| Jeet Kune Do JAPAN PRESIDENT |
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“Knowing is not enough, We must apply. Willing is not enough, We must do !!”
ジークンドー・ジャパン代表 および ブルース・リーズジークンドー日本人正統継承者
ヒロ・渡邉 師父 プロフィール
| 本 名 | 渡邉 一弘 | |
|---|---|---|
| 生年月日 | 1959年4月9日 | |
| 出 身 地 | 東京都 | |
| 身 長 | 166p | |
| 体 重 | 60s | |
| 血 液 型 | AB型 | |
武術/格闘技に関する自歴
1969年、初めて武道修行として伝統派空手道(糸洲流)を習い始める。その後、ブルース・リー師祖の「燃えよ!ドラゴン」を観て影響を受け、ブルース・リー師祖が截拳道の創始者であることを知ると同時に、截拳道とは何か?という研究に入る。古今東西の武術/格闘技/リング・スポーツを1994年まで約40流派ほどの技術、原理、戦略術などを身をもって体験、吸収してきた。それはジークンドーとはコンセプト?であるという教えと、映画・舞台のアクションに様々な用途として使えるのではないかという理由であった。
1977年、友人の荒木之博氏が渡米し、日本人として初めてダン・イノサント氏よりブルース・リー師祖の武術を習う。帰国後、習ってきた技術を2人で練習。
1979年に荒木氏の尽力により米国からインストラクター(ジョン・ラダルスキー氏)を招き、品川に日本初のジークンドー&フィリピノ・カリを教えるスクールが開校し、荒木氏より、インストラクターのアシスタントを依頼されるが、当時通っていた大学では体育会空手道部(松濤館流)に所属し、芸能界でアクションの仕事をこなし多忙であったため、アシスタントはせず、行ける時にのみ練習をこなしていた。
1984年、初渡米し、ブルース・リー師祖の弟子であったダン・イノサント氏およびラリー・ハートセル氏より直々に教えを授かる。
1987年、日本人として最初のインストラクターとなり、ダン・イノサント氏よりインストラクターの認定証を直接授かり、日本人インストラクターによる日本人への普及活動が初めて開始された。
1992年、所属していた米国の本部スクール(コンセプト・グループ)との間である問題が起こり、実質的にコンセプト・グループから脱会する。純粋な心をもって普及に努めていたにもかかわらず、不当かつ不名誉な扱いを受けたことが脱会の決意をもたらした。
1994年、友人の柿沼氏が米国よりインストラクター(マーク・ステュワート氏)を招き、セミナーを開催。実に7年ぶりの再会であったが、私のように不当かつ不名誉な扱いを受け、脱会したインストラクターが、米国や他国に多数いる事実を知ることとなる。
1996年、マーク・ステュワート氏の尽力により、テッド・ウォン師父よりブルース・リーズジークンドーを伝授していただける許可を受ける。同年、日本人がテッド・ウォン師父より真実のブルース・リーズジークンドーを直接学ぶことができるようにするためのプロモーターとしての活動を開始。
1998年、再来日したマーク・ステュワート氏より、彼が主催する会のインストラクター認定証を授かる。
2000年、テッド・ウォン師父より正統ブルース・リーズジークンドーのインストラクター認定証を日本人として最初に授与される。
毎年1度は渡米し、テッド・ウォン師父よりスパーリングを中心にしたプライベート・レッスンを受けると同時に、非常に重要な内部構造のブラッシュ・アップに努力を積み重ねており、現在テッド・ウォン師父の弟子の中でもその実戦的実力は上位レベルである。また、毎年タイニー・ドラゴン代表の松岡豊氏とともにテッド・ウォン師父を日本へ招き、真のブルース・リーズジークンドー普及のためのプロモーション活動を行っている。
Jeet Kune Do Japan 代表より日本の方々へのメッセージ
“Wise Man change his mind anytime he need,but Fool never does.”
ブルース・リー師祖、その偉大なる遺産と恩恵
ブルース・リーという名を聞くと、あなたはまずどのようなイメージをもちますか?
アメリカや香港では、“武術家”“哲学家”というイメージが強いのですが、日本においては、いまだに“武術アクション俳優”というイメージの方が強いようです。確かに武術アクション俳優として1973年の冬に大ブレイクしたのが、彼の存在を知る最初であったので、いたしかたないと思います。しかも、30年以上もたっていまだに彼の作品が高評価を得て、若い世代のファンも増えている事は、大変すごい事であると感じます。彼の現実的な武術アクション、画面からすさまじいエネルギーがほとばしるその演技力、そして彼自身の俳優としての魅力。いまだに彼を超える武術アクション俳優は世に出ていない事は事実です。
日本の芸能界の中でも彼を支持する方が大勢おられるようです。しかしそれは武術家としての彼ではなく、武術アクション俳優としての彼への高評価であるような感じをうけます。
例えば、武術をやっていない一般の方々と話をすると、「あのアチョー!ってやる人?」とか「ヌンチャクのすごい人でしょ?」とか「昔いたアクション俳優でしょ?」程度の答えしか返ってきません。少し格闘技オタクのような人になると、「アクション俳優であり、ジークンドーの創始者」という答えが返ってきます。
しかし、欧米や香港、台湾、中国の方々が言う、「超一流の武術家」、「武術の達人」、「成功哲学の実践者」、「哲学者」、「思想家」、「努力を積み重ね自己の人生を切り開いていった人」という言葉は、この日本において一般的にほどんと聞かれないものです。日本では、“アクション俳優:ブルース・リー”のイメージが強烈に根付いてしまっているようで、私としてはこの事実がとても寂しく感じられ、又、それだけでは非常にもったいないような気がしています。
なぜなら、彼が私達に残してくれた偉大なる遺産が私達に多大なる恩恵をもたらしてくれる事を知っているからなのです。例えばアメリカでは人生に悩める人たちや、汚れた人生を歩んできた人達などが、彼の書き残した言葉による教えと彼の人生の歩み方を知り、理解し、そして実践する事により、見事に悩みから解放されたり更正できたという事実があります。その事による感謝の手紙が数多くブルース・リー財団に届いているのです。様々なよき内容の手紙や電子メールが世界中から届いているのです。
日本でも“タオ・オブ・ジークン・ドー”や、“ストライキング・ソート”などが和訳されてリリースしましたが、それらはほんの一部の人達(彼のアートの実践者やファン)ぐらいにしか浸透しなかったようです。これは非常にもったいない事です。特に“ストライキング・ソート”は精神的に悩める現代の日本人には、効果的な処方箋となる思想書であると断言します。ブルース・リーが書いた事は全て武術/格闘技に関係する事であると思っているとしたら、それは大変な思い違いである事を指摘しなくてはなりません。武術というものは人を倒す方法だけではなく“人間とは何か?”の研究であり、“自己の一度しかない人生をどう切り開いていくか”という課題に対する答えを出す方法でもあるのです。
ですから武術の修練から恩恵を受けた彼が理解し、実践し、悟り、そして書いた言葉や教えた事ですから、なにも武術に関する事だけではないのです。武術の研究というものは、肉体的なものだけに限定されるものではありません。
彼の偉大なる遺産は武術/格闘技全流派の人達へ、そして武術/格闘技をやっていない全ての人達へ、個々各々の恩恵をもたらしてくれるものであります。それは私達に、インスピレーションを与え、生きるための知恵と力を与え、自分を高めるための方法を与え、どう考えどう行動したら良いのかを教えてくれるものです。
ですから私は先程、アクション俳優:ブルース・リーという彼の一面(外面)だけを見ているだけでは、大変もったいないことであると申しあげたのです。たとえば芸能人の方であれば、自分自身を正直に表現する方法を学ぶべきなのです.創りものを演じることは簡単な事ですから。新しく彼の俳優以外の面を強調したプログラムがテレビ放映されたり、ビデオ/DVDがリリースされたり、新しい書籍がリリースされれば、もっと多くの人々が彼に興味を持ち、そして恩恵を得られるチャンスを手にする事ができると思っております。そして彼の偉大なる遺産により一人でも多くの人が多大なる恩恵を得られる事を、ブルース・リー財団、ジークンドー・ジャパン、そして私ヒロ渡邉は願っている次第です。そのための活動を我々は行っているのですから。
“ストライキング・ソート”は良い本ですから熟読する事をお勧めします。頭で理解するのではなく、心の深い部分で感じて理解して下さい。そして自分の人生(日々の行動)の中に応用していくのです。年齢、男女差、身分など全く関係ありません。あせらず階段を一歩一歩登っていけばよいのです。疲れたら休めばまたエネルギーが回復してきます。ただ目的意識だけは決して消さず、正しい方法をもって目標を一つ一つクリアしていく事が大切です。キーワードは二つです。一つは“自分には絶対できる!!”と暗示をかける事。そして二つ目は“Walk on !!”です。
Knowing is not enough , We must apply.
