か

 

■会話
[同時発声小説/下りてらっしゃい、ワタル。]

「今朝、登校したら、ウサギ小屋の扉が開いていました」
「そう…昨日のウサギ当番はワタル。君だったね」
 ワタルははじかれたように立ち上がった。ランドセルの鈴が床に落ちて派手な音をたてる。
「でも。オレはちゃんと閉めて帰りました。高嶋君もオレといっしょです。な、高嶋」
「はい。いっしょに帰りました」
同時発声01
「ヒロシ。ひとりずつ立って発言すること」  
 D組ののマドンナ・歩ちゃんが手を挙げる。ワタルには充分意外だった。
「先生。私、石田君が小屋の扉を開けているところを見ました」
同時発声02
 蒼い顔で抗弁する石田に対して、教室中から非難の声が集中した。
同時発声03 同時発声04

その頃、JR品川駅中央コンコースでは

同時発声05



 我輩は三文文士阿武隈川大三郎。我輩が今回試みたるは「同時発声小説」。
 元来、小説というものは1次元的な作物である。読者は予め敷かれたレールに従った直線的進行を強いられ、物語表面に浮上した事象なり会話なりを唯一絶対の“小説的現在”として享受しなくてはならない。
 小説とはシーケンシャル(と書生が言っておった)な媒体なのである。
 そこで我輩は、登場人物に同時発言させることで、物語に空間的奥行きと広がりを与えてみた。
 究極のリアリズムを指向する、真に画期的にして冒険的な我輩の試みを心行くまで鑑賞されたい。
 尚、先に書生と書いたが、白状すると隣家の鼻タレ小学生である。現在我輩は“本物”の書生を募集している。大ノーベル文学賞受賞へ我輩と二人三脚で邁進することを切望せる若人よ。奮って志願されたい。
 採用条件:齢二十までの地方男子。米一升持参のこと。
 業務内容:我輩の蒲団上下、鞄持ち、飯炊き、肩および足裏マッサージ、背中掻き、口述筆記。   
 給  与:我輩と寝食を供にしたる思い出。  
 特  典:大ノーベル賞受賞会場同行を許可す。

 

■絵画
[ときどき絵画]
画像に限らず、コンピュータのデータは永久にナマ乾きの油絵みたいなものだ。
決して定着することなく、ちょっと触れれば変貌する。
下の絵画はときどき描かれ、気の向いたときに手が加えられる。
古いデータもレイヤーとして残される。
もし、これをダウンロードして、描き加えて返信してくれる人がいたならば、
その作品も掲載します。

ときどき絵画
Layer-003 2001.01.07  なんと3ヶ月ぶりの加筆。


 過去の作品

 

デルフォィの巫女■絵画
[この次はモア・ヘタよ]
 
  私の絵はヘタである。しかし、それが努力の賜物であるということを忘れないで欲しい。
 幼児にして完成していたイヤ味な私の絵。絵の先生たちを絶望させ、何本の絵筆を折らせたことか。以後ここまで絵をヘタにするための血の滲むような日々。
「晩年になってようやく幼児の絵が描けるようになった」と述懐するピカソと事情は似ている。しかし、まだまだ私自身が望むヘタレベルに達していない。
 今回は、もっとどヘタに。もっと駄作を。と渇望する私の研究レポート。
 左がミケランジェロの名作「デルフォイの巫女」。ほぼ私の幼児期の絵画レベルに等しい。これを様々な技法で模写 しよう。
 条件を「5分以内で描くこと」「上手く描くべく真剣に取り組むこと」と設定して完成させたのが、以下の8点である。
 特筆すべきは6.の肉体的なツラさ。改めて口で描いている方に敬意を表したい。
 そして8.のジャンピング・デッサン。当初の予定ではダイナミックな絵が描けるかと思ったのに、ぜんぜんダメだった。試してごらん。本当になんにも描けないから。
 この項目の絶対的な禁句。「1.もすでに充分ヘタじゃないか」

まだまだよ。
1.右手で描く。 2.左手で描く。 3.右足で描く。 4.左足で描く。
もっとヘタに!
5.暗闇で描く。 6.口にくわえて描く。 7.長さ170cmの棒に筆記具を取り付けて描く。 8.天井に紙を貼り、跳び上がって描く。
 
