

たけちゃんのラジオ情報
ビートたけしのオールナイトニッポン
音楽活動編 〜 1986年10月16日の放送より
佐藤公哉(相談役)
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たけしさんの音楽活動再開に向けて
まずは、夏休みで帰省している際に実家で見つけたオールナイト・ニッポンのテープの中から、たけしさんのお話をそのままリライトしたので、それから読んでいただきたい。
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ビートたけし:はい、というわけで、ダンカンくん。
ダンカン:はい。ビートたけし&たけし軍団、コンサートのお知らせです。11月1日が静岡市民文化会館、夕方の6時半開演です。そして11月8日、高松市体育館、開演が夕方の4時です。11月9日、愛媛県民文化会館これは開演が夕方の5時になっております。そしてですね、今年もやって来ました、NHKホールでのコンサートのお知らせです。日時が11月24日月曜日、NHKホールで。開場が16時45分、開演が夕方の5時半です。17時30分ですね。料金は、S席3,500円、A席3,000円。チケット発売が10月18日の土曜日、あさっての土曜日の朝の10時から行います。お問い合わせ先はキョードー東京(以下略)。
たけし:高松なんかもう売れてんじゃないのか?
ダンカン:こちらはたぶんまだ、ほとんど売れてると思いますけど、NHKホールをとりあえず。
たけし:まァあれだな、オレのコンサートもこれ、最後だろうな。
ダンカン:えっ!?
高田文夫:えへへへ。
たけし:やんねえや、もう。
ダンカン:淋しいですよそれは、皆さんが。
たけし:皆さんにホントに悪いけどね、今年いっぱいで。
ダンカン:いや、今年始まるときには、最終的には武道館、という話が。
たけし:いや、もうやりたくないね。だからその、軍団とオレとのこういう形というのは最後にしてだな、あとは軍団がやれ。
ダンカン:ってことは11月24日のコンサートは、皆さん最後で、見ないわけには行かないってことですね。
たけし:そういうわけでもないけどね、別にいいんだけどよ、オレはもうやりたくねえ、と。で、今年はねえ、やっぱしいろんな事件もあったしねえ、そろそろね、お詫びと言っちゃ何だけど、自分にけじめをつけなきゃなんないんでね、仕事も二、三本減らしてなァ――オレは『ひょうきん族』やめたいんだよなァ、ホントのこと言うと。『ひょうきん族』やめてだな、コンサートやんなくてだな、ラジオは月二回にしてくんねえか(笑)。それぐらいで、あと、『たけし城』も……まァ行くけどよ。
高田:「行くけど」(笑)。
たけし:『スポーツ大将』は野球のときだけ顔出してだな、あとやんねえ。まァいいだろうよ、たいがいやって来たんだから。いつまでも芸人の癖してこの世界でぐずぐずぐずぐずやってんのは。けじめをパッとつけなきゃ。
ダンカン:けじめをつけるためには、ラジオ隔週とか。
たけし:それなら体保つかな。だっておまえ、疲れちゃうよ、長いもの、『ひょうきん族』だって。ここんとこダメだと思った。あ、この長さはダメだと思った、オレの体力にはもう合ってないと。だからもう、オレ胸悪いもん、ホントに。結核だもん、ホントは。微熱がずっと続いてるしな。それでまたカミさんの件もあるし、子供の面接ついて行かなきゃいけないぞ。情けないぞ、ホントに。昨日夜中にさんまとふたりで考えてたら、「明後日子供の面接だなァ」と思って、カニのぬいぐるみ着てんだぞおまえ。カニのぬいぐるみ着てなァ、♪カニちゃんカニちゃん〜、って何考えてんだ、と思ったよ。やっぱりこりゃダメだと思ったな(笑)。やっぱり子供のためにもだな、離婚するとかしないとかいう問題は別にしてな――離婚するとかしないとか、そんなことは結論は何も出てないし、別にそんな話もないんだけどね、子供に関してはだな、お父っつぁんマズイぜ、やっぱりカニのぬいぐるみは。子供が小学校でバカにされたらヤバイよな。だから、なるたけ"タケちゃんマン"って名前を早く外しちゃわないとな。友達が物心つく間によ、「あいつタケちゃんマンの子供だ」ってのはやっぱかわいそうだからな。やめるわなァ。ちょっどマズイぜ。ホントだよ、東京ぼん太さんの子供だってずいぶん苦労したと思うよね。「あれ東京ぼん太の息子だ」ったら「おまえ、唐草の風呂敷やれよ」って絶対言われてるはずだよおまえ(笑)。絶対、コメディアンの子供なんてかわいそうなんだから。だから、別にコメディアンとかお笑いの仕事はやめないけどさ、とりあえずタケちゃんマンとかいうのはさァ、ちょっとやっぱり、かわいそうだもん子供が。やっぱイイ齢してブルマ履いて出て来ちゃいけないって。てめえの父親はオレだって大体薄々判って来てるんだから。
高田:気がついてる?
