獣医師は、ペット診療に必要な高度の知識や技術を備えた専門家です。そのような立場上、獣医師は、ペットの診療にあたり、それぞれの知識、経験、技術、設備などにてらし、可能なかぎり適切な診療をなすべき義務を負っています。(法律上、このような義務を「善良な管理者の注意義務」とか「善管注意義務」などと呼んでいます)。
ところで、近時、獣医療の分野では、学問上も、技術上も、日進月歩の急速な発展が見られますので、だれもが同じ能力を持っているわけではありません。したがって、理想としては、すべての獣医師が最高水準の診療を目標とすべきことはいうまでもありませんが、具体的に、個々の獣医師がどのような義務を負っているかは、目標を一応の参考にしながらも、それぞれの獣医師の知識、経験、技術、設備なども多少考慮して決める以外に方法はないように思います。このように考えますと、獣医師としての能力が劣るほど義務が低く責任も軽くなる、ということになりかねませんが、そのような獣医師は、結局のところ、競争原理によって淘汰されて行くものと思われますし、獣医師として、学問的、技術的進歩・発展をフォローしなければならないのはいうまでもないことです。獣医師の側では、最新の獣医療に遅れないよう、日々努力をして能力を高めなければならないでしょう。最近では、獣医師も含め、医師、弁護士、税理士、建築士など専門家の責任を強く認める傾向があります。獣医師も、その点に心して対応しなければなりません。このようなことをふまえて、ペットの医療過誤の前提ともいえる獣医師の診療上の義務について考えてみましょう。
ペットの診療は、普通、飼い主への問診から始められます。そこでは、来院の直接の理由に加え、既往症、普段の飼育状況、ペットの性格その他の診療に必要な情報を得ることが必要です。次に、そこで得られた諸情報を参考にしながら(飼い主が誤った情報を与えたときでも、獣医師は、それのみで責任を免れることはできないでしょう)。ペットを診察し、場合によっては種々の検査などをも行いながら、病気やケガの状況や原因をできるだけ正確に把握することになります。要するに、これら一連の診察作業は、治療の内容や方法などを決定するのに必要な材料を収集する役割をになっています。獣医師は、それらの作業を、可能なかぎり適切に行う義務を負っています。
ところで、ペットの医療過誤の1つの典型的なパターンは、この段階で獣医師の側になんらかのミス(落度=法律上はこれを過失と呼んでいます)があり、病気やケガの状況や原因を誤って把握したために飼い主に損害を与える場合です(誤診)。たとえば、重大な内蔵疾患を見落として処置をしなかったため、ペットが死んでしまったような場合がこれにあたります。ただ、実際上の問題として、ペットの飼い主の側からすると、このタイプの獣医師の医療ミスだけを理由に、獣医師の責任を問うことは、証明などとの関係でかなり難しいように思います。
つぎに、獣医師の治療行為に関する義務について考えてみましょう。治療行為の基本は、診察によって把握した病気やケガに対して効果的かつ安全であることが実証されている治療方法の中から当該ペットの治療にもっとも適切と考えられる方法を選び、それに沿って治療をすることです。治療の途中で効果や安全性に疑問が生じることも少なくないと思いますが、そのようなときには、その原因をできるだけ正確に把握するように努めるとともに、その段階でもっとも適切と考えられる治療方法に変更すべきでしょう。そのような場合をも含め、治療方法を選択するに際して、獣医師は、考えられるいくつかの治療方法について、有効性、安全性、費用など、重要事項を中心にその長短得失をできるだけわかりやすく飼い主に説明し、必要があれば、その判断をあおがなければならないでしょう。飼い主の側でも、ポイント=ポイントについて、獣医師に説明してもらって、メモなどをとっておけば、トラブルが生じたときに役立つように思います。
以上 ペットの法律全書 有斐閣
獣医師の義務
(1) 診療義務
診療を業務とする獣医師は、診療を求められた場合は、正当な理由がなければこれを拒んではなりません。(診療義務。獣医師法一九条一項)
獣医師が診療の要求に応じることは、実際には個々の獣医師の自覚と行動により果たされることです。従って、診療義務は本来は獣医師の倫理の問題ですが、法は、獣医師の任務の社会における公共的な役割を重視して、診療義務を訓示したのです。
本条に違反した場合の罰則規定はありません。しかし、本条に違反して診療を拒んだ獣医師については、農林水産大臣が獣医事審議会の意見を聴いて、獣医師免許を取り消し、または、期間を定めて業務停止を命じることができます(獣医師法八条二項一号)。
(2) 診断書等の交付義務
(3) 保険衛生の指導義務
(4) その他
