか。不特定多数の人に何かを訴えたいのであ れば、各人が好きなときに街頭演説をすれば良いはずである。ここで大会を開催することの固有の意義を明らかにし なければならない。それは、公共的事項に対する高次の議論をするためにほかならない。世の中には様々な人がお り、公共的事項に対する関心の高さも様々である。そこで我々はあらかじめ公共的事項に関心を持つ学生が集まって 弁論を行うという告知し、同じような関心を持つ意識の高い聴衆を集め、より高次な議論を行うために弁論大会を開く のである。これ以外にわざわざ弁論大会を開く意義は無い。」
とのべ、高次な議論の場であることを強調している。この高次の議論を目指すことにより議会弁論に近い競技弁論を
行うことができ、議会弁論の説得の技術を学ぶうえで貴重な実践の場となりうり、自論を完成させる研鑽の場となって いるのである。
また、質疑応答・プレゼンテーション・結論・原稿のない即興弁論なども行われ、論理説得能力・現代的な説得能力・簡
潔な提示能力・対応能力などの研鑽も試みられる。
3.競技弁論大会全般におけるルール
1)形式
競技弁論は競技ディベートと違い、一名の弁士が演壇に立ち、弁論を発表する。その後、弁士が聴衆からの質疑をう
け、それに応答する。質疑は、主に反対側に立ち行われる。それは政策の欠点をつくことにより、その改善を求めると いう消極的合理性を取り入れているためであろう。大会によっては、質疑を審査員が行う場合もある。
通常、視覚に訴える道具の使用は認められない。演台から離れて(前・横を含む)の弁論も認められない。質疑中に弁
士がメモを取ることは許されている。野次については、別であげるが、不規則発言としてあまりに弁論の妨害となるもの は禁止されているが、その野次の意義などによって、黙認されている。
また結論・弁論の得点上位者のみの視覚資料を使ったプレゼンテーション・即興弁論が行われることがある。
2)時間について
競技弁論大会の時間の規定は、時間の制約上たいていは下記のようになることが多い。時間が規定に収まらない場
合、減点とする場合もある。
弁論・・・・・10分前後(8〜12分が多い)
質疑応答・・・10分程度(弁論時間とほぼ同じ)関連質問1〜2回
最近は質疑応答を重視して、多めに取られる大会も見受けられる。
このあとに結論を3分程度で行うこともある。
また、弁論の得点上位者のみの視覚資料を使ったプレゼンテーション・即興弁論が行われることがある。
なお、関連質問とは、質問者が先にした質疑を弁士応答後にさらに深く掘り下げるために、優先的に同質問者が続
けて質問できる制度のこと。大会によっては、同質問者に関連質問がない場合は、他の質問者に関連質問を認めるこ とがある。
<流れ>
弁論
↓
質疑応答
↓
(結論)
↓
弁論審査
↓ ↓
(上位者のみのプレゼンテーション) (上位者のみの即興弁論)
↓
(総合審査)
<例:第44回花井卓蔵杯争奪全日本雄弁大会>(花井杯パンフレット(2004:7)引用)
・発表形式
弁論時間13分
質疑応答20分(関連質問は2回までとする)
<例:第23回東京大学総長杯争奪全国学生弁論大会>(総長杯パンフレット(2003:5)引用)
第一部 弁論の部
時間 弁論10分(11分打ち切り) 質疑15分
質問は1分 答えは2分まで 関連質問は1回まで
弁士の壇上への持ち込みはA4の紙1枚(両面使用可)程度のメモのみとします
※原稿の持込は、「声調態度」の項目から減点となります
第二部 討論の部
弁論の部の上位二名が出場します
各自弁論の部で行った弁論について討論を行います
【前半】
守備側弁士弁論用紙発表 5分以内
討論・質疑 20分
(前半10分は弁士同士のみ質疑
後半10分は弁士、審査員、聴衆を交えての質疑
守備側、批判を受けての弁論総括 5分以内
【後半】
攻守を入れ替えて同様に行います
※優勝者は討論の部のみの得点によって決定します。
弁論の部での得点の持ちこされません。
3)審査
弁論の審査というのは、審査員の主観が入りやすいもので、審査は難しい。そのため、各大会とも審査のあいまいさ
をできる限りなくすために審査の基準を設けたりと、公平な審査のためのルールを作っている。
通常、下記八点が審査対象とされることが多い。配点については、大会により、重視する点の違いにより異なる。
<審査対象>
・重要性(深刻性)・・・取り上げた内容の社会にとっての重要性・深刻性の評価
・実現可能性・・・取り上げた解決策が、実現可能かを評価
・独創性・・・取り上げた解決策が、今まで知られていない画期的なものかを評価
・問題解決性・・・本当に取り上げた問題が解決策により、解消されるのか評価、
・論理一貫性・・・はじめから最後まで、矛盾したことをいっていないかを評価
・表現力・・・分かりやすい言葉を用い、惹きつける表現を使っているかを評価
・質疑応答・・・質問にあった答えを的確に答えているかを評価
・声調態度・・・聴衆に聞きやすく、見苦しくなく話せているかを評価
審査員は3人以上で、社会的に信頼のある人物が行うとされている。この3人以上というのは、あまりに少ない審査員で
は、ジャッジに偏りが出てしまうためである。また社会的に信頼のある人物とは、主に政治家(国会議員・地方議会議 員等)・大学教授・または弁論部OB・OGである。これは、審査される弁士が納得できる人物で、なおかつ、行われる公 共的主題に興味が無くては競技弁論大会の審査ができないためである。
また、東京大学総長杯などでは審査員の点数のばらつきを偏差値計算し、偏差値を用いて順位確定をすることも試み
られている。
<例:第44回花井卓蔵杯争奪全日本雄弁大会>(花井杯パンフレット(2004:7)参照)
・採点配分
弁論 問題の重要性 10点
論理性 10点
問題の解決性 10点
声調態度 10点
(小計 40点)
質疑応答 内容の説得性 40点
声調態度 20点
(小計 60点)
合計 100点
<例:第23回東京大学総長杯争奪全国学生弁論大会>(総長杯パンフレット(2003:5)引用)
審査方法
【弁論の部】
○審査項目
内容の重要性
内容の妥当性
内容の独自性
※各項目を10点満点で審査していただきます。
(内容の重要性)×(内容の妥当性)×(内容の独自性):声調・態度:質疑応答:共感性=60:10:20:10の比重で合
計し、偏差値計算をします。全審査員の偏差値を平均して、弁論の部の順位を決めます。
○審査項目の詳細
内容の重要性:弁論の内容が社会に大きな影響を与える物かどうか。
内容の妥当性:弁論中の現状分析が正しいか。
問題への解決策が有効であるか。
弁論で提示された理念が普及可能であるか。
内容の独自性:弁論の内容が受け売りでないか。
