あっちは年に一度しか会えないんだし、もちろん比べ物にならないけど。
「七夕だから」って菜々子さんが教えてくれた織姫と彦星の話は、
俺達にとても良く似ていると思った。


一年だって一日だって、同じだ。
会いたいのに、会えないなんて。
そんなの当然、もどかしいに決まってる…。





同じ星








「……!??」


普段はマイペースなリョーマが珍しく慌てて、そして転げるように階段を駆け下りたのは、
何気なく自室の窓から外を見下ろした時、絶対にこんな夜更けに存在する筈のない人間の姿を、
目にしたような気がしたからだ。


「…………」


今日は日中雨模様で、部活も無かった。
だからリョーマは鬱憤を晴らすかのように、帰宅後自宅のテニスコートで、父親相手に思う存分暴れている。
その疲れを癒す為にゆっくりと風呂に浸かり、後は布団に入って眠るだけの状態だったので既にパジャマ姿だったが、
リョーマはそんなことも忘れて玄関の靴を蹴散らしながら外へ飛び出す。
そして何故彼がこんな時間にこんな所に居るのかを考える前に、キョロキョロと視線を走らせながら、
暗闇と夏の夜特有の生温い空気に包まれている周囲を見渡した。


「あ…」


やっぱり、見間違いでも、勘違いでも無い…

夜目では背格好の輪郭程度しか捉えることが出来なかったが、
それだけでリョーマはすぐに、彼だと解った。
軽く口端を吊り上げて全速力で人影に向かって駆け寄ると、
リョーマは自分の胸に手を添え、軽く息を整えながら…


目の前にいる手塚を見上げた。




「ねぇ、こんな所で何してるんッスか?部長」

「俺にも良く解らん」

「………は?」

「ただ、お前がどうしているか、突然気になった」

「…………」

「だからもし実際に会えれば、何故こんなに気になるのかが解るかも知れんと思ってな」



今日は、部活が無かった。
そうなると当然1年生のリョーマと、3年生の手塚が顔を合わせる機会などまず無い。
けれど会えないとなると尚更会いたくなるのが、人の性で。


「……………」


偶然を装って手塚に会おうと、リョーマはやっきになって休み時間毎に、
手塚のクラスや生徒会室の前など、思い付く限りの場所をうろついてみた。
ところがそんな時に限ってすれ違ってしまうのか、一度たりとも多忙な手塚を捕らえることは叶わない。





「………あ」


下校時の玄関前で、ようやく遙か遠くに居る彼を見つけた時には、もう遅かった。
傘も差さずに全力疾走で手塚の後を追ったが、追いつくことが出来ず、
結局リョーマは降りしきる雨の中、不二や大石等同学年の友人達と、傘を並べて歩いている手塚の背を、
ただ遠くから眺めるに留まったのだ。


リョーマの中でふつふつと溜まっていた鬱憤は、その所為だったかもしれない。


なのにこうして、今日会えた。
しかも寄りによって、部長の方から俺に会いに来るなんて。



………………



「ふーん」


わざと他人事のような相づちを打つと、
リョーマは率直過ぎるほど率直に理由を述べた手塚からふいっと目を反らし、照れくさそうに口元を結んだ。
もし今が夜でなければ、そんな表情もほんのりと染まった頬も、すべて白日の下に曝されていたに違いなかったが、
幸い周囲が暗いため、手塚はリョーマの微妙な表情の変化には気づいていない。
リョーマはホッと一息吐くと、笑いながらいつもの生意気な調子で手塚に口を返す。



『何故こんなに気になるのか』って…多分それ、部長が俺に恋してるからだね」

「…そうなのか?」

「そうッスよ、絶対」

「……………」





「…あーあ。 明日学校にカサ持ってかなきゃ」

「………?」

「部長がこんなガラにも無い事した所為で、明日も日本全国大雨だよ」

「それは無いな…星がこんなに綺麗に見えるのは、上空に雲がない証拠だ」


先に上空を仰いだ手塚に倣うようにして、リョーマも真上を見上げた。
夜なので気付かなかったが、彼の言うとおり今は雲がすっかり消えていて、晴天らしい。
空には大小さまざまな星々が、所狭しと瞬いている。