獣医師は、診療をした場合には診療に関する事項を診療簿に、検案をした場合には検案に関する事項を検案簿に、遅滞なく記載しなければならず、この診療簿および検案簿は三年間保存する義務があります(獣医師法二一条一項、二項)。この義務に反した者は、二〇万円以下の罰金に処せられます(同法二九条四号、五号)。診療簿あるいは検案簿に虚偽の記載をした者も同様です。
ペットの診療契約に基づく善管義務
ペットの診療契約は、ペットの飼い主などが獣医学的な判断・技術による医療をペットに受けさせることを獣医師に委託し、一方、獣医師はみずからの裁量によって症状を判断し治療を施すのですから、準委任契約の類型にあてはめられます。したがって、民法の委任に関する規定が準用され、受任者である獣医師は善良なる管理者の注意義務をもって医療行為を行う義務を負います。獣医師が故意または過失によって右義務に反した場合には、債務不履行責任を負い、飼い主が被った損害を賠償しなければなりません。(民六五六条、六四四条)。
問題は、具体的事実が獣医師の善管注意義務に反しているか否かという判断です。これは、その動物の身体的条件や症状のもとで、一般の獣医師であればどのような治療をすべきであったのかを平均的な獣医学のレベルにおいて考え、そして、この獣医師が行った具体的な行為が右のレベルに達していたかどうかを検討しなければなりません。具体的には、獣医師がいかなる事情のもとにどのような判断・行為をしたのかという事実を確定しなければなりませんし、それが平均的な獣医学のレベルであったのかという評価の問題があります。
獣医師の説明義務
ペットの診療は、飼い主と獣医師との契約のもとに行われ、この契約は民法上の委任契約(準委任)の性質があると解されます。一般に、委任契約の受任者は委任者に対して、委任に関する事項の説明義務や報告義務があるとされていますから(民六四五条)、受任者である獣医師は飼い主に対して説明義務があると考えられます。
ことに医療に関しては、手術や注射などは身体に対する侵襲にあたり、飼い主の同意なく治療行為をした場合には器物損壊罪を問い得るのです(刑二六一条)。このような治療行為を飼い主の同意に基づいて行うためにも、獣医師は飼い主に対して、病気の状態や治療について説明する義務があると考えられます。
では、飼い主が「ペットの具合が悪いので診て欲しい」という場合、どの程度の治療について同意があると考えるべきでしょうか。通常の場合は、獣医師に対して獣医学的知識や技術を用いてその症状を把握し原因を解明すること、そして右症状に応じた適切な治療を求められていると解されますが、個々具体的な治療行為について包括的に同意があったとはいえないでしょう。獣医師の診療は専門的な知識や技術に負うところも多く、獣医師にはある程度の裁量もあると解されるものの、実際にペットに治療行為を施すためには、獣医師は個々の治療について飼い主の同意を得る必要があり、そのために必要な説明をしなければならないのです。
説明義務の内容
(1) 一般的な説明
治療を受ける側が同意するか否か判断するための説明であることを考えると、病気の状態、治療行為による回復の見込み、治療行為により生じる危険、治療行為の方法、程度、範囲、期間、その治療を行わない場合の予想される結果などを説明すべきでしょう。どのくらい詳細に説明すべきかは具体的な状況により判断せざるを得ませんが、動物の疾病や治療については一般に正確な情報が知られているとは限りませんし、動物そのものは病状を話すことはないので、専門家である獣医師がよく説明をしなければ、飼い主は治療に対する理解が困難なことも多いと思われます。飼い主が治療を理解したうえで同意しなければ、同意があったことにはなりませんから、獣医師は飼い主が理解できるように説明をしなければ意味がありません。
一方、飼い主も獣医師に任せきりにするわけにはいきません。診療のためには、ペットの食欲や様子の変化などを獣医師に話す必要もあると思われます。そして、獣医師の説明を聞いて、ペットにどのような治療を受けさせるか判断することになります。
(2) 診療方針の相違
また、動物の治療を考えた場合、獣医師や飼い主の生命観や動物に対する姿勢の違いから、診療方針が合わないということがあり得ます。
一般には、獣医師が説明すべき事を十分に説明していれば、獣医師の診療方針も分かるので、診療方針の違いによるトラブルは避けられと思われます。飼い主の側でも、自分の考えに合った診療を受けられるように、診療の依頼の趣旨を話したり、日頃から信頼できる獣医師を探すことも大事です。
(3) 回復の見込みを告げること
人の場合には、患者本人の療養中の精神的影響などを考慮して、本人に対して病状の全てをつまびらかにすることを控えることも行われていますが、動物の場合にはこのような配慮をする必要はなく、むしろ回復の見込みを正しく説明すべきと考えられます。
診療報酬の説明義務
