「ねー、士郎、麻雀やろうよー」

 それは、何気ない藤ねえの一言から始まった。
 言った本人にしてみれば、他愛もないリクリエーションのひとつ。もしかしたら剣ではどうしても勝てないセイバーに一泡吹かせてやるくらいのことは考えていたかもしれない。
 しかし、それにしたって、まさかこんなことになるとは考えていなかったに違いない。
 今までに見たことのない形相で牌を積もる遠坂。
 一打ごとの気合がまるで違う藤ねえ。
 怒涛の攻めを見せるセイバー。
 そして、それを柳のごとく流し、自らの道を守り通す桜。

 衛宮家の茶の間で、四人の雀士が闘っていた。
 ――後にこの様子を見ていたイリヤが、「聖牌戦争」と名づける戦いを俺は固唾を呑んで見守っていた。


Fate/stay night another story ――聖牌戦争――

霧越カズト



「ほら、これでセイバーちゃんはあがれるの」
 藤ねえが倒されているセイバーの牌を指差しながら言う。
「ふむ……、これはなんという役なのですか、タイガ?」
 セイバーが指南役の藤ねえにたずねる。
「ちっ、タンヤオ三色平和イーペーコーでマンガンね」
 ……人に物を教えるときは舌打ちしながらじゃないほうがいいと思うぞ、藤ねえ。
「さすがセイバー、引きがいいわね」
 遠坂が感心したように言う。まぁ、確かにセイバーの幸運があれば必要牌を引いてくるのは当然だろう。
「本当に。私なんてただ座ってるだけですよ」
 桜のその言葉にもいやみな感じは全く含まれていない。
 みんな、一生懸命にものを覚えようというセイバーの姿がほほえましいというか、ほわっとした気持ちで彼女を見ているのだ。
 だから、今日はセイバーが勝つ日。

 だが、それも長くは続かない……。
 それは、些細な言い争いだった。
「明日は私が食べたいものを作ってくれるはずです」
 いつの間にか麻雀が食べ物の話に。
「違うもんっ! 明日はお姉さんが食べたいあっさり和食のはずだもんっ!」
「……明日は私が中華で士郎にぎゃふんと言わせる日のはずなんだけど?」
「先輩は私が食べますっ!」
 ……桜のはちょっと違うと思いながら、俺はただただ黙って座っているしかない。
 誰がどんなご飯を作ろうと、別にいいんじゃないのか? と思うんだが、ここ衛宮家ではそうは行かないらしい。
 この家で最も重要なものは食事であり、その一点においてこの家が守られているといっても過言ではない。
 もし、食事をおろそかにしたならば、金の獣は暴れ狂い、赤いあくまはその残虐な笑みを子羊に向け、冬木の虎は破壊の限りを尽くし、後輩は地味に俺を苦しめてくるだろう。
 だからこそ、今日のような諍いは非常に多い。
 誰が誰のおやつを食べただとか言うことから、誰のご飯が一番美味しいだとか、そんな重要なような重要じゃないようなことまでが争いの種になる。
 普段は、結局何でも食べられれば幸せという結末に落ち悔いたりするのだが、今日は違った。
「それじゃあ、麻雀で勝負よ」
 虎が言い放つ。
「望むところです」
 それを受けて立つ赤いあくま。
「――私は負けるわけには行きません」
 やはり勝負といっては黙ってられない騎士王。
「先輩は私のものです」
 だから桜、それは違うぞ。
「じゃあ、勝負は一週間後。場所はここ、衛宮邸茶の間でいいわね? もちろん面子はこの四人」
 もはや、原因たる明日のご飯なんかは忘れられてる。
 まぁ、とにかくこうして第一次聖牌戦争は開戦することになった……。

 ちなみに、次の日の夕食はイリヤのリクエストでハンバーグになった。


「遅い」
 遠坂が呟く。
 あれから一週間、すでに約束の時間は過ぎている。
 藤ねえの宣戦布告から毎日、セイバーは部屋にこもって麻雀の本を読み漁っていた。
 ――ちなみにその本の入手先は藤村組だったりする。
 戦場となる衛宮家の茶の間には、セイバー以外の面子――藤ねえ、遠坂、桜はそろっている。ギャラリー兼審判員として俺とイリヤ、という顔ぶれだ。
「本当に遅いわね……」
 藤ねえが時計を見る。約束の刻限を十分以上過ぎている。
 同じ家の中なのだから、誰か呼びに行けば良さそうなものだが、誰もここを動こうとしない。
 いや、動けない。
 ここは戦場。
 不用意に動くことはすなわち死を意味する。
 それはギャラリーとて同じこと。それほどまでの緊張感がこの場を支配していた。
「――セイバーさん、先輩のことあきらめたんですかね?」
 桜が首をかしげる。
「まぁ、ライバルが一人減るのは良いことね。一日士郎支配権を手に入れるのはこの中の三人ということ」
「士郎ちゃんは私のものなんだからねっ」
 ……話がだんだんと変わっている。というより、いつの間に賞品になってるんだ、俺?

