(BGM:「マジカルミステリーツアー by ビートルズ)
波多江アナ:20世紀から21世紀へあの日の歌をポケットに自分探しの時間旅行「マジカルミュージックツアーカウントダウン2000」、こんばんは。1950年生まれナビゲーターニッポン放送、波多江孝文です。
山本アナ:こんばんは。1975年生まれ、アシスタントの山本麻祐子です。
波:まぁ、3月3日金曜日、本当に今日は桜の花が咲いてもおかしくないくらいのね。
山:暖かかったですねー。
波:本当にね、ひなまつりに。
山:ひなあられ頂きました、先程。
波:あっ、そう。
山:あんまり実感なかったんですけど、やっぱり食べるとね。
波:あー、そうだね。女の子の節句だからね。
山:えぇ。
波:山本ん家ってのはどうなの。やっぱり雛壇とか飾ったりするようなお家だったの?
山:ちょっと小さめだったんですけど、実家の方には飾ってありました。
波:ありましたか。都心あたりだとさ、狭いから雛壇なんか階段にしか飾れないんだからなぁ。
山:ふふ、いいじゃないですか。階段だって。
波:(笑)ホントに大変だよねー。ウチもね、君よりひとつ下の女の子いるんだけどね、うん。
山:今年は飾られましたか?
波:あー、今年も飾ってない。飾る場所がないって言ってんじゃん(笑)。ホントに大変なんだからウチは。さて、今夜はですね。1987年、昭和62年をずっとこう旅をしてまいりましたが、今夜はその87年に深夜のラジオに、すわ〜んぜんと輝いていた番組でございますね、「ビートたけしのオールナイトニッポン」を90分に渡って特集していこうということですね。そしてニッポン放送からのGW明けに完全復刻される運びとなりました「ビートたけしのオールナイトニッポン2000〜世界一の幸せ者」、ま、たけしさんのオールナイトニッポンから生まれた数々のヒット本を文庫化してまとめたものなんですけれど、今こちらのテーブルの上にずらーっと並んでるわけなんですけど、なんか懐かしいラジオ本だな、って感じがしないでもないんですけど。この先行予約をお受けしながら、お送りしてまいります。詳しいお話は後ほどお伝えするとしまして、まずはあの「ビートたけしのオールナイトニッポン」の時代にこの曲でタイムスリップ。ビートたけしさん「BIGな気分で唄わせろ」。
(「BIGな気分で唄わせろ」)
波:今夜は、「ビートたけしのオールナイトニッポン」スペシャルということでお送りしてまいります。このビートたけしさんと、オールナイトニッポンを語るとなると、この方の右に出る者はおりません。もう左に並ぶ人はたくさんいるんですが、今夜のお客さまは、高田文夫さんです。
高田先生:どうも、こんばんは。
波:今回は最多出場。
高:この番組はね、もう3回目の出場でございますけども。
波:どうも、よろしくお願いいたします。
高:今日は、あのー、ニッポン放送の方ではね、朝からすいませんね、お騒がせしちゃって。
波:いやいやいや、もう朝からね、いろんな番組でね。
高:いろんな方がたけしさんのオールナイトニッポンについてね、熱く語ってくれましてね。もうテリーさんからね、山田邦子からね。
波:皆さん、影響受けた方ばっかりなんですね。
高:たけしさんのオールナイトニッポンでタレントもスタッフもね、ディレクターでも作家でも、もう表出る人はみんなやっぱりこの番組でもってね、大きくなったんだよね。
波:大きくなりましたねー。でも、まぁ昨日までに1987年を旅してきたんですけども。
高:ご苦労さまです。長い旅だよね〜、この番組も。旅してるね〜、毎日。
波:もう60年も旅してますからね〜(笑)。
高:もう87年まで来た?
