北陸鉄道能登線 羽咋〜三明
廃  止
昭和47年6月24日  廃止。
ひとこと
ほぼすべての区間が「羽咋健民自転車道」というサイクリングロードになっていますが、 ところどころ一般道に吸収された部分も生じていますので注意しないと道を間違えます。(B Y間違えた人)
自転車は羽咋駅にレンタサイクルがあり、2時間300円・1日1000 円で、返す時に安いほうで計算してくれます。
ただ、線形・路盤・ガーター橋以外に鉄道時代の遺構が全くないのが残念といったところでしょうか。
おまけ・番外編は
こちら

※当日の行程の都合で羽咋側から撮った写真と三明側から撮った写真が混在しています。ご了承ください。

起点の羽咋駅。もと北鉄駅跡も今は自転車置き場です。
自転車道の案内板。走行の注意をよく読んで、さあ出発。
羽咋を出てしばらくJR線と並走したのち
築堤と跨線橋でJR線をまたぎます。橋はほとんどガーター橋がそのまま使われています。
しばらく行くと右手に道路が現れ、その歩道となります。
能登一ノ宮駅跡は石材屋のガラクタ置き場(といっては失礼でしょうか??)の様相。
とはいえ、鳥居の向こう側は気多大社への参道で、おそらく駅前から延びていたのでしょう。
羽咋駅からそのまま進むと道路の左側の歩道へ出ますが、能登一ノ宮付近から自転車道は右手へ分かれます。何の予告もありませんので気をつけましょう。
滝駅跡付近は公園と公民館があります。
(右手の道路は一ノ宮から気づかずに進んできた道で、自転車道は駅跡を挟んで反対側です)
滝を出るとしばらく海岸線を行きます。こんな景色の良いところを列車は走っていたのですね。
あ、こんなところに駅跡!? と思いきや、近年の修復個所でした。(写真中央の杭のようなものに「昭和五十六年」「道路災害復旧工事」などと書いてありました)
地図の上ではずっと海岸に沿っていそうですが、やがて保安林の中を進むようになり海は見えなくなります。
もと鉄道保安林?? (笑)
さすがに海岸ちかくは腐蝕が激しいのでしょう。橋はほとんど架けかえられています。
ときどき、狭い自転車道が突然広くなるところがあり、駅跡と見て間違いないと思います。
志賀町の中心地(能登高浜付近)では道路になっています。
そのまま道なりに進めば(おそらく自転車道を拡幅した道でしょう)能登高浜駅跡のバスターミナルに出られます。
さらに進むと於古川のところから再び自転車道になります。
その於古川にかかる橋は・・・・・
その先、工場の間で廃線跡らしからぬ妙なアップダウンを経て田園の中へ出ます。通学路になっているらしく、時間帯によっては中・高生とすれちがいます。彼等は廃線跡だと知っているのでしょうか・・・。
国道249号線と直交する際、横断歩道(もと踏切!?)にはならず、249号の米町川橋のところまで迂回し、下をくぐり、再び戻って進みます。
そして自転車道も米町川を渡ります。海辺から離れ、この辺りへ来るとまだガーター橋が現役です。
地盤沈下があるのか、橋の前後では段差が大きくなっています。
堀松交差点付近は作りかえられたのか跡形もないうえ地図(99年1月発行)と交差点の形が違っており、一瞬迷います。左後方から来た249号とともに左折し、その後、右側の歩道を進めば再び自転車道へ出ます。
 しばらくすると249号線に沿うようになり、廃線跡の自転車道というより、まるで249号線の歩道のようです。
 付近に小学校があり、登下校の生徒から見知らぬ私へ「こんにちわ」と声がかかりました。
 249号線の旧勾配を避けるように自転車道は国道とは若干離れますが、とたんに荒れ始めます。人が通らないのでしょうか?
 ここから小さな山を越えたところが三明です。
 あとから道が出来たのか、立体交差化か、鉄道時代にはありえないような、高さの低いトンネルも時々見られます。
 因みに鉄道トンネルのようなものはもともとなかったのか、1つもありませんでした。
ん??
廃線跡の終点。ここから自転車道は巌門まで延びて(右前方)いますが、廃線跡ではありません。
 バスの回転場になっている広い駅跡と、駅跡前の商店。
 駅舎は国道の反対側を向いていたらしく、農協や郵便局などがすべて国道から駅跡をはさんで反対側にあります。

おまけ・番外編
起点の自転車置き場にあったもの。よく写っていませんが、「国鉄 羽咋駅 →」と書いてあります。
能登一ノ宮で道を間違え、何を血迷ったかこんなところへ出てしまいました。(^^;
平成の世もなお乗り入れ続ける旧国鉄(JR)車両。(^^
 能登高浜付近から県道36号線へ入ってしばらく行くと数少なくなったオフライン郵便局、「志賀浦簡易郵便局」(JA志賀志賀浦支店)があります。
 また自転車道へ戻る途中には能登原子力センターが。
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高橋秀暢/g98a1514@mn.waseda.ac.jp