

『その男、凶暴につき』ねこ評
「硬質の美」
ねこ
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「安売りの店でなんか、買うのはみっともない。」
「食べ物に行列するなんて。」
母親から徹底的に叩き込まれた美意識と、母親譲りの感性。あと一歩で天下を取れた
娘義太夫の祖母から受け継いだ芸人としての才能。父親譲りの運動神経。
それらを奇跡的に併せ持った一人の男が、映画監督として第一歩を踏み出した。
この作品の冒頭、船に向かって空缶投げのイタズラに興じていた子供たちが走って行く橋の上で
我妻役のビートたけしは、すれ違いにこっちに歩いて来る。
私はこの場面を、監督・北野 武の鮮烈なデビューに重ねて見てしまい、新たな感動を覚えてしまう。
storyさんの元脚本との比較の解説でご承知の通り、たけしさんの映画に対する姿勢は
この作品から始まっている。説明をできるだけ簡略化し、リアルを際立たせる。
技術的なとまどいはあったかもしれないが、TVで山のように「刑事コント」をこなしているたけしさんにとって
「ウソくさい」ものができるはずはなかった。
タクシーで現場にかけつける刑事、そして料金の支払い。
路地を走って行く犯人に気付かないで布団を干す主婦。
突然の発砲で目前の友人を射殺された女性の声にならない悲鳴。
たけしさんは日本映画界の度肝を抜いた。
この映画で最も象徴的で、かつ絶賛されたのが歩くシーンである。
「俺、歩くのが大好きなの。なにせ部屋の中が嫌いなんですよ。部屋の中で話を進めるのが耐えられない。
外に飛び出しちゃう。」
我妻の歩いてる方向は“確実な死”なのだそうである。
私たち観客は、我妻(たけしさん)と一緒に歩いている。
同じ速度で、同じリズムで。
我妻は何を考えているのか、たけしさんは何を考えているのか、そして私たちは何を考えているのか。
共有された時間だけが、ただそこを流れる。
もうひとつぜひ書いておきたいことは、たけしさんが我妻を演じる際の服装と仕草である。
これらを通して我妻の時間と感情の変化を、実に上手く現していることは俳優として高く評価される
べきだと思う。(既に評価されているより更に)
定番となったたけしさんのノーネクタイのスーツスタイルは、この時に生まれたのではないかと感じる。
たけしさんの呼吸に合わせて、たけしさんの頭の中のものを、垣間見れるようになった私たちは幸せ者である。
更に幸せなことに、神様がこの類まれなる才能の持ち主に与えた“おもちゃ”は未だに手放されてはいない。
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