9月18日(水)
朝6時に起きて露天風呂へ入りに行く。このユースは内風呂は普通のお湯だけど、露天風呂は温泉。ただ、露天風呂には洗い場がないので1回は内風呂に入っておく必要がある。ときおり遠くを通りすぎる電車や貨物列車を見ながら40分くらいだらだらと浸かって戻ったらちょうど7時。朝食とともに新聞にも目を通し、談話室で8時15分からのNHKドラマ。見終わるころにはほとんどの人が出発してしまっていた。
11時過ぎの電車に乗るつもりでいたのを早めて9時14分の電車に乗ることにし、荷物をまとめてネパール人夫妻のスタッフに挨拶をして出発。駅ではちょうど今朝で仕事を終えて下り電車に乗ってまたどこかへ旅立つという名古屋出身のヘルパーさんに会い、僕は上り電車に。予定より1本早い電車なので、八戸で乗り継いだ電車を金田一温泉で下車。傘はユースに置いてきてしまったのに、またひどい雨。駅から温泉街までは「車で3分」の距離で、駅構内はおろか駅前にも傘を売っていそうな店はない。簡易委託のおじさんに聞くと傘を貸してくれ、歩いていくことに。僕が歩き始めると、駅前に停まっていたタクシーは動き出してどこかへ行ってしまった。
道に迷いながら30分ほどかかって温泉街に着く直前にJRバスに追い越され、しまった、これに乗ればよかったんだ、と思ってももう遅い。帰りにちょうどよさそうなのは温泉センター11時58分発があるけど、金田一温泉駅12時06分発の電車に乗るので、心もとない。広々とした天井の高い湯舟に20分くらい浸かって出る。今朝の温泉で湯冷めしてしまったのかとうとうカゼ気味になってしまい、こんどは体が冷えないうちに服を着たらこんどは汗だくに。綿なのであとで体を冷やしてしまいそう。
今度は道に迷わずに駅に戻り、11月限りになるJR線のキップを購入して12時06分発の電車に乗る。ちょうど電車がホームに入ってきたところで、あのJRバスが駅前に入ってきて女性が駅に飛びこんできた。……これだと交差点の信号によっては乗り遅れたかもなぁと、乗らなくてよかったと思うことにする。
JR線としてのこの区間は今回が乗り納めになるに違いないというのに車内では爆睡。盛岡では昼食に駅そばを食べる。天ぷらそばに玉子で410円。東北地方の駅そばは大半が伯養軒で、ここのそばはたいしてうまくないという印象で、ここ数回は東北に来ても食べていなかったのだけど、今回はそこそこおいしく感じる。もう仁宇布の住民からすっかり旅人(=千葉県浦安市在住)になって、これまでにないほど純粋に旅を楽しんでいるのだなと思う。
盛岡で田沢湖線に乗り換え、大曲で1時間ほど待ち時間がある予定だったけど、大曲には特に何もなさそうなので予定の一本前の横手ゆきでとりあえず横手へ先行。何度か駅ネした横手では少し早い夕食にラーメンを食べる。500円。次の新庄ゆきは最初は高校生で混んでいたものの湯沢を過ぎて院内に着くころにはすっかりガラガラで、ロングシートに横になって新庄までまた爆睡。新幹線の終点になった新庄で陸羽西線に乗り継ぎ、余目で羽越本線に乗り換え。もう外は真っ暗で、寝るしかやることがない。こうして夜のガラガラな列車にぼけーっと乗っていると、中学・高校生のころにJR完乗を目指してひたすら乗っていたころを思いだす。
羽越本線では交換列車が遅れて15分ほど遅れ、村上で5分乗り継ぎなので心配したものの、村上までには遅れを回復してすんなり「ムーンライトえちご」に乗り継ぎ。このまま乗っていれば明日の朝には新宿だけど、これは新発田で降り、タクシーで祖母の家へ。さすがに疲れたので軽くお風呂に入ってさっさと寝る。
9月17日(火)
22時台に寝たけど暑苦しくて目が覚め、窓を開ける。隣で寝ている同室者のいびきがうるさくてなかなか寝つけないままずいぶん長い時間が過ぎて時計を見たらまだ3時。
5時ごろに起きてお風呂に入ったり荷物をまとめたり。相部屋なのであまり派手にやることができず、個室だったらテレビもある程度の音量で見られるのになぁと。チェックアウトは7時からで、市電の始発も7時12分発なので、7時になると同時にユースを出る。なんとか低床車をつかまえて乗りたいので、ユース最寄りの宝来町ではなく十字街まで歩いて30分くらい待つ。しかしやってくるのは在来型ばかりで、あきらめて函館駅前まで電車に乗ったら函館駅前電停でちょうど新型の低床車が向こうからやってくるところだった。……あわてて反対側のホームへ行くとその電車は函館駅前折り返しで、十字街で待っていたら来なかったことになり、運がいい。折り返しの駒沢車庫ゆきにひと駅、松風町まで新型に乗り、電停前のセイコーマートで朝食を調達して再び市電で函館駅前に戻る。
函館8時04分発の「海峡2号」の見学専用車に乗ると結構乗っている。3日の間にずいぶん売れたんだなと思ったけど、僕を含めて3人を残してあとは吉岡海底で降りていった。竜飛海底で下車すると、3人の乗客のほかにスタッフが5人くらいゾロゾロといっしょに下車。列車が行ってしまい、ガイド役のスタッフ1人以外の人もどこかへ行ってしまい、見学開始。下り「日本海」を見送って延々と通路を歩き、重厚な扉を2枚抜けてさらに歩いて地上ゆきのケーブルカーに乗る。竜飛海底駅見学コースは地上にある青函トンネル記念館見学も含まれていて、しかもこのケーブルカーはちゃんと「鉄道要覧」に載っているのでちゃっかりケーブルカーも完乗できちゃったりするのである。
まずは記念館に入ったところで1時間半ほど自由時間になり、館内を見学。青函トンネルが技術の粋を結集して造られたことは非常によく分かったのだけど、いまは貨物輸送においてこそ動脈のひとつになっているとはいえ、やはり主力はトラック輸送で津軽海峡はフェリーで抜けてしまうのが一般的だし、旅客ではガラガラの快速「海峡」と、わずかな本数の特急「はつかり」(昨日のFMいるかで流していた空席情報では満席の列車もあるようだったけど)に急行「はまなす」が細々と走っているに過ぎない。商学部の杉山教授(交通論)の試験問題か何かで「青函トンネル利用法で最善のものを述べよ」というのがあり、正解は「今すぐ使用するのをやめてトンネルにフタをする」だったそうだから、複雑な思いである。「プロジェクトX」にも取り上げられたこのトンネルが日の目を見るのは北海道新幹線が走り始めるまで待たねばならないのだろうけれど、そんなものはいつのことやら、という状況でもある。それにしてもこのトンネルを造るのにかかったであろう莫大な費用はいったいどこから出たのだろうか。
晴れていれば竜飛岬にも行けたのにねーというガイド役のおじさんとともに再びケーブルカーに乗って竜飛海底駅に戻り、12時25分発の快速「海峡」に乗車。今日は連休が終わって最初の平日だったからか3人しかいなかったけど、普段は20人ほど見学者がいるそうで、詳細はまだ決まっていないものの12月から快速「海峡」が運行をやめて特急「白鳥」になってからも見学そのものは継続するとのこと。
青森に13時27分着、乗り換えはあわただしく31分発の特急「はつかり18号」に乗り継ぎ。昼ごはんを買いそびれ、竜飛の記念館で何か買ってくるんだったなぁと我慢する。手元にはセイコーマートのジャスミン茶が2本だけか……と思ったら車内販売がちゃんと乗務していた。一戸駅の駅弁とかいう「ロースカツ弁当」を購入。820円。……添加物を一切使用していませんとうたっているなら納得するのだけど、そうでないのならコンビニ弁当で充分だよなぁという値段。
「スーパー北斗」に乗っていたときも、快速「海峡」に乗っていたときも感じたのだけど、ずっと車ばかりに乗っている生活をしていたからか、シートベルトをしないで揺れる車内に座っているのはどうも落ち着かない。それだけ鉄道が安全な乗り物だということなのであって、ベルトで座席にしばりつけられていないと落ち着かないだなんてただの変態ではないか(^^;;;)。
三沢に着くとひどい雨。とりあえずコインロッカー(中型なのに200円)に大きい荷物を預けて、駅前にあるコンビニ「オレンジハート」でビニール傘を購入。三沢駅前郵便局を履修して、十和田観光電鉄の電車に乗ったところで、替えのフィルムやら録音機材やらを大きなカバンに入れたままロッカーにしまってしまったことを思い出し、どうせ200円なので取りに戻る。今夜の宿、カワヨグリーンユースホステルは夕食がないので時間には余裕があり、次の電車にすることにする。キップにはハサミが入っていたけど駅員さんに言ったら次の電車でもOKにしてくれた。なかなかの雰囲気があることで有名な電鉄三沢駅のなかをいろいろ見ていると、21・22日に十和田観光電鉄80周年記念行事のポスターが目に入った。いろいろやるようだけど、「9月末を持って廃止となるJR連絡乗車券を発売します」と書いてあるのに気づき、「はつかり」を降りるときに「十和田観光電鉄十和田市ゆきは駅前電車のりばから14時49分の連絡です」と珍しく会社線のアナウンスをしていたのは、連絡運輸がまだ残っていたからなのか、と思い至る。
15時32分発の十和田市ゆきに乗り、録音開始。ところが途中の三農高前で高校生が大勢乗ってきて騒がしくなるわ、マイクのそばで貧乏ゆすりをするわで台なし。帰りにやりなおすことにし、十和田市に着いたらとうてつダイエーの中にある100円ショップでMDを購入。どんなに遅くても18時48分発の三沢ゆきに乗れればよいので余裕があり、まず同じ建物の中にある東一番町郵便局で風景印を履修。貯金は中3の春休みに訪れたときに履修済み。確か、近くにモスバーガーがあったはずだが、とダイエーの館内案内図を見ても載っておらず、電話帳と地図で確認すると少し離れたところにあると判明。まずは十和田観光電鉄の旧十和田市駅(いまでも本社と車庫がある)を見にいくものの、何両かの小型機関車と3400系が1両置いてあるだけで拍子抜け。近くにあった古本屋を冷やかし、スーパーのなかにあるモスバーガー十和田店へ。
十和田市駅へ戻ってダイエーで買い物したりしたあと、せっかくなので向山までの連絡乗車券を買って18時48分発の三沢ゆきに乗る。こんどは東急グリーンに塗り戻された電車。10月辺りから同じ東急からやってきた7700型など(すでに七百駅に置いてあった)に置き換えられることになっている。
三沢では7分乗り換えなので不安だったものの取り越し苦労に終わって、向山駅からの道は暗くて何度か水たまりに足を突っ込んでしまったりしたものの、無事カワヨグリーンユースホステルに到着。さっそく20時からお茶の時間で、途中お風呂に入ったりしながら23時の消灯までしゃべったり。ニュースでは日朝首脳会談の詳報が。
9月16日(月・休)
朝起きて、朝食。9時ごろ「ゆきのおと」を出て和田さんとS子さんに和寒駅まで送ってもらう。「Y生さんショックが癒えるまでは北海道には来ないかもなぁ」と言ったら、S子さんが「北海道でついた傷は北海道で癒してください」「また別なところでヘルパーでもやったらどうですか?」と言ってくれ、そうかもしれないなとふと思った。……その一方で、別に場数を踏んでまでヘルパーの道を極めるのも、うーん、どうだかなー、という気もした。今回の1ヶ月で、あれこれ手を出さないことが僕には必要なんじゃないのかな、と思ったので。
9時31分発の旭川ゆき快速「なよろ4号」はキハ40。昨日は2つの列車ともキハ54で、キハ54にも次第に味が出てきてはいるけど、キハ40は車内に入ったとたんに、いいなぁ、と思ってしまう。我ながら鉄である。旭川で乗り換えた特急「ライラック6号」もいい。ずっと普通列車の旅ばかりしていると、特急に乗るのが少し新鮮。指定券をとっておいたけど、座席は新千歳空港に直通していた当時のままのUシートで快適。「スーパーホワイトアロー」のUシートと違ってコンセントはついていないけど、Interlinkを広げて3日分の日記をつけたり。旭川を発車すると「鉄道唱歌」のチャイムが流れ、感激してしまう自分にやっぱり自分は鉄道マニアで、旅人なんだなと思う。
札幌に到着してコンコースへ降りると、人の多さというか、活気に少し……いや、かなり圧倒される。これはまるで空港の国際線ターミナルで、気分は海外旅行である。ずっと前に書いたかもしれないけど、やっぱり都会が新鮮に映る。札幌には何度も来ていて、これまではなんとも思っていなかったのだけど、1ヶ月の間、名寄まで行けば大都会、のような場所で過ごしていたのがやっぱり効いているのだろうか。……180万都市の札幌でこれでは、首都圏に戻ったときどうするのさ、と不安になると同時に、徐々に東京に近づくなかで慣れてしまわずに新鮮な目で東京を見てみたいなとも思う。それと、まだあの人のことを考えてんのか、とも思うものの、小樽と仁宇布の二重生活で週の半分は札幌圏にいるY生さんは、そりゃー、仁宇布にいれば強いわな、とふと思った。……じゃぁ、この1ヶ月で僕が弱くなったのか、というと、う〜ん、どうなのだろう。強いとか弱いとかいう次元じゃなくて、少し素直になったのかなという気がするその一方で、都市で生き残っていくためには自分を強く主張すること……自分のいいようにまわりを動かすとかそういうのではなくて、ダメなものははっきりダメと断るということ……も必要なのかなということも少なからずY生さんから学んだのかもしれない。「来なきゃよかったとは思っていない」というののひとつはこうした面においてなんだろうと今は思っている。
札幌の駅そばはあまりおいしくないという印象を持っていたけど、380円の天そばを食べると、久々にそばを食べているなぁという気分になる。べつに1ヶ月間そばを口にしていなかったわけじゃないし、幌加内の新そば祭りにだって行っているのに、やっぱり、旅をしているという気分がそう感じさせるのだろうか。
12時22分発の「スーパー北斗6号」は、発車間際に入線してきて車内も落ち着かないうちに発車。9両編成という、道内でこんなに繋げて客乗るのかと言いたくなるほどの「スーパー北斗」は、札幌発時点ではすいていたけど車内改札では満席だと言っていたし、南千歳で高校性のクラブ活動の面々とおぼしき連中が大量に乗ってきて騒がしくなる。せっかくの「スーパー北斗」なのにふざけんなよと思いつつ東室蘭辺りまで寝ていたら、連中の大半も夢のなかで、よしよしという気分。東室蘭から先が「スーパー北斗」が本領を発揮する区間である。窓際とはいえあいにく座席は山側だったけど、噴火湾を左に見ながら右へ左へ車体を傾けながらカーブをものともせず高速のまま疾走してゆく。振り子特急は「スーパーおおぞら」にも導入されたし、札幌近郊の201系・731系や、「スーパー宗谷」にも簡易振り子機能が搭載されているけど、道内の列車で最初に振り子車を導入したのは「スーパー北斗」が最初で、中3の春休みに初めて北海道を訪れる直前のダイヤ改正で登場し、北海道から帰る最後に札幌から函館まで乗り通したときの感動は忘れられない。その後「スーパーおおぞら」「スーパー宗谷」いずれにも乗ったけど、「スーパー北斗」ほどの躍動感というか、感動はなかなか感じられないでいる。
これでもかこれでもかと車体を傾ける振り子機構に変わりはないけど、加速のし方がちょっと上品になっちゃったなぁという気もする。運転士さんのやりかたによるところが大きいのだろうと思うのだけど、加速するときに「ドルルルルゥゥゥゥゥゥン」といったんふかして、そして「ガッガガガガガーー」という音と軽い衝撃とともにグングン速度を増していくあの感じがないと物足りない。
大沼公園を過ぎた辺りで便意を催し、トイレに行くとどれも使用中。車内をうろうろしていると7号車だけが異様に乗客が少ないのに気づく。札幌発車前に「指定席をご希望の方は7号車の空いた席でお待ちください。車掌がのちほど参ります」とアナウンスしていたのと、今日は満席だという車掌の言葉を思いだし、どうやら7号車は急遽増車した車と察する。指定席扱いにしておけば自由席であぶれた乗客から指定席との差額が取れるし、増車するでも素直に自由席を増やすことをしないのか、と受け止めた。30分おきに特急が走る札幌〜旭川の「ライラック」「スーパーホワイトアロー」を除けば、道内の特急は自由席が1両、多くても2両しかついていないのが普通で、ちょっと不便だなと思わないでもない。
函館に15時半に着き、観光案内所でバス・市電共通一日乗車券(1000円)を購入。「5回乗らないと損ですよ」と言われたけど、函館山に登るバス(片道360円)にも乗れるのでそれに乗ればすぐもとがとれる。今日の宿、函館ユースゲストハウスへ行こうと市電乗り場へ行くと、「チンチン電車運行時刻」という表示があってあと20分ほどの16時07分にやってくると書いてあり、せっかくだからそれを待つ。乗ってみると、平成4年までささら電車として走っていた車両を客車時代のものに復元したものとのことで、整理券発行機や運賃箱がなく、女性の車掌がまわってきてキップを売っている。一日乗車券でも乗れるけど、磁気券の券面には日付の表示がないので古いのでも乗れてしまいそうである。函館駅前から3つ目の十字街で下車して後続の谷地頭ゆきに乗り換え、次の宝来町で下車。僕の前にいた人が運転士からカードを買って「これでカンバスに乗れるの?」と聞いているのが聞こえて、民間の函館バスを略して函バス、で、これはハコバスと言わずカンバスと読むのか、と知る。