波:えぇ、71年から一年刻みで。その間に高田先生にはね、ずいぶん出てもらってますよ。で、この87年てことはですね、たけしさんはー。
高:ようするに、オールナイトニッポン自体はね、81年にたけしさんの場合はスタートしたんだよ。昭和56年の元旦からだから。だからこれがちょうど始まって、何だ、6年目か。87年ということは。てことはですね。私はやな想い出がありましたですね。
波:あはははは。
高:なーんか、酔ったはずみで行ってですね。あの半年間勝手に休んだ時があんですよ。マスコミ的にもいろんなことあって。そいでこの87年の、おっ、覚えてますねー、私の誕生日ですから、6月25日ですよ。そのオールナイトニッポンでもって第一声を、復帰のね、まぁわかりやすく言うとフライデー事件ってのがありましてね。
波:ここにねぇ、朝日新聞の夕刊ですよ。1987年、昭和62年6月26日。
高:よくありましたねー。夕刊の3面記事ですよ。もう事件として。
波:そうですよ、隣にはペースケ載ってますよ。
高:そうですよ、事件としてもう朝日新聞に。これ東スポじゃないですもんね(笑)。「たけし突然ラジオで毒舌」(笑)。これが6月25日、ラジオで復帰と。あのころいろいろとマスコミ論がね、ありましたからね。
波:ありましたねー。
高:そしてそん時もね、確か7月の3日ね、7月から復帰しましょう、とマスコミ的にはね、挨拶してたけど。だけど普通に出てきたらちょっとたけちゃんぽくないじゃない、半年休んで。そこが俺、とんちのきくとこだから(笑)。悪知恵働くから。当時の亀淵さんと、守谷さんと一週早く出しちゃいけないだろうか、別にいいんじゃないかとか、根回ししちゃって(笑)で、いきなりラジオでね、復帰したんですよ。ですから半年間休んで一番愛してたのはこのラジオだったんです。たけしさんが10年でね。
波:たけしさんがオールナイトニッポンで、そうですね。
高:それが87年ですからね。
波:ま、今朝のスポーツ新聞でもですね、反町さんとね。
高:大きく出てましたよね、報道のあり方ですね。結局世の中まだまだ変わってないですね。たけしさんもやっぱりあの事件で一石を投じたけどね。まだまだお互いにね、書く方書かれる方。
波:ねぇ、さてそのニッポン放送の各番組では、朝からやってきましたけれども「オールナイトニッポン2000〜世界一の幸せ者」この先行予約をですね。
高:世界一の幸せ者、これ10年間でですね。毎年一冊ずつ出してたんですよ、本を。で、年間一冊ずつとして9冊たまって、で、こちらもう絶版になってたんでね。今また若い人かなんかが、そのスタッフにしてもタレントさんにしても、当時何やったのか、っていう。じゃ、いっそのこと文庫にしてまとめて限定版で、やっちゃおうということですね。文化度高いですね(笑)。
波:2度おいしいですね。本当にねー。さてそれではこのたけしさんの本をですね。今から先行予約を受けつけたいと思うわけでございますけども。もう電話とか最新機種、機能を使います。メールとか。
高:午前中の僕んとこの番組でも、電話がね、1時間半の番組でもう電話が鳴り止まなかったですよ。
波:早く電話番号言えって言ってるかもしれませんね(笑)。
高:これ全国ネットですからね、また全国にたけしさんで育った少年たちがいっぱいいるのよ、30代、40代。
波:山口から太った男もいましたし(笑)。
高:たけし教の人達がいっぱいいますからね。大体、30代、40代の男性はみんな影響受けてますよね。
波:必ず受けてると思うんですよ。ではその先行予約を…(以下、予約の案内につき省略します。)
高:今回はですね、これ9冊が今までのやつがね、文庫になってそれにまた別冊でね、解説をちょっとつけようと思って1冊作ってんですよ。そしてそれにもう一個、今回の予約に限りなんとCDが!なんと名場面集がCDになって入ってくるわけですよ。1時間に収めてですね。10年分のハイライトシーンがね、たけしさんのしゃべりが聴けるという。
波:「ビートたけしのここに幸あり」。
高:そうなんですよ。1冊目のタイトルがね、「三国一の幸せ者」ってタイトルで出したもんで、今回はそれにひっかけて「世界一の幸せ者」、世界のキタノになったわけだ。いよいよね。
波:そうですよね。オールナイトニッポンから世界一の北野武になったということで。先着これ10000セットの。
高:も〜う、その方にはCDついちゃうから(笑)。もう聴き放題!
波:それからね、この「ビートたけしのオールナイトニッポン」にまつわる想い出はFAXで頂戴しようかと思いまして。
高:お値段言った方がいいよ。値段いちお言っとこうか。
山:そうですね。
波:お値段がですね、なんと送料、消費税込みで7800円。
高:安すぎる。これは安すぎてちょっと立ちくらみ覚えた(笑)。ホントに9冊にCDに漆塗りの箱だよ。
波:ちょうど「オールナイトニッポンデラックス」をまとめた小冊子もつけるんですよ。
山:ここでしか手に入らないですからね。
高:よく落語のなんとか全集ってあるでしょ。ああいう感じですよ。
波:豪華漆塗り調の特製重箱!