Willing is not enough , We must do.
現代人にマッチしたブルース・リーのアート
古今東西、非常に多くの武術・格闘技の流派が現存しています。師祖の時代と比べると現在では分派から更に分派し、多種多様な概念を持つ流派(スタイル)を見ることができ、習う事ができるようになりました。伝統的な教義に沿ったもの・ムエタイをベースにしたもの・打撃と組みを混合したもの・護身術として行っているもの・リング・スポーツとして行っているもの・軍隊格闘技を民間用に改変したもの・徒手術だけ、武器術だけ、もしくはそれらを統合したもの・フィットネスとして改変されたもの・呼吸法や気功、体操などの健康法として改変されたものなど種類をあげればきりがないほど存在してるのが解かると思います。
私たち日本人は情報社会の中で生活し、その恩恵を受けています。ゆえに学びに行く際、自分の目的や考え方に一致した流派(スタイル)を選択することとなります。中には学校/職場/家から近いからとか、無料で習えるからとか、インストラクターが有名/かっこいいなどの理由で目的や考え方とか関係なく習いに行く人もいます。
しかし、理由はどうであれできるだけ長く続ける事が重要です。また、良いインストラクターを選ぶ事も大変重要な要素の一つとなります。時には自分の選んだ流派(スタイル)が自分には合っていないケースもでてきます。そんな時は思い切って別のスタイルに変える事も必要です。別のスタイルに変える勇気をもつ事です。そして同時に三つも四つも別の流派を習うことだけはやめるべきです。
例えば、伝統武術を長年やっている人は、キックボクシング系の格闘技を修得するのに大変難儀を示します。これは実際に教える経験上で起こった事なのですが、当然その逆もありました。
打撃技に組み技を混ぜ合わせた総合格闘技もメジヤーになっていますが、両方の技術を習得しなければならないため、リングで戦えるようになるには相当の時間をかけてトレーニングしなければならないでしょう。中国武術や日本の古武術に代表する剣術・棒術・その他などの武器術も習得してゆくと大変興味深くなってきます。
しかし、それらの武器を日常茶飯事、携帯しているわけにはいきません。状況によっては所持している場合、警察官に職務質問されてしまうケースも現実にはあるのです。それは護身道具でも同様のことがいえます。とくに最近ではナイフや金づち、ドライバーなどを護身用に隠し持っている精神不安定な若者や中年が多いので注意が必要です。武器術をやってる人は、いざという時の為に、私達が普段日常生活で使っている道具を器用に使いこなせる様になる事をお勧めします。ただし過剰防衛だけは避ける努力をするべきです。
もうお分かりの事とは思いますが、いかに自分の目的に合ったスタイルを選択するかが重要なのです。実戦的(ストリート)な護身が良いのか、リング・スポーツでチャンピオンになりたいのか、ただのフィットネス・エクササイズとしてやりたいのか、身体の健康を維持したり、精神力向上の為にやりたいのか、目的意識をはっきりと持った方が効果を得られるでしょう。
私は全てのスタイルは良いものであると考えます。そして一つのスタイルのみが地球上で最強・最良であるとは考えておりません。確かにスタイルによって、ルール無用上(C.Q.Bやストリート)で最も効果を発揮するもの、ルールありの試合で最も効果を発揮するもの、健康や能力開発に最も効果を発揮するものなど色々あります。しかし強さをテーマにした場合、スタイル自身が強いのではなく、それを修練している人自身がどれだけ修得し、経験して実力を付けているかによるものであると考えます。ただし、強さというものは様々なシチュエーションによって変化するという事を決して忘れてはなりません。
ジークンドーの場合は、師祖がC.Q.B(特殊部隊の近接戦闘)やストリート・ファイトで効果を発揮するように開発した武術です。つまり、いざという時に生き残るための方法であるともいえます。トレーニング方法の中に全身防具を着用してスパーリングを行うものもありますが、これはトレーニング方法の中の一つに過ぎません。急所への攻撃をためらわずに行うため防具を付けるのであって、リング・スポーツのそれとは全く異質なものです。
しかし、中級者以上になるとその防具でさえ役にたたなくなってしまうのです。最近、軍隊格闘技による護身の教室がはやっているようです。彼らは短期間で護身が修得できるといっていますが、私はその意見には賛成しかねます。実戦というのはまず第一に勇気/度胸/肝の座り具合であり、技術/技法はその次にきます。様々なシチュエーションで技術を教えていますが、習っている人がいざというときに効果を発揮させられることは全く無いとはいいませんが、非常に難しいと言えるでしょう。
こういった事実があるので、ジークンドー・ジャパンでは段階をおった様々なトレーニング方法を行います。当然、実戦において必ず生き残る為に!!しかし、ジークンドーにおいてもそれは長期間の修練が必要となります。短期間で実戦において効果を発揮させる技術/技法などは存在しません。現実はそんなに甘いものではないですし、アクション映画の様にはいきません!!ですから、ジークンドー・ジャパンはそんな無責任な教え方はしないのです。
本当の護身とは、戦わない状況を常に自らが創りだしていくことです。しかし、いざというときの為に自分そして自分の愛するものを確実に守れる方法を身につけ、それによる自信を持っていれば良いのです。
師祖が言った“Fighting Without Fighting”の精神がここにはあるのです!!ジークンドーはインターセプションという技法に優れていますが、インターセプションするのは、相手の肉体や心だけではなく、自分自身もインターセプションできなくてはなりません。武術の修練は、相手を倒す事ばかり教えたり、やったりするだけではいけないのです。他人とのコミュニケーションの中で、いかに礼節を重んじるかも重要な事です。特に子どもや若者に教える時、お互いに礼節を重んじる事を教え、実践させることは、今の現代社会において大変重要な事です。師祖もこのことの大切さを言っていたとわが師はおっしゃっていました。ジークンドーのルーツなかには、誠実・真実・正直という在り方が含まれている事を忘れてはいけません!!
師祖が創始したジークンドーは科学的及び哲学的な原理/原則の元で開発されています。ですから、確かにこれを習得していく事は至難と言っても過言ではありません。当時、師祖は「ジークンドーは大衆(万人)むけのアートではない。」と言っておられました。しかし、我師テッド・ウォン師父は教え方を研究して、多くの人々が習得可能な状態を創って下さいました。しかし、それでも難しいものなので、私が更に解かり易いように教え方に創意工夫を施しました。勘違いされては困るのですが、ジークンドーそのもに創意工夫を施したのでは無く、修得が難かしいジークンドーをより理解し易くする為に“教え方”に創意工夫を施したのです。
ジークンドーの練習は非常に肉体的であり、また非常に意識的でもあります。科学的な説明と哲学的な説明を受けながら、それを肉体で表現しなければならないので、五体全てと思考/意識を常にフル回転させながら学んでいきます。特にジークンドー哲学は精神の病んだ現代人を回復させ、元気になる力さえ与えてくれるものです。肉体的な練習がメインですから、痩身法にも健身法にも有益性を発揮します。
ジークンドーは私達が持てる能力を全開放するにはどうしたら良いのかを教えてくれる武術です。そこには限界とか形式ばった方法というのは存在しません。ゆえに“Be Formless”なスタイルなのです!