ユースの場所はすぐに分かったけど、立地といい建物の形といい、なんだかラブホテルのよう(ォィ)。チェックインすると相部屋とのこと。えー、ユースゲストハウスって個室が基本じゃなかったのかよーと思いつつ、税込み4410円を支払う。相部屋のくせにこれで素泊まり料金である(食事提供はしていない)。ふざけんなである。部屋に入ってみると、1人用の個室にむりやりベッドを2つ置いたような部屋で、ライティングデスクもなく1人分のスペースは明らかにユースホステルより狭い。ハマリだ。登別の「あかしや荘」(すでに廃業)の息子がやっていると聞いていたのに、、、ユースホステルガイドブックには1泊税抜き4500円と書いてあり、315円足せば個室になったのならそうしたほうがよかったとも思うし、連休だから個室提供はできなかったのかもしれない。
あーこれだったら「旅の窓口」で5000円くらいのホテルを探すんだったかなと思いつつ、リュックに荷物を小分けして部屋を出る。とりあえず谷地頭温泉まで歩いて行って疲れを癒す。やけに混んでいるなと思ったら、この3連休は小学生以下と65歳以上が無料、と書いてあった。湯上がりに座敷で「FMいるか」を聴きながらInterLinkをコンセントに繋げて日記の続きを書いたり。「スーパー北斗」の車中でバッテリー切れになってしまい、そういえば宗谷本線の特急「サロベツ」は各席にコンセントがついていると聞いたなぁと思い出し、「スーパー○○」とそうでない列車の差別化はそうしたところでやるのかもなぁと思った。少しくらい時間がかかっても車内でバッテリーの心配をせずにパソコンが使えるのは大きい。最近「北斗」には乗っていないけど、今度機会があったら乗ってみようと思う。
6時半ごろに温泉を出て谷地頭から市電に乗って十字街で下車。ちょうどどつく前ゆき(発音は「どっくまえ」なのに、表記はなぜか「どつく前」……そういえば、そこに工場がある会社の名前も「函館どつく」でしたっけ)が行ってしまったので歩いて「ラッキーピエロベイエリア本店」を履修。函館といえばモスバーガーよりもラッキーピエロなのである。前回函館をまわったときはまだ営業時間前で、十字街電停近くにある十字街銀座店(旧:サンタが函館にやってきた)で食べた。レジには「ラッキーピエロ全店制覇ラリー」なるチラシが置いてあり、まさにツボを突かれてしまう。前回はこんなチラシなかったよなぁという気がする一方で、店内に4月開店と書いてある函館駅前店が載っていない。ずいぶん適当である。レジの人に聞くと期限はないそうなので気長にやってみることにしてとりあえずベイエリア本店のスタンプを押してもらう。……しかしこれでは十字街銀座店を再履修しなくてはいけないではないか。。。
雰囲気のわりに首都圏のベイエリアほど人がいなくてこんなところっていいよなぁという感じの通りを歩いて十字街から再び市電に乗って函館駅前へ行き、19時50分発の函館山ゆき登山バスに乗る。前乗ったときは函館市営だったのが函館バスになっていて、ガイドさんは函館市営のときの人に似てるなぁという気もしたけど、ガイドの内容に「タクシーとは目線が違い、バスでしか見ることのできない景色がご覧いただけます」に続けて「その代わり、タクシーの方はたっぷり料金を取られております」と言ったり、終点近くになって「ここはウチの優先レーンでございます。観光バスにはお待ちいただいて、お先に失礼」と言ってみたり、市営バスだったら言わないよなというようなことを言う。
函館山からの夜景を見るのは何回目かだけど、今夜はすっかり晴れて下北半島の民家の明かりまで見えた。この夜景、某ゲームに出てきていたなぁと思いつつ写真を数枚撮っておみやげ屋を冷やかしていると、「函館山山頂駅臨時郵便局」というのを見つけて風景印を履修。今回初めて見つけたけど、前からあったのだろうか。
おり返しのバスに乗ってこれは十字街で下車。函館市電のノンステップの新型にまだ乗っていないのでせめて車庫まで行って見てこようと思ったけど、谷地頭ゆきの終電が21時台だったので駒沢車庫まで行ってしまっては戻って来れない可能性が高いので、函館駅前までぶらぶら歩いて、こんどの谷地頭ゆきが30分後だったので10分後に来たどつく前ゆきに乗って十字街で下車。車内の市電・市バス路線図を見ると、市営バスは1系統しか載っておらず「市営バスの運行は平成15年3月31日までです」という表記があった。札幌市が市営バスを全廃して民間に移管すると発表したのが記憶に新しいけど、函館市も追随したらしい。さっき駅前で見た「日吉営業所前」と行き先を表示したバスは実は最後の市営バスだったのか。
十字街で電車を降りる際に運転士にノンステップ車が走っている時間帯を聞いてみても「毎日違うから分からないなぁ」という返事で拍子抜け。十字街電停からユースまで歩くことにし、歩き始めてすぐのラキピ(=ラッキーピエロ)十字街銀座店を再履修。ユースに戻ればティータイムでアイスクリームが出ることが分かってはいたけど、ソフトクリームを食べる。
「ゆきのおと」のS子さんが言っていたとおり、それぞれがアイスクリームを食べたらさっさと部屋に戻ってしまうティータイムをのぞいて、僕ももらったアイスクリームを食べながらInterLinkを広げて黙々と日記をつける。
9月15日(日・祝)
日進9時53分発の名寄ゆきで出発。ひと駅先の名寄で1時間40分ほど時間があって、西條百貨店やセイコーマート、ローソンを冷やかす。函館の宿をまだ決めていなかったのでローソンのLoppiで探してみたけど、全然なし。使えない。駅へ戻ってPHSから函館ユースゲストハウスを予約。ついでにカワヨグリーンYHも予約。17日は夕食の提供ができませんけどいいですか、と言われた。YHで夕食をとらないなら十和田観光電鉄をゆっくり見ることができそう。
名寄11時43分発の旭川ゆきに乗り、和寒で下車。12時35分。大勝食堂でラーメンを食べて、フタバのソフトクリームを食べて、今晩用のヤケ酒を買ったら今夜の宿「ゆきのおと」の和田さんに迎えに来てもらおうかなぁと思ったら、すでに駅に迎えに来ていた。どうも予約したときに12時35分の列車で着くと言ったらしい。。。ヘルパーのS子さんもクルマのなかにいた。
大勝食堂でラーメンを食べたあと、「(名寄の)ピヤシリ山へ行こうかと思うんですけどいいですか?」という和田さんに連れられ、再び名寄方面へ。国道40号沿いにある「かぼちゃ王国」でかぼちゃソフトクリームを食べ、和田さんの運転らしく、川西とかあっちのほうの農道を進んで名寄へ。この辺りは起伏が激しいところに畑が広がっているので、美瑛や富良野並みの農村風景が展開していて、北海道はこうでなくっちゃなぁなどと勝手なことを考える。約1ヶ月間いた仁宇布だって北海道なのに、そういう考え方をする時点ですでに住人ではなくて旅人に戻って、、、、というか、戻れているんだな、と思い、少しホッとした。
名寄まで来たついでに、と昨晩の宿の名寄サンピラーユースホステルに寄り(なんのために和寒まで行ったんだか……(^^;))、ピヤシリ山へ。ゲートの手前でクルマを停め、山頂まで行ってさらにローソク岩まで足を延ばしてクルマに戻ってきたころは17時過ぎ。夕食は下川の「モレーナ」で。僕は「鹿のカレー」(900円)にライス(200円)とチャイ(400円)。この店、時間がかかることで有名で、出てきたのは注文してからちょうど1時間と5分経ってから。飲み物も出てきて食べ終わって出るころには2時間が経過していた……。
そのあと、五味温泉で入浴して、士別の24時間営業の「みしま」(道北圏に展開するスーパーマーケット)で買い物。僕も今晩のヤケ酒を購入。少し奮発して980円の士別ワイン。
「ゆきのおと」に着いたのは23時半。外の気温は5℃で、さすがに半袖では寒い。さっそく談話室で和田さんやS子さんとお酒になったけど、愚痴のオンパレードにする予定が、なんだか話す気になれず、……というか、すでに仁宇布を離れて1日経過しているし、できれば早く忘れてしまいたいという気が強かったのか、不発に終わる。和田さんはカゼ気味で早く寝てしまい、S子さんとも、2時ごろに切り上げて寝る。
9月14日(土)
仁宇布を離れる日。N田さんのおばあちゃんの家で目覚め、7時から野村はづきアナが取材に来ていたHTBの「晴れときどき北海道」を見る。番組を見ている間にY本さんも来て、N田のおばあちゃんを羊小屋に送ってコイブへ戻る。
美深へ買い物に行ったY本さんの留守番も兼ねて荷造りをしていると、Y生さんの奥さんから電話。トントへ送ってほしいという内容だったけど、そのときに最後の挨拶。軽はH本さんに返してしまったし、Y本さんも外出中なので歩いて行くわという話になり、しばらくしてシャッターを開ける音がしてそのときはY本さんが帰ってきたのかなと思って出ていかなかったのだけど、そのあと人が入ってきた気配がないので、どうやらY生さんの奥さんが入ってこようとしてシャッターを開けたけどドアにカギがかかっていたのであきらめたよう……なんだか悪いことをしちゃったかなという気もする。
荷物を片付けていると、カバンには入りきらないことに気づき、サッポロクラシックのケースの箱に入れて送ることにする。……でも、よく考えてみたら、ケースで買ったクラシックのうち4分の3を飲みきれなくて送ったのだから、結局は増えた荷物はクラシックか、という気がする。でも、カバンのほうもパンパン。。。ショルダーバッグに入れていたものをバッグやリュックに分けて入れたからかと思うけど、確か来るときもショルダーバッグは使っていなかったような気がする。
荷造りもひと段落ついてトロッコ王国へインタビューを録りに行く。T見沢さんがいなかったのでいったん引き揚げて、Y本さんに頼まれて羊小屋へお昼ごはんを届けに行く。N田のおばあちゃんのほかにY田さんもいて、「一ヶ月、どうだった?」と聞かれた。みんなに答えている答えだけど、「来てよかったかどうかは分からないけれど、来なければよかったとは思っていない」と答える。
N田のおばあちゃんを家まで送って再びコイブに戻り、好輝くんたちが店に来たのでお別れの挨拶をすると、どうも態度がよそよそしい気がした。。。Y生さんがやっぱり何か言ったのだろうか。……気のせいだと願いたい。
再度トロッコ王国へ。インタビューも終えてバスの時間になり、お店を空けられないY本さんにお店で挨拶して一人でバス停に行き、一人で仁宇布13時12分発の美幸線バスに乗り込む。美深では今朝のテレビに出ていた井上食堂でラーメンを食べ、喫茶西部警察(営業している気配はない)を見に行き、駅前にあるY生さんの会社の社員の方達や、駅員さんのN村さんやちょうど来ていた自治会長のH沼さんにも挨拶したりして、17時03発の名寄ゆきに。日進で降りて、名寄サンピラーユースホステルに泊まる。
9月13日(金)
昼ごろまで店番をしながらゴロゴロしたり荷造りをしたり。午後に美深へクルマを走らせて、美深駅でキップを購入。トロッコ王国にも顔を見せるN村さんがキップを作ってくれたけど、美深から宗谷・函館・千歳・室蘭・函館・津軽海峡・東北・田沢湖・奥羽・陸羽西・羽越・信越・上越・高崎・東北線経由東京都区内ゆき、なんていうのを頼んだものだから、何回もやりなおして30分くらいかかって発券。そのほか特急券や青函海底駅見学の「ゾーン539カード」なども購入。青函トンネル見学は「席数22 残22」だったのでもしかして1人かもしれない。。。券面を見ると「4番A席」とあって、列車の指定席は4番から売っていって3番で終わる、というのは本当だったのかと初めて知った。
びふか温泉で入浴して、トロッコ王国で走らせようとしているとかいないとかいう入替機関車をみたり、ミルクプラントで頼まれたお遣いを済ませ、セイコーマートから段ボールを1箱発送。来るときに送ったのと同じ大きさの箱にいれたのに、浦安のセブンイレブンでは大きさしか測らなかったのが、美深のセイコーマートではちゃんと重さを測ったので1ランク上の料金になってしまった。。。これだったらゆうパックで出したほうが少し安かった。そのあと、辺渓駅跡近くに残る美幸線の橋を確認したりしてコイブへ戻る。
夜は、ホスターホームにソフトクリームの残りを届けに行ったついでに夕食をごちそうになり、クルマを貸してくれたH本さんにクルマを返し、Y本さんとN田さんのおばあちゃんの家に行っていろいろごちそうになる。その日の晩はN田さんの家に泊まることになった。
9月12日(木)
朝起きると、また雨。昨日みたいに上がるといいなぁと思ったけどなかなかそうはならず、朝ごはんをトントに食べに行く。お客さんと話しながらテレビの天気予報を見ると、そのうち晴れるようなことを言っていて、9時ごろには晴れてきてきれいな虹が2本出現。
まずは歌登へクルマを走らせる。西へ走ったので雨を追いかけていった格好になったのか、土砂降りになるところもあったけど歌登のセイコーマートで買い物をして昨日打ち止めにしたの歌登トンネルの北見枝幸側に着くころにはまったく問題ない天気になった。
歌登トンネルの美深側、歌登駅予定地跡、志美宇丹トンネル、いったん給油に美深を往復して、上徳志別付近のトンネルや橋梁、などなどを見ながら北見大曲付近まできて、北大曲トンネルの美深側を確認して打ち止め。
夜はY生さん(出張中)が「高橋くんに食べてほしい」と言って置いていったとかいう羊の串焼肉があるというのでトントへ行って一人で食べたあと、日ノ出岬温泉へ。何だか寒いなーと思っていたら、上幌内の温度計が、行くときは5℃、帰るときは3℃。クルマの外は冷蔵庫以下か……しかし、上幌内の2軒を除いてまったくの無人地帯なので、クルマを停めてライトを消すと、星が非常にきれい。トントの前で見るよりすごいの一言。
9月11日(水)
朝4時半ごろに起きると、雨。いやーまいったなと思っていたけど、朝食を食べるころにはほとんど上がった。
朝7時半ごろにコイブを出て廃線活動を始める。まずはずっと前にK沢さんと行った礼文第2SSから、黒岩トンネルの北見枝幸側まで歩いてみる。陸橋や橋梁が7つあり、予想以上に多かった印象。いったんコイブへ戻って、一昨日と昨晩に連泊されたお客さんが寄っていくのを見送って、今度は黒岩トンネルの手前に行ってみる。歌登へ向かう道道の、仁宇布の集落を過ぎたところにあるゲートの手前から林道へ入り、本当にあるのかいなと思ったころに跨線橋が出現。路盤跡へ降りていって北見枝幸側へ20分ほど歩いていくと口の塞がれたトンネルが出現。珍しく美深側についている銘板を見ると、確かに黒岩トンネル。跨線橋へ戻って反対側の美深側へ行けば、橋梁(ちなみに美幸線の橋はすべてコンクリートでできているので鉄橋ではない)がひとつあって、しばらく進むと堀井牧場の牧草地に取り込まれていた。
クルマに戻るとちょうど13時。天の川トンネルまでクルマを走らせたあと、雨上がりの強い日差しのもとで2時間近く歩いたのがたたったのか、非常に疲れ、とりあえず歌登のセイコーマートまで行って昼食。30分ほど昼寝をすると、時計は15時。どうしようかなと思ったのち、歌登〜北見枝幸は10キロほどしかないのに気づいて、今日は枝幸まで行って歌登まで戻ってきて終了することにする。
枝幸に行くたびにリンクスのT田くんの実家はどこにあるのだろうと思いながら、とりあえず駅跡のバスターミナルへ。硬券のバス乗車券を売っていたので買っていこうと窓口へ行ってみたら、片道の乗車券は売らなくなり、往復でも硬券は限られた区間しかないとのことであきらめる。
2年前に来たときとほとんど同じ場所を見て、歌登トンネルの手前まで戻って17時になり、終了。いったんコイブへ電話すると、セイコーマートで卵が10個98円だから買ってきて、と言われて買い物したあと、歌登健康回復村の奥にある朝倉温泉へ。ここが源泉で、健康回復村もここから湯を買っているとのこと。入浴料は300円。健康回復村が340円だから、お湯に入るだけなら得。Y本さん情報では600円で、源泉だからしょうがないかーと思いつつ行くのを少しためらっていたけど、行ってみれば逆だった。……大規模施設にお湯を提供しているからか、もともとは山奥の1軒宿だったに違いない朝倉温泉も建物半分は改築か増築をした跡があり、経営は安泰そう。逆に健康回復村も新しく源泉を掘らずに開業できたからなのか、500円程度が一般的なこの手の施設では破格値の340円で日帰り入浴できる(音威子府村の天塩川温泉はもっと驚いたことに200円なのだが)。
コイブで夕飯を食べていると家から電話があり、玉社のM本先生がお亡くなりになったとY口先生から電話があったと連絡があった。詳しく聞くと、14日に学校主催で偲ぶ会が行われるけど、通夜や告別式を密葬で済ませるなどあまり気にさせたくないというM本先生の遺志なので、無理して帰ってくることは却ってそれに反する、というY口先生の話。
9月10日(火)
今日は羊運びもないし、お客さんを羊小屋へ送ってトントの掃除が終わったら夕方まで廃線に専念するぞーと思っていたら、Y生さんが「羊運ぶぞー」……なかなか言い出せないでいたのだが、あの〜、起きている間ずっと拘束されている感じがするんですけど、私がいなかったらどうするつもりだったんですか? と切り出してみると、予想通り、「文句があれば、今すぐ出ていっていいんだ、いいよ、帰れ帰れ」という返事が返ってきた。
羊を運んで(乳離れした子羊を別な小屋へ移すだけだったので1時間ほどで終わった)掃除をし終わってから、Y本さんを交えて話した結果、トントにいる限りはY生さんを四六時中手伝ってもらう、という話で、幸い、帰ろうと思っている今週末までY本さんが店の奥の納戸に置いてくれると言ってくれたので、トントは引き揚げることにした。前から聞かされてはいたのだけど、僕が来ることがY生さんにはY本さんからほとんど伝わっておらず、僕の出現はY生さんにとっても晴天の霹靂のようなできごとだったらしい。まぁ、お店はお盆のころの忙しさがウソのようにヒマだし、少しは手伝うことがあったとしても、今までに比べればずっと多くの時間を廃線に裂けるぞ、という気がした。。。実際はどう転ぶか分からないけれど。