「へぇ…」

「……………」


リョーマは星達から目を離し、手塚の横顔を見た。
リョーマの眼差しにも、サワサワと頬を撫でる暖かい風にも気を取られることはなく、
手塚の瞳は未だに、魅入られたように夜空に向けられている。
悪戯っぽく笑うと、リョーマは手塚の着ている白いシャツの裾を引っ張った。


「ねぇ部長、今どの星見てるんッスか?」

「………?」

「教えてよ、俺も同じの見てたい」

「そうだな、強いて言えばあれか…」


少しでもリョーマに解りやすく教えようと、手塚は膝を少し屈めて、
すぐ隣に居るリョーマの視線の高さと、自分の視線を合わせようとする。
そして夏の濃紺色の夜空にひときわ白く輝いている、一つの星に指先を定めた。


「え…どれッスか?」

「見えるか?あの、白くて明る…」




前触れもなく唇にふわりと重なる、柔らかい感触。
それが離れて早々に、自分の身に降りかかった出来事を理解して、手塚はキュッと口を結んだ。
そしてすぐ間近にいるリョーマに、非難めいた視線を送る。


「越前…」

「良いじゃ無いッスか、別に減るもんじゃないし」

「そういう問題ではない」

「でも、やっぱ部長が悪いッスよ。 …こんな日に会いに来るから」

「……………?」



「知ってました? 今日七夕なんッスけど」

「…いや」



やっぱり…

そんな意味を込めて、リョーマは盛大に溜息を吐いてみせる。
手塚がそんな事まで頭に入れてここまで来るようなロマンチストで無い事くらい、リョーマにも解っていた。
それに自分を気にかけて、わざわざこんな夜遅くにここまで足を運んでくれただけでも、満足しなければならない事も、
十分すぎるほど良く解っては居たが…


七夕の日の夜にわざわざ家までやって来るなんて…
そんな行動を天然でされるのは、かえって確信犯よりもタチが悪い。


そんな事を考えていたリョーマを余所に、手塚は立ち上がると、足早に歩き出す。


「…もう帰るの?」

「ああ、もともと長居をするつもりはなかったからな」

「ちぇ…ケチ」

「お前こそ、早く中に入らないと、湯冷めするぞ」

「平気ッスよ、それに今夏だし…」


日中と同じく、自分から遠ざかっていく背中だ…


リョーマは不服そうに、まるで睨みつけるように真剣な眼差しを、手塚の背中に送った。
けれど日中と違ったのは、大きな手塚の背が、ふいにピタリと止まった事だ。
そして手塚は、リョーマの方を振り返った。


「越前」

「何ッスか?」

「…気まぐれに付き合わせて、済まなかったな」

「っつ………」


それは『笑み』と呼べるものでは無い。
けれどずっときつく結ばれていた手塚の口元が、僅かに緩んだ…
それを見て不意打ちを喰らったように、リョーマの頬がかぁっと赤く染まる。


「……………」


けれど、そんな動揺は一瞬だけ。
再び歩き出す手塚の後ろ姿に向かって、リョーマは間髪入れずに、負けじと大声を張り上げた。


「良いッスよ別に!」

「…………」

「これでもっともっと、俺の事を好きになってくれるんだったらね!!」



そう叫んで一息吐くと、リョーマはその姿が見えなくなるまで、ずっとずっと、手塚の背を見つめていた。















「どうしたの?リョーマさん…こんな時間に、パジャマのまま外に出ていたなんて」

「あっ…」


誰も居ないと思っていた玄関で従姉妹の菜々子と鉢合わせ、リョーマはバツが悪そうに瞳を伏せる。


「ほっ…ほら、今日七夕だから」

「七夕…だから?」



「……ヒコボシが来た」

「…彦星さんが…?」


「っつ何でもないっ! …おやすみ」


ガラでも無い自身の発言に赤面し、早々に自室への階段を駆け上がるリョーマを見て、
菜々子は不思議そうに、首を傾げた。








>>TOP<<


あとがき。

原型は去年の今頃出来てたんですが、いかにもありがちな話で有る事を理由にお蔵入りになってから早一年、
奇跡の逆転七夕アップですよ奥さん(笑)
いやぁ…リョーマがこんなリリカルで良いんだろうか…と思いつつ、久々の塚リョで書いてて楽しかった。

遅くなりましたが、この話は8000hitを踏んでくれた加純ちゃんに、捧げますvv