声調・態度:声が聞き取りやすいか。身振り・手振りが効果的か。
質疑応答:質問に対し、論点をずらさず、説得的かつ簡潔に答えているか。
共感性:弁士の主張に納得できるかどうか。
【討論の部】
○審査項目
検証の巧拙
声調・態度
※各項目を10点満点で審査していただきます。
合計時に「検証の巧拙」:「声調・態度」を2:1の比重で計算します。
○審査項目の詳細
検証の巧拙:攻撃側のときに弁論全体に関わる効果的な批判を行っているか。
守備側のときに批判に対し、論点をずらさず適切に答えているか。
声調・態度:声が聞き取りやすいか。
身振り・手振りが効果的か
偏差値計算方法
ある審査員が付けた弁士の素得点をb1,b2,…,b10とする。
平均 m=(b1,b2…,b10)の合計/10
分散 v={(b1-m)^2,(b2-m)^2,…(b10-m)^2}の合計/10
標準偏差 j=vの平方根
Z得点 z(i)={b(i)-m}/j
偏差値 t(i)=z(i)*10+50
4)分野・テーマ
大会によって、自由な設定、または分野・テーマが設定されることもある。
第37回農林水産大臣杯争奪全日本学生弁論大会の場合は「食料・農業・環境についての問題」、雄叫杯争奪安全
保障問題弁論大会は「安全保障問題」がテーマになっている。
5)野次について
野次は、「弁論の花」といわれ、会場を活気付けるため、弁士への声援、また円滑な質疑応答のためなどに使われる。
だからといって、ただなんでも言えばいいというものではなく。あくまで、主は弁論であり、単なる妨害にならないように
気をつけて使う。下のようなことが目に余る場合は、司会者が注意を与える。目に余る場合は、退場になることもある。
<野次のマナー>
・弁士の人格、容姿など関係ないことを野次らない。(礼:バカ、デブ、ブタ、ブスなど)
・汚い言葉を使わない。(うんこ、死ねなど)
・あまりに大きな声を上げて野次らない。ただ大声を上げるのは弁論の妨害でしかない。
・大事なことを簡潔に表し、長く野次を続けない。他の人の野次に乗って続けるのもいけない。これも弁論を聞こえなく
させ妨害となる。
・きちんと弁論を聞いて野次る。弁論をきちんと聞かないと的外れな野次をしてしまうため。
参考資料
大隈杯実行委員会(早稲田大学雄弁会報道局)「2003年度大隈杯争奪雄弁大会公式パンフレット」
慶應義塾大学辨論部・東京六大学弁論大会実行委員会(2004)「2004年度東京六大学弁論大会パンフレット」
第一高等学校・東京大学弁論部発行(2003)「第23回東京大学総長杯争奪全国学生弁論大会 大会公式パンフレッ
ト」
東京農業大学農友会講演部(2003)「第三十七回農林水産大臣杯争奪全日本学生弁論大会パンフレット」
U.競技弁論の構成
1.競技弁論の構成過程
1)弁論の構成過程
弁論を構成していく過程は、通常4つに分けられる。(以下、オリヴィエ(2000:27-)参照)
最初に発想、二番目に配置、三番目に修辞、最後に表出である。
発想は、弁論を行う主題をよく理解し、自分の知識と着想をかき集めることである。
配置は、発想で集めた知識と着想を主題にあわせて整理し構成していくことである。
修辞は、配置において作られた構成を一つの文体で原稿に書き上げることである。
そして表出は、原稿になった「弁論」を実際に読み上げて練習することである。
これらの過程は、順序が遵守されるとは限らないが、弁論を構成する過程かならずとおらなければならない。
2)競技弁論の構成過程
競技弁論も、弁論であるので上記四つの構成過程をへることは確かである。
しかし、競技弁論には、特有の分け方がされる。
最初に発想に相当する部分である、事前準備の段階である。
この事前準備の段階はまず、そもそものテーマ・主題決めである。この段階は、通常の弁論では決められている。また
は決められてから弁論を書き始めるものである。しかし、競技弁論においては、もちろん決められている、または普段 から興味のある問題を取り上げることが多いのではあるが、書く問題にもそれなりの技術・ルールがあるのである。そ してテーマ・主題が決まったら、その主題をよく理解するための事前調査、事前調査をふまえた問題解決のための政 策立案である。
そして2番目に配置、修辞の段階である、原稿を書く段階である。
競技弁論においては、ほとんどが政策弁論といわれる政策発表の議会弁論の形をとるものであり、配置法はだいたい
の競技弁論において同じ形をとっているため、さほど重要視されず、原稿を書く修辞の段階と同じ段階となっているの であろう。
3番目に表出の段階である、演練段階である。
この段階は原稿に沿って、どのような表現を行っていくかを練るとともに、協力者(弁論部などでは主に同部所属の部
員)に聞かせ、本番と同じような状態で練習し、実際の状況をつかむとともに、質疑応答を通じて自分の弁論の問題点 の指摘をうけ、問題箇所の修正・加筆を行い弁論の完成度を上げる段階である。
そして最後に大会本番となる。
競技弁論においては競技弁論大会で行う以上、本番当日の動きさえも一種の技術となっており、この日の失敗は取り
返しのつかないことさえある。
2.競技弁論の主な技術の構成
1)競技弁論で使われる技術の3種
弁論は説得することが目的である。競技弁論は、この説得するための技術を競うとともに、人前に出て高次な議論を
交わすルールを学ぶものである。競技弁論はこの二つを実現するための技術を使って構成される。
特にこの説得に関する技術は、アリストテレス(1992:32-33)は大きく分けて4つにわけられるといっている。1つめは弁
論の技術の関するところではない証拠による説得(証明)である。これは証人・契約書・証拠物品によって得られるもの である。2つめは論者の人柄(エートス)が信頼に値する人物であることに関わる説得技術。3つ目は聞き手の感情(パ トス)がある状態におかれることによるもの。4つ目は言論が証明を与えているもの、あるいは証明をあたえているとお もわせるものである。
そして弁論に関わる説得の技術はその中の1つめを除いた3つであると言っている。1つ目の証明というものはわれわ
れが議論の中で見出すものではなく、事実として存在するもので言論にかかわるこのないことである。
実際に、競技弁論で使われる技術はこの3つにほぼ帰納する。
2)エートスによっての説得
エートスによっての説得とは、弁士の人柄が誠実であるか、きちんとした態度でのぞんでいるかというものである。エ
ートスによってなぜ説得されるかについて、オリヴィエ(2000:32-33)は
「たとえば広告戦略はその『標的』を研究すること(若年層か、農村居住層か、主婦層か、若年層か、など)から始ま
