名 物 に う ま い も の あ り

           関東地方 *は伝統食品

茨城

あんこうなべ 西のふぐと並ぶなべ料理の東の横綱。水戸のアンコウとして将軍にも献上された逸品。茨城沖では年間を通じ水揚げされるが、旬は脂の乗った冬。肝臓、はらわた、きも、えらなど、骨以外はすべて食べられるが、特にあんきもは、フランス料理のフォアグラと比べてもひけをとらぬ珍味と言われ、人気が高い。
大将軍: 利根川・鬼怒川・小貝川に囲まれた肥沃な水田、特に煎餅に最良の原料米といわれる小貝川流域のコシヒカリを使い、生醤油の香気を生かして一枚一枚押し焼きで仕上げた、歯ごたえと香気の煎餅は手作り70年の椎名製菓が、伝承の味を今に伝える堅さが命の煎餅。

お醤油屋さんのサラダ煎: 製造は関口醸造(株)とまさに、お醤油屋さん。遠火で苦味が出る寸前までこがしたせんべい。生地の甘さとサラダの香ばしさが食欲を誘う究極の堅焼きせんべいというのが売り。堅焼きでゃあるが、生地が薄めであるため、お年寄りの口にも合い、万人にこのまれるせんべい。私の最も好きなせんべいである。

うなどん発祥:
 江戸時代後期に全国に広がったといわれる「うなどん」。その発祥地が茨城県南にある牛久沼。
200年前牛久沼では、漁業の主力としてウナギ漁が盛んに行われており、牛久沼産のウナギを使った店も多かったという。当時は沼に船の渡し場があり、茶店が並んでいた。
東京日本橋で芝居の金方(資金を出す人)をしていた大久保今助が、故郷の常陸太田市に帰る途中、牛久沼の茶店で蒲焼とどんぶり飯を食べようとした時に「船が出るぞ!」という声。慌てた今助は、蒲焼が乗った皿をどんぶりに逆さにかぶせて船に飛び乗った。対岸に船がついてからウナギを食べると、蒲焼が飯の温度で蒸されて柔らかくなり、タレが飯に染み込んでとてもおいしかったという。
今助からその話を聞いた茶店では、その後「うなどん」として売り出し、やがて水戸街道の名物になった。
牛久沼の国道6号沿いにうなぎ店が並ぶ通りを、龍ヶ崎市は「うなぎ街道」と命名している。



*納豆
*清酒
*紫錦梅(梅びしお)
*凍みこん
*こも豆腐
*干し納豆
*しょぼろ納豆
*つと豆腐
*たくあん漬
*乾燥いも
*すみつかれ
*フナの甘露煮
*フナの雀焼
*アンコウのとも酢
*太田のちまき
*てっぽう漬

栃木

ギョーザ 宇都宮の名物といえばギョーザだが、諸説あって、なぜかという根拠はない。ただギョーザ店が多いのは事実。

*日光巻き
*日光湯葉
*かんぴょう

群馬


栗甘納糖: 最高級の栗を選び、野趣そのままに、渋皮を残し、永年の技術で、初霜を思わせる風情に仕上げている。自然がつくる豊潤な味わいをそのままに、ひとつひとつの素材を吟味した芳房堂の作品。

上州名物焼きまんじゅう: 2002年7月29日 テレビで放映されたのを見た。焼きまんじゅうということで、串に刺された団子状のまんじゅうが焼かれるところだけが、スポットをあび勝ちであるが、それにいたるまでの過程が実に念入り。こんなに手の込んだものかと思った。是非一度食べたいものだ。 りんく

埼玉

フライ 行田市などの伝統的な家庭料理。名はフライだが、揚げ物ではなく鉄板に水で溶いた小麦粉を薄く伸ばし、細かく切ったネギや豚肉を入れて焼く。ひっくり返してソースかしょうゆを付けてできあがり。
足袋縫製業が盛んだった行田では、工場で働く人たちの昼食として人気だった。今も、市内にフライが食べられる店が28軒ある。


*狭山茶

千葉

鰯の銚子漬 脂ののり具合が最も高い6月から7月頃に九十九里から銚子沖でとれる大羽鰯を使い、銚子特産の特選醤油をベースにした調味液をしみ込ませ熟成させたもの。弱火でじっくりと焼き上げる。香ばしい香りと焼き醤油の風味が食欲をそそる一品である。鰯の加工食品は銚子ならではのもの。

*イワシのごま酢漬
*クジラの干物
*雷電ひしお
*クジラのたれ
*田作り

東京

しぼりゆず: 奥多摩のゆずの里で無農薬栽培した香り豊かなゆずを、手搾りしたもの。御岳ゆずに里・勝仙閣自慢の一品。

*佃煮
*くず餅
*江戸前のそば
*浅草のり
*くさや
*こうじ(神田明神)
*江戸前にぎりずし
*福神漬

神奈川

シューマイ 中国・広東地方で点心として食べられていたのを、明治前半に横浜で開業した博雅亭という中華料理店が、日本で最初に出したとされる。
横浜駅構内で飲食物などを販売していた崎陽軒がこれに注目し1928年に折詰めを発売。鉄道網の発達もあって、横浜名物として全国に広まった。
今は、横浜中華街土産として若い女性らに人気がある。

小田原梅干し: 梅花の名所、小田原でふくよかに育った梅を、ゆっくりと漬け込んだ小田原名物の滋味。小田原梅干しは酸味が少なく、肉厚く核の小さいのが特色。紫蘇巻梅干しは、日露戦争の際、ちん里本店が満州の陸軍に梅干しを納入の為、砂塵の混入を防ぐ意味で行った。