今日は、クルマを持たないお客さんが2人いて、1人は16時過ぎの特急で帰られ、もう1人は連泊だけど美深市街にあるミルクプラントを見学されるというので、天気のよさとは裏腹に廃線は無理だったけど、Y生さんではなくY本さんから頼まれた話だし、お客さんの世話は嫌いじゃない。連泊のお客さんは酪農に詳しく、ミルクプラントでは先日は聞けなかったような貴重な話(簡単なチーズの作り方とか、牛乳の成分の違いとか)も聞けたし。
夕方、トントに置いてあった自分のモノを全部引き揚げてコイブへ。どこか温泉にでも行こうかなぁとも思ったけど、今日はためた日記をつけたり新聞切り抜きをしたりして、さすがに疲れたので20時過ぎには寝ることに。土曜の昼のバスで帰るつもりで、金曜日は帰る準備で1日空けておくとして、活動できるのは明日と明後日の2日。できるだけ廃線を見たりして、何か冊子を作ってみたい。
9月9日(月)
朝から羊を天塩の食肉センター(=つまり解体場)へ連れていくクルマを運転。生まれて半年ほどのオス5頭に、すっかりおばあさんのメス1頭。すっかり「ドナドナ」みたいな悲壮な感じなのかなーという予想に反して、今まで何度か羊を運んだことがあったこともあってか、普通に運んでいって置いてきたという感じ。解体場には置いてくるだけなので、別に目の前で解体が始まるとかそういうわけでもなかった。……羊や牛の頭がゴロゴロしているとか聞いてはいたけど、全然そんなこともなし。
中川付近の天塩側に沿うあたりを除いて走りやすい国道40号は快調に進み、道の駅びふかでコロッケなどを食べ、美深市街にあるミルクプラントを少し見学。ちょうど羊ソフト用のソフトクリームミックスを袋に詰めているところで、全部手作業。
12時半ごろにコイブへ戻り、13時ごろにトントに行って30分ほど昼寝をしたあと、掃除。1部屋あたり30分くらいかかってしまい、僕も部屋を移るので散らかっている荷物をまとめたりして終わったのは15時過ぎ。N川さんを連れて羊小屋に行き、今日1日牧場で仕事を体験しているI川さん達と放牧している羊と戯れる。放牧地の敷地内に美幸線の未成線の築堤が延びていて、僕は羊も見ずに築堤にぽっかり穴をあけている通路に銘板を見つけては喜んだりしている始末。(^^;)
9月6日(金)
朝食をのんびり食べて11時過ぎに、小雨の降るなかK沢さんやF己さんと廃線活動へ。歌登方向に向かって通行止になっている旧道の前でクルマを停め、しばらく歩いて行って第三大曲トンネルの出口から活動開始。第一礼文トンネルの入り口まで歩いて引き返して、時間は12時半。僕に何もなければ夕方までやるのだけど、明日の仁宇布神社のお祭りを前に草刈があるとかで、1ヶ月で帰るというのにすっかり住民と化した私は参加せざるをえず、戻る。草刈そのものは何もやることがなく、神社(というか、祠)のなかでの酒盛りに付き合わされる……なにもすることがないときはいいけど、廃線活動がしたくてしかたがないときにこれはちときつい。。。それでも、神社の前にのぼりが立ち、飲み始める前に全員でお参りをするシーンなどは、なんだかNHKのドキュメンタリーに出てきそうな雰囲気で、なかなか見られないものを見たなという気がした。
16時半ごろに抜け出すとコイブには「ゆきのおと」の和田さんやS子さんが来ており、いろいろとしゃべって、夜になってからY本さんやK沢さんとともに日ノ出岬へ。K沢さんは今晩仁宇布を出発されるので、いったん22時半ごろにトントに戻ってから少し時間をいただいてインタビューを収録。今回初めて、使えそうな素材を収録した。
9月5日(木)
朝からY生さんのランドクルーザーにY生さんを乗せて滝川の丸加高原へ。3日付けの道新にも載っていたのだけど、松山農場から貸し出した羊26匹のうち18匹が野犬か何かに襲われて犠牲になり、病死した3匹を除いた残り5匹を引き取りに行くのである。……本来ならY生さんの会社の社員の人にやってほしい仕事なのだけど、引き受けてしまったのでしかたがない。
8時ごろ出るはずがずるずると9時半ごろになり、こちらはさっさと帰ってきて廃線活動をしたいので道道49号線・国道275号線を140km/hくらいで一路滝川を目指す。12時過ぎに丸加高原に着き、昼食。丸加ランチなるものを食べてみた。要はジンギスカン定食なのだけど、コンロがなくてあの旅館の夕食などで使われるロウのあれで、火力がただでさえ弱いのに食材は全部凍って出てくるし、本当に食べる人のことを考えてやっているのかなぁという感じ。滝川市の直営で、年間6000万円の経費に対して収入は2000万円だから市もなるべく早く手放したいと思っているのではないかとY生さん。……ゆくゆくはここを手に入れて、、とか言っているのを聞いて、この人は結局はただの実業家なんだなとつくづく思う。ともあれ、ごちそうさま。
羊をランドクルーザーに積みこんで13時ごろ出発。帰りは高速にのることにして、深川から道央自動車道に。しばらくは2車線で例によってY生さんが「やめれ」という程度に飛ばしたけど、そのうち対面通行に。追い越しができないので、もしかしてこのまま和寒(高速の終点)まで行くのかとイライラしていたら、数kmおきに「追越車線」という実質的な2車線区間が1.5km程度あって、この程度の通行量ならこれで十分という感じ。……でも、費用対効果を考えたら、片側1車線の高速を新しく造るより既存の国道を片側2車線化したほうが確かによさそう。
丸加高原を出てから和寒まで1時間で着いてしまい、このままなら15時ごろには仁宇布に着くかなと思っていたのに、Y生さんがローソンでエアドゥの運賃を支払うとか言ってまず和寒のローソンに。しかし、いろいろてこずったのちに予約したときに言われた運賃より高い、ということになってとりあえず出発。車中でケータイを使って確認したのち、士別のローソンで再チャレンジ。その後も名寄で買い物をしたりして結局仁宇布に着いたのは16時半ごろで、羊小屋に羊をしまいに行くのなどなどで開放されたときには17時を過ぎていた。……とても廃線活動なんてできない。
今日から2泊されるF己さんという、Y沢さんやY生さんの知りあいの方と夕食。K沢さんはトロッコ王国の方々と食べるということで、夕食のお客さんはF己さんだけ。
9月4日(水)
2人分の朝ごはんを作ってK沢さんと食べたあと、美深へ買い出しに行ったY本さんに頼まれてコイブの店番。昼から午後にかけてトントの掃除。そのあとだらだら過ごして、夕方からK沢さんが名寄ユースに泊まりに行くというので僕もと思って名寄ユースに電話してみるとさすがに夕食の準備ができないと言われ、断念。夜は数日分の日記をつけたりして過ごす。K沢さんは明後日までの滞在で、僕は明日はY生さんに頼まれて滝川まで行かねばならないし(安受けあいしてしまったけど、いまにして思えば断ればよかった)明後日は雨みたいなので、今日だらだら過ごしてしまったのはもったいなかったと後悔しきり。
9月3日(火)
新千歳13時半の飛行機で帰るというK内と、きょうのトワイライトで帰るというK田を見送ってから、午前中は掃除など。午後は美深に買物に行く。美深神社のお祭りらしくて御神輿など出ていたけど、それだけ。街をあげてのお祭りというわけでもなく、子ども神輿にいたっては歩道の上でおとなしくやっている程度。
16時ごろになって、K沢さんと未成線探索に出かける。これでいうところの2号礼文SSの周辺から始め、1号礼文SSの先「1号礼文SSを抜けた後は、路盤跡は第二礼文トンネルをくぐっていたが、容易に近付くことができない」と書いてあったところに再び線路跡に近づけそうな道(というよりすでに廃道と化していて荒れ放題)を見つけ、生い茂る木々をかきわけて進むとこの「道」をまたぐ架道橋とともに立派な未成線跡が出現。築堤にのぼって右へ進むとトンネルがあり、これが第二礼文トンネルと断定。もとに戻って今度は左側へ進むとまたトンネルが現れ、先ほどの1号礼文SSの北見枝幸側かと思いきや残っている銘板には「二号礼文雪おおい」と書いてあり、どうも違うらしい。長さ145Mと書いてあるので、トンネルの入り口はふさがれているけど上には登れそうだし「雪おおい」だったら本格的なトンネルというわけでもないのだから向こう側へ出られるのではないかと思ったけど、実際に登ってしばらく進むと木々の茂みに行く先を阻まれて断念。もう17時半を過ぎていたのできょうはここで撤収。……でも後で資料を見てもあれが1号礼文SSの反対側としか思えず、「一」「ニ」を見間違えたのだろうか。。。銘板は写真に撮ったので帰宅して現像すれば分かることではある。(ちなみに「雪おおい」=「スノー・シェッド」=「SS」である)
きょうはトントのお客さんもいないのでK沢さんと枝幸まで温泉に入りに行く。枝幸といえばリンクスのT田くんの実家があるんだっけ。
9月2日(月)
9時過ぎに出発。沼牛付近までH川さんのクルマといっしょで、これから局活動にはいる我々と朱鞠内湖方面へ向かうH川さんとはそこで別れる。K内が最近になって局活動に目覚め、活動中に局へ寄っても文句を言わなくなったばかりか、寄らないとうるさいくらいになったので、幸いという反面、僕はかつてほど血眼になって局をまわることはあまりしなくなったので微妙。
お寺の中にある沼牛東簡易郵便局を皮切りに、幌加内、政和簡易、温根別、士別中央通、士別、士別大通、多寄、風連、上智恵文、智恵文、仁宇布簡易の各郵便局を履修しながら戻る。名寄では「大善」に寄ってクラシックをもうひとケースと、瓶のクラシックを2本購入。お昼ごはんにと考えていた名寄のラーメン屋「亀きん」は4時からということであきらめる。
クルマはなんだかんだ言って快調で拍子抜けしていたけど、仁宇布へ向かう最後の道道49号線でラジオが突然切れ、雨が降っていたので動かしていたワイパーも動きがだんだん怪しくなってきて、次にエンジンを切ったらもうかからないかもなーと思っていたら、仁宇布簡易郵便局の前で動かなくなってしまった。……仁宇布の集落まで帰ってきてしまえばあとはもうどうにでもなるのでよかったけど、もし途中でこんな目に遭っていたらとぞっとした。この辺りだって、仁宇布から半径約15kmは誰も住んでいないのでもし動かなくなっていたら助けを呼ぶのも大変である。
仁宇布に着いたらいったん荷物を置いて、美深に降りて坂井モータースにクルマを何とかしてもらってからびふか温泉でも行こうかと考えていたけど、エンジンがかからないのでどうにもならず、とりあえずトロッコに乗る。免許を持っているのが僕だけ(保険の関係で自動車ではないけど運転には普通免許証が必要)なのでトロッコの最大の売りである「自分で運転できる」というのがK内もK田もできず、いまひとつ。
とにかくトントに入れないことにはどうにもならないので、Y生さんのランドクルーザーを借りてトント入り。31日からきているというK沢さんという人に初めて顔を合わせる。トロッコ王国の線路か未成線部分に本物のディーゼルカーを走らせようと計画している人で、夕食はこの人を交えて4人で。本当は一般のお客さんが1人入るはずだったのだけど、その人が着いたのは21時すぎ。口数の少ない人で、この人とは特に会話は弾まず、結局4人で23時過ぎまでやっていた。一般のお客さんがくるということでY生さんの奥さんもいてそれなりのごはんが出たからなのか2人の宿泊料はK林さんのときから5倍に跳ね上がって5000円。聞いてみるとそのうち1000円は僕に紹介料として計2000円がバックされるという話だったのでその分を引いてもらって結局4000円。とんだインフレだけど、ゆきのおとはもちろん、塩狩温泉ユースホステルより安いし、一般のお客さんは同じ食事できちんと6400円取っていたので、充分だったかなとも思う。K林さんは結局ギフトセットを頼んでいったみたいだし、逆にこの2人は何も買いそうにないから、奥さんは一目で見抜いていたのかもしれぬ。
9月1日(日)
全日本玉入れ選手権の日。塩狩温泉ユースホステルからは8人が参加で、K内を乗せて軽自動車で会場へ向かう。駐車場にクルマを停め、エンジンを切るとまた例によってエンジンがガタガタ……。。。このクルマで果たして仁宇布まで帰れるのだろうか。
玉入れには「ゆきのおと」も参加していて、選手控え室に行ってみればK田の聞き覚えのある笑い声。16日ごろに来ていたY沢さんや、3月に泊まったときにいっしょでいまはヘルパーをしているS子さんの姿も見えた。塩狩の2.28イベントにいたI谷さんも。
出場する選手は6人で、すべてのチームが1次予選と2次予選には最低限出られる(1次予選で成績がよければ3次予選にシードだけど、どのみち2回はできる)ので、去年参加した僕やK内は1次と2次で交替で出ることに。K内が出た1次予選は3分47秒(何個は入るかを競うのではなく、100個の玉をどれだけ早く入れられるかを競う)。同時に行った10チームのうち最後までかかったけど、実況で「塩狩温泉ユースホステル」と連呼されてよかったのかも。……ちなみに実況はHBCラジオ「カーナビラジオ午後一番」(東京でいうところの文化放送「やるきMANMAN」みたいな番組)のYASUさんとMIKAさん。で、このYASUさんが番組企画か何かでCDを出したとかで番組では頻繁にその「Which is ?」という曲がかかっていたので、何かあるのかなと思っていたらやっぱり昼休みにライブとサイン即売会がある由。
2次予選は13時過ぎからなので、H川さんたちと幌加内の新そば祭りへ。軽はあまり動かしたくなかったのでH川さんやもう一人の方のクルマに分乗。祭りでは幌加内高校のそばとそばクレープ、それと、どこぞの外国人が造ったとかいう「そばビール」を購入。幌加内高校のそばは期待通りだったけど、そばクレープは食べてみれば味はただのクレープ、「そばビール」に至っては実は発泡酒(しかも原料もそばビールそのものもアメリカ産)で、でも、十分話題性はあるよなーという感じ。そば打ちの道具販売や講習会もあるし(段位も認定している)、首都圏からわざわざ来るかどうか分からないけど、札幌あたりに住むそば打ちの趣味をもつ人にもたまらないイベントかもしれない。
昨年の駅舎全焼に続いて駅前広場も歓迎モニュメントが撤去されるなどして整地されて鉄道の面影がほとんど見られなくなった幌加内駅跡の駐車場をあとにして再び玉入れ選手権へ。戻れば例のライブと即売会が行われており、僕も1枚購入してしまう。その後の2次予選では大幅にタイムを向上して2分19秒。2次予選敗退チームから1人出て行われる「チャンス1投」(10個の玉をいっぺんに投げて何個入るか競う)は僕が出ることになって6個入れ、賞品のポカリスエット1ケースを獲得。「ゆきのおと」は宿主の和田さんが投げて1つしか入らなかったとか。。。そうはいってもカゴの高さは4メートル12センチもあって、幅は44センチしかない(=和寒町で記録した最低気温マイナス41.2℃と、和寒町が北緯44度に位置することに由来)ので意外に難しく、我ながらよく入ったなという感触。
塩狩温泉とゆきのおとで記念写真を撮ったあと、連泊者のいない塩狩チームは解散になり、K内とともにゆきのおと側に合流。K田は連泊でH川さんも今晩はゆきのおとに移るけど、今晩は「特別スケジュール」(by和田さん)で夕食は回転すしで外食で、H川さんは鮨が苦手とのことで旭川へ行かれるそうで、K田も指定券を変更しにみどりの窓口が営業している駅へ行くことからH川さんについていった……というか、H川さんが決勝まで見ていくというのでK田も会場に残ったというのが正確。クルマはゆきのおとのライトバンに乗せてもらおうかなと思っていたけど、人数が多すぎて逆にライトバンに乗りきれなかったI谷さんが乗ってきた。
きょう中に土浦へ帰られるY沢さんを比布駅まで見送ったあと、「遊湯ぴっぷ」という温泉に入浴(500円)、そして士別の回転すし「ポッピー」へ。なんと比布ではPHSが通じたのに、逆に士別は士別「市」なのに通じず。都市圏(=大消費地)や生産地からだいぶ離れているだけあってうまいとはいい難い回転ずしだったけど、14皿、ちょうど2000円分も食べてしまった。
ここから軽には僕とK内とS子さんになって和田さんのライトバンのうしろについて福原の「ゆきのおと」へ。19時半ごろには着いてしまう。お風呂もごはんも終わったのでやることもなく、同室のひととだらだら話し始め、21時ごろから談話室へ移動して、22時半ごろにはH川さんやK田も戻ってきて、0時過ぎにはほとんどの人が寝てしまったあとも「2時まで飲むぞ!」と言っていたH川さんなどとともに2時まで起きていた。……H川さんやK田、K内は結局3時までやっていたそうで。
8月31日(土)
明日の「全日本玉入れ選手権」に参加するため、2日ほど休みをもらって和寒へ行く日。K内やK田が塩狩温泉ユースホステルで参加すると言っていたので、ゆきのおと(という名前の旅人宿)をキャンセル。申し訳ないので、塩狩には連泊しないで2日目はゆきのおとに泊まろうかなと思う。塩狩は昨日名寄に出たときにPHSで予約の電話を入れたら取れたけど、今朝、K田に電話してみたら予約していないというので予約してみたらと薦めたら1時間くらいあとに「断られた」という連絡が入った。……ご愁傷さま。。。玉入れに出たいと伝えてもダメだったそうで、おまけに近隣に泊まるところはないかと聞いても「知らない」と言われたということで、ゆきのおとを教えてあげる。さっき僕がキャンセルしたばかりだから断られることはないはずだけど、それにしても塩狩がゆきのおとを教えてあげないとはどうしたのだろう?