るが、どんな場合でも弁論者=広告情報発信者、良識があり真面目でかんじがよいと映らなければならない。弁論者 =広告情報発信者の論点の重みは、視聴者が持つ信頼感に大きく左右されるのである」
と説明している。
アリストテレス(1992:32)はこのエートスによっての説得を最も強力な説得力を持つとしている。
3)パトスによる説得
聞き手のパトスをある状態に置くとは、言論によって聞き手の心がある感情を抱くようになることである。
人々は喜びをいだいているとき、悲しみを抱いているとき、希望を抱いているとき、憤慨しているときによって判断の結
果をかえるのである。
たとえば強くある問題に対して憤慨した場合、それを是正しようと強く思い。その是正を実現するための政策を述べた
弁論を理解しようとするのである。
4)言論が証明を与える説得
言論が証明を与える説得とは、問題に関する納得のゆく論に立って、そこから真なること、または真に見えることを証
明することである。
これはつまり、論証しているということである。では論証と証明は何が違うのか。
証明と論証の違いについてオリヴィエ(2000:93-94)はペレルマンの分析を紹介している。
「@論証は常に誰か(話し相手や観客や読者など)に向けられたものである。だから論証はこの誰の性格、考え方、
感情、信条を勘案しながらなされる。論証の受け取り手、つまり『聴衆』は場合によって、法廷、組合、公会議、群衆な どである。この聴衆はおのおの、その使用言語、能力、意見を異にするので、ある聴衆に有効な論証であっても、別の 聴衆には有効ではない、ということが起こりうる。逆に証明は、少なくとも理想的には万人に有効である。証明は『普遍 的聴衆』に向けられたもの、ということになる
A論証が依って立つ前提命題は必ずしも、証明済みのものであったり、自明のものであったりするわけではない。単
に蓋然的、つまり多数派、あるいは専門家が認めているという意味で蓋然的なものであり、何をさておきとにかく聴衆 が認めているという意味で蓋然的なものなのである。
B論証は、たとえば代数学などが人工言語を使用するのに対して、『自然言語』を用いる。論証の命題が多くの場合、
不明瞭であったりするのは、ここに由来している。
『エレベーターの使用は同伴者のいない児童には禁止されている』は不明瞭である。児童の年齢区分が明らかではな
いからだ。
『民主主義はこの政策に団結してはんたいしよう』は、曖昧である。『民主主義者』の語が多義的だからである。文彩
(隠喩的表現、アイロニーの表現など)の使用は不明瞭で曖昧だという、自然言語のこの性格の様相にすぎない。
C論証においては論理的一貫性が大きな拘束力をもつことはない。個々の場合によって、論理的一貫性の程度に差
があるだけである。ペレルマンが『擬論理的』と名づけた論法がある。たとえば次のようなものがそうである。『友達の友 達は友達』。これはa=b、b=cであればa=cという数学の推移性の概念を思い起こさせる。けれどもすぐにわかるよう に、『友達の友達は友達』は厳密に真であるわけではなく、蓋然的であるにすぎない。友達の友達に嫉妬することもあり うるからである。
Dというわけで、論証の推論の帰結に攻め入るすきがないなどということはめったになく、別の論証によって反駁される
ことは充分にありうる。検事のそれが弁護士のそれによって論駁されるように。だからといって、どんな論証でもその有 効性に優劣がない、などということにはならない。絶対的に正しい論証などないが、論証によって有効性の程度の差が あるということなのだ。」
論証というのは絶対的な説得の証拠になりえるものではないが、われわれの発言というのは科学的厳密さにかける以
上、言論によってあることを厳密に証明することはできない。そのため論証というものは、絶対的な価値でないにしろ重 要な価値をもつ説得される要素なのである。また、弁論にとって論証というものがない弁論は無責任・無根拠な弁論な のである。論証されえぬ弁論は説得力をもたない以前に、価値が無いのである。
では、論証するために用いられる論法は数多くあるがを大きく2つに分類し、主なものをあげる。(オリヴィエ(2000:95-
104)参照)
A)例証
例証とは、個別命題を前提にして、結論を導き出す、つまり帰納により結論を導くのである。これはある個別的事象
すなわち一般化できない事象に頼るものである。この事象は現実の事象、フィクションの事象でもどちらでもよく、重要 なのはその事象が蓋然的で真実らしく見えることである。代表的な例証の種類を以下にあげる。
現実の事象の例証・・・「こうした事象は第一にすでに証明済みの規則、あるいは証明される予定の規則の例証とな
る。こうした役割において、現実の事象が作る例証は、信条をさらに強固なものにするし、理解させるのみならず信じさ せようともする。第二にこうした例証は証明を行う。何を証明するかというと、一つの事象が可能であること(黒い白鳥 がいるとか、性を転換する人間がいるとか)を証明する場合もあるし、また普遍的な立言が常に真ではないことを証明 する場合もある。たとえば、何にかの警察官が暴力をふるったことを述べ立てることで、警察はつねに法に奉仕すると いう言明を論駁することができる。だからといって、警察そのものが暴力組織であることが証明できるわけではもちろん ないのだが。けれども、あらゆるプロパガンダは、少数のデータを拡大解釈し、一例しかないのにそれが全体であるか のように、いちどきりのことを恒常的状態のように結論しがちである。あたかも当該の例証が他の反証が対抗できない 程強力であるかのように。」(オリヴィエ(2000:96)引用)
先例・・・「先例は例証の特殊形である。この論法はもしXがこれをすることができたのなら、どうしてYができないことが
あろうか、という形式を取る。これが証明能力を持つのはYの事例がXの事例と完全に重なる場合に限られる。」(オリ ヴィエ(2000:96)引用)「結局、証拠として利用する前に、先例自体を証明しなくてはならないし、また、二つの場合のそ れぞれにおける二項関係が同一であることも証明しなくてはならないことになる」(オリヴィエ(2000:96)引用)
権威論法・・・「この場合の証明となる事象とは、学者、霊能力者、あるいは単なる有名人が発表する意見であり、つま
るところ、われわれの見解の正しさを保障してくれる意見なのある。〔デカルトらの〕合理論者には忌避されるこの権威 論法だが、しかしながら、これはなしにはすませることはどうしてもできない。自然科学の論文でも、その著者が点検で きなかった『典拠』を参照し、これに依拠していることが頻繁なのだから。しかし、ある権威に対して別の権威をぶつけ ることによって、権威論法を打ち破ることができる。少なくとも、原理的には。