高:風ですよ(笑)。
波:風ですね(笑)。これにお詰めして限定10000セットっていうことですね。(以下、FAX番号などの案内。)
(CM)
(オールナイト 第一回目の放送のオープニング
以下、今度の「ここに幸あり」のCDの内容のネタばらしになってしまいますので省略します。)
高:いやー、懐かしいですね。本当の第一回ですね。昭和56年と。最初の第一声ですよ。
波:元旦ですか。
高:いや、まぁね。ファンの人は知ってる人もいることなんだけど、当時やっぱり、たけしさん何言うかわかんない、っていうんでさ、実はね、暮れのギリギリに録ったの。第一回は実を言うとね。さすが担当のディレクターもびびりましてね。デンジャラスじゃないかっていう、さぁ(笑)。
波:デンジャラスゾーン(笑)。
高:もうこの日が初めて活字で「ビートたけし」っていうの出した。初めてです、マスコミに。前日まで、大みそかまで「ツービート」としか書いてなかった。で、私もツービートの片っぽの方だって、みんな言ってたんだから。まさか「ビートたけし」って名前だとは(笑)。
波:あはは。
高:日本中が、ねぇ。
波:たけしさんと高田さんが運命的な出会いってのは。
高:そうですね、面白いのがいるな、つって、それでマンザイブームっての来たんですよ。そん時に紳助・竜助とかB&Bとかぼんちくんとけね。そん時に唯一東京弁でやったのがたけしさんでね。そいでもう意気投合しちゃって。何とかして江戸っ子の意地を見せよう、って。だからひたすら東京弁っていうかね、下町言葉にこだわった放送だったのね。回りがみんな「何言ってまんねん。でんがな、でんがな。」ってせめて「バカ野郎!この野郎!」って、それが逆に受けたんだろうね。
波:そして、それがこのオールナイトにまで結びついてね。
高:それまでは、ツービートの背の小さい方だった。
波:あははは。
高:面白い方とかね、早口の方とかね、言われてて、やっとビートたけし、って名前がわかったんですよね。
波:昭和56年の元旦があるからこそ今があって。
高:それで10年間、ホント三月だけって僕ら言われたんですよ。春から別に当てがあったらしいんですよ。大物押さえてたらしいんだけど、取りあえず三月だけ、適当でいいですから高田さん、とか言われてたんですよ。そしたらさ、2月、3月になってじわじわっと夜中にとんでもねぇこと言ってるやつがいる、って噂になっちゃって学校やなんかで、それで急にニッポン放送、もうちょっと続けてくれますか、って話になった。
波:それが10年続いた。
高:10年やっちゃったんだよ。それでこの番組のおかげで、タレントさんもね、育ってきたし、スタッフもみんなね、番組の作り方も全部変わったね。たけし以前、っていうのと、たけし以後、ビフォーたけし、アフターたけしですね。キリストみたいなものですよ。ホントに革命児ですね。
波:じゃCMをはさんで続いてまいります。
(CM)
波:さぁ、このたけしさんのオールナイトニッポンはですね、さまざまな名物コーナーが生まれているわけなんですが、続いての名場面はこちら、伝説の村田英雄先生コーナー!
(以下、「ここに幸あり」より「デカ頭コーナー」)
波:いやいやいや…
高:やっぱしゃべりの勢いが違うよね。10年前つっとね。
波:33ぐらいで始めたんですよね、たけしさん。
高:そうですよ。32、3で、もう10年間やってましたからね、40過ぎまで。毎週木曜日です、木曜の深夜。
波:ということはですね、村田御大って。
高:もう大巨匠ですよ。ようするに芸能界的なタブーってあるわけですよ。絶対いじっちゃいけない、って大御所、今、平気でけっこうバラエティーとかやってるじゃないですか。あと2枚目の俳優さんなんかがバラエティー出てきて、けっこう素顔見せたり笑われたりしてますけど、ホントに元祖だよね。
波:この頃いじれませんでしたよ。
高:あの頃ね、村田、三波両巨匠、絶対からかっちゃいけないじゃないですか。
波:それをいうにことかいて、デカ頭コーナー(笑)。
高:そのまんまですもの。しかしその芸能界的に裏ではなんとか、って有名な話だったのね。村田先生の面白いエピソードあるってんで。それを飲んじゃ、たけしさん笑ってたんだけど、あの人がいきなりラジオでしゃべりだしちゃったわけ。こっちもさ、ダメだ!言っちゃ(笑)、楽屋話を言っちゃったら受けちゃって。
波:受けちゃってねー。
高:だけど当時はね、おっかないんじゃないかと。
波:そのね、村田先生がね、生で乱入したってのがありました。
高:懐深い横綱相撲見せてくれてね。
波:聴いてみましょうか。はい。
(以下、「ここに幸あり」より、村田先生の出演時の模様。)
高:いや〜、やっぱ横綱ですよ、この懐の深いところ。村田先生がちゃんと受けてくれたからね。それまでこんな芸能界の偉い人がさ、ギャグでもいじる、って絶対タブーだったんだもん。これやっぱ村田先生のおかげだよ。
波:ね〜、でも村田先生ってけっこうちゃめっ気あるんですよね。もともとこの方は「茶々丸」って名前でデビューしましたから、浪曲のね。
高:はぁ〜、そうなの?(笑)天才浪曲少年。
波:あのね、6歳くらいで。
高:もう座長だもん。浪曲は。
波:3歳って言ってましたね、浪曲は。
高:何で先生来たかな、って最初怒られると思ったもん。「ビート、高田来い」、って言われてさ、行ったの。俺とたけしさん正座。そしたら「たけし、お前は漫才師だ。俺は歌手だ。高田、お前は作家だ。いいか、お互い仕事のジャングルが違う。」