ジークンドーは、科学的に満ちてはいるが、哲学的に欠ける現代日本人にとって、非常に有益となる武術であると断言しておきます。ジークンドーを修練する事により自己の無限の可能性を発見し、そして自分自身に自信が持てるようになるでしょう!
Jeet Kune Do truly is the science of how to best use your all parts of
body in real fighting situations.
ジークンドー・ジャパン及び認定ブランチ・クラブでのトレーニング
日本のジークンドー界や日本のブルース・リー ファンの間で、当会はストイックな団体であるとか、ハードなトレーニングだけを行っているなどという噂を以前小耳にはさんだことがあります。このような噂は誰が、いつ、どのようにして広めたのでしょうか?どのようにして、それが事実であるのかどうか調べあげたのでしょうか?全く不可思議な行動をとる人間がこの日本に存在しているようで、当会は非常に迷惑を被っております。
ジークンドー・ジャパン及び認定ブランチは、ブルース・リー師祖のアートを正当に継承し、全く間違う事無く、正しくそれを後世に伝承し続けてゆく目的で設立されている団体です。当然、ブルース・リーズ・ジークンドーのトレーニングがメインである事は言うまでもありません。これは他の団体も同様であると思います。
ただトレーニング内容に関して勘違いをされている方々がいる様なので、その件に付いて述べておきます。
まず、師祖のトレーニングに関しては我師から受けるトレーニングから察すると、かなりハードであった様に感じられます。それは、やはり創始者のあの方であるから当然といえば当然でしょう。私自身も師祖から満に鍛えあげられた、テッド・ウォン師父のプライベート・レッスンを、毎年受けてきているわけですが、私は経験が深かったので、最初からハードなトレーニングを課せられました。そしてレベルが上がるにつれて更にハードさは増していくのです。しかし、ハードな事は私が私自身に望んでいる事なので、師のレッスンは一回も苦であると思った事はありません。むしろ、ジークンドーという武術と師のすごさに感動を覚えながらトレーニングしているようなものです。一回、一回のレッスンごとに必ず発見があるのです。それだけ、ジークンド−という武術は魅力的だし、奥深いものなのです。
こう言ってしまうと、やはりジークンドーのトレーニングは、ストイックでハードだと印象付けてしまうかもしれませんが、日本における我師のセミナーや私のセミナーでのレッスンをハードと思った参加者は一人もいないと思います。
スクールでのレッスンに関してもハードという印象は与えてないと思っています。
我々はプロ選手を養成している団体ではないので、生徒のレベルに合ったトレーニング方法で、時間をかけて徐々に進化してゆけるように指導しています。生徒は、社会人や学生が主なので、仕事や勉学に支障をきたすようなトレーニングの仕方は行っておりません。
また、ジークンドーは入門から初級段階に至ることでさえ、修得が難しく創られている武術です。ですから、科学的かつ哲学的な説明をされながらトレーニングを続けてゆかないと決してレベル・アップしないのです。最初にロープ飛んで、次はミット練習、次はトラッピング、つぎはグローブ練習、最後はグランド練習、のような工場の流れ作業の様なトレーニングの仕方では、決してジークンドーは理解できないし、ましてや修得など、夢のまた夢に終わってしまうでしょう。我々は洗練していく事の意味をもっと深く悟らなければいけません!上の段階に行く程、当然ですが、より修得が困難になってきます。なかなか思うように自分の意識と体が一致して動いてくれないので、悩む生徒もでてきます。これは第3ランクを取得する時から起こる現象です。こんな状況にストイックでハードなトレーニングをさらに課したからといって、即、解決できる問題ではないのです。
外側は非常にシンプルに見えますが、その内部構造は非常に複雑に創られているのです。ですからインストラクターから細かく指導を受けて、日数をかけてこつこつと難題を解決してゆくしか方法はありません。
いとも簡単にたやすく進化し、上級者レベルに至れると思っていたら、考えを改め直すべきであると断言しておきます。最近、ヴァーチャルと現実を混同視している若者が多いこの現象にも困ったものであると感じます。
当会のレッスン・システムについてお話ししますが、インストラクターによって教え方に異なりがあります。それはインストラクターも一個人の存在であって、私はその個性を大事にしているからです。ただし、内容にあっては全く異なりはしません。
私の場合はまず課題を与え、それをクリアする為の知識と方法を与え、そして生徒同士が互いにトレーニングしながら体験し、考え、感じて、自ら答えを出してゆけるよう指導しています。凄さと驚きと感動を与え、時にはジョークを飛ばして笑わせたりもします。ストイックさも時には必要でしょう。でも、それに終始してはいけません。なぜなら意識と肉体は常に密接な関係にあるからです。心も身体も緊張しっぱなしでは、レベルは上昇しないものです。ですから緊張をほくしてあげて、脱力を体験、修得さでる為に、ジョークを言ったりもします。
脱力と出力の関係は陰陽の原理です。ジークンドーにとって陰陽の原理は大変重要なもので、指導をする際はこれを明確に心と身体で表現できるよう指導します。
たまに年齢を気にする人がいますが、我師も私もそれは関係ありません、と答えます。当会にも40才を過ぎてから入会した人も何人かいますし、小学校1年生で入会した子どもも居ります。入会したらみな同じ生徒であり、友達どうしでもあります。トレーニングであってもお互いを助け合いながら、切磋琢磨していけば良いと私は思っています。当然、才能の高い人、低い人、努力する人、しない人、人それぞれです。私はそんな事ぐらいで人を差別するような事はしません。私はそれぞれの人に合ったレベル的な指導をするだけですから。そしてジークンドー・ジャパンのメンバーも認定ブランチのメンバーも全員、私にとって愛すべき生徒なのですから。
トレーニングのブレイク・タイム中や終了後は生徒同士、何やら楽しげに会話をしている光景をよくみかけます。また、一緒に食事に行ったりして、師祖の事・映画の事・我師の事・ジークンドーの事・日常的な事など色々な話で盛り上がったりしています。
これで解かって、いただけたとは思いますが、当会は決してストイックでハード・トレーニングばかり課している団体ではありません。しかし、トレーニングを積めば積むほど、けたはずれに強くなってゆく事は確かです。
一度、体験してみる事です。体験すればどれだけ真のブルース・リー ズ・ジークンドーの修得が難しいか納得いくはずですし、同時にその奥深さに感動を覚える事でしょう!頭で理解するものではないのですから。
Martial Arts Fighting is like the Game using Strategies with Relaxed Physical
Body and Relaxed Consiousness.
