飼猫が飼犬にかみ殺された事故につき慰謝料請求が認められた例
[事件のあらまし]
今井さんは、シェパードのエル号を所有、飼育していたところ、今井さんに雇われていた佐々木さんが、昭和32年10月15日午前10時半頃、エル号を運動のため清水さん方付近の広場に連れて行き、綱を解いて運動させていたところ、エル号が清水さんの飼猫で同人方六畳間でひもにつながれて日なたぼっこをしていたチイコにかみついて殺してしまいました。
[裁判所の判断]
今井さんは、犬の加えた損害につき賠償責任を免れることができないとした上で、猫の死に対する慰謝料請求についても、「家庭に飼われている猫のように、その財産的価値はいうに足りなくとも、飼育者との間に高度の愛情関係を有することを普通とする愛玩用の動物の侵害に対しては、動物に対する財産上の価値の賠償だけでは、とうてい精神上の損害が償われない。もし、この場合に、精神上の損害賠償を否定するならば、その動物の財産的価値が絶無に等しいときは、たとえこれを長年愛撫飼育し、その間に高度の愛情関係があっても、被害者は何らの救済を得られないことになり、公平の観念に反する。家庭に飼われている猫が、飼い主との間に高度の愛情関係にあることは通常のことであるから、猫の飼い主が精神上被った損害を賠償する義務があるといわなければならない。
(東京地裁 昭和36.2.1判決)
飼犬の死亡につき獣医に診療上の過失があったとされた例
[事件のあらまし] 全文
獣医である横山医師は、昭和41年4月2日、中井さん所有の飼犬ジュン(英ポインター種。メス猟犬)の出産に際し、中井さんの居宅において、帝王切開手術(以下、本件手術という)を施したところ、ジュンは、腹膜炎ならびに敗血症で死亡し、また、ジュンの分娩した子犬一ぴきと横山医師が膣内及び体内より取り出した子犬四ひきの計五ひきも死亡するに至りました。
[裁判所の判断]
裁判所は、子犬五ひきの各死亡についての横山医師の過失はこれを否定しましたが、ジュンの死亡については、「獣医学関係においても、一般の医学関係の場合と同じく、高度の専門的分野における施術上の過失の有無の認定については、いわゆる過失の一応の推定の理論が認められる。
ところで、本件腹膜炎ならびに敗血症は、その端緒は本件手術後に惹起されたものであること、そして、それは細菌の感染によるものであるが、ジュンの腹膜炎ならびに敗血症による死の転帰は、ガーゼ遺留等、横山医師の本件手術の際における施術上の不手際、過失によるものと一応推定することができる」。
[解 説]
医療過誤など高度に専門的領域に属する訴訟の場合、医師等の過失を立証することはきわめて困難であり、従って、被害者(原告)側に過失について厳格な科学的立証を要求することは、結局は、被害者救済の途を閉ざすことになりかねません。そこで、被害者側において損害が加害行為によって発生したことを立証しさえすれば、加害者の過失を一応推定して、反対に、専門家である加害者側において過失のなかったことを立証しない限り、過失責任を負わしめようとする考え方が、いわゆる過失の一応の推定の理論と呼ばれるものです。本件判決は、この理論を本件のような獣医による医療過誤にも適用したわけです。
不法行為責任の場合には、被害者側において獣医に過失があったことの立証責任を負う(しかも、前述したとおり、この立証は、必ずしも容易ではありません)のに対して、債務不履行責任の場合には、獣医の側においてその責に帰すべき事由がなかったことの立証責任を負うものとされ、立証責任が転換されていること、また、不法行為責任については、3年の短期消滅時効の規定があるのに対して、債務不履行責任については、消滅時効は10年とされていることなどに鑑みますと、被害者側としては、債務不履行責任に基づいて損害賠償を請求する方が有利といえましょう。
(東京地裁 昭和43.5.13判決)
以上 引用文献 ペット事故の法律相談 学陽書房
飼犬の死亡につき手術を担当した獣医に義務違反はないとされた例
[解 説] 全文
本件は、犬に対する獣医の措置の相当性が争われた事例である。獣医側からの債務不在確認等請求として提起された事件であるので、普通の医療事故事件とは原被告関係が逆になっている。