午前中に出発しようかなと思っていたけど、どんなにゆっくり走っても3時間あれば着くというので、午後2時半ごろに出る。I井くんを美深まで送ってと言われていたけど、別な人が送ってくれることになった由。親御さんから電話がかかってきて、このあと1週間くらい道内をまわったあと、帯広で牧場暮らしをすることになったらしい。
美深から和寒なら国道40号線だけど、国道275号線を通ってみたくなり、美深から275号に入って美深峠を目指す。途中までは仁宇布へ行く道道49号と同じ感じの道だけど、泉という集落辺りから急に立派になって、大きな谷を高速道路とみまごうばかりの立派な高架橋でどんどん渡って行く。料金を徴収する高速道路の赤字は問題になって、どうしてこういう国道はやり玉に上がらないのだろう。もう営業してないという「泉の湯」はどこにあるのだろうと思ったものの、『塩狩周辺ガイド』によれば「初めていくとまず分からないので集落の人に聞くこと」と書いてあり、そのまま通りすぎる。母子里に着いて、深名線の北母子里駅跡をみたあと、やっぱりここまできたら白樺やふきの台(InterLinkでは漢字で出ませんでした…)も行ってみたいなと思い、道道688号線(名寄遠別線)に入っていく。
この道、遠別まで開通しておらず、ふきの台の10キロほど先で通行止めになっているそうだけど、母子里から先はまったくの無人地帯で、僕のような廃線マニアが白樺駅やふきの台駅跡を見に行く以外に絶対使い道がないんだろうなと思う。センターラインも消えかかっており、誰が見るのかと思うけど「○km先通行止め」という表示が空しい。他の道ではほとんどいないキツネやワシがたくさん道路に出ている。よほどクルマが来ないのだろう。24キロポストを過ぎて、たしかこの辺りに…といったところで、唯一、クルマが出入りした跡がある場所があり、そこを入っていけば白樺駅跡。朱鞠内湖周辺一帯は北大の演習林で、そのためか「北海道大学」と書かれたブルドーザーが停まっている。一人だし、クマ出没地帯なので笛を吹きながら歩き回る。白樺駅は少し降りたところにあったのだけど、クルマで降りることができるのか、廃線跡をずっとクルマで乗りいれた跡があった。残っていた階段や転轍器はそのままだったけど、「旅ノート」(道内の無人駅にはたいてい置いてあり、なぜか白樺やふきの台駅跡にも置いてある)が置いてあった箱はつぶれていた。雪のせいだろうか。白樺駅跡をあとにして、ヘアピンカーブの連続で「全線開通させる」と道庁は言っているそうだけどこれじゃあ工事に行くのも大変だよなぁと思いながら、ふきの台駅跡へ。道道688号線からダート道の道道528号線に少し入ったところにあるのだけど、入ってすぐのところにハイジェット(軽トラ)が停まっていた。来るたびに何かしら来ているけど、何をしているのだろう。。。ふきの台駅跡も去年と特に変わりはなく、ノートの箱が入った箱はあったけど中身はなくなっていた。
ここ数日雨続きで、土砂崩れでしばしば通行止めになる道道528号線なので688号線を母子里まで戻ったほうがいいかなぁと思ったけど、528号線ならダートとはいえ朱鞠内まで16kmなのでアップダウンが激しく「路肩弱し」の表示が多い道を進んでいく。朱鞠内湖からこちらに向かってくるところには「釜が淵○km」と大きく書いてあるけど実際には道道沿いには登山口しかない釜が淵登山口には「通行止め」の表示。土砂崩れか何かなのだろうけど、いったい誰が直すのだろう。二段滝の入り口には「ヤマメ禁漁」の表示。釣りに来る人がいるのだろうか。……心配していた土砂崩れもなく無事に舗装されたところへ抜けることができて、湖畔駅の跡付近へやってくると、去年まではあった踏切の標識がなくなっていた。建設中の朱鞠内ユースホステルを過ぎると、名羽線のあったあたりで道路工事。名羽線は朱鞠内から分岐して羽幌を目指していた未成線で深名線車内からも名羽線のトンネルを見ることができたので知られていたけど、このトンネルを壊して道道の勾配を緩和する工事をしていると聞いてはいたので、おそらくこの工事だろうなと思う。朱鞠内駅跡周辺も駅舎から建て替えられたバス待合所を中心に廃線跡を道路にする工事が行われており、どうやらこれが一連の工事のようだ。おまけに町民プールの建設工事も進んでおり、こんなところで誰が利用するのかという気がする。
去年駅跡やトンネル跡をまわった共栄や大曲を過ぎて添牛内へ。添牛内郵便局跡が幌加内のそば屋「あじよし」の支店になっていると聞いていたので行ってみたら、局舎がそのままで内部だけ改装して営業していた。もりそばと「そばの実アイスクリーム」(幌加内ならどこでも売っていると思う)を食べる。そばは可も不可もなく、そばの実アイスクリームはたいしておいしくなかった。国道が交差するところなので、こういうところでもお客さんは来ているからいいのだろうか。
添牛内駅舎は健在で、相変わらず屋根が塗り替えられていて手入れも万全。この建物を使っているらしいおばさんがいてあいさつしたけど、マニアを嫌がっているわけでもなさそう。詳しい話でも聞いてくればよかったかもしれない。
きょうと明日、幌加内で「新そば祭り」が行われているけど、もう17時過ぎだし、たぶん明日行くので、初めて通る国道239号線で士別を目指す。士別から国道40号線に入って一路塩狩へ。このあたりでまた発進のときにエンジンがキュルキュルいい始め、剣淵を過ぎた辺りから速度を上げても消えなくなった。昨日直したばかりだから大丈夫だろうと楽観しながら塩狩峠の登りにかかったところで例の「バン」という音がして、一昨日と同じ警告灯がつきっぱなしになってしまった。なんてことだ。
何とかクルマは走ってくれて、塩狩温泉ユースホステルに無事到着。すでにK内が来ていて、夕食とそのあとのミーティングっぽいもの(現在の塩狩温泉ユースではミーティングが行われない)でクラシックの500ml缶を6本空ける。塩狩常連で玉入れにも参加されるH川さんがユニフォームを作るのを傍で見ながら他の玉入れ参加者やどういうわけか現れたもと名ヘルパーのI田さんなどと話しながら24時ごろまで起きていた。
8月30日(金)
朝5時に起きてしまう。I井くんはいつまでたっても寝ているけどいいのかなと思いつつ、8時過ぎだったかにY生さんを迎えに行ったついでに聞いてみたら「とんでもない」ということになって再びトントに戻ってY生さんが「朝も自分で起きられないようなら帰れ!」とどなりこんでいった。……普段は2人いる羊の世話をしている人が1人休んでおり、研修に来ていたI井くんが8時に行って手伝わなければいけなかったのだそうで、起こしてあげるんだったかなと少し気まずい思いをした。
クルマは何とか走るものの、エンジンを切ったときにガタガタいうのがおっかなくてしかたがなく、クルマの持ち主のH本さんに電話してみたら、連絡しておくから坂井モータース(車検を取ったところ)に持っていってみて、という話になり、行ってみたらファンベルトが切れていて取り替えてもらった。クルマそのものは9万キロ走っていて、別のクルマ(2万キロ走行)からエンジンを取ってきて載せ替え、ベルトも2万キロのほうから取ってきたのだけど、そのクルマはずっと乗らずに放置してあったのでベルトが固まってしまっていていきなり乗り始めたので切れてしまったのではないかという話。ともあれ、遠出をする前に直ってよかった。そのあと、Y生さんが名寄へ買い出しに行くのにお供。新しくできた名寄サンピラーユースホステルにも立ち寄って中を見せてもらえた。
夕方、ずっと放し飼いになっていた羊を回収するのをI井くんや好輝くんにY田くんと手伝ったあと、I井くんがトントから羊小屋に行くのに使っている自転車をY生さんの家に返しに来たので、明日はどうするの? と聞いたら帰ることにした、という。「クビになりましたから」と言ってはいるけど、そんな簡単にやめてしまっていいのかなという気もする。中学を卒業して入った調理師の専門学校も3日で辞めてしまったというし……。
8月29日(木)
7時過ぎにY生さんを迎えに行って朝食のしたくをしたあと、先生とお客さんを仁宇布バス停までお見送り。この日も乗客はこの2人だけ。バスの運転手さんもいつも同じ。バスを待っているとき、バス停のはす向かいにある建物(廃屋)を改装して宿にしよう、なんて寺沢先生が言っていて、バスが行ってからY生さんの奥さんに言ってみたら、いつも突飛なことばかり言っている人なのであまり気にすることはない、ということだったけど、美幸線の廃線跡にトロッコを走らせて人を呼ぼうと最初に言い出したのもなんと寺沢先生なのだそうだ。……こんな大学教授も実際にいるのか。。。
トントの掃除のあと、午後からHTBの取材でY生さんについてまわる。先日の風見しんごと同じ放送局で、今回は野村はづきアナ。話をしたら社学出身(’98年卒)とのことで、早稲田話に興じてしまった。収録風景を見ているとずいぶんハイテンションだけど、放送されるときにはこのくらいでちょうどいいんだろうか。。。しぐさがガイドでいえばM山さんに似ていて、彼女も営業職じゃなくてアナウンサーでNHKを受ければよかったのにという気がした。放映は9月14日で、同じようにBS朝日では後日放送されるほか、台湾でも放映されるそう(今回は映らなかったけど)。……しかし、羊の世話をしている人達にとってはテレビ取材や体験のお客さんが迷惑でもあるようで、そうはいっても農村がこれから残っていくには“グリーンツーリズム”を通じて都市から人を呼ぶのも重要なはずなんだけど、難しいのかなという印象を受けた。
きょうはトントのお客さんがいないので、夕方から五味温泉へ行ってみることにした。名寄をまわってもそれほど距離差がないので、名寄のモダ石油で給油して(会員カードを作ってしまった)、国道239号線でところどころ「○○跨線橋」という名寄本線の名残の橋を渡りながら下川へ。温泉は悪くはなかったけど昨日の日ノ出岬に比べてしまうとなぁという感じ。それにしても毎日のように温泉三昧(しかも全部違う場所)とは仁宇布も(クルマさえあれば)なかなかいい場所である。
湯上がりにガラナなんか飲んだりして、帰りにはセイコーマートで買物をして道道60号と49号で帰る。この道道60号がとんだ道で、舗装こそされていたものの、路肩の北海道名物の下矢印がなくてポールだし、数十キロにわたって明かりひとつない無人の山中をボロ軽自動車で走るのは恐くて恐くて……霧は出るし、対向車も3台しかなかったし、一人では心細すぎた。
しかも、道道49号に入って松山峠越えの最中に「バン」と音がしたと思ったらバッテリー警告灯と排気温警告灯が点灯してしまった。こんな漆黒の闇の山中で停まるわけにもいかず、仁宇布にはなんとか帰ってこれたけど、どうも発進時に「キュルキュルキュル……」と音がするのが(しかも日増しに大きくなる)気になっていたし、土曜日にはこのクルマで和寒まで行くつもりなのに大丈夫なんだろうかと不安になる。
8月28日(水)
先生とそのお客さんが諸岡さん(国鉄OBでトロッコ王国の“駅長さん”で松山湿原の自然ガイドで美深町議会議員の方)と松山湿原へ行っている間にトントの掃除を済ませて、先生方とともに日ノ出岬温泉へ。先生に誘われてI井くんもついて行く。
13時ごろに着いて、まずはレストランへ。ここの名物という何とかいう魚の唐揚げを頼んだら切らしているという。とりあえずお酒のおつまみになるものと、僕は運転があるしI井くんはまだ15歳で乾杯だけなので2人は食事を頼む。メニューにはありきたりのものばかりが並んでいる中に「日ノ出丼」なるものがあったので所望すると、ウニを切らしているのでできないという。もうウニのシーズンは終わってしまったのか。結局、日ノ出天丼にした。I井くんはなぜかうな重。「肝吸いついてきますかねー」などと言っている。何もこんなところでこんなの食べることないじゃないかと思うけど、まだ15歳だし仕方ないのだろう。
先生とお客さんが歴史談義に花を咲かせてしまって、中学校しか出ていないI井くんは退屈なのか先にお風呂に入りに行ってしまった。こういう話は嫌いではないのでずっと聞いていて、つまみを次々と頼んでついには毛ガニまで出てきたので大変おいしい思いをした。結局15時半ごろまで話をしていて、最後に甘いものでも…と「流氷サンデー」なるものまで食べる。先生、ごちそうさまでした。
温泉も非常に広々としていて、露天風呂からはオホーツク海と牧場の牛を眺めながらぬるめのお湯にゆっくり浸かることができて、これで500円だなんていいなぁと思う。
湯上がりにノースプレインファーム(松山農場やエミュー牧場などとともに「北海道開墾倶楽部」を形成)の「おこっぺ牛乳」(200ml200円)を飲み、再び運転をして帰る。食事をして、湯上がりなのとで僕以外は全員夢の中。しかも、雨が降ってきてしまって窓が開けられず、おまけに窓が曇ってしまうので曇り止めに暖房を入れるので大変眠い中の運転。よく事故にならなかったもの…。。。(恐)
トントに戻ってから1時間ほど昼寝。その最中にI井くんが入ってきていきなりテレビをつけたもんだから大迷惑。しかもやっているのは水戸黄門。貴様は本当に水戸黄門が見たいのか、ただテレビがついていないと不安なだけちゃうんかと小一時間問い詰めたくなってしまったけど、ひたすら寝入ることにする。(どうやらテレビは見ないで『こち亀』を読んでいるらしかったが……)
きょうのお客さんも先生のお客さんだけで、21時くらいまで飲んでいた。お客さんは国語塾を主宰している方とのことで、いろいろな話に華が咲いて久々に刺激になったような気がした。
8月27日(火)
6時ごろに起きてお風呂に入りなおして、昨日は洗えなかった皿などを洗ったりして片付け、朝食のしたく。Y生さんがやっていたのをまねしてやってみたつもりだけど、少し量が多かったようでK林さんも「しっかり食べられた」と言っていた。。。K林さんは私とほぼ同年代(私より3つ上)で、ここは年配のお客さんが多いから同じ量を出したら残してしまうだろう。
8時半に出発して松山湿原へ。こんなところで1日中読書ができたら最高だなぁという雰囲気の場所で、旅行中だったら感激しそうだけどずっと滞在しているのでいつでも行けるような状態だからあまり実感が沸かない。北海道をずっと移動しつづける旅行は疲れるけど、密度はとても高いんだろうなというか、そもそも旅というか旅行というのは「非日常」を楽しむのであって、滞在しているとそれが「日常」になってしまっていけないのだろうかと思う。家に帰ったら逆に当分は毎日が新鮮な日々になりそうな気もする。
K林さんを美深駅まで送って「スーパー宗谷」に乗るところまで見送ったら、入れ違いに寺沢先生が降りてきた。バスに乗るつもりだったみたいだけど、スーパー宗谷が11:08に着いたあとの仁宇布行きバスは12:40までないので、軽自動車ですけどよろしければ……と言ったら是非、と言うことになって“研究所”までお送りする。「本当はバスに乗って維持に貢献しなくちゃいけないんだがなぁ」と先生が言ったら駅員が「そんなことしたって時間の問題ですよ」と言っていた。先生は「トロッコは今年の利用者が1万人を超えたし、増便させる口実はあるぞ」とも。確かに、旭川や札幌とを結ぶ特急にすら接続していないのはいただけない。接続さえしていればK林さんも先生もバスに乗ったのだから。……そういえば、昨日行った床屋にはどういうわけか昭和40年ごろの仁宇布駅の時刻表が貼ってあったけど、いまのバスとほとんど変わらない時間帯で走っていたから、30年以上前の状態で21世紀にバスを運行したって、それはニーズに合わないだろうなぁと思う。
トントに戻って掃除をしたあと、コイブへ行って数日ぶりかにメールをチェック。局のディレクターからメールが来ていて、その内容にちょっとびっくりして急に現実に引き戻されたような気がした。
よく考えてみると、だんだんバカになってきてるよなぁと思う。日記をつけていても、あれは何日のできごとだったけな、なんてことが数日前のことだというのに思い出せないのである。頭を使うことなんてそうないし、知的刺激にとぼしいのだろうか。クルマとインターネットさえあれば都会と変わらない生活ができるぞ、と思っていたけど、どうなのだろう。知的刺激といったって、小中学校の先生方は違うだろうし、やりようによっては遠隔地の人とコミュニケーションを取ることも可能だし、それに都市部にいたってぼーっとしていたら同じなのだから、要は心がけなのだろうか。……しかし、実際に顔を合わせないコミュニケーションには限界があるのだということを今回のメールで少し思い知った気がする。確か、高2のとき、鉄研の合宿のときにS田くんと都市は一極集中か分散かで話をして、彼は通信の発達といってもメールやFAXや電話などでは限界がある、と主張していたっけなと思い出した。