当会の方向性と武術インストラクターとしての存在価値
当会は、オリジナル派とコンセプト派の中間であるニュートラル・ポジションに存在します。私は、両派を長年修練してきた唯一の日本人であり、当然そのことにより両派に関する理解を持ち合わせていると確信しています。
両派の人たちの行動を観察していると、長所もあり、短所もあることが発見できます。しかし、短所ばかりを指摘してお互いが批判し合っていても、この先JKD界に発展はないであろうし、人間的にも器が小さくなってしまいそうな気がしたので、あえて私は長所のみを見ることとしました。
現状では確かにお互いを批判し合っています。オリジナルがオリジナルを、コンセプトがコンセプトを批判するケースも存在しています。それをたとえ表に出さなくても裏で批判し合っていれば結局同じことです。まあ、こういったことは他流儀でも起こっていることではありますが。
私はその様な行為をすることや、裏で聞くことでさえもう嫌になったので、当会の方向性を修正したのです。しかし、理由はそれだけではありません。
1.マイナスの想念を創り出し続けることは、自分(自分たち)の人生に現実的な有益性をもたらさない。
2.他を批判否定ばかりしている人間は、最終的に人間性を疑われ、信頼を欠くこととなる。
3.批判否定の中にいると、当会の生徒にストレスを与えてしまうこととなり、生徒の進化に悪影響をおよぼす。
4.両派の中を見ると、師祖が現実にやってきたことと教えたことを、完全に理解して指導している人間が非常に少ない。
※師祖がやってきたことと教えたこととは、ジュンファン・グンフー(有形と無形)/ブルース・リー ズ ジークンドー(有形と無形)/他流儀やストリート・ファイトへの適応方法/人生をよりよく生きるための哲学と思想が主たるものです。
5.「机上の空論」および「井の中の蛙」に絶対にならないようにする。
6.常に現実を見据え、様々に変化する状況(戦闘や人生)の中で、確実に適応できるようにする。
7.他を批判否定する時間があるのなら、今現在の自分(自分たち)をもっと進化させるための話に時間を費やした方が、確実に有意義となる。
8.師祖が教えた「武術とは、人と人とをつなげるもの」を実践する場が当会の統括本部スクールおよび各ブランチ/クラブである。これを行うためには、両派の長所のみを見ていく必要がある。
9.リンダ夫人、そしてシャノンがジークンドー・ファミリーの共存・共栄を強く望んでいる。
※ジークンドー・ファミリーとは両派で修練する人すべてが対象となります。
10.学びに来る様々な人々の様々な目的/目標に対し、確実に応じていくため。これは当会独自の教伝システムを創り上げ、それを実行に移したことによるものである。
以上がニュートラル・ポジションに移行した理由の主たることとなります。
ただし、ニュートラル・ポジションに移行したとしても、運営の仕方は以前と変わってはいません。むしろ、以前からやっていたことを表面化したといっても過言ではないと思います。つまり、当会はあくまで、師祖がやっていたことと教えたことを学び、追求していくという方針がメインなのです。ただ、ニュートラル・ポジションに入って、多少プラス・アルファなる項目を増やしたという程度のことで、しかもこのプラス・アルファの項目は、あくまで生徒の好みにより選択できるということです。
財団で普及させているJFJKDとは、「師祖がやっていたことであり、そして教えたことである」と明言していますし、我師テッド・ウォン師父もそう語ります。
ならば、当会は結局オリジナル派なのかと問われれば、否定のしようもありません。元々、日本にオリジナル派を最初にもってきたのは、この私なのですから。しかし、私はあえてオリジナルとかコンセプトということを考えないようにしているのです。どちらか一方にしなければいけないという固定化された流動性のない考え方が、批判/否定という異常なエネルギーを創り出すのです。異常なエネルギーは最終的に破滅、不幸という現象を引き起こします。これは自然界の中にある様々な波動エネルギーの流れの原理です。
批判があれば融合もありますから、当会はあくまで当時の歴史の真実を理解した上で融合を選択したわけです。私は、ただただシンプルに、師祖が伝え残した内容を追求し、それを生徒に伝え残していくだけです。それは、JFGF/JFJKD/適応方法/哲学と思想です。プラス・アルファは修得したい生徒のみが選択すれば良いことなのです。ただし、「机上の空論」「井の中の蛙」にだけはならないよう適確に指導はしています。
再度、ニュートラル・ポジションの意味を書いておきます。
過去というものは過ぎ去った事実であり、いわば固定化した状態です。未来というものは、まだ事が起こっておらず、いわば流動化する状態です。そして、現在というものは、過去の影響を受けながらも時の刻みごとに未来を創造していく、いわば固定化されながら流動化し、固定化もしなければ流動化もしない状態なのです。
ニュートラル・ポジションとは、真に上記の現在の状態のことを指します。
過去という事実はあれこれ考えても変えようがありません。今現在の私たちは、過去の自分の考えや行動により、その結果を与えられています。ですから未来の私たちを創ることは、今現在の自分が起こす原因に左右されます。今の自分をどう変化させるかで未来の自分にも変化が出てきます。過去の体験は、今の自分の考えや行動を決定するための重要な一要因ともなります。しかし、過去の体験だけから未来の自分を創り出すことは、非常に不十分な原因ともなってしまいます。つまりインスピレーションという人間がもつ特殊な能力も現在の行動を決定していく一要素となるということです。そして、インスピレーションは、今現在というときにのみ発動するものです。
インスピレーションは、師祖のストライキング・ソーツのスピリチュアリティの項に書かれているとてつもない膨大なエネルギーの場から来るものです。その場とは、“無限の可能性を秘めた場「空」”で、真にニュートラル・ポジションに存在しているのです。
師祖は、過去の連続の様々な体験と、その無限の場にアクセスできたことで、様々なインスピレーションを受けながら、自らが“ブルース・リーのスタイル”と明言したBruce
Lee's Jeet Kune Doを創り上げたのです。つまり「以無限為有限」なのです。
ちょっと、理解するのに困難な説明となってしまったでしょうか?
次元と意識そして空間と時間を科学した結果、簡単に説明すると上記のような文章になります。
これがJFJKDと関係があるのかと思っている人もいることでしょう。私は、おおいに関係があります!と答えます。JFJKDに限らず、武術の達人の世界を理解し、修得していくには、必要な知識だからです。加えて師祖の難解な言葉を紐解いていくためには、様々な方面の知識が必要となります。以前、物理学の博士が、研究を長年続けていくと、哲学/思想そして宗教が語っている世界に行きついてしまうと述べていたことがありました。だからこそ、当会は自然界からのサポートを受けることができるニュートラル・ポジションに移行したのです。
批判という言葉は“その場”に存在しません。ですから、批判、否定し続ける行為というものは、自然界に存在する波動の流れの原理により、やがて退廃や破滅をもたらします。
しかし、人間として、社会的モラルや人間的モラルに反したことに対し、批判することは別であると考えます。日常のニュースを見てください。そういったことに反した人たちが、社会的に多くの人々から批判をあびていますし、その責任を取らされる状態にもなっています。当然、そのことは広く武術/格闘技界にも、狭くJKD界の中でもあり得ることです。
私は、一武術家として、そしてJFJKDのインストラクターとして、他流儀を批判するようなことは一切しません。私が過去JKD界の中で批判したこととは、上記の社会的モラルと人間的なモラル、加えて武術家としてのモラルに反した行動に対しての批判でしたが、これを理解できない人たちが存在していたようです。つまり、リンダ夫人が私に直接語った、師祖の歴史と武術への一部の改ざんという行為に対してです。師祖の教えを忠実に守り続ける心正しきインストラクターは、決して師祖の歴史と教えた武術を改ざんすることなどしません。また、私利/私欲のみに走る行為は、本来武術家としてのモラルに反する行為です。師祖が残してくれた教えと、それを伝える師は、皆で共有しなければいけません。しかし、師祖の武術、特にJFJKDに関しては、理解するにも修得するにも非常に困難を極めることとなります。現に、師祖が他界したその時点で、JKDを深く理解し、完璧に体現できる弟子は一人もおらず、弟子たち皆でこれから先どうしたらよいのか途方にくれてしまったそうです。その後、弟子たちはおのおの研究をしたり、皆で集まってはスパーリングを含めたトレーニングを行っていったとのことです。
そんな中でのテッド・ウォン師父に関して述べますが、師父は師祖がJKDを創始していく際の、師祖自身が個人的に選んだスパーリング兼ワークアウト・パートナーであり、弟子の中で一番最多回数のプライベート・レッスンを受けた人物です。
従って、師父はJKDがどのようにして創始されていき、どのように変化し続け、そして将来どのような方向性をもって完成に近づけていけばよいか、ということを師祖から習いながらトレーニングを積み重ねてきたことにより、JKDに関して一番理解をし、その知識を体験上、所有していたのです。
師父は、JKDを確実に自分のものとするべく、時には独力で師祖がやってきたことと教えてきたことをリサーチし、時には師祖のプライベート・レッスンを受けるときに、時折その場でともに習っていたハーブ・ジャクソン氏をワークアウト・パートナーとして15年もの歳月をかけて修得に成功したのです。しかし、現在ではその修得に更に磨きがかけられ、グランド・マスターのレベルに到達しており、財団のボード・オブ・ディレクターとして、師祖がやっていたことと教えたこと、つまりJFJKDの普及に全力を注ぎ込んでいます。