奇妙なことに、〔共通の〕敵の『権威』を利用もできる。その場合、二つの方法がある。まず、『君のいうことを聞いている
とまるで敵側の人間のようだ』という言い方。これは反対推論による論法(argument a contrario)〔同一理由による論法 (argument a pari)の逆〕によって『君のいうことの』の信用を失墜させようというもの。『ヒットラーも同じことをいっていた ぞ』が、その典型的なものだ。第二は、『敵側の人間でさえ、これを認めている』という言い方。これは、『当然君もこれ を受け入れるべきである』ことをいう、いわんや論法(argument a fortiori)である。」
定型表現・・・ことわざ、法諺、格言、標語などの短い言語表現。その表現の信用はその表現の古さと、匿名性による。
だが、定型表現には、反対の意味をもつ定型表現があるものなので気をつける。
アナロジー・・・既に知られている二項関係を用いて、これと似ている二項関係を説明したり証明したりする。
B)説得推論
説得推論とはいくつかの前提命題から、結論命題を論理的必然によって導き出す、つまり演繹によって結論命題を
導き出すことである。アリストテレスの言った説得推論は大前提(前提命題)と小前提(結論命題)が蓋然的なものにと どまる三段論法のことである。そののち、説得推論はこれとは異なった定義のされ方をするようになる。すなわち二つ の前提のうち、一つしか現れていない三段論法という定義だ。この省略は表現されると逆に不自然なものとなってしま う。分かりきったことをいうのは逆に不信感を与えるのである。
V.事前準備
1.事前準備
1)分野・テーマを決める
弁論をする問題の分野・テーマを、まず決めます。分野・テーマは、大会によっては決まっていることがある。自由に
設定できる場合は、主に自分の興味分野・研究分野から決めることが多い。そうすれば、その後の調査が少なくて済 み、調査がしやすい。興味のない分野を選ぶと、調査がはじめからとなり、調査の量も増え難しくなる。
また、そのテーマは社会的(聴衆)に重要な問題でなくてはなりません。これは聴衆にとって、新しい情報を与える弁論
でないと意味を持たないということである。弁論を聞いた聴衆にとって、その弁論が無価値なものであることほど、時間 の無駄だったと思わせるものはない。
このように、「誰もが知っているあるいは、誰もが納得する政策の実現をあらためて訴える弁論」を佐藤孝弘(1999:8参
照)は、一見論理的矛盾が無く、論旨が整然としているので審査員受けしやすく入賞しやすいので「賞取り」弁論といっ て非難している。
特に佐藤(同上)は、この「賞取り」弁論を4つに分類している。
「1つ目、まず誰もが納得し現在もその方向で進んでいる政策をあらためて主張する弁論である。」「2つ目は現状の
微小な改革案、またはとても問題が解決するとは思えない小さいプランを出す弁論である。」「3つ目誰でも言っている 知っている思っていることを改めて訴える弁論である。」「4つ目、みんなそうすべきだとわかっているが、様々な事情で できないことをあらためて訴える弁論である。」
これらの弁論は、弁論が情報発信メディアとしてみる視点が欠如しているのである。競技弁論が高次な議論を目的と
し、社会に向けて行っている以上、なんらかの新しい情報を持ち議論されるべき価値、社会に向けて行われる価値を 持たなくてはならない。新しい情報を持たない弁論は、その存在意義さえ無価値なのである。そこで、弁論のテーマは 社会的(聴衆)に重要な問題で、聴衆にとって聞いて議論する価値のあるものでないとならない。
2)調べる
問題の分野・テーマが決まったら、その問題についてできるだけ多く調べる。これは弁士に最も重要なところである。
最低限調べなくてはならないことは、その問題の歴史・経緯、関係団体、関係法規、既出の解決策、今後の見通しで
す。これ以外にも、質疑応答などのときに自信を持つためにできるだけ情報を集めておく。自信を持って望むということ は極度にあがってしまうことを抑えることもできる。
分野・テーマや弁士によっては、フィールドワークに出て、直接当事者、関係者に話をお聞きしたり、実際に体験を得た
りしています。フィールドワークに出る際には、社会調査の方法などを参考にして慎重に行います。
3)解決策を模索する
問題を十分に理解したら、解決策を模索する。問題を十分理解すると、何らかの解決策が見えてくることが多々あ
る。前の2項の調べる段階をきちんとおこなってから解決策を模索する。
しかし、逆に問題の現状を理解すればするほど、打てる手は打ち切ったのではと思わせることがある。そういうときは、
第V章1節3,4を一時飛ばして原稿を書き始めてしまうことがる。そうすると、原稿を書いているうちに問題を整理でき て、何か見えてくることがある。つまり、整理がたりていないということできちんと整理できるようにします。
4)解決策を見直す
自分の考え出した解決策が、本当に問題の解決策となりえているかを見直します。これは、問題がどこから来ている
かという考察、根本的な原因がそれであっているのかなども見直す。この過程は弁論の主題を論証するために不可欠 な部分である。もしその弁論が論証されていないとすれば、説得力はいちじるしく低下し、またその解決策は無根拠で 無責任なものとなってしまう。また、根拠がはっきりしていない弁論は論理的矛盾を起こしやすい。きちんと分析がなさ れていないせいで、自分の主張がまとまりのないものとなってしまうのである。このような弁論を佐藤(1999:11)は「論理 破綻弁論」と呼び非難している。また、「論理破綻弁論」の亜流として、主張の焦点をぼかし、何が問題であるかそして 何がどう解決するのかはっきりしない弁論もある。もっともらしい言葉をならべるだけで実は聴衆にとってなんのメリット もない無価値な時間の浪費になってしまう。
そして、解決策が導入可能か、導入するために必要なことは何かも考え見直します。この段階で解決策を現実に実行
可能なものにしていきます。どのような法規を改正・立法すればいいか、人々の意識改革が必要であるならばどのよう に意識改革を推進するかなどをつめていきます。導入方法が確立されていない弁論も無責任なものである。
また、解決策を導入しての成果を計ってみます。できるならば具体的に数値等で計ってみます。同時に解決策導入の
ための費用も試算します。多くの費用がかかる場合、費用をどこから捻出するかも考えなくてはなりません。また費用 対効果が適切かも考えなくてはなりません。これはあまり詳しくまでは試算できないかもしれませんが、できるだけ行う ようにします。費用対効果などの考えによって行われていない政策を、費用対効果などを無視して主張するのはやはり 無責任な弁論である。