器用ね原始人
原始人旅行図
(アルタマラ,B.C.20000)

■贋作
[ニセ札]
  原始時代の漫画に登場する巨大な石の貨幣は、それを彫り込んだ労力に対して貨幣的な価値が付与されたものだろう。では、精巧な偽造紙幣にもその労力分の価値を与えよう。
「この1万円札、スカシがイマイチ。でもよくがんばったほうだよ。8,000円ね」

 

 

 

 

 

 

 
子々孫々の手。
カユいところに手が届く。
子々孫々の手。

■痒い
[カイカイカイカンカユイハユカイ]
  敵国に潜入して捉えられ、拷問されそうになったら全身を徹底的にカユくしておこう。
「もっともっと」と快感に身をよじって、責苦もMモードで耐えられる。 カユさって不思議だ。身体のどこでも意識を集中させ試しに掻いてみると、そこが「カユい」と感じられるだろう。
  カユみは全身に遍在する。 痛点・圧点・温点・冷点はあっても痒点というのが存在しない。 ウマ味が甘味・辛味・苦味・酸味の複合感覚であるように、様々な感覚を総合して、皮膚感覚のウマ味が醸し出されたらそれがカユみなのではあるまいか。 時に人間はカユい箇所を掻き潰し、組織破壊という信じられぬ暴挙に出る。 カユみは掻く快感=エロスと破壊衝動=タナトスの融合した、アンビバレントで繊細で高級な感覚だ。
  蚊はけっこう懸命で感心する。刺しっぱなしにせずに、止血してくれるし、症状をせいぜいカユみ止まりにした。 あの個体数でハチ並みに痛かったら、人間は真剣に蚊の絶滅を考えたことだろう。 身体のストレスや不調が痛みへと発展する前に、緩衝材としてカユみがあるのなら、カユみにもっと感謝し、もっとカユさと仲良くしよう。 ボリボリボリボリあの至福の時間と。

 

 

■漢字
[画数最少最多の漢字を作ってみた]
 日本最大の漢和辞典「大漢和辞典」(大修館書店)で画数最多の漢字はa. の文字。
 こらこら中国人!同じ文字を重ねただけじゃないか。そんなんだったらb. でどうだ。c. もあるぞ。画数多いぞ。
 別に画数競っているわけじゃ…という中国人の当惑を無視し、私は手を抜かずに画数最少と最多の文字を作ってみた。
 d. の反漢字は書くことによってその部分の紙、周囲の文字、あるいは周囲の空間が消滅する反物質漢字。消す文字数によって画数は-1にも-40にもなる。
 e. 空欄を表すスペースにもコードが当てられるデジタル文字時代には空位 を主張する空無の漢字。真空は無ではなく励起されていない「場」である、という意を表す。
 g. 全体を「やまいだれ」が覆っているのがペシミスティックだけど。
 h. すべての漢字を封入した究極の漢字はおそらく人間の営みをあまねく含むであろう。漢字はいつしか半導体チップの様相を呈する。
 どんな漢字でも、あるときに「『命』と書いて『いのち』と読もう!」と言い出す人がいるから生まれる。 きっと中には誕生以来1〜2回しか使われたことのない不遇な漢字もあることだろう。 2,000年もたてばこれらの文字だって。 漢和辞典編纂予定の人、よろしく。

 

てつ うるさい! だめだこりゃ びっぐばんのまえ
a.【てつ・てち】 多言。 64画

b.【うるさすぎ】
おまえのお喋りに発狂寸前。
256画

c.【もーだめ】
鬱の極み・死に至る病。
116画
d.【びっぐばんのまえ】
反物質・反漢字。
-1画
無 あまぞん 大都市 人類
e.【げんしょのばそのもの】
空無・虚無・非漢字。
0画
f.【あまぞん】
アマゾン流域。
77画

g.【めがろぽりす】
巨大都市。
90画

 

h.【ひゅーまんびーいんぐ】
漢字のすべて・人間の営みすべて。 445,995画

 