波&山:あはははは。あはははは。
高:「入ってくるな」、って俺ターザンじゃない、って。
波:(笑)ターザンじゃないんだ。
高:死ぬほど笑いましたけどね。もう怒りながら笑ってしまいましたけどね。
波:ホントでもこのコーナー、大ブレイクしたんですよね。
高:それでこの後もう三橋美智也さんまでねー。ミッチーとか言ってCM来ちゃったりさ。みんなですよー、大ブームになっちゃって。
波:じゃ当時の、そういう風な、何ていうの子供たちの世界まで、ねぇ。
高:そうですよ。えぇ、それが今のテレビ番組の作り方の元祖だよね。これをみんな真似て作り始めたという、こんなスタイルがあるんだな、って。
波:だから村田英雄さん、三橋美智也さん、っていうと。
高:もう大先輩。
波:年配の方がねファンで、って言てたものが、当時の中、高校生が親しみを持って。
高:ユーモアを持ってね、お互いに良かった。
波:(予約の案内。)
(CM)
波:「マジカルミュージックツアーカウントダウン2000」、ニッポン放送をキーステーションに全国ネットでお送りしています。今夜は高田文夫さんをゲストにお迎えして…
高:全国ネットだ。あがっちゃうな(笑)。全国だもんね、オールナイトニッポンそうだったもん。
波:はい、「ビートたけしのオールナイトニッポン」スペシャルをお届しておりますが、ま、早速ですけどね、メールでもいただいてるのが、さすがに全国ネットですよ。
高:あー、すごいですね、電話が今かかりにくくなっちゃって。
山:はい、9時まで受け付けますので、ゆっくりと根気よくおかけいただきますようお願いいたします。
波:これメールで来てるのがね、(住所、氏名の紹介)、メールでもどんどん申し込んでくれてますんでね。
山:ありがとうございます。(予約の案内)
波:さぁ、このビートたけしのオールナイトニッポンが1987年の、昭和56年の元旦から始まりましてですね、番組が始まって有楽町のニッポン放送の1F入り口っていうのは、ファンが毎週殺到して…
高:あの行動はひとつの風物っていうか文化だったよね、回りがほら有楽町だったから、しーんとして、オフィス街なのに、そこだけニッポン放送のとこだけちょっと灯りがついて、そこに全国から若い男の子がさ、うわーっつって、その木曜の深夜だけたかってんだもん。3時にね。
山:異様な光景ですね。
高:我々二人でさー、当時我々の弟子なんか誰もいないから二人だけで降りてくんだシューンと、そしたらうわーっとすごい人なのよ。なんだかガキ大将だね、番長というか、そういう感じで日本中からね、ま、兄貴分として、文化のガキ大将だよな。
波:時々、隣の丸の内警察からね。
高:来ましたよ、おまわりさんが。スタッフがみんな怒られてたもんな、ダメだよ。だから裏から逃げてたり俺たちも。
波:で、そうやって全国から集まる中からですね、ま、お弟子さん希望っていうのはどんどん出てくる…
高:そうだよ。そいうので大きくなったたけし軍団っていうのが、できるんだけれども。最初この番組からね、まず東だもん、入ったの、今のそのまんま東くん、そして大森うたえもん、そしてだーっと入ってくんだよね。
波:じゃ、続いての名場面はね、聴いてみたいと思います。熱狂的リスナーが弟子になった松尾伴内弟子入り事件。
(以下、「ここに幸あり」より)
波:これが「松尾伴内さん弟子入り事件」。
高:面白いねぇ。
波:いや、おっかしいなぁ。
高:これ、昨日のことのように思い出すね、20年前だけど。覚えてる覚えてる、強烈に。で、あの頃、危ないような若者がいっぱいいたじゃない?たけちゃんもおびえちゃって。ずるいんだよ。突進して来んの、窓越しに。そしたら俺をツッと前に出して、盾にするんだよ。俺、刺されるかと思ったんだもん。ホントそうそう。で、今の、片岡鶴太郎ね。まだ弟子がいなかったからさ、俺もたけしさんも。だから、鶴ちゃんがずっと付きっ切りで、ふたりの面倒見てたのよ。お茶汲んだりさ。
波:鶴ちゃん、毎週木曜日の夜来てましたもんね。
高:だから、周りも手伝って。それで東くんが来て大森くんが来て、3人目だな。
波:ということは一番がそのまんま東さんがたけしさんの弟子で。
高:ポルシェ買っちゃって、たけしさんは。運転手やってた。で、俺はボロボロのクルマ買おうぜって言ってさ、5万ぐらいのをさ、大森が現金で買いに行って、あの野郎、キャベツ買いに行ってんじゃないんだからさ。で、「買って来ました」って自分で乗ってんのよ。キャベツじゃないんだからさ。で、大森が俺のクルマ運転してさ、「カーチェイスだ」とかってふたりでやったりさ。
波:若いですねぇ。
高:子供だったよなぁ。
波:でも、あとは弟子志願者はあとを絶たず。
高:もう、たけし軍団はものすごい激増でね。それで、タカちゃんとかはまた別にね、カージナルスってグループでコントやってたんだけど、草野球のチームを作ろうっていう時に、人手が足んないんで「若手で野球のうまいのがいるらしい」って、野球でスカウトしたんだよ。タカと枝豆のコンビはな。
波:そうだったんですか。
高:あのふたりは野球うまかったんだよな。それで、別のチームでコントやってたんだけど、そのまま軍団入っちゃったのね。それからスタートだよね、20年前。面白いねえ。
波:今、弟子の数どれぐらいですか?