診療を開始するにあたって、基本的な診療報酬についてあらかじめ合意する場合もあるでしょうが、一般に、確定的な金額の合意をしないまま、治療に必要な相当の報酬を払うとの暗黙の合意のもとに診療に入らざるを得ないこともあるでしょう。後者の場合、獣医師の報酬には公的な規制・基準がなく、獣医師が独自に報酬金額を設定することとなっているので、一般の飼い主にとってはどの程度の報酬を請求されるかわかりにくくトラブルになりやすいという問題があります。
このような実態からすると、獣医師の側には、原則として診療報酬について説明する必要があると考え、特に、入院や手術、高価なワクチンの使用のような特段の治療行為をする場合については、事前に説明する義務があると考えます。通常の治療行為については、逐一事前に説明することは困難であるとしても、基本的な報酬基準がわかるように掲示したり、適宜説明を行うべきです。
説明義務違反と損害賠償
一般に、診療契約に基づいて治療をした獣医師が、適切な説明を怠った場合、飼い主は獣医師に対して債務不履行による損害賠償を請求することが考えられます(民四一五条)説明義務を怠って治療行為をしたとのことで不法行為による損害賠償を請求することも可能です。(民七〇九条)。これらの場合、説明義務に反したことより発生した損害の賠償を請求することになり、事情によっては精神的損害についてもその範囲として考えられるでしょう。
また、獣医師が、飼い主が何ら依頼もしていない治療を行ったり、獣医学的な見地から過剰な治療を行ったのであれば、過剰な範囲については獣医師の報酬自体が発生しない場合もあるでしょう。
以上 ペットの法律相談 青林書院
ペットの医療と獣医師の責任
・・・一つの問題は、 獣医師というのは、きちんとした姿勢と職業的モラルを持たなければいけないのに、技術面や職業意識、あるいは倫理観についてまで非常に大きな差があることです。
・・・・獣医師としての学問的研鑽、技術的研鑽、それとともに職業倫理というものが、これまで以上に強 く求められているということは十分に認識しなければならないと思います。ペットの地位がこれまで以上に高くなってきているので、ペットを扱う獣医師の立場も、社会的に高まることになります。そして、地位が高まれば高まるほど、その地位にふさわしいさまざまなことを身につけなければならないのです。今、獣医師にはそれが求められており、建前論としては獣医師はそのことをある程度承知しているはずですが、獣医師の中には必ずしも社会的責任をまっとうできているとは思いにくい人がいるというのは大変残念なことだと思います。
ペットに関してはいろいろな資格があります。獣医師、犬訓練士、愛玩動物飼養管理士、トリマー、ほかにもいろいろありますが、それらの資格の中で、国が認定しているのは獣医師だけです。そういう意味で、獣医師というのは、ペットに関わりを持つ職業の中ではいちばん信頼されてしかるべき立場にある人で、体験的にペットについていろいろなことを知っているし、またその知識に基づいていろいろなことをできる人でもあります。
獣医師というのは、単にその動物の診療だけでなく、動物はどのように育てるのか、動物はどのような習性を持っているのか、たとえば動物行動学的な知識がないとできないようになっています。そういう意味では動物について実態を知り、かつそれに対して考えなければならない人が獣医師であると言うこともできます。人間で言うホームドクター以上の役割を、獣医師はペットについて演じているし、また演じることが求められていると言っても過言ではないのです。したがって、獣医師というものはいっそうの努力をして、学問的、あるいは人間として必要な事柄を備えなければならないのです。
動物専用の薬というのは、実際にはそう多くありません。人間用の薬を最終段階で動物に使いやすくするために一部変えたり、体重比によって分量を調整して使うということが日常的に行われています。
体重比によってすべて調整するという現在のやり方が適当なのかどうか、・・・・。
・・・人間用として開発したが人間にはもっと副作用が少なくて効き目のある薬が開発されたためにあまり使わなくなったものを、最終的なはけ口として動物に使っているのではないか・・・・
少し古くなった薬は極端に安い値段や低い点数になるということがあるわけですが、そういうことを利用して、儲けの幅を大きくしている獣医師もいるのではないか・・・・
フィラリアの予防接種は、高いものは千数百円で獣医師の手元に入るようですが、安いものは十円以下です。
その安いものを使っておいて、いちばん高いものを使ったのと同じように六千〜七千円という値段を取るというようなことも実際には行われているようです。
以上 ペットの法律案内 黙出版
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