このことにより、師祖が創始したJKDは失伝を免れたわけですが、非常に難解で修得困難な師祖のJKDであったため、当時の弟子の何人かが多少方向性をずらしてトレーニングしていったことは、無理もないような気がします。
私自身もコンセプト派で長年修業をして、多くの知識と経験を得てはいましたが、師父から習うレベルが上がるにつれて、修得するための困難を何度も味わってきました。特に最初の1年目と2年目は、修得が基礎・基本でさえも困難なので、これをどうやって生徒に教え伝えていけばよいのか、非常に悩んだものです。
自分にわからないこと、そしてできないことというものは、教えようがないことぐらい皆さんにはわかりますよね?しかし、年が経つにつれ、本当に師祖がやっていたことと教えたことを理解し知識とし、苦もなく体現できるようになったときに、上記のような困難さは、全くどこかへ消え去っていました。
10年以上経って、やっとJFJKDのインストラクターとしての存在価値を手に入れたのです。この存在価値は、師祖がやっていたことと教えたことを改ざんすることなく正しく教えることができてこそ、手に入れることができるものです。しかし、その存在価値をほかに自慢することは、傲慢な心を育ててしまうので、私は絶対にそれは避けることとしています。多少方向性をずらしてしまうことも理解はできますが、どんなに修得が困難であっても、自分には無理とあきらめずに、進化の方向性さえ分かっていれば、頭脳と身体をフル活用させて、様々な分野を研究し勉強し、トレーニングの努力を積み重ねていけば、誰でも“ブルース・リーのスタイル(Bruce
Lee's Jeet Kune DO = Jun Fan Jeet Kune Do)”は修得できることを私は証明していきたいと思っています。
さて、武術インストラクターとしての存在価値について述べさせていただきます。
コンセプト派は〜インストラクターのように、レベルの色分けをしていますが、テッド・ウォン師父が教えるJFJKDでは、初級者・中級者・上級者に分けられ、プライベート・スチューデントへのインストラクター認定は、中級者になったときに授与されます。しかし、インストラクターにレベルの色分けがされていないため、認定インストラクターであってもレベルの違いが現実に存在しています。
年数やプライベート・レッスンを受けた回数に左右されるケースもありますが、実はそれらの数が多くても、上級インストラクターとしてのレベルに達していない者も存在しています。技法や戦略法を究極的にリファイメントしていくことが、JFJKDの修業プロセスであると教わるのですが、実はリファイメントするという行為の中に、適応を修得するためのトレーニングも含まれるのです。
ルール有りにせよ、ルールなしにせよ、実戦を空想化しているだけでは、何の役にも立ちません。とどのつまり、「井の中の蛙」状態で現実に戦えば痛い目にあうだけです。なにしろ、対他流やストリートの実体験をほとんどしていないのですから。だからこそ、JFGFでさえ、他流儀さえ、絶対に否定などせずその長所と短所を研究しながら実験トレーニングをし、更に様々な方面の知識も得てこそ、インストラクターとしてのレベルを上げることとなるのです。
私は、危機管理のレベルを上げ、効果的なハイ・リスク・コントロールを身につけてもらうために、JFJKDの原理/原則を基盤とした武器術<闘駕>を創始しました。元々はボディ・ガードや特殊部隊の人たちのために創ったものなのですが、民間人の護身にも大変役に立つので、当会の生徒がそれを欲した場合のみ、教伝することとしています。JFJKDには本来、武器術は存在していません。ですから私が創始したそれは、当然JFJKDではありませんし、トレーニング・プロセスに強制的に加えることもできません。ただ、日常の中で、武器(ナイフなど)を所持した相手とのアクシデントにもしも遭遇してしまった時、徒手術よりも武器術を駆使した方が効果的となり、怪我および絶命を避ける確率が上がるものです。「危険に遭遇することなど、そうあるものではない。」とよくいう人々がいます。確かに自らそういった行動をとっていかなければ、そうかもしれません。ただ、危機管理意識の薄いこの日本において、リスクを自らコントロールしている人々は、非常に少ないことも現実です。
上記のような言葉は、危機管理意識が薄いかもしくは、「井の中の蛙」であるがための逃げ口上でしかないと我々ボディ・ガードは認識します。
「人生には、上り坂・下り坂・ま坂(まさか!!)があるんだ。」と名言を言ったボディ・ガード会社の社長がおられますが、まさしくその通りで、だからこそボディ・ガードは急時に対応する方法を、常日頃から勉強し、トレーニングを続けているのです。
本来であればクライアントに100%の安心感を常に与え続けるのがボディ・ガードの仕事です。だからこそ、リスクを常にコントロールしなければならないのです。徒手だけにこだわり続けるボディ・ガードなんて、プロではないのです!
日本や中国、そしてフィリピンの古武術には、すばらしい武器術が存在しており、それらを修得しておくことは、思わぬ急なアクシデントから回避するためには、効果的となります。
しかし、それらの武器を日常、常時携帯しておくわけにはいきません。ですから武器術の応用として私たちが日常で使っているありとあらゆるものを武器化し、しかもそれらを巧みに使いこなすことができれば、常日頃から安心感があるものです。
当然、徒手術であるJFJKDの技法/戦略法も巧みに使いこなせれば、まさに“鬼に金棒”となるでしょう。以前他のJFJKDインストラクターに、もし相手が武器を所持していたらどうするか?と尋ねたところ、彼も武器をとると言っていました。しかし、彼は、武器術の経験が非常に少ないもので、もし相手が武器を巧みに扱う人間だとしたら、彼は確実にやられてしまうでしょう。
笑ってしまったのは、自転車を投げる!と言った時で、ある状況下では有効かもしれませんが、もしその周辺に自転車が皆無だったらどうするのか、そして大きくて重量のあるものを扱うということは、それなりにリスクを負うということを忘れてはならないのです。でかい物、重量のあるもの(人間も同様)が、必ずしも全くルールなしの実戦において勝るということは決してありえないことを悟るべきです。現実の戦闘(様々な局面)をバーチャル的にのみ考えていると、予想外のことが起こったとき、対応が遅れてしまうものです。
ハンド・ガンの弾や棒手裏剣のように、小さくて軽いものでも効果絶大であるし、かといってハンド・ガンや棒手裏剣に期待を寄せすぎるのも危険なこととなります。
ですから、いかに効率的に、いかに効果的にあらゆる状況の変化にそく、徒手術であれ武器術であれ、適応能力を発揮していくかが、一番重要なのです。状況を瞬時に分析して、瞬時に判断して、瞬時に行動できる能力を養うべきです。これは、柔軟な頭をもって多くの知識を吸収し分析し、多くの実験的トレーニングを繰り返していかなければ、体現できないことです。これについての教え方も同様のことが言えます。
しかし、現実的に効果性を発揮するものは、極少数であることも事実です。多くの技法は必要ありませんし、かえって邪魔にさえなってしまいます。知識や経験は分析するため、多いほうが良いのですが、技法は効果的にするため少ないほうがよいのです。このことは、実際に実験的トレーニングを繰り返し積んでいけば、誰でも理解できることとなるでしょう。私のように危機管理職に就いていなかったとしても、防犯だけでなく、防災に関しても知識をもって、柔軟に対応できるよう、常日頃から準備しておくことは、自分で自分を守ることとなるのです。
柔軟性のない硬い頭や頑固一徹な性格は、自らの努力で一新していかねばなりません。ことJFJKDの上級インストラクターを目指し、その存在価値を得て、学びに来る生徒のために尽くしてあげるならば。なぜなら、心の作用が肉体に影響を及ぼすからです。上記のマイナス要素がある者は、たとえインストラクターであっても、心身の能力は真に理解できないし、体現など夢のまた夢です。
ですから、肉体にダイレクトにそのマイナスの要素が表面化しやすいので、意識の動きも肉体の動きも柔軟性をもったハイ・スピードを体現することはできません。その硬く表面化した瞬間をインターセプトする方法でさえもJFJKDにはあるのです。JFJKDには他にも様々なインターセプトの方法が存在しますが、すべてのことに関して頭だけで理解し、説明できたとしても意味がありません。
現実に全身全霊をもって理解し、そして体現(戦闘/人生)できてこそ価値が高まるのです。これを教えるインストラクターならなおさらのことですし、それは、決してバーチャルであってはならないことです。実際に詳細に説明をしながら体現をしてあげることで、存在価値が高まるものなのです。JFJKDのインストラクターも含めて、武術インストラクターは常に研究/勉強し、そして体現するための努力をし、人間的モラル/社会的モラルに反することなく、正直に誠意をもって学びにくる生徒の進化を手助けしてあげるべきですし、殺法だけでなく、人々を生かす活法も教えながら、共に学んでいくことに本当の存在価値があると考えます。
特に、JFJKDのインストラクターは、固定化した考え方や捉え方をしてしまってはいけません。一つ教えられたら常にその一つをやるのではなく、そこから五つにも六つにも応用していける頭の構造と多くの知識をもって、能力アップしていくトレーニングを積んでいかねば、高みにいたることはできません。JFJKDは、常に変化する流動的な状態の中に、存在の価値があるのですから!!