たけし:最近気がついて来たからねえ。ちょっとやめてやんなきゃいけないけど、まァいろいろ相談してやめさせてもらってだな、コンサートもやっぱりね、このまんま行ったっていつも同じだからね。NHKのときはちょっと何か最後でやるけど、やっぱりアレだよ、おまえらもそろそろね、オレと軍団というよりも、軍団の、っていう風にしてないとな。番組も、軍団の番組、今一個あるでしょ。もう一個ぐらいどうにかオレが取って来て、初めのスタートはオレが絡んでやるけど、やっぱりメインはおまえらで、それで食えるようにならないとな。ヤバイぜ。お父っつぁんだっていつまでも生きてないよ。もう四十だよ来年。笑ってらんないよ、四十だよおまえ。昔だったら隠居だぜ。四十でブルマ履いてちゃいけないぜ、オレは江川マストンじゃないんだから(笑)。江川マストンさんなんかすごいぞおまえ、玉乗り生活六十年だぞ。こないだ六十年記念で松竹演芸場でやったんだもん、江川マストン・ショー。「玉に乗って六十年、さァ江川マストンさんです」って、十五分、玉に乗ってただけなんだって(爆笑)。それじゃ見てる奴は飽きちゃったって。十五分玉乗って舞台行ったり来たりしてるだけだったって、ピエロのカッコして。それでショーやっちゃいけないって、切符売っちゃ。十五分玉乗って、それは大変だぞ、見てる方だって。何もないんだから。玉乗って、引っ込んだなァと思ったら今度はビール持って出て来たんだから、お盆の上に。それだけだもの。そりゃ大変な芸だけど、芸は芸だけど、やっぱり十五分は耐えられないぞ。まァ副社もね「たけちゃん何てこと言うの」なんて言うけど、とりあえずコンサートはね、今月いっぱいで一回区切ってだね、今度何かやることがあってもだね、今まで通り軍団とオレでわいわいわいわいっていうのはなくなると思うんだよね。だから今度は、ミュージカルか何かやるぜ。それやるまでに、またよ、やれたらだけどよ、やっぱり一年ぐらい期間置かないとな。一年か半年か、なァ。ちょっとやり過ぎだぜ、コンサートばっかし、客が入るのをいいことに。泥棒だぜ、商売が。よく考えたら、出て来て下手な歌歌って、金取って「さいなら〜」か何か言って、そうは行かねえぞ!
高田:「そうは行かねえぞ」(笑)。
たけし:オレが怒ってる。自分がやったことに自分で突っ込んでどうする。なーんだか自分で自分の頭叩いてどうする、ギャグだぜ。この野郎、だって。ね、そういうのをやっぱ考えなきゃいけない。良くしてくれるけどな、キョードー東京さんも。良くしてくれたけど、やっぱりね、良くしてくれるからコンサートやりますってのもいろいろ考えものでな、一番のメインはやっぱお客だからね。お客が「あァ、まだ見たいな」って思ってるときにやめないと。「もう見たかねェ」までやっちゃうと図々しいよ。それじゃおまえ、プロレスの興行みたいで、「もう見たくない」って全国やっちゃうもの、世界タイトルマッチばっかし、おまえ。だから、良かったな、って時点でやめるんじゃないと。一応今年、って言うか来年、コンサートの区切りはね。NHKホールで終わって、そうだな、あとは軍団がやれ、しばらく。軍団の、大阪のフェスティヴァル・ホールから。たけし軍団ショー。すごいよおまえ、いきなりダンカンの漫談。
ダンカン:歌、一曲しかないんですよ。
たけし:「せーの、『ポコチンがかゆい』」と(笑)。東の"BON・BON・BON"があるよ。それからもう一曲あんだろ。四曲ぐらいあるもの。
高田:十分だ。
たけし:十分だよ、四曲あれば。だけど東なんか図々しく、あれらしいじゃねえか、キャンペーンやって来るらしいじゃねえか。何考えてんだ、四人組で。だから、いいときはいいんだけどね、やっぱりいよいよおまえらは、来年からおまえらの時代だぞ。これからはオレはちょっと、半歩以上下がるからね。下がるよ、オレはホントに。もうね、そりゃマズイよ、いつまでも第一線だなんて。オレ、タモリも引きずってやろうと思って。オレが引退しそうになったらタモリの悪口言って、「いつまでやってんだ馬鹿野郎、しぶといぞこのくそじじい」とかね、「そんなに金が欲しいのか、ローンがまだ払ってないのか、家なんか建てるなら目ェ治せ」とかいろんなこと言って。じゃんじゃんじゃんじゃん言っちゃうんだオレは。そうじゃないとダメなんだよ。いつまでも年寄りが君臨してる時代じゃダメなんだよ。やっぱり、いいときはいいときでいいんだけどね、やっぱりダメになってるんだから、所詮。