この無責任・無根拠弁論について、佐藤(1999:9-11)は「細かな分析・考察をせず、ただ自分の思い込みを聴衆に押し
付けようとする弁論」と定義し、非難している。無責任・無根拠弁論と論理破綻弁論とは分析・考察がなされていないと いう点で同じ源をもつため、この二つの弁論が合わさったものさえ見受けることができる。このような弁論は、自分では 実は気づきにくい、伝えなくてはというあせりにも似たものをもってしますことが多く、
そのため冷静になれないのである。このような弁論をするものは、特に熱意を感じてもらいたいと思うあまり、まわりの
声も聞きにくくなっている。まわりの指導者はこれらを指摘する必要がある。弁論部員であれば同部部員の前で演練を 行うので、そこでの質疑応答・反省を通して指摘される。
W.原稿を書く
1.配置
1)配置とは
ここまで来たら、原稿を書くが、その前に配置しなくてはならない。
配置とは、事前準備の段階で見つけた弁論の材料を組み立てる作業である。
通常の弁論の区分では、序論→陳述→証拠立て・説得→結論となる。しかし、競技弁論ではさらに細かく区分して、教
えられるのが一般的になっている。以下、通常の弁論の構成区分について説明しおく。(オリヴィエ(2000:33-35)参照)
序論は、主題を予告するとともに、聴衆の気を引き、楽しませることである。
陳述は事実の提示を行う部分である。この部分は簡潔にして明晰、つまり余計なものを含まないで行う。この部分のも
っとも重要な機能は、教え示すことである。
証拠立て・説得は証明と反駁を行う部分である。この部分も余計なものを含んではならず、教示することが目的であ
る。
結論は、弁論を要約し、悲愴な訴えによって弁論をしめくくるのである。
2)競技弁論での配置
競技弁論の配置はほぼ以下のとおりになる。
問題への導入(序論)→どのような問題なのか(陳述)→問題の深刻性(陳述)→問題の原因(陳述)→解決策の提示
(陳述)→解決策の導入方法(陳述)→解決策の問題解決過程(証拠立て・説得)→締め(結論)
もちろん問題への導入が抜け、問題をはじめに持ってきて衝撃を与えるなどの方法が取られ、すべてがこの型には
まるとは限らない。しかし、ほぼすべての競技弁論がこの形に当てはまって行われる。
2.原稿を書く
1)原稿を書く際の基本姿勢
原稿を書くとき、この文章は読み上げることを前提に、くどい表現をさけ言いやすく聞き取りやすい表現をし、場に合
った言い方・敬語を使うように気をつける。文を短く切ることを心がけ、途中で声に出して読んでみるとうまくいく。通常、 400字を1分ちょっとで話すこともこころがけ量の配分をする。
2)弁論を彩る文彩
弁論も文学などと同様。言葉の強調などのために文彩を用いる。文彩の効果的使用によって聴衆の興味・理解度を
上げることができる。以下、代表的な文彩法をあげる。(オリヴィエ(2000:47-91)参照)
脚韻・・・一つの音節の規則的な繰り返し。
地口・・・同音異義語の反復法。
同語異議反復法・・・同語異義語の反復法。
換喩・・・ある対象を別の対主要の名辞によって指し示す。
提喩・・・ある対象を別の対主要の名辞によって指し示すが、もともと言い換えることが必然の関係にあるもの。
隠喩・・・別のものに言い換えていることを隠し使用する法。
誇張法・・・換喩・提喩を用いて増大誇張する法。
緩叙法・・・換喩・提喩を用いて縮小する法。
撞着語法・・・普通なら相容れない(間違った使用で)言葉をつなげる・
省略法・・・文の構造を削除したもの。
接続辞省略・・・接続辞の省略法。
黙説法・・・文を途中で中断し、受け手にその文を仕上げる時間を与える。
反復法・・・同語同義反復法。
対照法・・・同語同義反復し違いを目立たせる。
統辞破綻方・・・統辞論の規範的構造に意図的に亀裂を入れる法。
漸層法・・・長さや重要性の昇順に語を配置する。
交差配語法・・・二つの語の順序を逆にして繰り返す。
逆言法・・・それについては語らないといっておきながら、実はそれについて多く語る法。
弁論的疑問・・・当人は知っているにもかかわらず、聴衆の注意を引き込むための疑問。
頓呼法・・・そこに不在の人物に語りかける。
活喩法・・・そこに不在の人物に語らせるほう。
予弁法・・・相手方の論法を予見・先取りし、逆にこれを相手に向ける法。
換言法・・いったばかりのことを取り消す。
3.演題を決める
1)演題の重要性
演題は、聴衆がその弁論をみるとき最初に見るもので、その演題によって、聴衆の興味も変わってくる。ここでひきつ
けることによって、弁論全体のすすめ方も有利になるかもしれない。特に審査対象にはなっていませんが、審査員の印 象をよくし、審査員によっては加点を与えることもあるようだ。
2)演題を決めるために
原稿ができる前でも構わないが、原稿がすべてできてから決めるのが一番弁論の内容を表せ、弁論での決め言葉な
どを使えることから、ここで演題を作ることが最適だ。
演題はどんな内容か分かり、ちょっと目を引く表現があるとよいとされます。あまり分かりすぎては聴衆の関心を失う。
また逆にあまりに分からないものであっても興味をそそられない。しかし、またその逆で内容が良く分かる演題を使っ て、衝撃を誘い、興味をあおる方法もある。
主に、演題の分類として、4つに分けられる。(第一高等学校・東京大学弁論部HP参照)
そのまんま型・・・主張がそのまま演題となっていって、どのような内容か一目で分かる。
意味不明型・・・演題だけでは主張がまったく分からない。どんな主張をするのか聴衆 に強い
る。
調和型・・・演題から内容が想像可能であり、なおかつちょっとかっこいいスローガンのように仕上がっている場合です。
折衷型・・・意味不明型の演題を主題につけ、そのまんま型の演題を副題につける。
自分の弁論という意識を高く持つため、自分の納得できる演題をつけるべきである。
X.演練
1.演練とは
1)演練とは
原稿に従って、本番の弁論大会のように発表・練習するのが演練である。通常、演練会という形で、実際に誰か(弁論
部員であるならば同部部員)に聞いてもらって、野次や質問も入れて行われる。
2)演練の目的
演練の目的は、1つ目は有効な表出法を選び、実際につかえるようにするためである。表出とは弁論にふさわしい身
ぶりや顔の表情とともに発音し、実際の行為として外に現すことである。オリヴィエ(2000:36-37)は表出のことを、「これ なしには最も崇高な弁論といえども聴衆にはまったく受けいれられないだろう。」と述べている。また、オリヴィエ(同上) はデモステネレス〔前四世紀のギリシアの政治家・雄弁家〕が弁論家の最も基礎的な資質は、第一に表出、第二に表 出、第三に表出と述べたとも紹介している。つまり、演練とは弁論の演出方法を学ぶもので、弁論の構成過程としてと ても重要な部分なのである。