私は学びにくる生徒全員に(たとえセミナーであっても)教えることのすべてを強制するようなことはしないようにしています。インストラクターやインストラクターを目指す生徒であれば、厳しく指導をするときは頻繁にありますが、そうでない目的や目標の人もいるわけですから、このケースにおいても“適応”を利用します。師祖がやってきたこと、そして私たちに教えることとは、武術だけでなく人生に応用されてこそ価値がでてくるものなのです。
『Knowing is not enough , We must apply. Willing is not enough , We must
do.』
by Bruce Lee
上記の真意をよく考えて、感じて、そして実際に行動に移しましょう!!
皆さんの輝ける未来を創るには、今現在、何を考え何を為すかで決まってくるものなのです!!
ブルース・リー財団日本支部へのメッセージ
これから財団日本支部の全メンバー(師祖の武術をトレーニングしている人達限定)へのメッセージを書きますが、それは決して否定文でもないし、批判文でもありません。あくまでJFJKDのインストラクターとして、皆さんのことを思ってのアドバイスですから、決して心を歪ませて捉えるようなことがないようにしてください。
財団は、これから先、JFJKDの公式ティーティング・マニュアルの制作、公式JFJKDインストラクターの認定、公式JFJKDの認定スクールを発足させてゆこうというプロジェクトを進めており、現に、財団ボード・オブ・ディレクターのテッド・ウォン師父を中心として様々なアイディアを出すなど、動き出しています。が、形にするにはまだまだ数年先である、と師父が述べられております。
皆さんの代表が-メンバー-として所属することとなったJFJKDアドバイザリー・コミッティーという組織が財団の中にありますが、これは財団代表やボード・オブ・ディレクターの面々が活動していく際、様々なアドバイスやアイディアを提供し、サポートしていくことが役割となっているものです。ですから活動に関する決定権は、代表およびボード・オブ・ディレクターにあるということを、しっかり記憶しておいた方がよいと思います。
当会はそうですが、他のメインとなるJKDの2グループも、自分のグループを財団日本支部にしようなどと、考えたことはないと思います。なぜなら、上記の財団認定スクールにならなくても、ことJFJKDに関しては、テッド・ウォン師父からの認可状(Bruce
Lee's JKD = JFJKD)を授かっていれさえすれば、正式にスクールを開いて普及活動していけるからです。つまり第一世代の師から認定証を授かっていれば、独立して普及活動ができるということです。私は師祖がやっていたことと教えたことを完全修得し、そしてそれらを後世に伝え残していくことをメインとしてやっているので、師祖に関する他のことはあまり興味が無いし、普及以外の活動ははっきりいって不可能です。
ですから、もし当会が財団日本支部になろうとしても、あまりにもリスクが多すぎることがはじめから分かっているので、やるわけがありません。ですからボード・オブ・ディレクターとしてテッド・ウォン師父がJFJKDの普及第一人者として、その責務を果たしているので、せめてドーネイションをしてあげればという思いがあるだけです。しかし、財団がJFJKDの普及をメイン・プロジェクトとして世界に発信しているわけですから、日本を含めた東アジアへのJFJKDの普及活動をしている当会は、普及に関して間接的にサポートをしていると考えています。
さて、皆さんの代表が自分のグループを財団日本支部にしたわけですが、財団本部とすべて同様のプロジェクトを活動していくには、確かにこの日本において、皆さんのグループでしかできないことであると、私は思います。今までイノサント師父の教えを守り続けてきたのに、急な展開なので多少驚いてはいますが。ただ、財団の看板を背負い、日本支部として活動していくことは、現実的にどういうこととなっていくのかをしっかり理解している人は、全メンバーの中に何人いるのでしょう?
皆さんの代表が所属しているアドバイザリー・コミッティーの中に、イノサント師父の娘であるダイアナが所属しています。彼女の夫はイノサント師父の高弟の一人であるロン・バッリッキー氏です。また、元イノサント師父門下のティム・タケット氏も所属しています。
つまり、財団は以前よりイノサント師父の教えも加えているわけで、完全なオリジナル派とは言えないというのが私の見解です。ただし、ボード・オブ・ディレクターは、あくまでオリジナル派で構成されてはいますが。これが何を意味しているのか、その真意に関しては私も分かりません。おそらく以前のJFJKDニュークリアスの時のような状態にはしたくなかったのではないか、というのが今の私の推論です。
しかし、リンダ夫人もシャノンも師祖の歴史と武術の真実を追求した上で、ジークンドー・ファミリーの共存共栄を強く望んでいるのですから、オリジナルとかコンセプトの比較はしていないような気がします。つまり、当会の方向性とある意味似ていると認識します。
上記のお二方ですが、ダイアナは夫とともにイノサント師父の教えのみを伝え続けてますし、タケット氏は第一世代のオリジナルの先生方と三人で教伝しています。彼らはあくまでアドバイザリー・コミッティーの一員なので、今伝えているものだけでも良いのです。別に財団〜支部というような責務のある看板を背負っているわけではないのですから。
しかし、皆さんのグループは、財団日本支部という責務のある看板をすでに背負ってしまったわけです。つまりオリジナルとコンセプト両派の利点を認めて活動せねばならないということです。
財団代表のシャノンのJFJKDの師は、テッド・ウォン師父です。彼女は、テリー・トム著作の教則本の中で、『もし彼が何かに関して良い(正しい)、というのであれば、私はそれを信じます。』と述べています。そして、JFJKDとはどんなものであるかも書いています。
財団代表の彼女がそうなのですから、日本支部のみなさん全員もそう信じて行動に移さなくてはなりません。本部と違うことを言っていたり、行っていたりするのであれば、財団の看板を掲げる意味もなく、まったくの筋違いとして評価されてしまいます。
例えば、Web Site に関して言えば、財団本部の内容と一部相違している内容が皆さんのグループの支部を含めて現在アップされている状況ですから、一部を訂正し、新たにJFJKDに関しての詳細な情報をアップする必要があります。当然それを教えているテッド・ウォン師父に関することもアップしてゆくことは必須項目となるものです。イノサント師父のものは、それはそれでキープすればよいと思います。しかし、財団の日本支部となったからには、財団本部がやっている内容を展開していくことは、当然のこととなるわけで、おそらくメンバーのみなさんも、そのようなことぐらいは理解していると思います。