オレだってじゃんじゃんじゃんじゃんダメになってるもん。感覚すごい悪いもん。悪いけどもだな、まァここまでは今は耐えられるな、ってやってるけど、ホントに感覚ダメだなって思ったら、やっぱり引退しなきゃ、リタイアしなきゃ。そんなときに、リタイアしたあと一番カッコ悪いのはだな、今の若手の芸人はなってない、ってガタガタ抜かす奴がいるんだ。それはダメなんだよな。「たけし師匠どうですか、今の若手は師匠の時代と比べて」って「いやァ、我々の頃に比べれば今の奴は楽です」とかね、「芸がなってない」とかね、オイラが上から言われたことをそのまま言う奴がいるんだ、下の奴にね。そういうのはダメなんだよ。「今の若い人には敵いません」ってはっきり言わなきゃいけない。あっちの方がすごいです、と。それかもしくは、老兵は語らず、とマッカーサーやんなきゃいけないんだよ。…マッカーサーじゃねェや(苦笑)。あれ、マッカーサーだったか。ね、そういう風にしないと、我々はね、いい引き際を考えないと。おまえらだってそういう時代が来るんだぞ。いつまでも若くないんだよおまえ。そんときにおまえらもきれいに下がらなきゃいけない。それでオレの場合、きれいに下がりたいんだけど、半分だけ仕事やらして下さい、半分でいいから、まだ本ぐらいは書けんだろ、って感じがいいじゃないか(笑)。だから、女の奴にも「半分だけやらして」って、半分だけモテたいっていう、そういう感じが何とも言えないんだな。ひとつ頼むよ。
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この放送のニヶ月後、あのフライデー事件が起こる。オールナイト本『不幸中の幸い』(扶桑社)に収録されている、86年9月11日の"激白放送"と併せ読むと、当時のたけしさんの気分がかなりよく判るはずだ。
それにしても86年と言えば、たけしさんの音楽活動の全盛期である。そんな時期にこれだけ一歩引いて自らの音楽活動を見ていたのかと思うと(いや、全盛期だからこそかな?)改めて驚いてしまう。
発言の中で出て来る"ミュージカル"というのに興味を引かれる。ビートたけし&たけし軍団のライヴというのは、歌ありタップありコントあり、のとても盛りだくさんな内容だったわけだけれど、このときたけしさんが思い描いていたのは、それらのバラバラな要素をひとつのストーリーにまとめ上げたショーだったんじゃないだろうか。この構想は実現しなかったわけだけれど、見てみたかった気がする。
この会話を読んで思うのは、たけしさんにとっての音楽活動は、軍団との共同作業のため、という側面もかなりあったのかな、ということ。軍団を率いて全国をライヴして廻ることで、たけし軍団を人々に認めてもらうと同時に、客前での経験を積み重ねることで、軍団の皆さんのスキル・アップを図る、という。軍団の皆さんがタレントとしてそれぞれ一本立ちされた時期と、たけしさんが音楽活動からリタイアして行く時期はかなり重なっているし。
現在制作が進められているというニュー・アルバムは、当時のような軍団との共同作業、というものではない。今更ヒット曲を出す必要があるわけでもないし、よりパーソナルな作品になるだろう。それでいい。かつてのそれよりももっともっと、生のたけしさんが感じられる歌が聴きたいと思う。と書くと、かつてのたけしさんの歌は“生”じゃなかったと言っているようで気が引けるが、もちろんそんなことはない。ただ、やはりあれは“ビートたけし&たけし軍団&シークレット・ポリス”というユニットとしての側面があって、それゆえの、いわゆるバンド・マジックみたいなものもかなり働いていたし、それがたけしさんの音楽をより魅力的なものにしていた。それに対して、今回はほぼ完全にソロ・アーティストとしてのたけしさん、である。それこそ、『イマジン』や『ジョンの魂』みたいな、余分なものを殺ぎ落としたけたしさんの歌を期待したい。
今、“ほぼ”と書いたけれども、今度のアルバムは、たけしさんの音楽活動の集大成であるのと同時に、我らがグレート義太夫さんの音楽家としての全貌が明らかになるだろう作品でもある。名曲“バラード”からもう15年以上の歳月を経て、ミュージシャンとしての義太夫さんの蓄積されたものが発揮されるわけだ。楽しみに待ちたいところである。
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