Xは動物病院の経営者であり、Yはシェパードの飼い主であったが、平成二年八月、YはXに対し、その犬に関するフィラリア(犬の心臓に寄生する寄生虫)の検査を依頼した。その結果、フィラリア罹患が判明したので、獣医であるX代表者は同年九月、心臓を開いてこれを除去する手術を行ったが、その途中で犬は心停止を起こして死亡した。その後、XY間で、手術委任の有無。右手術の成否及び手術料の支払いについて紛争が生じたので、XがYを相手取って、損害賠償債務の不存在確認と手術関係費五万一〇〇〇円の支払いを求めたのが本件である。
判旨は、証拠によってXY間にフィラリア成虫除去手術の有償準委任契約が成立しいていたことを認定した後、手術の首尾に関する判断に進んだ。それによると、X代表者はまず経口薬投与によって手術に適した時期を待ち、手術当日は心電図検査、超音波検査の後に手術を実施したが、成虫除去作業の最中に犬の心拍が減少したので、急遽手術を中止して胸を閉じる作業に入ろうとしたところ、期外収縮(不整脈の一種)が出現し、ついに心臓停止、死亡に至ったこと、翌日、東大で犬を解剖したところ、心臓部での多数のフィラリアの寄生が明らかになると同時に、主な死因はフィラリア症、副次的死因は心室拡張と判断されたこと、本件での心室拡張は先天的なもので、予見が不可能であったこと、Yはフィラリアの予防措置を講じておらず、犬の死因はこのようなYの管理の誤りによるものであること、他方、X代表者には何らの過失もなかったことが認定されるとして、Xの債務不存在確認請求及び診療報酬請求を全部容認したのである。
犬は民法上は動産に過ぎないとはいえ、動物の診療という点から見た場合には、法律的な構成として不法行為及び債務不履行が考えられること、獣医の注意義務の内容及び程度は獣医としての医療水準によって決せられることは人間の場合と同様であろう。もっとも、このような事例が民事訴訟で争われるのは現在ではまだ極めて稀と思われ....。しかし本件の心臓手術の事例に見る通り、獣医学の進展、ペット熱の増大、ペット産業の隆盛等から、獣医も民事訴訟の埒外ではなくなることが考えられ、本件は時代を映す事例として紹介する。
(東京地裁 平成3.11.28判決)
判例タイムズNo.787より
猫の出産に関して行った陣痛促進剤の投与等に過失があったとして、獣医師に診療契約上の債務不履行責任が認められた事例
[解 説] 全文
一 原告は、所有する猫(アビシニアン種)の出産にあたり、獣医師である被告にその処置を依頼した。この猫は、過去に二回帝王切開による出産歴があったため、原告は、今回についても、帝王切開による出産を希望していたが、被告の勧めに従い、自然分娩によることを承諾した。そして、被告が猫に対し、陣痛促進剤を二回にわたって注射したところ、容体が急変し、猫及び二匹の胎児は死亡した。
二 原告は、被告が投与した陣痛促進剤がヒト用で猫に対する使用が許されていないウテロスパンであったとして、被告に対し、診療契約上の債務不履行(不完全履行)責任に基づき、猫及び二匹の胎児の死亡による財産的損害の合計七〇万円、猫の死に対する精神的損害五〇万円及び弁護士費用二〇万円の支払いを求めて、本件訴えを提起した。これに対し、被告は、猫に投与したのはプロスタルモンF五〇であり、診療にあたっての処置に不適切な点はなかったなどと主張して争った。
三 本判決は、被告が投与した陣痛促進剤がウテロスパンであったと認定したうえで、この薬剤を注射したことによって猫に循環器障害を生じさせるなどし、猫及び二匹の胎児が死亡したものと推認した。そして、被告には、猫の産道部の触診をしただけで、胎児の状態や猫の循環器機能の検査を行うこともないまま、漫然と猫に対する使用が許されていないヒト用の陣痛促進剤を多量に投与した過失があるとした。
更に、本判決は、被告に対し、猫及び二匹の胎児の死亡に基づく財産的損害の合計七〇万円の支払いを命じたが、原告による猫の飼育が愛玩用ではなく商品としてであったことなどを理由に、精神的損害の賠償請求は棄却した。また、弁護士費用については、被告の行為が不法行為にも該当すると考えられるとして、原告の請求の一部(一〇万円)を認容した。
四 本件は、動物の医療事故を巡る紛争であるが、このような問題についても、法律構成や注意義務の内容、程度などの判断にあたっては、基本的には人間の医療過誤訴訟と同様に考えることができるであろう。
(大阪地裁 平成9.1.13判決)
判例タイムズNo.942より
情報誌の記事掲載による獣医師の精神的損害に対する慰謝料が認められた例 全文