そして2つ目の目的は、大会で行う弁論での礼儀を学んでおくためである。礼儀がなっているということは、聴衆に対し
て弁士が信頼できる人間であることをアピールすることができる。信頼というのは、第2章2節2項で述べたとおり、重要 な説得の技術の一つなのである。
3つ目に、実戦形式に慣れておくためである。実戦形式で十分に練習しておけば、あがりやすい人でも本番であがりに
くくなる。特にあがりやすい人は、「度胸付け」といって、人の多く通るところで、一人演練を行うこともある。また野次に 怖気づいたりもしなくなる。
4つ目に、野次・質疑応答などによって、弁論の問題点、多く質問が来る場所などを捕らえることができる。
2.礼儀
1)礼儀の重要性
競技弁論を行ううえで大切なのは礼儀です。これは、どんな競技を行うのでも共通で、他の競技者への敬意、順位が
決まっても恨みっこなしで正々堂々闘うフェア精神、自分の練習の成果を見ていただいた方にせめてものお礼の気持 ちを表わしているといわれます。
しかし、この礼儀さえも、説得の技術の一つであると見ることもできる。礼儀ができている人物であること、聴衆に対して
敬意を表していることをアピールすることによって、聴衆からの好感・信頼をえるのである。好感・信頼を得るということ は、第2章2節2項で述べたとおり、一つの説得の技術なのである。
礼の場所・回数の参考は法政大学弁論部の方式である。その他、国旗が飾ってある場合、特別な方の来場がある
場合などは、弁論大会の主催者の指示に従って、または状況を判断して礼をする。
2)礼の場所
まず、司会者に名前を呼ばれたら、壇上に上がる前に審査員に向かって礼をする。この礼は、できるだけ審査員よりも
上に立って礼をしたくないので、先にする。
壇上に上がったら、演壇に向かって礼をする。これは、弁士が競技を行う場所を神聖なものとして礼をする。スポーツ
選手がフィールドに入る前に行う礼と同じ。
演壇前に立ったら、聴衆に向かって礼です。これは、壇上に上がる前に礼をしたいのだが、下で礼をしても、聴衆全員
には礼が見えないために壇上で行う。
弁論が終わったら、もう一度聴衆に向かって礼。壇上を下りるときに演壇に礼。壇を下りてから審査員に礼。
<弁論前>
・壇上に上がる前に、審査員に対して礼。
↓
・壇上に上がったら、演壇に対して礼。
↓
・演壇前で、聴衆向かって礼。
<弁論後>
・演壇前で、聴衆に礼。
↓
・壇上から下りる時に、演壇に礼。
↓
・壇上を降りたら、審査員に礼。
3.あがりを防ぐ
1)あがりの影響
あがりは、呼吸を早くする、体を震えさせる、胃が痛くなる、赤面してしまう、大量に発汗が起こるなどマイナス面ばか
りが思い浮かぶが、適度なあがりは頭の回転をよくしあがった方がむしろ話を面白くするとも言われる。あまりにリラッ クスし過ぎるよりも適度に上がっていたほうが良い結果が出るのである。
2)あがりの対処法
適度な緊張はいいものだが、やはり人前で話すというのはあがってしまうものでその対処法は無限にある。特に対処
法には以下のようなものがある。(佐藤啓子(1996:174)参照)
・完璧主義をすてる・・・絶対に成功させたい、完璧に終わらせたいという意識は、あまりに強いと極度にあがってしま
う。そこで、間違っても死ぬわけではないと開き直ることによって極度の上がりから開放される。
・暗示をかける・・・自分は落ち着いている大丈夫だと、落ち着いたフリをしていると本当に落ち着いてくるものである。
手に人という字を書いて飲み込み「もう大丈夫」と思い込ませる方法などもある。
・気を紛らわす・・・水を飲んだり、深呼吸をする、友達と話をするなどで別に注意を持っていってしまう。
・場に慣れる・・・何よりも上がりを防ぐのは場に慣れることである。大会の場に慣れているというのは、何度も大会に出
ていないとならないが、そのような人前に出て話すのになれるためには演練をできるだけ行っておくことが重要である。 また特にあがりやすい人は、「度胸付け」といって、人の多く通るところで、一人演練を行うこともある。
5.野次
1)野次とは
野次とは第T章でも述べたとおり、「弁論の花」といわれ、会場を活気付けるため、弁士への声援、また円滑な質疑応
答のために使われる。弁論にはなくてはならないものである。
野次の効能として、弁士成長助成論、活気論、自己満足論、弁士攻撃論(第一高等学校・東京大学弁論部ホームペー
ジ参照)としてあげられることが多い。
弁士成長助成論・・・強烈な野次によって、それに耐えうる精神力を弁士に養ってもらう。
活気論・・・「弁論の花」と言われるように、弁論会場を活気付ける。
自己満足論・・・弁論に対するやり場のない憤りを叫んで解消する。
弁士攻撃論・・・野次ることにより弁士を精神的に追い込み、また弁論の欠点を審査員や他の聴衆に知らしめる。
しかし、そもそも野次とは、質疑応答の円滑化を図るために使われる。弁論の問題点を野次として叫ぶことにより、聴
衆の間で問題を共有し、重大な問題点を絞ることができる。これにより、時間の限られた質疑応答で的を絞った質疑が できるようになる。つまり効率の良い議論のために行われる。これが一番重要な役割であろう。
話は静かにきちんと聞くものと野次を毛嫌いする人がいるが、短い話をしているわけでもなく、充分に質疑時間が与え
られているわけでもなく、また一つ一つの問題が流されていい問題ではない重要な問題である以上、できるだけ効率の いい問題提示方法を取るのは当然である。しかし、野次を毛嫌いする人の気持ちは良く分かる。汚い野次・妨害としか 思えない野次・弁論では触れていない問題に対する野次が実際に出される場面がよくあるのである。それらの、解消 のためには演練中に野次を入れ、野次をするものも野次の入れ方の鍛錬をすべきである。実際に、問題の的を射た 端的な表現をした鋭い野次というのがあるものである。そういう野次を聞くと逆に気持ちの良いものである。
野次の内容は、大きくわけて二つとなる。一つは、弁論文句型、もう一つは、弁士態度批難型である。これに、なんの
内容もないような野次が起こることがある。
弁論文句型・・・弁論の内容に対する野次。
弁士態度批難型・・・弁士の声調・態度の不備に対する野次。
弁論の本質に対する野次は弁論文句型に属すもので、それを簡潔に言い表すのは難しい。弁士態度批難型の野次は
「原稿見るな」「下見るな」「誰に話かけてんだ」「フラフラしすぎ」など定型があり、いいやすい。
どちらの野次を行うにしても、下記のことを守り鋭い野次を入れなくてはならない。