これから先、日本のJKD界をさらに発展させるためにリンダ夫人やシャノンが強く望むジークンドー・ファミリーの共存共栄を実現していった方が、私はよいと考えます。それはお互いが友好関係にあるということです。私は、できれば年に一度は、日本のメイン4団体で新たにルールを設定したJKDの試合を開催してお互いの進化のために競い合うこともよいのではと思います。また、メイン4団体でJKD連合を創り、他流の選手を招いて試合を開催するのもおもしろいと考えます。私たちの代表選手が多く勝利すればJKDの名が拡大し、当然よき普及活動へとつながっていくわけですから。
友好関係にあるということは、日本支部としてドーネイションを募っていく際、お願いしていくわけですから、他のグループから快く募金してもらえるということにもなります。額が多いほど、本部は喜ぶでしょうから。博物館建設後にあっても、今度はその維持費が必要となってくるはずです。ですから、みなさんには、ずっと毎年募金を募っていかなければならない責任があるのです。日本支部として。
そして代表であるシャノンは、皆さんに対してこれからの活動におおいに期待をしていることでしょう。
財団本部が活動しているプロジェクトと同様のことを日本支部はやっていかねばならないわけですから、そこには当然JFJKDの普及活動もあることは、当然の如く理解していると思います。
ならば、財団本部がJFJKDとは何か?内容はどんなものか?誰がどのようにして創始していったのか?現在は誰が伝えているか?といったことをWeb
Siteやセミナー、テリー・トム著作の教伝書で発表し続けている事実でさえも、理解せねばなりません。
つまり、結果的に言ってしまえば、財団の看板を背負う以上、イノサント師父の教えだけでなく、テッド・ウォン師父のボード・オブ・ディレクターとしての存在を認め、新たに一からテッド・ウォン師父が教えるJFJKDを学び取り入れ、この日本にその教えを普及させていかねばならない責任が生じたということです。みなさんメンバーの中には、それをデメリットと感じてしまう人たちがいるかもしれません。しかしこれから先、財団ボード・オブ・ディレクターであるテッド・ウォン師父の存在を否定し、その教えを受け入れず批判する者が、この日本において言動や行動をおこしていくならば、当会は財団に対しクレームをつけなくてはならなくなります。たとえ当会でなくても、もう一つのグループが必ずそれをやることとなるでしょう。
もしそんなことになれば、当然皆さんの代表、そしてみなさんたちが本部からきつい指導を受けることとなります。その辺のことをよく考えて、正しい行動をしていくことを私は希望します。
JFJKDとはBruce Lee's JKDのことです。つまり最晩年の師祖が“ブルース・リーのスタイル”と言ったJKD最終形態のことです。ですから、現在日本支部の皆さんは誰一人としてそれを体現できません。当然教えることのできるインストラクターも一人として存在していません。なぜならテッド・ウォン師父の教えを、学び続けている人がメンバーに存在していないからです。
代表もそうですから、これから先米国においてテッド・ウォン師父から直接個人レッスンを受けていくこととなるかもしれません。これはあくまでテッド・ウォン師父の意志に左右されることとなるでしょう。
おそらく代表はそれを、おおいに希望していることでしょう。なにせ彼は、師祖とテッド・ウォン師父が一番時間を共にしていた事実を、師祖が記していたスケジュール帳を実際にその目で見て、確認しているのですから。
皆さんの代表の良いところは、武術/格闘技への熱意を持った探究心があることです。彼は昔、私から学び、御館氏から学び、そして米国へ渡り、今のレベルと地位を手に入れました。そこには多くの努力があったわけです。皆さんのグループのインストラクターの何人かも、過去私から何年間か学び続けました。ですから、今の彼らの生徒の人たちは、当時私が教えていた技法やトレーニング方法、そして教伝方法も、彼らから習っているはずです。
皆さんの代表がテッド・ウォン師父からJFJKDを学びたいと思うことは、ごく自然なことです。また、みなさんの中にも同様のことを思っている人たちは、大勢いると思います。その思いはごく自然なことです。ただ、その思いを実行に移すか移さないかで未来は変わってきます。
Knowing is not enough , we must apply. Willing is not enough , we must
do.をいつでも思い出してください。私自身もイノサント師父をはじめ、ハートセル師父、バステロ師父、木村師父、ダン・リー師父、スティーブ・ゴールデン師父やその他の師父からたとえ若干でも習い、そして彼らの動きや教える内容を、過去実際に研究してきました。そうすることで当時師祖が何を考え、何を教えていたか理解が深まるからです。
私の直接の師は、テッド・ウォン師父ですが、過去彼らから学んできたことは、決して無駄にはなっていません。というよりむしろその経験により、自分にとってプラス・アルファとなっていることは事実です。
JFJKDを学んでいくにあたり、日本支部メンバーの皆さんは、インストラクターをやっている人たちも含めて、今現在、みな同じスタートラインに立っています。
皆さん一人一人に学ぶ権利があり、JFJKDの財団公式認定インストラクターになる権利もあります。皆さんは平等なのです。
日本支部のみなさんがJFJKDを学ぶには、来日したテッド・ウォン師父から直接学ぶことがベストです。なぜなら、JFJKDに関して、師父が持つ知識とその実力は世界最高峰であるからです。師父から直接習った人はみな、師父の“無限の巧みさ”に感動してしまいますが、それは真に師祖の教えそのものなのです。しかし、師父は、師祖の教えを今でも守り続けていますから、スクールは開いていません。ですから、皆さんがいきなり米国にいっても直接習うことはほとんど不可能です。当会の生徒でさえ、私が渡米する時に同行しないと学ぶことはできないのですから。プライベート・レッスンというのはそういうものなのです。
テッド・ウォン師父のセミナーに来て直接会えば、師父の偉大さを実感することでしょう。当然、質問したいことがあるのなら、聞くことも可能なわけです。年にたった一回だけですから、そのチャンスをつかむことは、これから先、大変重要なこととなるはずです。皆さんが所属する日本支部の本部でボード・オブ・ディレクターとして活動し、JFJKD普及プロジェクトの第一人者であることを決して忘れないでください。数年後に完成するティーチング・マニュアルの制作も、師父がメインとして活動しています。おそらく、テリー・トムが著作の教則本の内容と同様になると思います。
ちなみにテリー著作教則本第2弾が、リリース予定なので、そちらも参考にするとよいでしょう。日本支部のみなさんは、彼女の第1弾の教則本を読んで、知識を深めておくことは必須ですよ!