高:今、分かんないね。もうスタッフ分かんないもん、名前も顔も。
(「ハイサイおじさん」がかかり、それに乗せて)
波:で、今流れて来たのがさ。
高:エンディングのテーマだ。3時になるとかかるやつ。
波:沖縄では爆発的なヒット曲ですよね。
高:たけちゃんは沖縄が好きでね、あの土地が。だから、初期の映画はみんな沖縄を舞台に映画作ったじゃない。何か違うらしいんだよな。だから好きで。この曲も選んでかけてたのね、エンディング・テーマ。
波:ハイサイってのはこんにちはって意味ですけどね。喜納昌吉とチャンプルーズ「ハイサイおじさん」。
(再び曲だけになり、CMへ)
(CM)
波:じゃ、続いての名場面に行きたいと思います。「映画界への第一歩・カンヌ映画祭コケる」。
高:コケたんだよね。
(「ここに幸あり」より)
高:おかしいねぇ、しかし。
山:もう笑いっぱなしですね。
高:「戦場の楢山節考」。ホントに、あの頃マスコミ、世論もさ、日本中絶対「戦場のメリークリスマス」が取るって言っちゃったんだよな。
波:そうそう。
高:当人もそれ聞いて、取る気だったんだから。取ったらどうなるんだいってさ。それで落ちたから、それで「ちきしょう!」と思ってさ、今日の「世界のキタノ」になるわけだよ。それを考えるとさ、役者で賞取ってたらさ。
波:取っちゃったらつまんなかったかも。
高:映画界ナメちゃうもん。それをバネにしたから。リベンジだよ。
波:これ良かったんですね。
高:「BROTHER」まで行っちゃって、アメリカまで行って、撮って来ちゃったから。この第一歩、ここでコケてるから。それは坂本スミ子さまさまですよ。
波:彼女ひとりで行ったんですもんね。取ると思ってないから。
高:そうそうそうそう。あん時な。こっちはスタッフみんな行ってね。大変だったな、「戦メリ」は。でもこれ名作だったけどな。映画も名作だったしラジオもやっぱり名作だね、聞いてると。おかしいね。コケただけでおかしいね、いろんなこと言うから。
波:でもやっぱり、コケて面白かったって言うと申し訳ないけども。
高:それが面白いんだよ。芸なんだ、またね。徳俵一枚、強いんだよね、ここ一番ね。爆笑取るもんね。
波:で、その後にガーッとつながって来るんですもん、その後にね。
高:今回の「御法度」までね、ここで付き合い出して、今回の大島監督の映画出たりね。で、自分で今度作っちゃってね。
波:今年の作品賞にもずらっと並んでますけどね。
高:これはやっぱり原点でしたね。こんなことも本にはたくさん載ってますけどね。
波:はい。谷川俊太郎作詞、「戦メリ」で共演した坂本龍一作曲です、ビートたけしさん、「TAKESHIの、たかをくくろうか」。
(曲)
波:聞いてると、高田さんもよく押してますね。
高:いやいや、めげるから面白いんだ、いじめるとね、また。左とん平だとか言っちゃうんだよ。「楢山節考」当たってるぞ、とかさ。それがいい呼吸でね、お互い触発し合って面白くなるんだよね、ギャグがね。
波:たけしさんのオールナイトの思い出もたくさん来てますよ、ひとつ紹介しましょう。XX市X区のXXXさん、会社員の方ですけども、「オールナイトニッポンの思い出は、甘くてせつなくて苦しいものがあります」
高:えっ。甘くてせつなくて苦しいの?
波:「ある時、うちの両親が留守の時、彼女を初めて家に呼びました。とてもいい雰囲気になり、彼女の肩に手を回し、初キッス、初エッチも、と思っていた時です。時刻はもうすぐ一時。その瞬間彼女が『あっ、あたしねぇ、オールナイト聞かなきゃ』」
高:ははははは!