犬のフィラリア予防薬を 獣医師の処方箋がないと販売できない薬事法の要指示薬とするか、薬物販売とするか否かは公共の利害に係る事実であること、フィラリア予防薬が市販されるようになって獣医師の経済状況が悪化して食えなくなる者が出てくればさらにモラルが低下することが懸念される旨などの問題の内容です。
(前橋地裁 平成13.2.23判決)
避妊手術3日後に飼い猫死亡、獣医に93万賠償命令 全文
飼い猫が避妊手術の3日後に死亡したのは、獣医師の医療ミスが原因だったとして、宇都宮市の歯科技工士
(44)が手術した同市内の獣医師を相手取り、約223万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が28日、宇都宮地裁であった。永田誠一裁判長は獣医師の医療ミスを認め、「家族の一員とも言うべき猫を失った苦痛は小さくない」として、獣医師に慰謝料など約93万円の支払いを命じた。
原告の弁護士によると、犬や猫は刑法上「物」として扱われ、裁判所がペットの医療過誤を認めるのは珍しいという。
(宇都宮地裁 平成14. 3.28判決)
読売新聞 2002年3月29
日より
ネット掲示板:管理人に賠償と書き込みの削除を命令 全文
インターネット上の人気サイト「2ちゃんねる」の掲示板をめぐり、東京都内の動物病院が「書き込みで中傷された」として掲示板管理人に500万円の賠償などを求めた訴訟で、東京地裁は26日、400万円の支払いと書き込みの削除を命じた。山口博裁判長は「管理人は、名誉棄損に当たるかどうかの判断をし、名誉棄損に当たる発言を削除する義務を負っている」と述べた。
問題になったのは昨年1月以降に開設された「悪徳動物病院告発」と題する掲示板で、原告の動物病院を名指しで「ヤブ医者」「詐欺」などと中傷する書き込みが相次いだ。病院側は削除を求めたが、一部を除いてそのまま残された。管理人側は「発言の真偽が分からないので、削除義務はない」と反論していた。
「2ちゃんねる」の掲示板は匿名で発言ができ、1日約80万件の書き込みがある。管理人は「不当な判決だ。賠償額についても不満があり、控訴する予定」と話している。 全文
(東京地裁 平成14. 6.26判決)
毎日新聞 2002年6月26
日より
犬の医療過誤和解 ペット失い精神的苦痛 見舞の意味込め30万円
「いとしいワンちゃんが死んだのは、病院の治療が悪かったせい」―こんな犬の医療過誤訴訟が福岡地裁であり、二十七日の和解協議で、動物病院側が解決金として飼い主に三十万円を払うことで和解が成立した。飼い主は、ペットをなくして精神的ダメージをうける「ペットロス」状態になり、三百万円の損害賠償を求めたが、いくら大切なペットとはいえ、司法の世界では「物」。関係者は「三十万円は妥当な線」と話している。訴えたのは福岡市西区の六十代女性。一九九一年からシーズー犬を飼っていた。昨年十月、犬は散歩中に下水ますの穴に左足を引っかけ、足が不自由になった。同市早良区の動物病院で痛み止めのワクチン注射や薬の処方を受けたが、病状は悪化。両足がまひして昨年十二月に死んだ。女性側は「犬の苦痛はもとより、女性は仲間の愛犬家と話す機会も失った。夫婦の会話も愛犬への思いに明け暮れ、精神的苦痛は大きい」と賠償を求めていた。裁判では、ワクチンと犬の死の因果関係が最大の争点になったが、これを調べるには相当の費用と時間がかかり、協議した結果「医療過誤があったかは不明だが、病院が見舞金の意味も込めて金銭を払う」ことで一致。原告側弁護士によると、犬の損害賠償は二十万―三十万円が相場という。法人格を持つ民間非営利団体(NPO)、福岡どうぶつ会議所の島田隆一理事長は「ペットが死んだとき、病院に不信を抱く人はいるが、多くは示談し、訴訟になるケースはまれ。今後はペットロスの人による同様の訴訟が増える可能性はある」と言う。
■ペットロス
ペットと死別したり生き別れた飼い主が、精神的、身体的にダメージを受けること。気力や食欲がなくなり、夜も眠れない症状が出るケースもある。四十代以上の女性で、家にいる時間が長い人に多いといわれている。
西日本新聞 2002年11月28日より
公になった裁判例は少ないのですが 現実には 獣医師の医療過誤、医療ミスは相当数あると思われます。
獣医師は医療過誤に備えて 保険に加入していることが多いようです。
かってほとんどなかった“人間の医療過誤”がメジャーになった今日、動物の医療過誤も同じ道を辿ると思われます。
ペットの法律知識とQ&A 法学書院