トントで夕食の手伝いをして、先生とお酒を飲む。先生の連れてきたお客さんがベジタリアンだとかで、いろいろ話をしていたら石けんシャンプーの話などになって、なかなか波長が合いそうではあった。奥さんも石けんシャンプーには興味があるようで、いろいろ聞かれた。……21時過ぎには眠くなってしまって寝てしまった。きょう、いったん家に帰っていたI井くんが戻ってきていて、同じ部屋に寝る。
なんだかんだいってもう仁宇布に滞在し始めて2週間が過ぎてしまった。今週末にはもう9月になるというのに、美幸線の廃線活動はまだだし、トロッコの取材もまだできていない。持ってきた本もほとんど読んでいないし、ボケっとしている場合ではない。
8月26日(月)
3月の岩尾別でいっしょにいたK林さんがたずねてくることになっていて、迎えに行ったほうがいいのかなと思っていたけど、昨晩、反省会をやっている間にコイブに電話があってバスで来るとのこと。なので、トントで昼食の手伝い。宿なのだけど、役場から頼まれて留学生一行の昼食を提供した。留学生は大半が北大生で、去年来たときはコイブで食べていったらしいのだけど、肉が食べられない人がいて(コイブではごはんものといえばラムカレーかチキンカレーかハヤシライスくらいしかない)シーフードカレーにしてほしいとか言われたらしい。しかし、実際に留学生一行が着いてみれば、エビがダメ、イカがダメ、魚介類はダメ、等々注文が次々と。そんな宗教聞いたことないぞと思いつつ、盛りつけた中から取り除く。……本当はいっしょに煮込んだものは全部ダメみたいなことを言っていたのだが食べられるものがなくなってしまうので、いいのかなーとは思いつつ、これらはすべて盛りつけるときにトッピングしてあるだけだということにして出す。どうもブタがダメな宗教の人がいたらしくて役場の人や奥さんはブタは入ってないですと言っていたけど、残念ながらハウスジャワカレーには豚脂がしっかり入っているのだ……日本の宗教ではそういうのをあまりうるさく言わないから外国の人は苦労するだろうし、今回みたいに知らされずに口にしていることもありそう。もし、そういうのを一切使わないカレーを作ろうとしたら、もしそういうカレールーが市販されていたとしても美深では手に入りにくいだろうし、カレー粉から作るしかないだろう。……確かに、お金を取って食事を提供しているのだからそのくらいしてもいいんじゃないのかなという気もするけど。
実はその前に美深の床屋へ行って髪を切った。土曜日に行ったら1時間以上待たされて帰ってきてしまっていたのだが、今回もやっぱり1時間くらい待たされて、やっと順番がまわってきたと思ったら、終わるまで1時間以上かかった。……QBハウスなら10分で終わるのに、Y生さんの奥さんに聞いたら、この辺りでは髪を切りに行くのも一日仕事だとか。そうはいっても、髪を切りながらいろいろな話をして、仁宇布川で釣れるというヤマメを食べたことがない、というと帰りがけに1袋くれた。
彼らが帰ったあと、K林さんが着いたという電話がY本さんからが入り、ミニカで向かう。まずはトロッコに乗って、そのあと松山湿原に行くか、日ノ出岬でも行こうかな思ったけど、Y本さんの薦めで函岳へ行ってみる。美深と歌登の間にある函岳は、歌登側からのほうが近いみたいだけどミニカのガソリンが少なかったので美深で給油してから美深側から出発。道道680号の起点まで行くと、その先はいきなりダートになって「熊出没注意」などと書いてあって気分も上々。順調に進むと、役場のクルマと役場のブルドーザーとすれ違う。クルマには風見しんごのときに来た観光課の人が乗っていて、パトロールか何かに来たのかなと思ったら、ブルドーザーとすれ違ったあとは走りやすくなっており、昨日まで雨だったのでどうやら整備しに来たらしい。
加須美峠まで行けば昼間でもニッポン放送が受信できると聞いていたのでカーラジオのダイヤルを1242にしてひたすら上り、ときどきそれっぽいのがノイズの向こうに少しずつ聞こえるようになってきて、加須美峠の看板が見えたとき、いきなりクリアに入ってきて本当にびっくりした。手持ちの道路地図には函岳の山頂へ行く道が載っていないので見晴らしがいいのは加須美峠だとばかり思っていたら、周囲はただの山。そこからは道が分岐していて函岳山頂へ向かっているようなのだけど「遭難多発地帯です」「熊に充分警戒してください」「午後3時には下山を完了してください」(このときすでに17時を過ぎていた)なんて看板が立っていて、本当に入っていっていいのかなと思案していたところへ、歌登側からもう一台クルマがやってきた。練馬ナンバーのそのクルマの人も同じことで悩んでいたらしく、K林さんのケータイが圏内だったのでY本さんに電話したら「ゲートさえ開いていれば大丈夫」という話だったので、2台で突入。頂上に何やら白い建物が見えて、ひたすら一本道を登っていく。頂上の手前で広いスペースがあって「函岳ヒュッテ」なる立派な小屋と、自衛隊のジープが一台。自衛隊は大きなアンテナを設営していたけど何をしているのだろう。そこにクルマを停め、車外に出るといきなり僕のPHSが「ピピピピ……」とけたたましく鳴る。そういえば圏内通知設定にしておいたけど、、、とあわてて手に取れば何とアンテナが2本立っている。一番近い通話エリアは数十キロ離れた名寄のはずで、何かの間違いでは、、、と思ったのもつかの間、数秒で消えてしまった。ニッポン放送も入るくらいだし、本当に電波が届いたのだろうか。まさか。
白い建物の手前で通行止めのゲートが閉まっているのを超えて行ってみると、北海道開発局のマークが描いてあったけどこの建物は雨量計。気象庁ではないのだろうか。。。その建物で終点のように見えたけど、その裏手にまわってみると歩道が続いていて、その先に「函岳」という碑があった。わかりにくすぎる。昨日までは雨だったけどこの日は晴れで、ちょうど夕焼けの海に浮かぶ利尻富士を望むことができた。その反対側はオホーツク海。
再び山道を下って加須美峠へ戻り、美深側へ降りていく練馬ナンバーの人とは別れ、歌登側へ降りていく。ひどいとは聞いていたけど、どんどん道は悪くなるしおまけに日も暮れてしまった。そんななかをオンボロ軽自動車で降りていくわけである。1人じゃ絶対来たくないよなーと思いながら進むと、こんもりした茂みの中に「仁宇布27km→」というナビ看板があってびっくりする。このまままっすぐ進めば天の川トンネルの歌登側に出るはずなのでもしかしたら道道の旧道なんだろうかとけもの道同然の道を見ながら思う。あとで聞いてみると道道の旧道ではなくて道道に通じる林道で、その辺りにまだ人が住んでいたときは使っている人もいたようだけど、現在はその道をたどっていっても道道に出るところでゲートが閉まっているとのこと。やっとのことで道道に出て、時計はもう19時。歌登健康回復村へ行こうと最初は考えていたけど、まっすぐ帰ることにする。しかし、帰っても夕食の手伝いをしてくれると言っていたY本さんは来てないし、お風呂も沸いてない。。。これだったら入ってくるんだったなぁと思っていたところへ、仁宇布のどこかで水道が壊れたとかで20時半から翌朝まで水道が止まるという連絡が入る。お風呂は循環式だから沸かせるけど、沸くころにはシャワーが使えなくなっていることになり、仕方なくシャワーだけ浴びる。水道が止まる前に店の後始末をしなくてはといったん帰ったY本さんもやってきてジンギスカンを食べ始めたのは20時半。0時ごろまで飲んだりしゃべったりしていた。夕食とミーティングをいっしょにやるようなものか。
8月25日(日)
町民大運動会の日。仁宇布は雨が降っていなかったので屋外かなと思いつつ、8時過ぎにトントを出てコイブの前で好輝くんを乗せて美深市街へ。ところが道道を走っているうちに雨が激しくなり、運動場に着いてみたら誰もおらず、町民体育館へ。
自治会(町内会)対抗戦で、人手の足りない仁宇布は学校の先生も参加。開会式と閉会式のなか、先生方も正面のステージのほうを向いていたと思ったら、国旗・道旗・町旗の掲揚・降納で君が代が流れたときだけあからさまに顔をそむけているのが、非常に印象的だった。さすがは北教組、こんな山奥の組合員でも闘争を続けているらしい。。。そういえば、先日ホスターホームへ行ったときに置いてあった中学の歴史教科書は東京書籍だったっけ。
運動会の競技はいわゆる障害物リレーみたいのが主体で、「天井からの贈り物」なる、バスケットボールを持ってカゴを背負って走って審判の前でボールを床にバウンドさせてうまく背中のカゴに入れ、向こうの旗をまわって戻ってきて次の走者にカゴとボールを渡す、というリレーと、名前は忘れたけどいわゆるムカデ競走(これもリレー)と、輪投げリレーに出る。慣れていないのと日頃の運動不足とでずいぶん足を引っ張った感があったけど、「天井からの贈り物」は二位になってあとで美深町商工会の商品券(10人で分けたので200円分)がもらえた。……あとで聞けば、長老の皆さんは「5回も失敗しやがって」と言っていたとかいなかったとか。意外にも自治会どうしの対抗意識は高くて大変。会場に掲げられた横断幕も「おんねない魂でがんばれ!」とか「燃えよ第五魂」とか、「必 恩根内自治会 勝」なんて、「○○自治会」というのと赤と青で書かれたのとで某社学自治会のスローガンのように見えてしまうものまで(こんなこと連想するのは僕くらいなものとは思うが…)。
14時ごろには終了し、15時半から「反省会」。ホスターホームの奥の増築部分が公民館になっていて、広々とした広間にはカラオケまである。地方交付税のなれの果てはカラオケか、という気もするけど、土地だけはありあまっているからいいよなぁと思う。Y本さんにずいぶん脅かされていたので牛乳なんか飲んでから行ったけど、それほどのこともなく、19時半には終了。その場で残って2次会をする面々を置いて、余った弁当やらおつまみやらをもらってコイブへ戻って、そこではK場さんやM田さん、やっとヒマになったY生さんの奥さんとY本さんをまじえて2次会。僕は21時ごろ失礼してY本さんのクルマでトントまで送ってもらう。本当は洗濯をしようと思っていたけど寝ることにする。
8月24日(土)
9時12分のバスで出発する麻布大の学生を見送り。この日も美幸線バスの乗客はこの2人だけ。
明日の町民運動会の練習に仁宇布小中学校体育館に。仁宇布自治会チームの監督でもあるH本さん(クルマのディーラーが副業)が「ミニカが1時半くらいに来るよ」と教えてくれ、やっと自分の足が手に入る。僕が帰ったあとは誰かに売るつもりだったみたいだけど、家で乗ることにするのだそう。
この日の晩から「トント」に移れるので、トントの夕食の手伝いが終わったら引越し。この日のお客さんは仁宇布小中学校の先生のご両親。初孫を見に来たらしい。引越しが終わったら、先生とずいぶん遅くまで飲んでいた。
8月23日(金)
午後からY生さんとY田さんについていって、羊の選別を手伝う。5頭の羊の体重を測り、頭に青のスプレーを吹きつける。この羊らが来週の月曜日に解体場へつれていかれるわけだ。その雰囲気を察しているのかどうか、Y生さんやY田さんが捕まえに行こうとすると必死で逃げる。Y生さんは体格もいいので、羊を角に追いこんで捕まえる様はなんだかアメフトの選手のよう。
3時ごろにY生さんを乗せて名寄へ。ベストホームというホームセンターで買物。納豆3パック29円とか、豆腐55円とかとんでもない値段で売られているが、その背景は謎。でも、西條百貨店の系列店らしいので別に怪しい店というわけではない。本当は4時から町民大運動会の練習があったのだけど、Y生さんは僕が出るのをあまりよくないと思っているらしく、こちらにつきあっている。名寄16時半の「スーパー宗谷」で小樽へ向かうY生さんを降ろし、Y本さんに頼まれていた買物を住ませて、モス名寄店があるショッピングセンター内にある「大善」というディスカウントの酒屋でクラシックの500ml缶を1ケース買って帰る。
8月22日(木)
昨晩話した件が影響したのか、Y本さんが「いま納戸になっている部屋を整理して寝られるようにしますので…」と言ってくれた。さらにY生さんが、「麻布大の子が帰ったらそのあとの部屋を使っていいよ」と言ってくれた。……Y生さんは一体どういう風の吹きまわしなのだろうか。。。ともあれ、羊小屋生活はあと2日ということになって、心も晴れる。
昨日の話になるけど、ここで乗りまわしているクルマが無保険なので、ウチの保険に“他車運転危険特約”(=他人のクルマを運転して事故を起こした場合に、そのクルマの保険ではなく自分のクルマの保険を適用する特約)はついてたっけかなと先週のいまくらいに調べといてと電話で聞いていたのだけど、その返事を聞きそびれていて家に電話をしたら、妹が出て両親ともども旅行に行ってしまったという返事。そういえばタイへ行くとか言ってたっけ。。。帰るのが26日だそうなので、それまで分かんないじゃないか、、、と思っていたら、その晩に保険屋さんから電話があって、「今朝、お父さまから、面倒をみてほしいと電話をいただきまして」……なんと、出かける前に親父が保険屋に電話をしていたというのだ。出発する直前になって「1ヶ月くらい北海道で過ごす」などとぬかして出かけていき、1週間近く電話もしなかったのだから、普通だったら「勝手にしろ」とか、「働いている人の自動車保険も掛けていないようなところなんかいないでさっさと帰って来い」くらい言われるかと思っていたのに、少し、感激してしまった。保険屋さんの話では、きちんと特約がついており、リスクは保証されるとのこと。万が一何かあった場合に、と保険屋さんの連絡先まで教えてくれて、ひと安心。ついでなので聞いてみると、自動車保険には自動車に掛ける保険(=そのクルマを運転する人に適用)のほかに免許証に掛ける保険(=その免許証の持ち主に適用=どのクルマを運転していてもよい)があって、後者を短期間だけ掛けておくことも可能なのだそう。
それはさておき、連泊のお客さまが出発なので、仁宇布のバス停までお見送り。9時12分発の美幸線代替バスの乗客はこのお客さまだけ。僕も帰りはこのバスに乗っていこうかなぁと思う。……でも、なんだかんだいって、この地区の高校生はこのバスで通学している(25キロ程度の路線なのに、定期代が月20000円もするそう)し、Y生さんがもうひとつの拠点である小樽を往復するときも美深までクルマには乗らずにバスで行くと言っていたし、なければ困る人がいるバスなのだ。仁宇布でクルマが運転できない人も何人かいて、そういう人達もたまに買物で美深に出るときはバスだし、そのほか、意外にもこんな使い方もある。羊小屋で働いているY田さん(免許なし)は、仁宇布の集落の一番美深寄りに住んでいて、羊小屋までは3キロほど離れている。で、1日5便のバスのうち、朝1番と最後の便だけは仁宇布の一番奥(歌登側)の「31線」までいくので、朝はそれに乗って帰りは歩いているという。鉄道だったら仁宇布の中心に1つ駅があっただけだから、集落の中だけの移動に使うなど、バスならではの使い方だなと思った。バスはマイクロバスで、昭和60年の美幸線廃止時に国から支給された「転換交付金」で購入したもの。もう17年も前のクルマだからだいぶくたびれている。なくては困るバスとはいっても大赤字に違いなく、国による5年間の赤字全額補助も終わったし、転換交付金などを原資にした基金の運用益なども微々たるもののはずだし(しかも取り崩しが始まっているはず)、いつまで走りつづけることやら。……もし未成線区間も開業していたら、その区間のバスも走らねばならず、もっと大変なことになっていたろうなぁと思う。もっとも、北見枝幸まで開業していたら、当時は志美宇丹〜歌登付近の道道が冬季通行止めだったので深名線のように“代替道路未整備”でずいぶんあとまで鉄道で走りつづけていたのではないかという話もちらっと聞いた。(道道の改修は「天の川トンネル」のように、未成線跡もずいぶん活用された……鉄道が走り始めていたらこうしたかたちの改修はできなかったことになる)
寺沢先生が11時過ぎの「スーパー宗谷1号」で美深に到着するのでY生さんを乗せたランドクルーザーを美深駅まで回送する。美深駅には先ほどお見送りしたお客さまがいて、送ってあげればよかったのになぁとふと思ってしまった。そのお客さまといれ違いに降りてきた寺沢先生は、なんと、札幌の定期券で乗り越し精算をしていてびっくりする。200キロ以上にわたる壮大な乗り越しもすごければ、そのあいだに車内改札(検札)がなかった(しかも特急に始発から乗ったのに)というのもすごい。「あと5年で定年になったらこっちに住むぞ〜」という話ぶりから、ずいぶん面白い人なんだなという印象を受けた。
夕方には先生のご家族(=奥さん+息子夫婦)と先生のお知り合いご一家が着いて、僕はトントで夕食の手伝い。この宿の夕食は食べきれないほど出るので、手がつけられなかったラムチョップやら冷やしラーメンやらを厨房に下げてからたらふく食べられた。
8月21日(水)