■漢字
[画数最大の漢字を作ってみた2]
 世界のあらゆる文字を収録ちゃおうという計画 『TRON』http://www2.tron.org/で見つけた『最多画数の漢字』はコードナンバー[3-7D6B]の[a]。
 意味は調査中だけど、これは文字というより文章・絵画じゃないのか中国人。
 雲間を龍が乱舞して、なかなか壮大けっこう雄大。作成した中国人もその造形を楽しんでいるに違いない。  こういう漢字を教育漢字に導入して小学生に憶えさせたら、学問という深遠な世界に対する姿勢も自ずと変ってくることだろう。
 この字を目撃して黙っている『発想の事典』ではな〜い。
 宇宙を取り巻く雲海から降り注ぐドラゴン・シャワー。[龍雨]の[b]。
 龍はそもそも水と密接な関係を持ち、降雨をもたらす存在だった。たまには龍自身が降ればいい。
 天と地を結ぶヘルメス的な幻獣でもある龍。万物を生成する五大(空・風・地・火・水)に天地、あの世=冥界を天衣無縫に群舞する龍たち。
 龍がそちこちあまねく棲んでいる私たちの世界は「ドラゴン・ワールド」[c]。
 龍脈、龍巻、誰も見たことがないのに誰もが知っている、畏怖すべき動物。
 イメージで負けたかも知れない。でもだがしかし、画数じゃ負けねえ。
 かかって来い。次週を待て。

 

おとど
ざーざー
竜がいっぱい

a.【おとど、たいと、だいと】
雲呑=ワンタン。すごい。
84画

b.【どしゃどしゃぶりぶり】
火の玉地球を冷やして生命誕生。
312画

 

c.【どらごんわーるど】
あなたの隣にきっといる。
175画
 
絶滅種
絶滅種キンジロー。

■学校
[学級崩壊には学級解体徒弟制度を理論]
 学級崩壊。いいじゃない。いっそのこと学級解体して師弟制を導入しよう。   田舎の分校とか海外の山村の授業風景は、低学年から高学年までが仲良く机を並べて一人の教師が教えている。教師はそれぞれの進度に合わせたカリキュラムを作成しているのだろう。
 新制度ではその光景にヒントを得て、小学校6年間、中学校3年間計9年をひとつにして9年制義務教育とし、さらに4年間離れた学年を統合して1学年とする。  小学校1年生と4歳年長の5年生をペアにしてクラス編成するのである。
 1年生と5年生は1対1あるいは多対多で師弟関係を結び、師匠である年長者が勉強・生活・道徳・社会規範全般 を弟子=年少者に教育していくという内部完結した制度だ。
 同様に2年(小2)と6年(小6)、3年(小3)と7年(中1)、4年(小4)と8年(中2)、それぞれ4歳ずつ違う学年をペアにする。4年生は5年生になったときに弟子として新1年生を迎え、自然に意識改革を果 たす。弟子と別れてフリーとなった9年生は高校受験・就職活動に専念する。4年間も世話になった弟子はすっかり意気投合した9年生をいろいろな面 でサポートすることだろう。
 4年も離れているから授業はむしろ明確に分離しやすい。 弟子は傍らで進む師匠の難しい授業に畏敬の念と学問の深遠さを覚える。疑問点は自分の師匠に質問して解消すればよい。
 年長者には、隣の席にいる4年下の弟子に範を示すべく自然に責任感とリーダーシップが生まれる。年少者の質問に答えることで4年前の復習をしながら、しっかりと基礎固めができる。
 教師はその師弟関係を見守り、補助するという立場に徹する。
 この制度、問題があるとすれば、師弟いずれかの転校だろう。他のグループに統合すると順調だった師弟関係が崩れるかも知れない。なるべくなら転校は師弟関係の入れ代わる4学年が望ましいところだ。
 年長者が悪事を年少者に教える。というようなことを恐れるならば、現行のクラブ活動や部活も禁止しなくてはならない。責任感とリーダーシップの芽生え。そちらに期待したい。
 ますます進む少子化傾向で失われる「兄弟」という関係が、この制度で擬似的ながら維持されることの意義は大きい。 この制度、名付けて「V6型学年編成法」(byジャニーズ)。