また弁士は野次に怖気づくことなく、野次るものたちを説得してもらいたい。
<野次のマナー>
・弁士の人格、容姿など関係ないことを野次らない。(礼:バカ、デブ、ブタ、ブスなど)
・汚い言葉を使わない。(うんこ、死ねなど)
・あまりに大きな声を上げて野次らない。ただ大声を上げるのは弁論の妨害でしかない。
・大事なことを簡潔に表し、長く野次を続けない。他の人の野次に乗って続けるのもいけない。これも弁論を聞こえなく
させ妨害となる。
・きちんと弁論を聞いて野次る。弁論をきちんと聞かないと的外れな野次をしてしまうため。
2)野次に類する技術
分かりにくい話・判断に困る話を聞いているときなどに、周りの人が分かった・賛成のそぶりをしたりしていると、自分も
分かったような・賛成のような気がしてしまうことがある。この効果をバンドワゴン効果という。この効果を使って、ひいき の弁士のときに、反対野次をやめ、大げさに賛成のそぶりをとることがある。これは会場全体に満遍なく賛成のそぶり を取る人間を配置しているとより効果的である。
5.声調・態度
1)声調・態度の重要性
声調・態度は表出という弁論の構成過程で最も重要な部分であり、その大半を占める。表出の大半を占めるというこ
とは、声調・態度が弁論自体の説得力を上げ、完成度を高めるということである。逆に、声調態度が良くないと弁論の 内容は素晴らしいものであっても、聞いている側に伝わりにくくなる。
2)声調・態度の分類
声調・態度の大まかな分類は、人によって、弁論の内容によって通常5つのタイプに分けられます。
A,弱々しいタイプ
声が小さく聞き取りづらく、姿勢も縮こまっていることが多い。
B,冷静沈着タイプ
声はそれほど大きくないが聞き取りやすく、低い声のことが多く、若干ゆっくりと話し、姿勢も伸びています。
C,中間タイプ
声は大きく聞きとりやすく、姿勢も伸びている。
D,元気タイプ
声は大きく聞き取りやすい、高い声が多い、若干早めに話し、姿勢も伸びています。
E,うるさいタイプ
声は叫んでいるに近い。姿勢はまちまち
通常、入賞圏に入ってくるのはB、C、Dです。
Aは練習が足らない。聴衆に聞き取りやす声量を心がけるべきである。
自分がB、C、Dどのタイプかは、声質・性格等によって変わってきます。どのタイプが入賞しやすいかということはそれ
ほど関係ないようです。Bタイプは説得力が増しますが、話が難しく聞こえがちになります。Dタイプは話が分かりやすく 聞こえますが、説得力が若干落ちます。Cは両方の中間です。
Eを使う弁士は、特別賞が設定されている大会で特別賞を狙っていく弁士が使うことが多い。この方法をとるものは滅
多にいないが、ごくたまに特に審査員特別賞を設定している大会で現れることがある。この方法をとるものに対して、た だの賞をとるために使われているために批判がある。佐藤(1999:19)は、怒鳴るかのような、声の大きい押しが強い弁 論賞が与えられるのは、審査員側に「所詮は学生、元気なほうが良い」という馬鹿にした賞であると非難している。そも そも、Eの弁論の形は大正時代の社会主義運動で使われることが多かった。それは「今と違って言論の自由の保障の されていない時代だったから、演説会には必ず警察の臨監がついた。つまり警察官が演説を聞いていて、内容が治安 維持の上で不穏当だと認めた場合は『弁士注意』『演説中止』『演説会解散』など、いろいろな処分をすることができ た。そこでそれらの処分を受ける前にいいたいことを言ってしまう必要があった。」(芳賀(1999:126-127)引用)しかし、 「表出」は弁論の部分のうちで最も不安定であり、時代や文化によって変化する度合いが多いものであり、現代の弁論 にこの方法は望ましいといえない。聴衆にとって聞き取りやすい声調・態度をこころがけるべきである。
3)声調・態度の技術
弁論時の基本態度は(佐藤啓子(1996:175)参照)は、まず目は会場内の三人の聴衆(会場の左、中央、右から一人
ずつ計3人)を見つけ、この3人を順次見つめながら放す、こうすれば会場全体を順にみることになる。このとき3人はシ ャープに反応している人物を選ぶ、シャープに反応してくれたほうが話しやすい。また、前列の端の席は無意識的にみ ようとしないのでその3人のほかにそこを意識的にみることもあるようだ。足は演壇があるためほとんど見えない。だが 上半身を安定させるためには、やや開き気味にして重心を両足にかける。手は後ろで組んだり、片手を服のポケットに いれたり、腕を組むと横柄にみえる。両手を演壇にかけるか、体の前で軽く握っておくのが良い。弁論の速さは通常、 一分に400字程度が聞き取りやすい早さである。これに弁論時間なども考えて話す。
基本姿勢以外に、アクセントをつけるためなどに体の各部を使うことができる。体各部などの使い方によって、その印
象は変わってくる。主な各部の使い方による印象の違いは以下の通りである。(坂上(1995:178-182)参照)
・頭・・・まっすぐに起こしているときは、勇気・決心・感嘆などの印象をもつ。だが、右や左に傾けると、思案・嘲笑・疑
い・ためらいなどの印象を持つ。前に垂れると、失望・悲哀。後ろへ倒すと、得意・傲慢を表す。体ごと前へ傾けると、感 謝・嘆願・従順を表す。
・顔・・・顔の表情は、まじめさ深刻さ・考え深さ・磊落・開放的・虚勢・へりくだり・闘争心などあらゆる表情ができる。
・首、肩・・・肩をすぼめたり、首を振って大きくうなずくのは強調を表す。首の縦振りは賛成を表し、曲げるのは疑問を
表す。肩のゼスチャーは聞き手に、猿真似・キザなどのマイナス暗示を与えやすい。
・手、指・・・指をぴんとのばしておくと堅い感じ。握りこぶしにすると闘争的な暗示を与える。
・身長・・・高い身長は聞き手に強い印象を与える。
このような印象をうまくコントロールすべきである。
また声も小さくすることによって、ざわついた場内を落ち着かせたり、逆に突然の大きな声でざわつきを落ち着かせるこ
ともできる。強調もこの二つのメリハリでつけることができる。
その他、演壇には水が置いてあることがありますが、これに手を付けてはいけない。話し始める前であっても、せっかく
弁士が壇上に上がって注目が弁士に向いているものが、その注目がコップに移ってしまい興味の方向がそれてしま う。まして弁論中に水を飲むのは、注意をそらすどころか、時間を割いて聞いてもらっている聴衆に失礼にさえ映る。
またマイクの扱い方について、マイクは性能によって音を拾う範囲に指向性があり、それを認識し、音が拾われる範囲
で話すようにする。またマイクを向けられるというのは意外に圧迫感のあるものであるから、それに慣れておくことも当 日のあがりをおさえることになる。