朝7時に起きて、Y生さんのランドクルーザーでトントへ。連ドラを見たあと、歩いてやってきていたY生さんとともにお客さま用の朝食の準備とあと片付け。そのあと、お客さま方を羊小屋へ案内して、Y生さんが案内するのについてまわる。
3組いたお客さまの2組はマイカーで、すぐに帰ってしまったけど、残った1人はトントに連泊される方で、外も雨なのでしばらく小屋にいるということでいったんコイブへ行く。午後になって、麻布大の学生やお客さまを羊小屋へ迎えに行って、コイブでともに昼食をとり、松山湿原へ行ってみたいというお客さまを登山口までお送りしたあとは、ヒマなので、コイブに置いてあった『こち亀』を読む。この1日で5冊を読了。……読む本だったらほかにたくさん持ってきているのに。。。
この日も憂鬱な夜がやってきた。寺沢教授が急遽別荘に遊びに来ることになって、トントへ移る麻布大の学生をトントに送ったついでにお風呂に入れさせてもらう。あがるとお客さまともどもみんながお酒を飲んでおり、僕も飲みたいなーと思っているところへ奥さんから一杯差し出された。しかし、クルマを運転して寝床へ行かねばならないので飲むわけにはいかない。「だったら歩いて行けば?」と言って「クラシックもあるぞ?」とお客さまや麻布大の学生に薦める奥さんを見て、果たして正気で言っているのだろうか、と心底疑った。コイブまではY本さんに送ってもらうとしても、その先、街灯もない漆黒の闇の中を、しかも雨の降る中、熊だって出る地域だというのに2キロも歩かねばならないのである。一言、「今晩はここに泊まっていきなよ」くらい言ってくれれば(お客さまは1人しかいないので、麻布大の学生が使う部屋を除いても、2部屋空いているのである)いいのに、I井くんや、麻布大の学生にはあって、私には何が足りないのだろう。ここで知恵の効いた返事が返せればよいのだけど、非常に悔しいことに「そうですかー」と顔は笑顔でいることしかできない。本当に悔しい。悔しい。。。
そんな場にとてもいられるわけもなく、少しはなれてInterLinkを広げて日記をつけるわけだけど、バッテリー切れ。
座りながら寝るでもなくむすーっとしていたら、Y生さんとY本さんが少し話をしているのが見えたあとY本さんが「送りますから、先に寝ててください」と言ってきた。……車中で、奥さんに他意はないのかもしれないけれど、いくらなんでもあれはひどいのではないか、それにY本さんだってどうしてコイブに置いてくれないのか、と告げてみたら、まず、コイブに置いておけるのは原則として女の子のお手伝いさんだけ、という返事。あの〜、それだったら「夜まで仕込みをするのでうるさいだろうから」などと言わずそうやって初めから言ってほしかったんですけど。。。奥さんの件は、僕をトントに置いてはおけないというY生さんと、別にいいのではと思っている奥さんの考え方の違いで、飲ませてまっすぐ帰れない状態にして泊めざるをえない(ご主人もある程度納得せざるをえない)状況にしようとしたのだろうと解釈しておくことにする。あと2週間くらいはタダで置いてもらって廃線活動をするつもりでいるので、根に持ちつづけるわけにもいかない。。。。しかしまぁ、ほんの1ヶ月程度滞在しようとするだけで、これだけ人間関係に困るのだから、僕には田舎暮らしは絶対に向かないのだろうなということだけは、滞在1週間少々にして非常に痛感した。
コイブ前でランドクルーザーに乗り換えて自分で寝床へ運転していく。きょうは寒いからか(室温16℃)、ハエの姿もまったく見当たらず、毎日これなら、酒が飲めないという以外は問題ないのに、、、と思う。
8月20日(火)
朝6時ごろに目が覚め、クルマのラジオならそれなりに受信できるので、思い立って6時半からのラジオ体操なんかやってみた。その後、トントでテレビを見て、コイブで開店の準備。
きょうはHTBテレビの収録で風見しんごとレポーター一人がやってくることになっていて、10時ごろ、トロッコでの撮影を終えて美深町役場の観光係の人とともにロケバスがやってきて、コイブで風見しんごとレポーターがソフトクリームを食べるシーンを収録していった。見に来たY生さん夫妻も、Y本さんも奥にいたままで、先に風見しんごがソフトを食べているところにレポーターがやってきてソフトを追加するというシーンだったので、ソフトを運んだ僕だけが少し映ったが、放映は9月23日に道内で、あとはBS朝日とCSで放送ということなので、こちらでビデオに録画してもらわないと見られない。スタッフが帰るときに、HTBの「onちゃん人形」なるものをもらった。……このあとは、道の駅でチョウザメ料理を食べるところを収めるとか。
昼頃に、賞味期限切れで売り物にならないパンを持って羊小屋へ。羊の世話で働いているY田さんと麻布大の学生に差し入れしたあと、羊を少し見ていく。本当に羊は「メェ〜」とか「ンメェ 〜」と鳴くんだなと感心。それにしてもおびただしいハエの数で、それでも牛小屋よりはましだとのこと。馬術の授業で東伏見の馬場に通っていたときはまったくいなかったのに、と思ったら、馬は神経質で虫が耳にでも入ったりしたら暴れだしてケガをしかねない、などなどできれいにしてあるのだそう。そういえば、馬術部員がきれいに馬を洗ってあげてたなぁと思いだす。羊はふだんは洗ってもらえないので、毛を刈って製品にするときに刈ったあとの毛を5回くらい洗剤で洗うのだとか。それにしても、羊よりハエまみれになって育った牛を自分たちは生(あるいは半生)で食べてるのか…と変な気がした。
3時ごろになって、こんどはソーセージドッグ(ただし羊ソーセージではない)を持ってトロッコ王国へ遊びに行く。気温もあまり上がらず、雨なので最盛期に比べればぐっとお客は減ったものの、それでも絶え間なくお客さんはやってきて、薪ストーブに薪をくべたりしながら駅に置いてある廃線に関する本などに目を通したりする。
夕方、麻布大の学生がずぶ濡れになりながらやってきて残りもののドリアを食べていった。Y本さんが松山農場が取材された番組が収録されたビデオを出してきたのでいっしょに見る。松山農場の初期のころの映像が出てきて、羊の格好がいまと違うなと思ったら、創業時はロマノフ種だったのが今はほとんど雑種とのこと。パンフレットにはロマノフ種であることが結構強調されているのに、いいかげんなもんだなぁという感じがする。寺沢教授は北大農学部の先生で、ビデオにもちょくちょく出ていた。白樺の研究が専門らしい。寺沢教授と麻布大はなんの関係もなく、お盆も含んだ最盛期に麻布大の学生をトントに置いておけるほど余裕がないので、Y生さんが教授に頼んで使わせてもらっているとのこと。
それでいて僕は羊小屋脇の休憩室かよォィ、という気もする。「別に送らなくていい」とY本さんから言われていたけど、Y生さんには僕のことが事前にちっとも伝わっていなかったらしいので履歴書くらい送っておくんだったなといまさら思っても遅い。ふらっと遊びに来ただけなのになんだかんだ言っていろいろ手伝わされていたY沢さんだって、羊小屋脇の小屋にに持参の寝袋で寝ていたのだから。どうもY沢さんと同じように、単にY本さんのところへ遊びに来た早大生としか思われていない節があるような気もする。……その割にはY生家のおかかえ運転手にさせられているような感じもするし。。。別に呼ばれてやってきたわけではないし、もうそろそろヒマになったら働かずに廃線活動などして遊ぶつもりだけれど、やっぱり今のうちはそれなりの待遇がほしいよなぁと思う。8月上旬に手伝いに来ていながら早々に帰っていったというM田さんという人も同じような気持ちだったのかもしれない。
オーナーが免停をくらって、代わりに運転している僕は無保険、そして寝床はY本さんが「私はあんなところに寝られない」と言う(とはいっても衛生面の問題ではなくて羊や羊用ミルクのにおいがきついからみたいだけど)羊小屋脇の休憩室で、ペシャンコの布団(…最初、寝袋を持ってきてほしいとまで言われていた)に座布団を折り曲げた枕、、、文字にしてみるととんでもない待遇だなと思う。特にクルマの保険に関しては両親が聞いたらあきれるか、怒り出すのではないか。……まぁ、搾取されたぶんは、あとでちゃんと取り返させてもらいますよ、と思うしかない。しかし、どうやって取り返すのだろう。。。
不満たらたらで羊小屋までクルマを運転していったら、いつもカギが置いてある場所にカギがなく、“仕方なく”コイブへ戻って(でもカギがなかったのは本当)、コイブで寝させてもらう。明日からもここで寝させてくれればいいのにと思う。
8月19日(月)
毎度のようにトントへテレビを見に行く。途中でK島さんが出勤するクルマとすれ違い、トントに着いてみたらカギがかかっていた。お客さんもいないので、さすがに無人になるときはカギをかけるらしい。仕方なくテラスで少しのんびりしたあとコイブにクルマで行って、仁宇布駅から未成線を少し道道とぶつかるところまで歩いてみた。ここは去年の今ごろまで跨線橋になっていたが、道路がアップダウンしているので雨の日などスリップ事故が絶えず、雪が降る前に突貫工事で壊してしまったとのこと。いまは廃線跡は土手になった道道にみごとに埋められている。この先の仁宇布川の橋や道道を線路がまたぐ橋も早々に撤去されていて、トロッコ王国が未成線区間に延びることはまず不可能になってしまった。ここで写真を2枚撮影。
コイブの開店の準備で店に行って、トントのカギがかかっていたことを言ったら「カギならあるのに」という話。明日から連ドラを見逃すことはなさそう。昨晩はあまり寝ていなかったので昼前に猛烈に眠くなり、お客さんもほとんど来ないので2階の畳の部屋で昼寝。とんだ老朽家屋でよくこんな部屋あったなという感じの部屋で、電気がない。白樺の葉を乾燥させたのが袋に詰まってたくさん置いてあるのでいい香りがする中で、ブンブン飛ぶハエが余計だなと思いつつ3時間くらい寝ていた。
15時ごろ、Y生さんがクルマを運転してほしいとやってきた。なんでだろうとついていくと、行き先は美深警察署。なんとまぁ、Y生さんは1ヶ月の免停をくらってしまったのだ。奥さんは免許を持っていないし、お子さんはまだ高校生だし、運転できる人がいなくなってしまったことになる。Y本さんのクルマともども30歳未満適用外の保険にしか入っていないので、僕が運転しているときは無保険(自賠責はあるけど)ということになる。おっかない。
トントに寝泊まりしていたI井くんやS口さんも帰ったし、トントもしばらくは満室にならないそうなので、トントで寝てもよいかとY生さんに聞いたら「ダメ」と即答。……牧場を手伝っているわけでもないし、S口さんのように道の駅(物産館)の仕事を完全にまかされるほどでもないから仕方がないのかもしれないものの、夜は宿のスタッフがいなくなってしまうのだし(K島さんは住んでいるだけでお客さんの相手をするわけではない)、そういう意味でも僕みたいのを置いておいたほうがY生さんにとってもいいと思うのだけど。
夜はY本さん運転のクルマで歌登健康回復村へ。帰り際に歌登のセイコーマートでお買物をしたあと、コイブに置いておいたクラシックを1本持って寝床へ。小屋に殺虫剤をまいたあとでビールを飲むのも嫌だなぁと思い、クルマの中で飲んで、クルマに掛けぶとんを持ってきて車内で寝る。
8月18日(日)
日曜日だけど、昨日以上にヒマになり、『グリーン・ツーリズムの文化経済学』を読了(間を少し飛ばしたけど)。これだけ薄っぺらな本なのに読み終わるのに2週間くらいかかった気がする。持ってきた本は5冊くらいあるけど、読めるのだろうか。
17時半前にまた道の駅へ。昨晩名寄に出たとき給油をしたけど、その前は確か僕が着いた日に満タンにしたということだったので5日でカラになったことになり、昨日と違ってスピードは控えめに低燃費運転を心がける。…とは言っても80km/hだから警察が張っていればつかまるスピードではある。18時前に道の駅に着いたけど、最終日になったS口さんの屋台はもう撤収していて、道の駅の館内で名物というコロッケ(きょう『じゃらん北海道発』を読んだら載っていた)を食べる。そのあと、道の駅の敷地内にある温泉(300円)。去年の今ごろも来たけど、昨日のスーパー銭湯よりはいいかなと思う。しかし、お湯に浸かったとたんに塩素臭。「本物の温泉」というのは、蛇口から出てくるお湯と同じ量が湯舟からあふれていないといけない、と聞くけど、ここのはちっともあふれない。要は循環させてろ過したり塩素殺菌しながらお湯を使っているわけで、まぁ、普通の銭湯とは違うんだな程度に思ったほうがいいのかもしれない。「このお湯は飲用に適しません」と蛇口に書いてあるのは、別に泉質によるものではなさそう。
美深のセイコーマートに寄ってからコイブへ戻り、夕食を食べてから、Y本さんとともに近くにあるホスターホームへ。歩いていける距離なのになぜかクルマ。ホスターホームは、仁宇布小中学校へ山村留学している子ども達の宿舎兼公民館兼バス待合所。そこの管理人さん夫妻にお呼ばれしたのだけど、クルマを運転して寝床まで行かねばならないので飲むわけにもいかず、「高橋くんって飲めないの?」「仁宇布の部落の中なら大丈夫だってば」と言われつつソフトドリンクを飲みつづける。飲めないのもつらいし、酒が飲めない男と見られてしまいそうなのもつらい。……取締りがないのは仁宇布のなかだけで、外ではよくつかまるらしい。6月からの道交法改正で罰金が引き上げられ、しかも同乗者も「危険運転そそのかし」で罰金をとられるので1台がつかまると罰金総額が50万円近くになるときもあるのだそう。
仁宇布小中学校の生徒は12人で、そのうち9人が山村留学の子どもだとか聞いていたけど、山村留学の需要なんてそんなにあるんだろうかと思って「山村留学に来る子って、やっぱり『一度は山に住んでみたーい』っていう子なんですか?」と聞いてみると、「そういう子もいるにはいるけど、だいたいは不登校だな」という答え。都会の学校で不登校になってしまった子がやってくるのだという。ここでは元気に学校に通っているそうで、そういう方法もあるんだなと思ういっぽうで、管理人さんも言っていたけど、生徒数12人で、ほぼマンツーマン指導になっていて、集落にも70人くらいしか住んでいないのでは、何かあっても不登校になるになれない、という事情もあるんだなと感じた。むろん、不登校が選択肢として用意されることはあまり望ましくないから、いいんだろうとは思うけど。ふつう、山村留学は留学先にホームステイをするのが一般的で、かつてはこの辺りでも里親のもとから学校に通っていたのが、高齢化などでこういう施設が設けられた由。この建物は美幸線建設工事の宿舎だったもので、美幸線廃止後も建物は残してあって改装したとのこと。親子で留学に来ている子は、町営住宅に住んでいる。山村留学には「山村留学協議会」なる推進組織まであって、なんだかマンガの『光の海』(だったっけ? ビッグコミックオリジナルで連載中の作品)を思いだした。
話はクルマに戻り、僕が借りる予定だった軽自動車の話になって、どうもいつ動かなくなってもおかしくないモノだそうで、それを借りて乗るのはやめたほうがいいという話。その晩は12時近くまでいて、寝たのは12時半過ぎ。にしても、毎晩羊小屋の脇の小屋に戻るたびに殺虫剤をまくことから始めるので、こんな生活をしていて体は大丈夫なんだろうかと思ってしまう。
8月17日(土)
朝の連ドラを見にトントへ行ったら、忙しいのでテラサワ教授の家で見てほしいということで教授の家へ。麻布大の学生とY生さんが肉刺しをしている横でドラマを見る。……手伝ったほうがいいのかなという気もするけど、Y生さんが肉を切って他の人が串に刺すという作業なのでこれ以上手伝うとY生さんの肉切りが間に合わないので、少し気まずいけどドラマを見る。朝のドラマというのは朝ご飯を食べながら見るものというスタイルなので、ドラマだけ見ているというのも変な感じ。ちなみに、Y生さんの肉切りが間に合わないとはいっても、この時期だけ手伝いに来ているS口さんがそれ以上に道の駅でどんどん売ってしまうので、大変である。
コイブに着いて、ネットにつないでぷららフォンの利用明細を見たら、昨日ネットにつないだ時間の利用記録がない。もしかしたらフリーコムは平成電電の回線なのでぷららフォンは受け付けないのだろうかと思って、電話からアクセスポイントにかけてみると「NTT東日本におつなぎします」のアナウンス。ぷららは名寄や美深にアクセスポイントを持っていて、接続料金がかかってしまうけど、ぷららがぷららフォンでのダイヤルアップを受け付けないわけないだろうと思ってダイヤルをまわしてみると同じように「NTT東日本におつなぎします」のアナウンス。う〜ん、なぜだろう。……とにかく、滝川にNTT料金でダイヤルアップをしていては、いくら無償で働いているとはいっても迷惑をかけまくりなので、明日からは美深につなげるしかない。電話代の精算はどうしよう。ストップウォッチ使用?