皆さんの中で行動を即移せる人達が、当会の本部かブランチ/クラブへ学び、体験しに行くことは、他のメンバーより道を一歩も二歩も先に進めることとなるでしょう。行動に移す人たちを止めてはいけません。なぜならみなさんには、JFJKDを普及させる責任があるからです。別に当会に所属する必要もありません。ビジター・レッスンだけでも十分、よい学びを得られると思います。スパーをしたい人は申し出れば、いやというほど答えてあげます。当会には様々な種類のスパー・トレーニングがあるので、きっとはまることとなるでしょう。
皆さんが、JFJKDを習い、少しずつでも修得していけばいくほど、今の数倍強くなるし、うまくなることを私が保証します。そして、師祖の偉大さを改めて再認識することとなるでしょう。
私も年に数回セミナーを開催していきますから、そのチャンスを自分のものとしてください。私のセミナーはJFJKDだけでなく、JFGF上級テクニックも教えています。
みなさんは師祖が開発していたアルティメット・トラッピングを知らないでしょう?カウンター・トラッピング技法は多少知っていても、トラッピング技法に適応させるアンチ・トラッピング技法は知らないでしょう?これは死亡的遊戯の第2階層(対詠春拳/蟷螂拳)で、表現されることとなっていた方法です。
ブロークン・リズムというハーフ・ビート・ステップの正しい表現のしかた、そのトレーニング方法と実際での戦いの中で、どう使うかを実体験したことがないでしょう?JFJKDは、ノー・リズムで表現されるものなのです。
JFJKDにおいて最重要視される“巧みなフットワーク”を刻めますか?フットワークを刻む時の身体の細かな使い方を習わないと、それを表現することができない事実を理解してください。
ノン・テレグラフィックの正しい表現方法とトレーニング方法、様々なインターセプションの方法、SDAやPIAなどの戦略法の正しい使い方や融合のさせ方など、JFJKDに関しては基礎/基本から皆さんには学ばなければならないことが、まだまだ山ほどあるのです。
皆さんの中に、もし少しだけやってみて、「何だ。この程度か。」と思ったり、言動したメンバーがいたと仮定します。ならば、そのような人は、決してJFJKDを修得できないことを私は断言します。なぜなら、そのような人に素直さはなく、学ぼうという熱意や姿勢さえも感じられないからです。
「僕のお茶を飲みたかったら、まず先に君のコップを空にしなさい!!」という師祖の教えを知っている人はメンバーの中に何人ぐらいいるでしょう?
過去にどれだけ多くの知識や体験をもっていようとも、これを実行しなかったら、JFJKDの修得は絶対に不可能であると教えておきます。
JFJKDは、非常に特殊な構造で創られているため、身体の動かし方も意識の動かし方も特殊なのです。上級者になると適応する水のごとく、疾風する風のごとく、破壊を極める雷光のごとく、巧みに表現しますが、これもまた特殊なものです。様々な種類の高速スピードを要求されますから、身体は常にシェイプされ、コンディションを整えておかねばなりません。おそらくトレーニングを積み重ねていくうち、身体のあちらこちらが故障してくるでしょう。非常に特殊な動きを精密に行わねばならないからです。しかし、たとえ故障してもトレーニングはやり続けてください。そのうち、身体自体に劇的な変化が訪れていることに気がつくでしょう。師祖の身体を思い出してください。あの身体は、そのようにして改造していったものです。
少しずつ学んでいき、努力して少しずつ修得していけば、自然とJFJKDを表現していける身体に変わっていくことでしょう。ですから、「自分にもできる!!」と信じて、そして「君にもできる!!」とお互い生徒同士励まし合いながら、決して無理をせずトレーニングしていってほしいと思います。
カリ/エスクリーマ、ペンチャック・シラット、ムエタイ、サバット、修斗などのトレーニングをすることは、それはそれとして良いと思います。そういった知識があることは、後の適応トレーニングにかかせないものとなるのですから。逆に、適応のトレーニングをしないJFJKDの修練者は、はっきり言って「井の中の蛙」であると思います。ただ、財団本部で普及させているものは、他流ではなく、JFGFとJFJKDの2つのみであることは、しっかりと認識していなくてはなりません。
JFJKDと他流とではまったく構造が違うわけですし、表現の方法も全く違います。クソもミソも一緒にしたようなやり方や表現のしかたは、師祖自らが否定し戒めたことですし、テッド・ウォン師父もそれを良しとは教えていません。ですから、絶対にJFJKDと他流を組み合わせた表現はしないでください。また、本来師祖のJKDの教えとは、各自おのおののスタイル(自己流)を創始していくもの、ではないことを本当に理解してください。JFJKDを学んでいく上で、もし修得するのが困難になったのなら、まず他流のトレーニングは中断するべきでしょう。なぜならコップが空になっていないからです。
世の中には“修得の天才”というような才能のある人がいます。こういった人は、常にコップを空にして熱意を持ち、素直に受け入れることのできる人です。
しかし、才能がそんなになくても、コツコツと努力していけば、必ず修得していけると私は証明しますので、必ずコップを空にして、素直に学んでいってほしいと思います。
もし、私が創始した武器術<闘駕>もやってみたいと思う人がいれば、JFJKDを一定の期間トレーニングしさえすれば教伝もしましょう。これはJFJKDの原理/原則が解っていないと修得に困難を要します。
そもそもそれを創始するきっかけとなったのは、師祖のGODとテッド・ウォン師父からの教えでした。GODの中で使われている武器術の表現方法は、カリ/エスクリーマではありません。あの使い方は、まさしくJFJKDの原理/原則にのっとった方法で表現されています。だからこそ、イノサント師父とカリ/エスクリーマに対して、あのようなセリフを師祖がしゃべったのです。JFJKDをしっかり理解して、体現できるようになってくると、そう分析できるのです。
また、ある日、テッド・ウォン師父にカリ/エスクリーマのナイフ術への適応方法を教わったとき、逆に師父がナイフを持って「カリの技術で防御してみろ!」と言われたので、トライしましたが、まったく防御できませんでした。
つまり、JFJKDのSDAをストレート・リードで応用させていたので、避けることなど不可能だったわけです。まさに恐るべしJFJKDのノン・テレグラフィック能力!!
皆さんの中でもし、自分なら防御できるという自信のある人は、ぜひともトライしてみてください。まず無理であると今のうちから教えておきます。当会本部に来ればそれは体験できます。
結果的に言うと、上記の2つの分析と体験により、徒手術であるJFJKDの方法を、武器術に応用できるということです。しかし、それも更に分析して研究し、実験していかねば、「机上の空論」となってしまうので、私は過去から実行に移していたわけです。
それは、2006年には完成し、今現在、ボディー・ガードに従事する人たちに教え、大好評をいただいています。特に、私が教伝している統括本部スクールのトレーニングに参加すれば、JFGFの様々な技法や個々人のアトリビュート値などのブラッシュ・アップにつながるでしょう。それらはいつでも教えますし、トレーニング可能です。
しかし、JFJKDのみに関しては、ビジターである以上は、ランク1までの教伝となります。ただし、以下の条件をクリアしてもらえばランク2以上の内容でさえも教伝します。
1.財団ボード・オブ・ディレクターであるテッド・ウォン師父を決して否定/批判しないこと。
2.テッド・ウォン師父が教える内容すべてを決して否定/批判しないこと。
※否定/批判は、財団本部への背信行為となります。
3.私たちジークンドー・ジャパンとこれから先、友好関係を結び、共存共栄をする約束をすること。
これからは、皆さんの方から進んで友好/協力関係を呼びかけていった方が、世間の評価は高まることとなるでしょう。それと Web Site内の「気に食わない奴は、ぶっとばす!!」みたいな発言は、即、消去すべきです。人々に教えるインストラクターとしての言葉ではないし、この行為は財団日本支部としての品格を落とすものです。仲間同士で指摘し合って品格を落とすことはインターセプトしましょう!!
ポジティブな言動や行動を今現在で選択すれば、同様のことが起こってきますし、ネガティブな言動や行動を今現在で選択すれば、同様のことが起こってきます。これは、自然界の“理”そのものです。財団日本支部になったことは、未来における発展と進化を得るためのチャンスを得たようなものです。そのチャンスを自分たちのものにするために、上記の2方法のどちらを選択しますか?
ものごとは、すべて変化していき、変化の中に存在します。ゆえに、JFJKDも変化の中に“無限の可能性(空)”という真理を見出し、変化に自然と適応することで、その存在価値を表現します。
私たちのトレーニング・ウェアの左胸と背中につけているシンボル・マークは単なる飾りではありません。このシンボル・マークの深い意味を現実に体現できてこそ身につけることに価値がでてくるのです。
財団本部と同様の活動を、この日本で共存共栄をしながら、そしてテッド・ウォン師父の教えを心の底から信用して修得していきながら、皆さんが発展していくことを私は強く希望します!!
“Let's be water & Let's walk on together ! !”
Jeet Kune Do JAPAN 日本截拳道継伝曾