波:僕のラジカセを勝手に取り出し、フリートークを聞きながらガハハと大爆笑。もちろんムードは台無し。結局最後まで何もなく終わっちゃいました。そのせいか僕はハタチまで童貞でした」。
高:なるほど。木曜の深夜ってエッチも出来なかったんだ、若い子はみんな。「君の名は」では銭湯がら空きだろ、木曜の夜はホテルがら空きよ、もう。いい子はみんなオールナイトニッポン聞いてて。金曜日になったら目ぇ真赤にして学校に行くだろ。
波:分かった。今、たけしさんのオールナイトニッポンに高田さんが手を加えてですね、少子化を招いたんだ。
高:ははは、そうだな、木曜の深夜はな。
(CM)
波:ラジオを聞いてる人が「えっ、もうオールナイトやってるの?」みたいな。
高:この「Bitter Sweet Samba」、テーマ、これも古いよな。
波:いやぁ、もう、30何年ですよ。
高:スタートからだもんね、オールナイトニッポンっていう番組自体の。
波:昭和42年です。
高:番組自体はね。オールナイトニッポンっていう深夜放送自体は。そっからずっとやってるんだよ、この主題歌も。大したもんだよ。
山:憧れですよね。
波:この時に、だって、ニッポン放送に電話して聞きましたもん、演奏してる人とですね、あのテーマは何というタイトルでしょうって。親切に教えてくれましてね、ニッポン放送の人っていい人だなぁと思いましてね、レコード屋に行って買って来ましたよ。
高:そうだよなあ。僕なんかも深夜放送で、大学生時代に、カメ&アンコー。今は社長ですよ。亀淵さんがラジオで喋ってるのを聞いて、俺も大きくなったらこういう風になりたいなと思ったんだよ。スタッフで喋れて両方出来て。今はもう社長になってますからね。あのオールナイトニッポンを聞いて育って、こうなっちゃうとはね。自分で作る方になっちゃうとはね。面白いもんだよなぁ。…何だよ、しみじみと。
波:何かじじ臭くなっちゃって。まあね、ってお茶ズルッて飲んじゃって。
高:梅干しくれ、だって。はい。
波:それでは、たけしさんのオールナイトの名場面、今度はここに行こうと思いますよ。「映画『夜叉』で共演・たけしが語る高倉健」。
(「ここに幸あり」より)
波:いやいやいやいや。
高:ホントに面白おかしく話を作るよね。
波:昨日のスポーツ新聞にね、健さんが、温泉でしみじみとしんみりと語りたい人のナンバーワンに輝いたんですよ。
高:しんみりと、しみじみと語りたい人ナンバーワン?
山:漫才じゃないですね、じゃあ。
高:あの時に「夜叉」っていう映画でね、健さんが主演で。その時に健さんが御指名で、たけしさんが。この頃はだんだんもうドラマの方とか映画の方にも、どんどんどんどん漫才の方からさ。
波:ここら辺は役者として見せられてる頃ですかね。
高:それでまた。明治大学の先輩・後輩なんだよ。「お互い明治だろ」ってことで。そうなんだよ、健さんもたけしさんも明治大学だろ。それでこの映画出てんだよね、そうそう。
波:ここら辺からたけしさんは役者としてもどんどん売り込んで行くっていうことになるんですね。
高:どんどんどんどんね、役者の方でね。作る方じゃなくてね、役者の側でね。時代ですね。
波:作る側に行くっていうのは、これからしばらく――。
高:経ってからですね。
波:また、演じるのと作るのと違うでしょうしねえ。(予約の案内)
(CM)
波:「ビートたけしのオールナイトニッポン」名場面。いろいろあるんですけどねえ。
高:ということはCD聞けるわけだろ。ありがたいねえ。CDがついて来るんだ、これまた。至れり尽くせりだね。ニッポン放送親切ね。
波:それではね、その名場面、今度はこれ行きたいと思います。「最愛の母、北野さきさんを語る」。
(「ここに幸あり」より)
高:いやー、面白いねえ。やっぱ母と子のね、いいよねこのエピソード。
波:あったかいですよね。
高:いっつも深夜放送でいろいろなお袋の悪口を言いながらこうやってやってくれたからね。とってもいいことだよね、お袋を思うこの気持ちはね。
波:何か伝わって来ますよね。
高:素敵なお母さんですよね。はっきりものを言うしね。