昼頃は忙しかったけど、昨日・一昨日ほどでもなく夕方にはヒマになり、麻布大の女の子を羊小屋から教授宅へ送ったあと、美深の道の駅へ行ってみた。S口さんの屋台は繁盛しており、飛ぶように売れている。お客さんはまさかこの人がボランティアで働いているとはまったく思っていないだろうなぁというほどの働きぶり。あとで聞いてみたら「報酬のあるなしで仕事なんか変えませんよ。ただ、一人のプロがこうして羊を焼いて売っているだけです」という返事に、どうしたらこうなれるのだろうと思ってしまう。道の駅でも松山農場のひつじソフトは売っているけど、普通のソフトクリームのほうが売れていて僕もそれを食べ、美深のトマトジュースを買って、S口さんの串焼きも買って、まだ何か食べたいなぁと思ってしまったけど、あとはめぼしいのもなかったので帰ることに。ここでの散財は510円(ソフト200円、トマトジュース160円、串焼き150円)。
帰りは寄り道をして、紋穂内駅や初野駅を見ていく。仁宇布にも駅はあるけど、現役の駅は何か違って、たとえ貨車駅だろうとプレハブだろうと、やっぱりいい。こういうのを見に北海道に来たんだよなぁと思ってしまう。我ながらどうしようもない鉄道マニアだなと。
夜はY本さんのクルマで名寄へ行って買い出しののちに、名寄のモスで夕食、温泉は間に合いそうにないので市内にある“スーパー銭湯”へ。370円。千葉市内にあるようなスーパー銭湯とはくらべものにならないくらいのものだけど、普通の銭湯よりは大きいし、休憩室ではビールやらソフトクリームやら売っている。
8月16日(金)
昨日と同様に朝の連ドラをトントに見に行ってからコイブへ。昨日よりお客さんは少なかったものの、どういうわけか一度に固まってやってくるのでてんてこまいになる。やっぱり松屋並みの給食体制を整えるべきではないか、簡単にできることといえば、まずは意外と手間取っているお茶と福神漬けをセルフサービスにするとか、ソフトクリームの器械をレジの後ろにおいてソフトはすぐに出せるようにするとか……と提案してみると、まずソフトの器械は保健所の指導で厨房(この店では台所=調理者以外が入れない調理スペース)にしか置けないとのこと。お茶は考えてみてもいいけど、福神漬けはそうやって出しておくと冷蔵庫にしまっておくのと違ってロスが多くなる、、、等々の返事。でもこのままじゃ、来年辺りは別な業者がテントかプレハブでトロッコの目の前に出店してきますよ、と言うと、それはそれで構わないし、この店が殺人的忙しさになるのはこの1週間くらいなもので、店は4月から11月まで開いているのだから、普段来ているお客さんがこの時期に来て「いいかげんなもの食べさせられた」なんて思われても困る……う〜ん、、、確かにそれはよく分かるような気もする一方で、そうは言っても、1人お客さんが帰れば500円が逃げていくわけで、こっちもタダ働き同然でお手伝いしていて気が滅入る。
それはそうと、入り口のドアを開けておくとハエが入ってきてしまう(閉めておくと暑くなってしまう)のが困っていたので、今日は試しに入り口で蚊取り線香をたいてみた。蚊取り線香はあくまで「蚊取り」であってハエ取りではないけど、成分は殺虫剤と同じピレスロイドだし、ないよりいいだろうと思っていたら効果はてきめんで、入ってくるハエがガクっと減った。しかし、夕方になって店を閉めるころになり、蚊取り線香が燃え尽きてしまうとその反動なのかガンガン入ってきてしまって今度は大変なことになってしまった。殺しても殺してもまだまだ飛んでいるハエ。。。。明日は蚊取り線香を絶やさないようにしなくては。
夜になってY沢さんといっしょにトントへ行ったら、Y生さんの奥さんが「この肉少し古くなっちゃったから好きに食べていってねー」と言ってくれたので、フライパンで焼いてにわかジンギスカン。残念ながら足がクルマしかないので酒が飲めないのがもったいなくて仕方がない。
8月15日(木)
今朝は迎えに来てもらうのではなく自分で運転していくので、ちょっと早めに出てトントへ寄り、7時半からの連ドラを見る。Y生さんが「何か適当に食べていっていいよ」と言ってくれたので見ながら昨日の残りの(と思われる)ジャガイモを3つほどと、クロワッサンを食べる。
コイブへ移動して開店の準備のあと、メールのチェック。昨日、ぷららフォンで電話をしようとしたらつながらなかったのでもしかしてと思ってついでに利用明細を見てみたら、ネット接続も普通のダイヤルアップでかかっていることが判明。一番近いフリーコムのアクセスポイントは滝川で、美深からだと100キロくらい離れているはずなので、来月請求のここの電話代が恐ろしいことになっていそうである。……我が家で使っている「ぷららフォン」は、外出先や旅行先でも固定電話(公衆電話不可)からなら電話番号の最後に10ケタのPIN番号を打てば3分20円でかけられて、請求は我が家へ、という芸当ができるのだけど、そのPIN番号の中に「*」とか「#」が混じっているので、プッシュホンではないこの辺りの電話からはInterLinkの設定では入れてあっても「*」や「#」が電話には入っていかないのだろうか。ならば、数字だけのPIN番号が出るまで番号の再発行を、、、と試みると一日3回以上は発行できないらしくてエラーになってしまった。(^^;)
となると、ぷららフォンの登録電話番号をここにいる間はコイブの電話番号にしておいて、家からかけるときにはPIN番号を打ってもらうのが最善ではある。どうせ家では何日かに1回しか使っていないのだから問題ないだろうと思うのだけど、エラーになる前のPIN番号を控え忘れていたので家に伝えることもできず、明日以降のお話ということになる。
昨日がピークだったのか、今日は昨日ほどのお客さんもなく、キャンセルされる方もいなければ、品切れは15時過ぎにカレーが品切れになった程度。若干ヒマならレジのところに座りながら本を読む。いま読んでいる『グリーン・ツーリズムの文化経済学』(多方一成著・芙蓉書房出版)に、農村の魅力のひとつとして「安全な食」とあったけど、それはどうかなぁと思う。ここの農場で生産している羊とジャガイモは確かにそうだけど、コイブで出しているカレーやソーセージドッグ用のパンは美深のスーパーで買ってくるものだし(おまけにパンはヤマザキパンだし)、ホットコーヒーはお店でいれているけど、アイスコーヒーは市販品。特製の“ひつじアイス”だって、まったく添加物が入ってないわけじゃない。さらに、これは食の安全とは違うけど、カップは紙でフタがプラスチックなので分別して捨てるにも不便だからエコロジーともいい難い。宿で出している食材も、羊とジャガイモ以外は街のスーパーで買ってきたものだ。
お店に来ていたY沢さんという方といっしょに夕方から教授の家へ行ってY生さんや麻布大の学生と肉刺し。8時ごろにおいとまして、Y本さんが美深に買い物に行くというのにY沢さんともどもついていく。スーパーのついでにセイコーマートに寄ってもらい、セイコーマートのジャスミン茶やサッポロクラシックを購入。やっと文化的な空間にやってきた気がした。上記の本に「農村の欠点」として「消費生活の華やかさがない」「買物場所が少ない」とあったけど、これは本当だなぁと思う。私にとっての「消費生活」の基本はセイコーマートとサッポロクラシック、それとボス北海道ブレンドくらいなものだけど。飲み物類は問屋から仕入れるのではなくてスーパーで安いのを買ってきているとのことなので、クラシックを扱うことも可能そうだから、プッシュしてみようかな。
美深から帰ってきてコイブで夕飯ののち、トントでお風呂に入って、仁宇布駅の寝台電車で寝る予定だったY沢さんとともに羊小屋へ。今晩は2人で寝る。
8月14日(水)
7時半ごろ迎えに来たY本さんのクルマでコイブへ。朝ご飯を食べて、開店の準備をしていたら、9時過ぎにはもう「ソフトクリームありますかー?」というお客さんがやってきて、10時半ごろから早くも食事のお客さんで大忙し。ランチのメニューはカレー2種類とチキンライスにソーセージドッグの4種類なのだけど、サラダをつけたりするので時間がかかり、30分以上待たせてしまうケースもあってトロッコの時間になってしまうなどでキャンセルされるお客さんも出始めた。このあたりで食事ができるところはここしかないので、大変申し訳なし。
午後になって14時ごろになるとご飯もパンもなくなり、それでも食べるものありますか〜なんてやってくるお客さんがいて、何かあれば500円の収入になるのに、なければみすみす逃してしまうわけで、一時期ユニクロ社長の柳井氏が言っていた「欠品は罪」とかいうような意味の言葉を思い出した。時間がかかりすぎて帰ってしまうお客さんも同じで、牛めしの松屋も同じようなカレーやサラダを出しているけれど注文から瞬時に出てくるのだから、やりようはあると思うのだが……。ただでさえ、8月しかお客さんが来ない店なのだから、なおさらだと思う。。。。とはいっても、冷蔵庫は小さいのしかないからサラダを前もって作っておくこともできないし、冷凍庫もいっぱいで家庭のようにカレーを大量に作って冷凍しておくなんていう芸当もできそうにない。
夕方から、実習に来ている麻布大学の学生が入れ替わる(=今日までの人と今日からの人が両方いる)のでオーナーのY生さん主催でトントの前で焼肉パーティーがあって、下川のエミュー牧場(=いずれくわしく…)の人達も交えて、僕もご相伴に預かる。
9時ごろ抜け出して、コイブで洗濯。23時ごろになって、Y本さんのクルマを自分で運転して寝床へ。
8月13日(火)
周囲が明るくなり、ハエがうるさくなって起きれば5時。6時ごろまでなんとか横にはなっていたものの、「うるさい」を「五月“蝿”」とはよく考えたもんだととりあえず起きて近くにあったキンチョールを噴霧してやる。昨晩からハチが1匹いたのが気になっていたのだが、キンチョールに刺激されたのか、動き始めてしまった。しまった、逆効果か、と思いきや、しばらく歩き回っていたのがひっくり返ってバタバタするようになり、静かになってしまった。そのころにはブンブンうるさかったハエもなりをひそめてしまった。……さすがは人類の叡智である。恐るべし。
とりあえずは静かになったものの、こんなことを毎日繰り返していては、僕の体もやられてしまいそう。周囲を見まわせば、ゴミ箱いっぱいに空き缶やカップラーメンの空き容器が入っている。壁に貼ってあるゴミ収集の紙を見れば、この地区は週1回、水曜日にしか収集がないと書いてあり、これじゃぁ虫もわくわけである。掃除機とほうき、ちりとりが部屋にあったので、さっそく掃除を敢行する。壁際にあるゴミ箱をどけるとテーブルの後ろなどとあわせて、ゴミ箱からあふれたらしいブドウの皮とか、飲み残しがそのままのジュースやら、両親から「ひどい散らかりようだ」と言われる僕の部屋よりひどい。30分ほどかけてある程度きれいにする。
部屋の中にモジュラージャックを見つけたので、やったとばかりにネット接続を試してみたが、つながらない。あとで聞くと屋内の配線はしてあるが、電話は引いていないとのこと。ちなみにこのあたり、携帯電話も圏外。やっとauが測量にやってきて早くて秋ごろにauなら通じるようになるのだそう。ドコモが一番強いのかと思っていたらそうでもないみたいだ。羊小屋で何かあったら300メートルほど離れた隣の家に電話を借り行かねばならないわけで、本当に21世紀なのか…という気もする。というか、羊小屋の脇の家には去年まで人が住んでいて電話も通じていたというので、さっさとこの小屋にも電話を引けばいいのに……とは都会人の理屈か。
まずは7時半ごろ迎えに来たY本さんのクルマで「トント」へ行ってオーナーのY生さん夫妻にごあいさつ。ついでに家にも電話して7:50ごろからの「ズームインSUPER」の中継を見る。
午前中から「コイブ」のお手伝いで、昼食用の仕込みの手伝いやら、掃除やら。「本当に一人いると助かる」と言われれば、来た甲斐があったと言うものでもある。……そうはいっても、自分で自由に運転できるクルマがないのと、朝の連ドラが見られない、新聞が読めない、等々困ったこともある。仁宇布は山の中(美深市街から20キロほどしか離れていないのだけど)なので地上波はほとんど入らず、ケーブルテレビなのだが、このケーブルが「コイブ」にも羊小屋にもなく(「トント」にはある)、よってNHKといえども見られないのである。Y生さんの奥さんが7時半からの衛星でやっているのを見ることもあるけど、お客さんの朝ご飯の時間に重なるので見ないことも多いそうで、かなり残念。新聞はY生さんがとっているみたいだけど、「トント」とY生さんの家は別だし、仁宇布唯一の売店「コイブ」は新聞を売っていない。なんだか、『ズッコケ三人組』の「土ぐもさま」の巻みたいな話だなぁと思う。……確か、あの話に出てきた大学生はそのまま土ぐもさまのもとに残ったんだっけ。
外は雨で、トロッコ王国にはそれなりに車が停まっているけどコイブにはお客さんがほとんど来ない。お盆だし、物産館の出店に行くときに寄っていったY生さんが「今日は9時開店だからな!」と言って行ったこと等などで、今日は忙しくなりそうだと思っていたのが拍子抜け。14時ごろに戻ってきたY生さんが「今日は天気が悪いっていう予報が出てたんだから、仕度も押さえておかなければダメだ」と言ったのには、Y本さんが「そんなこと言われたって…」と言ったように、さっきはあんなこと言ってたのになぁ、という気がしてしまう。15年前にここに入植した人なので、そのくらいの神経でないとある程度事業を大きくしてやっていられないのだろうか。
コイブはヒマなので、Y生さんについていって「教授」の別荘なるところへ行く。この「教授」という人がY生さんに羊をやったらと薦めた人で、牧場実習に来ている学生はここで寝泊まりしている。きれいな家で、テレビもあって、虫もいなくて、うらやましい。ここでは、学生とやY生さんの長男のヨシテル君や愛知県の高校を中退してしばらくここで働いているというI井くんとともに、物産館で売る用の肉の串差しの手伝い。帰り際、玄関のところに「国際ニウップ研究所」なる看板みたいのがあって、ニウップとは仁宇布のことなのだろうけど、この教授は国際的に何を研究しているのだろう。。。
夕方、「トント」から借りた電気釜を返しに行ったついでに、クルマの話をしてみる。このあたりにクルマを買い換えた人がいて、軽自動車が一台余っているので借りられるようにしておくとだいぶ前にY本さんが電話で言っていたのに、なかなかY本さんの口からは言えないみたいでクルマに関してはY本さんのクルマを仁宇布でしか運転できない状態になってしまっているままで1ヶ月を過ごすのはつらすぎるのですが、、、と言ってみると即座に「ダメ」という返事。先方から、使ったらと言ってくれてるならともかく、人の物を当てにするものではないし、それにもし何かあったらお互いに恨みつらみが残ってしまう、と続けたあとで、もし私達を通じるのではなく君自身が自分で聞くのなら構わない、と言う話で、それなら全然構わないのだから、聞いてみようかなと思う。
コイブで夕食を食べたあと、トントに手伝いに来ていていまは物産館の焼き肉売りを手伝っているS口さんやトントに住んでいるK島さんとともに歌登の健康回復村へ。このあたりはクルマで30〜60分も走れば、歌登、美深、名寄、天塩川、五味、雄武などの温泉があり、歌登は道内の一般の銭湯と同じ340円で入浴できる。……それにしても、今日使ったお金はこの340円だけ。いろいろ不便なところもあるけれど、経済的だなと思う。
8月12日(月)
昨日コミケから帰って夕飯を食べてから準備を始め、23時ごろにいったん横になる。3時に起きて、録りためた「さくら」(=朝の連ドラ)を見ながらまた準備。父が部屋にいきなり入ってきて「なにをゴトゴトやってるんだ?」と言われてしまう。
1ヶ月の長帳場なので普段の旅行なら置いていくようなものも全部詰めたので、段ボール一箱+スポーツバッグ+デイパックになってしまった。段ボール箱はセブンイレブンから発送して(1690円・北海道なので配送は2日後)、10時過ぎに家を出る。国土地理院は大手町じゃなくて九段の合同庁舎にあって、小一時間ほどで古い地形図のコピーをもらう。最新版な4色刷り290円なのに、古いのだと白黒なのに500円。5枚もらったので占めて2500円也。……浦安市立図書館にあった地図の次の版がすでに廃止後のもので、ちょうどその中間の版(未成線が描いてある)がないのもあったのは意外だった。
東京駅の北海道プラザで新千歳からの乗車券を購入しようとしたら、外人が2組も延々とジャパンレイルパスで乗れる新幹線はどれか(ジャパンレイルパスでは「のぞみ」に乗れない)などと係員と相談していて腹が立つ。……しかし、外国人観光客が増えるというのはよいことなので、がまんするしかないのか、、、複雑。浜松町に停まるようになった京浜東北線の快速で浜松町へ出てモノレールで羽田空港へ。Suicaが使えて便利になったモノレールはワンマン化工事がほぼ終わっており、車内放送も自動化。そういえばりんかい線も12月からSuicaが使えるようになるけど、何色のカードになるのだろう。青(水)色だろうか。
羽田に着いてAir Doのカウンターに並んだら長蛇の列で、「空席少々」だったので乗れるのか不安だったけどなんとか搭乗券をGet。もしこれに乗れなかったら、新千歳からのきっぷはクレジットカードで買ってしまったのでまた東京駅まで戻って変更しなければいけないところだった。
もう13時も過ぎていておなかもすいてきたし、7月28日にできたばかりのYahoo! BB カフェにも惹かれたけど、混んでそうだったから京急線改札前にあるスタバで昼食。お金を払ったときは空席がなかったのでテイクアウトにして、抹茶クリームフラペチーノを飲みたかったけど持ち歩いている間に溶けてしまうので、仕方なくアイススターバックスラテ。コールスローもついたサンドイッチも購入して、コンコースに空いている席をやっと見つけてさぁ食べようと袋をあけたら、コールスロー用のフォークがついていないことに気づき、そのくらい店員が入れるか、自分で持っていくように案内しろよバカ、手で食べろってのか、と憤慨しつつ(←所詮はスタバ初心者)、店に戻ったら空席があったのでそこで座って食べる。結局店で食べるんだったら抹茶クリームフラペチーノにしておくんだったなぁ。さてサンドイッチを食べよう、と思ったらなかなか包装のフィルムが剥がれない。やっぱりアメリカ系のチェーンなんだなと思う。日本のだったらもっと開けやすいのにするはずだ。表示を見ると添加物もそれなりに入っているようだし、なんだか機内食を食べているような気分。……そういえば、ユナイテッドの機内サービスで出るコーヒーもスターバックスだったなぁ。キャセイの魅力にとりつかれてしまった今ではまず乗らないだろうけど。
食べているうちに、やっぱりネットがしたくなってYahoo! BB カフェへ。予想に反してすぐに座れ、それに軽食も食べられるようで、それだったら初めからこちらにしておくんだったなと思った。しかし、250円のウーロン茶を頼んだ目の前でサントリーの2リットル入りPETボトルから注いでよこすことはないよなぁ…一昔前の喫茶店みたい、、、とはいえ、目当てはウーロン茶じゃなくてネットなのでよしとする。20分ほどしかなかったので、歌登村営軌道のことを少し調べたあとは掲示板に2箇所くらい書きこんで、店を出て搭乗口へ。
バスに乗って駐機場へ行くと、前は確かJALのタラップだったのに、Air Doのタラップになっていて、搭乗券も常備券ぽいのじゃなくて端末発券になったし、少しずつ合理化が進んでいるのかなと感じる。席に着くとあまりの狭さにびっくり。Air doは何度も乗っているんだけどな……というより、先月乗ったスカイマークの座席が広かったのだ。スカイマークの鹿児島線に就航している3号機は、間合いで韓国へのチャーター便にも使用することになっているので“国際線仕様”で座席が広くなっているのだと新聞で読んで、そんなに広かったかなとそのときは思ったけど、やっと実感。