6.質疑応答
1)演練において質疑応答を行う意義
質疑応答では、自分の弁論のどこに問題があるか、弁論の内容を理解してもらうことができているか、質問の多くな
る点はどこにあるかを確認することができる。
また質疑応答中にすべきこと、誠実に聞いている態度を取る、質問の内容をメモに書き取るなどを学ぶ必要もある。
2)質疑応答の技術
質疑応答は、弁士が応答の練習をするとともに、他の者は質疑の練習も行う。
質疑は、簡潔に要点をまとめ、弁士が分かりやすいようにしなければならない。質問が的を射ていないと弁士が答え
ようがなく、それも妨害に近いものがあります。逆に、関連質問の制度を使って、うまい質問者は、弁士の応答を予測し て先に予備質問し、その後にその応答を利用して核心を追及する質問をすることがある。
応答は、質疑の意図をきちんと理解し、質疑に合った応答を簡潔に分かりやすくしなければなりません。もし質疑の意
図が分からなかったら聞き返してもかまいませんが、質疑に対する応答を、質疑者に質疑で返してはいけない。(質疑 者に対して「逆にお聞きしますが・・・?」などはいけない。)また、もちろんのことだが、自分の弁論と矛盾したことを言っ てはいけない。自分の弁論で書ききれなかったことは応答中で補完してもかまわないが、できる限りのことは弁論中に 書いておきます。
このときに、質問をメモする練習もしておく。ちゃんと相手の質問を聞いている意思表示を態度でしめしつつ、聞きもれ
のないようにすることが重要。実際の大会では緊張のため、頭が真っ白になってしまって質問を忘れてしまうことも考え られるのでメモは重要になってくる。
7.書き直し→演練
演練等で問題点が出てきたら、問題点を解決し、原稿を書き直す。
書き直したら、もう一度演練をする。理想は、原稿を見ずに話せるようになるまで演練を行う。原稿をできるだけ見ずに
いえるほど、慣れていればあがることも抑えられ、声調態度にも余裕がでてくる。
Y.大会当日
1.開会式前の準備
大会当日は体調を整えて望み、遅刻などは厳禁。余裕をもって会場に向かう。服装は、スーツ(学生なら学生服も可)
など場に合ったものにする。会場につくと大会主催者から、その後の予定などが説明されるので、指示に従う。主催者 は大会の最終準備に追われているから、邪魔にならないように緊張をほぐすなり、最終演練などして開会式を待つ。
壇上の事前に壇上にあがることが許されれば、場に慣れておくため、マイクによって指向性が違うのでマイクの指向
性を知るため、客席からの見え方を知っておくためなどのために上がっておきます。
2.開会式
開会式では、主催者の挨拶、審査員のご紹介、ルール説明などが行われるのでよく聞いておく。大体の内容は、事
前に趣意書、企画書等で説明されているが、開会式を欠席するのは大会主催者にも失礼なので必ず出席する。また 大会当日に時間変更が起こる場合があるので充分注意する。
3.基準弁士
多くの大会では、一番弁士は大会主催者側が弁士を出してくれる。これは、弁論のはじめや時間経過などの合図な
どの大会によっての微妙な違いを他の弁士たちに見てもらうためなので、一番弁士は必ず見ておく。特にこの一番弁 士を「基準弁士」と呼ぶことがある。基準弁士が入賞の対象になるかは、大会によって違う。
4.弁論をする
自分の順番の遅くとも一人前の弁士になったら、緊張をほぐしていたりしても止めて、会場の前の方の壇上に上がり
やすい席に座って待つ。
5.弁論終了後
弁論が終わってほっとするでが、一度着席し、会場内では騒がないように静かに待つ。
たいていの場合、弁士が席につくと次のプログラムに司会が移っていく。
6.閉会式
閉会式で、審査員講評、順位発表、表彰、主催者あいさつなどが行われる。その後、記念写真の撮影などもある。入
賞できなくても、精一杯やったことに胸を張り、他の弁士のよい点を見習い次にいかす。
7.閉会式後
閉会式後は、大会によってレセプション・交流会が行われる。
そこでは、審査員の挨拶、弁士挨拶、講評用紙配布などが行われる。講評用紙が配られたら、審査員に評価を聞き
に行くと今後の参考になる話が聞けるかもしれない。
終わりに
このように、競技弁論の技術は現在でも、長年の弁論の技術を応用しつつ行われている。弁論の技術というものが、
心理学、論理学、修辞学等の多くの学問を応用しつつ使われているということはその分習得が難しいということかもし れない。しかし、弁論の説得する技術は、人間が言語をつかって説得を続ける以上、使い続けていかれる。競技弁論 は弁論の技術を効率よく吸収できる数少ない場である。競技弁論を行うものは効率よく技術を習得し、競技弁論大会と いう数少ない、実践のチャンスをいかし、人として大切な技術を身につけてもらいたい。また、その弁論の技術を、その 後の将来にも生かし成功を修めて欲しい。
最近の競技弁論の世界は、インターネット、視覚プレゼンテーション教材などの普及により年々縮小しているといわれ
ている。しかし、人間が一番簡単に・一番早く・主張者が確実に自分の責任で主張を表せるのが言語である。この言語 の能力を最大限に生かせる技術を身につけるのが一番の説得の近道のはずである。
参考文献
アリストテレス著(1992.3.16)『弁論術』(戸塚七郎訳) 岩波書店
オリビィエ・ルブール著(2000.11.25)『レトリック』(佐野泰雄訳)白水社
坂上 肇著(1995)『話し方の技術』三笠書房
佐藤啓子著(1996)『プレゼンテーション−言語表現能力の開発−』嵯峨野書院
芳賀 綏著(1999.10.10)『言論と日本人』講談社
参考論文
佐藤孝弘 著(1999)「弁論の本義を説いて其の凋落を防ぐの途を論ず」『梁山泊』P5-P27
参考HP
第一高等学校・東京大学弁論部「第一高等学校・東京大学弁論部ホームページ」(http://toudaibenronbu.web.infoseek.
co.jp/、2005/01/28)
参考弁論大会パンフレット
大隈杯実行委員会(早稲田大学雄弁会報道局)(2003)「2003年度大隈杯争奪雄弁大会公式パンフレット」
慶應義塾大学辨論部・東京六大学弁論大会実行委員会(2004)「2004年度東京六大学弁論大会パンフレット」
第一高等学校・東京大学弁論部発行(2003)「第23回東京大学総長杯争奪全国学生弁論大会 大会公式パンフレッ
ト」
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断により複写を認めない場合があります。また、それ以外での利用での複写・無断転載に関してはお断りします
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