波:やっぱり、このお母さんがあってこそのたけしさんなんだろうなあって感じがしますよね。
高:去年の夏だもんね、亡くなったのね。早いね。
波:八月ですよね。
高:暑い盛りでしたね。高田葬儀社って言われたんだよ、俺なんか。仕切っちゃって、おまえ、大変だよ、高田葬儀社としては。
波:葬儀の時ですか、雨がガーッと。
高:雷がガラガラッと、ワイドショーがワーッと取材でね。お葬式無事終わって、じゃあインタビューしましょうっていうとき、ゴロゴロって。全員が「今の高田さんのキューですか」って(笑)、SEじゃないってんだよ、雷は。たけしさん泣かそうと思ってさ。みんな俺だと思ってるんだよ。俺のキューじゃないよ、雷は。
波:さきさんの雷ですかね。
高:おっかさん怒ってますか。俺じゃないってんだよ。
波:何かこう、親と子のあたたかさみたいなものが出る、っていうね。
高:あの、お母さんと子供っていうね、あれが。いい意味で、変な話、子供たちにさ、最後ホントに泣いたじゃない。母親を愛するって気持ちがうまく伝わって、日本の男の子の良さがすごく出たよね、お母さんを思うっていう。何の理屈よりもシーンを見せるのが一番いいよね。きちんとね、男の子は。
波:だから、わんぱくでもいい、っていう。
高:そうそう。
波:正に具現化したような感じでした。さあ、それではその、ビートたけしさんのこの曲を聴いてみましょう。「ハードレインで愛はズブヌレ」。
高:あったね、こういう歌も。 (ワン・コーラス終了後、曲に乗せ、再びオールナイトのテープより。さきさんについて語るたけしさん)
波:「ビートたけしのオールナイトニッポン」から生まれて大ベストセラーになった本“幸せシリーズ”が9冊、と。
高:9冊、揃いましたね。
山:こちらにあります。
高:もう、今の若い人はこの本持ってないんで、読みたい読みたいっていうんで、良かったですね。
波:まあ、最初が「ビートたけしの三国一の幸せ者」。この時にはですねえ、たけしさんのヘアースタイルも、ちょうどツービートの時の――。
高:ロッド・スチュアート。
波:ロッド・スチュアートのようなね。
高:顔もどんどん変わって来るしね。いいよね。いろんな意味で顔変わったしな。
波:ははははは。
高:ホントにね、年輪で、いいよね。
波:うん。さあ、この「ビートたけしのオールナイトニッポン2000〜
三国一の幸せ者」、いろんな特典がついてですね、7,800円ポッキリでございます。
高:今回はCDがついて来ると。 (予約の案内)
波:それではですね、「ビートたけしのオールナイトニッポン名場面」、これが最後になっちゃいますけれどもねえ。「ビートたけしのオールナイトニッポン最終回」――「これが最後の最後の場面」。
(「ここに幸あり」より)
高:いやあ、ジーンと来ますね。
波:10年間続いた、81年の元旦から続いた、ね。
高:10年ね、ホントにこの時代は青春みたいだったからね。お互いに世の中に初めて出た番組ですからね、名前がね、お互い世間に。30過ぎから40過ぎまでね。もう、ホントに10年ね、ふたりで駆け抜けちゃったからね。これがなかったらホントに、今のたけしさんはないよね。良かったよね。これでもってまた、いろんな方向に行くじゃない。映画に行ったりね。
波:これを聞いて育った人たちがたくさんいて。
高:そうそう、今のテレビとかラジオもね、スタッフとか出演者もみんな、これの生徒たちが根は作ってるわけだ。30代40代のね、タレントもスタッフもね。やっぱり、この番組の作った功績って大きいよ。
波:まあ、計り知れない影響を与えていると思うんですけど、このオールナイトが終了して、今のがホントに最後のたけしさんの言葉だったんですけども、この日のことってのはよく覚えてますか?
高:全然覚えてないね、オン・エアした瞬間、お互いに。後半なんてね、もうレロレロだったし、他のこといろいろやってたからね、たけしさんも俺も。何だかもう。だから、たけしさんもスタジオに行かなくなったりね、10年目はもう。やることいっぱいだったしね、また。
波:この打ち上げとかもやったんですか?