出発時刻になったのになかなか出発せず、新千歳では乗り継ぎが14分しかないのでいらいらしていると「ただいま最後のお客さまをご案内しているところでございます。ただいま羽田空港は大変混雑しており、時間がかかったようでございます」とアナウンス。そんな客はターミナル内で案内していた通りに置いて行けよ…ったく、と思ったら「新千歳空港への所要時間、当初の予定より短くなりまして、1時間15分の見込みでございます。お客さまの到着時刻には影響しないと考えております」と続いてアナウンスされてほっとしたのもつかの間、いざ離陸すれば「当機の新千歳到着時刻は、大変恐縮ではございますが、5分ほど遅れる見込みでございます」に変わった。。。どうしてくれるんだ。。。
離陸直後は東京湾に浮かぶ船と海面に映る自分の乗っている飛行機の影を見ながらうれしくなった(←マニア)けど、すぐに雲に入ってしまい、浦安は見えずじまい。すでに日は西にあるようで日差しも強いので日よけを降ろしてInterLinkを広げて日記をつける。那須高原上空に積乱雲発生中とかで経験したことがないほどの揺れだったけど、まだ羽田のことを書いている段階で機長のアナウンスがあって「当機は青森上空を飛行中…」などと告げられて、もうそんなところに来ているのかとびっくりする。時計を見れば15:50ごろ。所定なら14:50発の16:20着だから、多少遅れているとはいえ確かにそんなもんかも。
新千歳へ着く段になって「到着後、皆様をバスにて到着口までご案内いたします」などとアナウンスが流れ始め、おいおい、新千歳ではボーディングブリッジ直結じゃなかったのか、と困惑しつつ、PHSもInterLinkも電源を切っているので腕時計を取り出してみれば、着陸したのが5分遅れの16:25。16:34発のエアポートに乗らないと「スーパー宗谷3号」に間に合わないので半ば絶望的になりながらも、あせる。飛行機はのろのろのろのろと駐機場にゆっくり向かい、タラップを降りてバスに乗ったのが16:34だった。・・・あ〜あ。
バスを降りたところでPHSの電源を入れて、荷物を受け取ったら電話をしなくちゃと思っていたところへちょうど、今日からお世話になるY本さんから電話。。。このままだと美深22時過ぎですけど、いいですか? と聞くと、「名寄まで買いだしに行くことになったので、旭川19時過ぎの快速に乗ってくれればいいですよー」という返事。美深までの乗車券と「スーパー宗谷」の特急券はクレジットカードで買ってしまったのだけど、北海道プラザで買っておいてよかった〜とみどりの窓口へ行って、旭川行きのUシートと名寄までの乗車券に変更。その場でクレジットカードの処理をしてくれるのではなく、変更後のキップ分全額をいったん支払い、もとのキップには「8月12日払戻申出」と取り消し証明だけをしてくれて、後日北海道プラザで処理してもらうシステムとのこと。……券面に証明をしてくれて発行箇所で処理、だったら他社で買ったC制(=クレジットカードで購入)のキップでも変わらなかったのではという気もする。先月の出張のとき西日本の窓口でクレジットカードを使ったときは「当社クレジットカード取り扱い窓口でのみ扱います」みたいなことが書いてあって、本当は発売箇所でのみ取り扱いなので柔軟に扱うようにしたんだなと思っていたら、今回北海道プラザで買ったキップには「払戻しは当社発行箇所のみでお取り扱いいたします」と書いてあって、少し気にはなっていた。……鉄道マニア、特に元々の得意分野が乗車券関連の規則なので少々釈然としない面もあるけど、戻るものはあとで戻ってくるのでよしとしようではないか。ただ、乗変(=乗車変更)したほうのキップは(ゴネて手元に残すけど)本来なら名寄で渡してしまうので、「払戻申出」だけだと全額返ってこないで払戻手数料を取られそうな気もする。特に「スーパー宗谷」のは指定券なのでヘタすると手数料が30%かかってしまうかもしれない。。。まぁ、これはどのみち後日のお話ということになる。……後日のお話になるとはいえ、券面にたくさんスタンプが押されたので、払戻のときに記念にもらえないかなぁなどということまですでに考えているのは鉄の性か。乗分(=鉄研の乗車券分科会……つまりは、キップ収集の会)の面々だったら払戻にも行かないかもしれない。
3月改正で旭川に直通する特急(札幌までは快速エアポートで運転)は「ライラック」から「スーパーホワイトアロー」に変更になっていて、指定席のUシートも新製車が投入された。「スーパー宗谷」には乗れなくなったけど、この新しいシートに座ってみれば、なんとパソコン用コンセントが各座席ごとについていて大感激。また先月の出張の話だけど、「彗星」のB個室「ソロ」にはコンセントがなかっただけに、さすが新製車、JR北海道さまさまである。当然、ACアダプタを取り出してコンセントにつないで、せっかくの北海道の車窓(旭川まではあまりたいしたことないけど)も見ずにさっきの続き。このままだと、降りることになった名寄はPHSの通じる最後のところなので、日記をUPしたりメールがチェックできるなー、と。
進行方向が変わる札幌に着いて千歳から乗ってきていた隣の女の子と座席を反転したら、今度は前の席が車椅子スペースで、コンセントは女の子の席のを使わせてもらったものの、テーブルの大きさが半分以下になってしまうというハマリに遭う。しかも、目の前がデッキのドアなので、乗ってきた人と目があってしまい、落ち着かない。。。飛行機だったら、足元が広くなるぞーと喜ぶところだけど、この車両はもともと広いので、あまりうれしくない。……少々小さくなりながら、ちょうど18時も過ぎたし、新千歳空港駅で大奮発した「うにごはん」(1210円)とサッポロクラシック(350ml、230円)で一人、北海道上陸の祝杯をあげることにする。
浦安に住んでいるからなのか、海産物系のお弁当にはがっかりすることが多いのだけど、今回の「うにごはん」はなかなかおいしかった。実は売店に別な業者の「うにめし」も売られており、「うにごはん」は海産物屋の商品で、「うにめし」は弁当屋の製品、というおばちゃんの話で「うにごはん」にしたのがあたったわけだ。……しかし、パッケージに「原料は天然素材使用」と書いていながら、表示を見れば「調味料(アミノ酸等)、蛋白加水分解物、酸味料、香料、リン酸塩(Na)、増粘剤(キサンタン)、保存料(ソルビン酸K)、メタリン酸Na、ph調整剤、着色料(パプリカ)」という添加物の嵐。。。いつぞやの『旅と鉄道』の駅弁特集で、駅弁が高いのは、コンビニ弁当と違って添加物に頼らないから、とか書いてありませんでしたっけか。
美唄に停車中にPHSとInterLinkをつないでメールのチェック。2通届いており、返信を書いて滝川で送信。モバイラー満喫。しかし、外はもう暗いし、使ってるInterLinkは普段の電車内でも使っているものだし、本当に北海道に来たのかなぁという気もする。海外旅行をしていてもネットカフェで定期巡回先を見てしまうと旅先にいるんだという気分が急速になえるのと同じだろうか。駅到着のアナウンス時になるチャイムなどは北海道のものなので、それが頼りという感じ。しかし、同じ日本国内なんだし、半年おきに北海道に来ているんだし、これからPHSも通じない場所に行くんだし、いいじゃないかという気もする。
旭川で名寄行きの快速「なよろ7号」に乗り継いで、時刻表を見ようとしたら見つからない。どこかに置いてきてしまったらしい。新千歳空港駅のみどりの窓口だろうか。旅の最初からこれでは思いやられれてしまう。幸い、他になくしたものはないようだけど、そういえばアドレス帳を家に忘れてきちゃったなと思い出した。送ってくれるように家に電話しても、わかるだろうか・・・。
そのあと車内では、クラシックがまわってきたのか、疲れていたのか、爆睡。塩狩を通りすぎたのも気づかず。
名寄がPHSの通じる最後の場所なので、ここでメールのチェックと、掲示板にいくつか書き込み。32kbpsなのとInterLinkのスペックそのものも(家のPCに比べると)あまり高くないので時間がかかり、10分くらい接続してしまった。18秒10円なので、300円以上かかった計算。Y本さんの車に乗せてもらってお買い物を済ませながら仁宇布へ向かう間にこれからのお話。当分寝泊まりする羊小屋わきの部屋と、トント(宿)、コイブ(仁宇布駅跡前にあるY本さんの店)はそれぞれ2〜3キロ離れていて、クルマで移動するしかないこと、朝だけ7時半ごろにバスが仁宇布の一番奥の「31線」まで行くのでそのバスに乗れば羊小屋からトントに出ることは可能ではあること、Y本さんのクルマの保険は30歳未満には適用されないので、運転は仁宇布の中だけにしてほしいこと、そのほかこれからの生活サイクルの話や、仁宇布の人たちの話、明日、仁宇布の「トロッコ王国」に「ズームインSUPER」の中継が入ること、などなど……。仁宇布に長期滞在するのなら廃線活動がしたかったのに、クルマが確保できないとちょっとまずいような気がする。
コイブで買い物の荷物を降ろして軽くお手伝いをして、トントでお風呂に入り、雨の中を羊小屋へ。普段は羊の世話をする人達が昼間に使っている部屋とのことで、また明日の朝迎えにくるからといってY本さんは帰っていったけど、明かりをつけてしばらく経ったあたりから部屋の中はハエだらけになってしまった。10畳ほどの部屋に20匹以上は飛んでいるのではないか。……しかし、もう0時も過ぎているし、とにかく布団をかぶって寝る。電気を消すと、ハエも静かになった。
8月11日(日)
いつもどおり5時に目覚ましをかけたけど、起きたのは6時。…というか、K田が部屋に入ってきた(…散らかっていて2人分の布団を敷けないので客間で寝てもらっていた)ので起きた。
7時50分に新木場にいたいというK田を新浦安駅まで見送って、家で朝ご飯を食べてからバイト先に勤務表をFAXで送ったりいろいろ。10時になってから図書館へ行って今回の旅行で行く美幸線周辺の地形図をコピーした、ら古すぎて美幸線は載っていたけど未成線区間が一部しか載っておらず、なんと歌登村営軌道が載っている始末(さすがに志見宇丹までじゃなくて歌登止まりになってたけど)。まいったなーと思いつつ、明日の飛行機は14時50分のに乗れればいいので、大手町の国土地理院に行けるからそこで手に入れるか、と考えた。
11時ごろ家を出てダイエーなどで買い物をしたあと、電車に乗って局へ。昼食はかなり久しぶりにマクドナルドのハンバーガー。3個で税込み185円。まずいけど値段相応と思ってがまんする。
収録を終えて、西船橋13時25発の東京行きに乗るべくさっさと局を出て本八幡から電車に乗る。新木場でりんかい線に乗り換えて国際展示場で下車。新木場からたった2駅、5分の距離で230円という運賃に驚きつつ(これでも12月に値上げをするとのこと…)コミックマーケットへ。国際展示場周辺は近未来的な街で21世紀を感じるけど、この暑さにその感動もあまり盛りあがらない。国際展示場の館内に入ったら涼しいのだろうと思ったらとんでもなく、本当にクーラー入ってんのかと思うほどの蒸し暑さ。周囲を見まわし、これでは無理もないかと思う。
とりあえず知人に頼まれた「有名人四季報」(人権侵害軍)を購入(500円)。せっかくだからゲーム関連の本のあたりをのぞいて2冊ほど購入。目当てのキャラがもともと隠しキャラなので、関連する本も少なくて散財しないで済んだ。で、山本正之研究会へ行ってみれば、K田と漫研のM本さん(いつぞやの早稲田祭準備委員会の人)が店番をしており、なんと僕が原稿を書いた「山本正之研究会会報」は完売してしまったとのこと……これだったら、製本した段階で一冊譲ってもらっておくんだった。何も買わないのもなんなので、本人が目の前にいるのに「委託」として売られているM本さんの漫画(M本さん自身は初日に出店していたらしい)を1冊購入。
早大鉄研ものぞいて、コピー本の「プロジェクトM」(300円)を購入。早大鉄研の隣が「プロジェクトK」という創作系のサークルで、あまりのつまらなさに現役諸君が向こうを張って企画した本らしい(違ったらごめんなさい)。内容は鉄道模型の「マイクロエース」関連のお話。
前回初めて来た冬コミと違って暑苦しいわ人だらけだわ狭いわで、もう最後までいる気力もなくて15時半ごろ、会場をあとにする。八重洲ブックセンターで新しい地形図も買いたいので、こんどはりんかい線ではなく都バスに乗る。立席のほうの列に並んだので早く乗れたまではよかったけど、えらく時間がかかって東京駅に着いたのは16時半ごろ。せっかく買った同人誌も全部読んでしまった。これなら230円かかってもいいからりんかい線に乗ればもっと速かったかなと思った。。。前回東京駅前から都バスに乗ったのがそれなりに速かったのは、今日来るのと同じように午後になってから会場へ向かう便だったからなのだろう。
夕飯のあと旅行の準備開始。明日出発だというのに、悪いクセ。
8月10日(土)
両親は壊れたMDラジカセを捨ててしまうつもりでいたようなのだけど、8000円程度で直るみたいなので秋葉原にあるソニーサービスセンターに持っていって修理を依頼する。元はといえば父がゴルフの景品でもらってきたものなのでお金をかけて直すこともないのかもしれないけれど、僕の部屋にも1つ欲しかったし、なにより8000円ではMDラジカセは買えない。
ミナミ電気館が閉店セールをやっている(9月からラオックスになるらしい)のに驚きながら秋葉原駅から総武線で本八幡へ。錦糸町の手前で快速電車が併走していたので錦糸町で乗り換え、市川まで乗ったけど結局前の各駅停車に追い付くことはなく、同じ電車に乗るはめに。。。
局で2週分の収録をしたけど2週目の分が最悪の出来で、明日に録りなおしを決意。
家に帰って夕飯後にK田から電話があり、バスで浦安駅まで迎えに行く。K田が家に来てからは明日のコミケで「山本正之研究会」が売る『山本正之研究会会報』の製本。部数が30部と少なかったのとページ数も少なかったのとで意外と早く終わり、12時に就寝。
8月9日(金)
昨晩は夜から、コミケでK田が売る『山本正之研究会会報』に載せる「山本正之と私」を書き始め、他にもいろいろやって寝たのは2時半だったか3時。それでもバイトはあるので5時半には起きていつもどおり出かける。
バイトが終わってからヨドバシで旅行先で使うフィルムやらを購入。旅行先でもネットに接続できるようにInterLinkとPHSをつなぐケーブルも買ったら5859円もしてびっくり。最初は買うのをやめようかと思ったけど、旅先でのネット接続環境の必要性は前回の九州・大阪出張でひしひしと感じていたので、えいままよと購入。そのかわり、InterLink用にと考えていたメモリーカードは見送り。その足でペンタックスフォーラムへ行き、修理に出していたカメラの受け取り。去年に1回同じ修理をしていたので無料だったけど、とても値段が書けないほど高い部品を交換しておいたおのこと。。。サポートの充実しているメーカーの製品を買ってよかった。
そのあと研究室やガイド室に寄ったあと、早稲田祭運営スタッフのミーティングに顔を出し、地下鉄に乗って御徒町の多慶屋へ。文房具や石けんなどを購入したあと、エプロンが欲しいなと思ってエプロンの売り場を探したら「レディス館」の3階。いまどきエプロンなんて男の人でも買う人いるだろうにと思いつつ行ってみれば、なんと婦人用下着売り場の一角にそれはあった。……最悪。恥ずかしい思いをしつつ購入。1500円也。
秋葉原まで歩いて定期券で電車に乗って帰ったあとは、一旦お風呂に入って夕飯を食べて局へ。番組が終わってから、まっすぐ帰ろうかなぁと思ったけど、ブックオフ船橋市場店へ。探していたコミックスの1巻と3巻を購入。来た甲斐があった。……しかし、過労運転は事故のもと。気をつけないと。
8月8日(木)
バイトが終わったら新宿TSUTAYAでCDを返し(でかすぎて返却BOXに入らず、開店前なのに店員さんに出てきてもらった…)、ヨドバシでMDラジカセを見る。昨日目星をつけていた商品を見たら……ヤマダ電機より安いじゃないですか(今日までの期間限定だけど)。
それを買って帰ろうかと一瞬思ったけど、違う商品の「CD→MD4倍速録音」に惹かれた。カセットの挿入口がカーステレオのそれと同じ形で、昨日ヤマダ電機で見たときはカセットじゃなくてMDの挿入口と勘違いしていて(ダブルカセットならぬダブルMDかと思っていた)値段までは見ていなかったので、もしかしたらヤマダ電機のほうが安かったかもしれないけど、ヤマダ電機で買おうとするとまたクルマで出かけないといけないし、ヨドバシでも20%ポイント還元だったので、デビットカードで即購入。電車で持って帰ったけど、配送してもらったらいくらですかと聞いてみたら600円とのこと。そんなに高くない。
家へ帰れば母が祖母の見舞いにクルマを使うと言ってたので、ヨドバシで買ってきてなおのこと正解だったことになる。弟がイクスピアリにあるGAPにクルマで行こうとしてたとかでブーブー言ってたようだけど、昨日もクルマで行って渋滞でイクスピアリまでたどり着けずに帰ってきていたという話で、クルマの利便性と言われているものに魅せられた人にとってそこまで電車は不便だろうかと思う。……昨日の僕の場合と違って、寄り道をするでもなく、それに舞浜を通る定期券だって持っているはずなのに。
8月7日(水)
今日はバイトが終わってからすぐ家に帰る。午後から局へ収録に。昨日休んだので2回分まとめて収録。月曜から土曜まで、金曜を除いて毎日電車で行く予定だったので回数券を買ってしまったのだけど、昨日は行かなかったし、今日はクルマで行ったので2往復分があまる計算になる。
光化学スモッグ注意報が出ている中、わざわざクルマに乗ったのも、行きがけに当代島にあるビクターの修理センターで取り寄せてもらったInterLinkの取扱説明書を受け取り、帰りにはヤマダ電機でMDラジカセを見ようと思っていたので。行こうと思えば京成バスが走っているのだけど、不便なうえに高いので……と言い訳してみる。
南行徳のDマートの跡にできたヤマダ電機をのぞいてみるとヨドバシなどと遜色ないくらい安く、浦安のジョーシンと比べ物にならないくらい品揃えも豊富なので魅力。「店頭表示価格からさらに10%OFF」などという言葉につられてMD(のメディア)を購入してみると安くなってないので店員に告げたら「その分がポイントについています」と言われ(確かにさっそく作ったポイントカードには多めにポイントがついていた)、10%割引と10%ポイント還元は全然違うじゃんかよー、と少し心証を悪くする。
8月6日(火)
バイト終了後、午後からキャンパスツアーガイドの新人研修があるのでそれまで研究室へ行って、先日借りた山本正之のCD10枚のバックアップ(あくまでバックアップです)をとる。
生協をのぞいたら『こち亀』131巻があったので購入してから西早稲田まで歩き、昼ごはんはキッチンオトボケでとんかつ定食(650円)。研修が終わって家に帰ったあと、局へ行って収録するはずだったけど2時間も炎天下を歩いてどうも頭がぼ〜っとしているので早く寝ることに。21時頃就寝。
……小学生のころの『学研の科学』で、オゾン層破壊が進み紫外線が強くなりすぎて外を歩くのが危険になる将来が描かれていたことがあったけど、紫外線じゃなくて暑さではあるものの、本当に外に出るのが危険な世界になっちゃったなぁと思う。都心ではどうか分からないけど、浦安周辺では連日14時ごろから夕方まで光化学スモッグ注意報(先月は28年ぶりくらいに「警報」が出た)が出ているし。