photo gallery(南禅院)



鎌倉時代の中頃、文永元(1264)年亀山天皇はこの地に風光明媚を賞されて離宮
禅林寺殿を営んだ。その後、天皇は深く禅宗に帰依して、正応二(1289)年離宮で出家して
法皇となり、正応四(1291)年離宮を寄附して禅寺とし大明国師を開山した。
当南禅院は実に離宮の遺跡であり、南禅寺発祥の地である。

庭園は離宮当時の面影を残し、鎌倉時代末の代表的池泉廻遊式庭園で、周囲を深い樹木で
包まれた幽邃閑寂の趣は格別である。作庭は夢窓国師といわれ、早くから天竜寺庭園、
苔寺庭園とともに京都の三名勝史蹟庭園の一つに指定されている。向かって左の奥に
滝口の石組は組まれ、これに続く上池は曹源池と呼ばれ竜の形につくられ中央に蓬莱島があり、
した池には心字島が設けられている。記録によれば、築庭当初には、吉野の桜、難波の葦、
竜田の楓などが移植され、井出の蛙も放たれたと記されている。心静に鑑賞する庭園である。

建物は初めは離宮の遺構であったが、明徳四(1393)年の火災で焼失し、北山御所の寝殿を
賜って再興されたが、再び応仁の乱で鳥有に帰した。現存の建物は元禄十六(1703)年
五代将軍徳川綱吉の母、桂昌院の寄進によって再興され、総桧の入母屋造こけら葦である。
内陣中央には亀山法皇木像(重要文化財)が安置され、襖絵は狩野養朴とその子如川随川の
筆になる水墨画である。庭園の東南隅には亀山法皇の遺言により、分骨を埋葬した御陵がある。







<南禅院>