高:Bスタでやったんだよ、3時に終わって。下降りてってみんなでね。まぁ、10年やりゃあ十分だよね。
波:まぁ、ホントにひとつの歴史でしたよね。
高:見事な。
波:XX市のXXさんですけども、FAXいただきました。「たけしさんのオールナイトで言うと、確かにたけしさんはすごい人と思いました。でも、放送作家という人もすごいなあと思った最初の番組でした。作家というと原稿を書いて誰かに喋ってもらう、そんなイメージがありましたが、たけしさんのオールナイトは、周りにいる作家さんのうるさいこと。紙に書かずに口で喋ってしまうんです」。
高:そうなんだよ。書いてるのが追いつかないんだよ、あの人速いから。本番中に「次はこれ読んでよ」って書いて出してもさ、頭の回転が速いから、だったら俺の方も「次これやろうよ」って言っちゃった方が早いんだよ。もう、原稿用紙が声出してるって言ってたの、じゃあこれで、とかさ。そうなっちゃうんだよな、そういうスタイルだよな。
波:そういうスタイルも、結局高田さんが築き上げた。
高:今みんな、若いスタッフがやってるけど。そのままを見せた、ってことだろ。
波:聞いてる方は何か不思議な感じがね。
高:何だろうなぁと思ったね。ビートきよしでもないし。相棒でもないしな。ビートきよしよりも面白いこと言うしな。とんちが利くしな。
波:押す押すみたいなことがありましたしね。
高:いろんなことがあった10年でしたね。
波:「作家というのはこういうことを考えている人たちなのかと、しかもその反応の早いこと、当時の自分には謎だった放送作家の全貌が初めて分かりました」。
高:お互い脳味噌が、今じゃもうおっさんだけど、脳味噌が一番回転してる時だからね。俺もたけしさんもね。打てば響くから。キャッチボールといっしょだよね。ポーンと速い球投げればパーンと帰って来ちゃうからさ。だから面白かったんですよ。
波:ますます冴え渡ってますけどね、高田さんも。
高:いやいや、50を超えるともう。
波:「紙に書かなくてもいいんだ。字の汚い自分にも光が見えた気がしました。でも見えた気がしただけでした」っていうFAXをいただきました。はい、それではですね、もうこれは最後の曲ってかたちになりますけどね。
高:当人が作った、作詞作曲で、自分でも気に入ってるし、弟子に浅草キッドって名前をつけました。いかにあのふたりに期待してるかってことだよね、逆に言うと。自分が一番ね、作った歌を弟子にその名前をつけて。キッドが出来がいいんだよ。ビートたけしさんの精神を受け継いで、いい漫才やってんですよ、今。東京じゃピカ一の。見事。
波:今日も聞いてるんじゃないですかねえ。
高:今日、昼間ね、テリーさんの番組に出てましたけどね。
波:博士と玉袋筋太郎でございますけどね。
高:正にキッドだね。一生キッドだね、ホントみんな。
波:きっとたけしさんも浅草っていうのを大事にしてるんでしょうねえ。
高:ビートたけし作詞作曲です。ビートたけしさん「浅草キッド」。
(曲)
山:ビートたけしさんで「浅草キッド」お送りしました。
(CM)
(「Bitter Sweet Samba」に乗って)
波:何か久しぶりだなあ、このテーマで喋るのは。
山:嬉しい〜。
高:嬉しいよな。
波:何か嬉しくなっちゃう。
高:このBGMで喋ると、やっぱり我々ラジオ屋さんとしてはな。
波:ドキドキしちゃいますね。
高:嬉しいですよねぇ。
波:ホントに久々だなって感じがしますが、さぁ、今日はホントに、電話とメール、FAXどうもありがとうございました。
高:どうもありがとうございました。さすが全国ネットだよ。
波:まずはFAXの一万円の当選者です。
山:XX市のXXさん、31歳の奥様の方に決まりました。おめでとうございます。「木曜日の夜は次の日に学校があるので、どうにか1時まで起きていて、放送が始まったらカセットに録音をして、翌日テープを聞くのが楽しみでした」。
高:ホントそうだよね、日本中が。
山:「印象深いのはフロッグマンです」。
高:あー、人気あったんだよフロッグマン。謎のフロッグマンね、プレゼントやるって言ったんだよな。おみやげにハワイで買って来て。
山:「放送されただけでは分からず」。
高:ロクなもんじゃないんだ。
山:「本が発売されて、すぐ本で確認しました」。
高:ラジオだから、こういう、イメージが広がるんだよな。楽しいんだよ、みんなで遊べるんだよな、言葉で。
山:「私は蛙のかたちだと思っていたのに、実際は人の形をしていたのでびっくりしたのを覚えています」というFAXをいただきました。
波:一万円おめでとうございます。
山:おめでとうございます。
波:でも、「ビートたけしのオールナイトニッポン」はですね、高田さんにとってはどういった感じの番組なんですか?
高:いやあ、もう、ホントにね、ふたりとも青春でしたね。分かりやすく言っちゃうとね。何も分からずにふたりとも突っ走ったもん、全速力でね。今思うと何であんなに生き急いでたんだろうと思うよ、ふたりで。
波:たけしさんって存在は高田さんにとってどういう存在ですか?
高:いやあ、もう、憧れの人だね。素敵な人だよ。仲間でもね。
波:仲間であり、素敵な人であり。
高:そうだね。師匠だね。何を言ってやがる、って調子に乗るからね、あのオッサン(笑)。
波:いやいやホントにね、今日はどうもありがとうございました。
高:いえとんでもございません。
山:ありがとうございました。
高:でもこういう本がきちんと残るということはいいことですよね。文化ですよね。
(以下、電話・FAX締め切り等の告知)
波:来週もね、ビバリーの方頑張って下さい。高田文夫さんでした。