「――お待たせしました」
 喧騒の向こうで障子が開き、そこからセイバーが入ってきた。
 ……おかしい。
 いつもは背筋をピシッと伸ばして歩く彼女が、今はうつむき加減に歩いている。
 立っているはずのアンテナが、額にかかっている。
 そして何よりも、纏っているオーラが違う。騎士王のそれとは全く違う。
「遅いじゃないの」
 遠坂が言う。
「――時の刻みは私を縛らない」
 セイバーが言い返す。
 遠坂だけでなく、その場の全員がセイバーの言葉に驚きの表情を浮かべる。
 普段の彼女からは信じられない言動。彼女にいったい何があったのか?
「ふんっ、いいわ。とにかく勝負を始めましょう」
 四人が卓を囲む。
 ちなみに席順と一局目の風は
 東 桜
 南 藤ねえ
 西 セイバー
 北 遠坂
 と決まった。
「――振ります」
 二つのダイスが卓の上を転がる。

 ――今ここに、第一次聖牌戦争が勃発した。

 第一局、まずは桜の打牌はオタ風の南。
 藤ねえの捨て牌も普通に九萬。
 しかし、それに対するセイバーの動きが普通じゃなかった。
「――ポン」
 呆気にとられる一同。
「セイバーちゃん、正気?」
 鳴かれた藤ねえがたずねる。
「ええ」
 右ひじを卓についたまま、セイバーは応える。
 ……あれ、どこかで見たことあるような……。
 セイバーの捨て牌は一索。
 遠坂もオタ風を捨てて、何とか一巡終了。
 そこから、数巡は何事も無くまわる。
 捨て牌を見ると、どうやら藤ねえは染め手、桜、遠坂はタンピン、セイバーは――
「――ポン」
 今度は桜の九索をポン。
 これでセイバーは萬子と索子の九をさらしていることになる。
 俺は彼女の後ろに回り、その手配を覗き込む。
 ――そう、くるのか。
 セイバーのあまりの打ち方に、俺は言葉が出ない。
「うっ……」
 次の牌を積った遠坂が顔をゆがめる。
「まさかこんなふうになるなんて……、きれないじゃない、これ」
 でも、だの、やっぱり、だとか、ぶつぶつと呟く。
「――時の刻みはあなたのものじゃない、凛」
 場の温度が下がる。
「――セイバー、あなた……」
 呆然としながらも、遠坂は六筒を切った。
 トイトイの可能性はあるが、それでもドラさえなければ高くはない。
 六筒なら、チャンタもつかない。
 それが、九筒か六筒を捨てなければならなくなった遠坂の判断だった。
「――ロン」
 しかし、セイバーは無常に告げる。
「三色同刻ドラ2、マンガンです」
「なっ」
 驚異的な鳴きだった。
 しぶしぶ点棒をセイバーに渡す遠坂。
 そして次の局の親は藤ねえ。ドラは三筒。
 今度の局は、序盤静かに過ぎた。
 六巡目が終わる頃、セイバーが動いた。
「――カン」
 桜が切った三萬をカン。カンドラは五萬。
「……仕方ないわね」
 1・2・3の三色を狙っていた遠坂だが、三萬が無くなったのを見て二萬を切る。
「――カン」
 もう一度、セイバーが鳴く。
 その右手が翔けた。
 赤い閃光。
「――竜……」
 藤ねえがおどろきに目を見開いている。
「ツモ」
 セイバーがリンシャン牌でツモ上がる。
「――ホンイツリンシャンドラ四。跳ねマン」
 それは、約束された勝利のツモ(エクスカリバー)。
 もう、見間違えるはずもない。
 その驚異の牌を引き寄せる能力、彼女は、竜だ。
「哭きの竜……」
 藤ねえが呟く。
 その名を聞いて、セイバーはにやりと笑った。

 が、やはり本物の竜とは違うのか、そのあとの親番はさくっと遠坂に流され、今はその遠坂が連荘を続けている。
 竜ショックからだいぶ調子を取り戻したのか、見事なまでにミスのないうち回しで確実に上がっている。
「これくらい、当然よ」
 また、あがる。一つ一つはマンガンまで届いたりはしないが、これだけあがり続ければ相当点数は楽になってきたはずだ。
 このミスのない麻雀というのが遠坂の持ち味なのだろう。
 どんな誘惑にも負けない強い意志。絶対にあがる、という意思がそこには見えた。

 しかし――
「それロンっ。リーチ純チャン三色……やった、裏ドラ二つっ」
 それを止めるものが現れた。それは藤ねえ。
 しかも、倍マンを遠坂から直。
「くっ、聴牌してなければそんなのきらないのにっ」
 ちなみに遠坂は面ホンピンフイーペーコー。こちらはマンガン。
 しかし、このあがりで状況はどんどんと混沌としてきた。

 次の南一局、一度の流局のあと遠坂が安くあがる。
 が、そこからの展開が凄かった。
 親の藤ねえが遠坂とセイバーから跳ねマンをあがり、らくらくトップになるかと思いきや、それをセイバーが見事な哭きを見せ阻止。結局倍マンを藤ねえから取り返し親番を迎える。そこでセイバーが竜の本気を見せ、瞬く間にトップへと躍り出た。しかし、遠坂がそれを許さなかった。まさに正道というべき打ち筋で、竜を押しとどめることに成功。

 そして、ついにオーラス。
 点棒状況は、ほぼ横一線。あまりあがれていない桜が少し遅れをとっているといったところ。
 それにしても、差は三千点も無い。
 誰かがマンガン以上あがれば、西入することなく終了する。5200ではだめ、敵に止めを刺すことができないという状況。

 配牌が終了、ドラ表示牌は2萬。
 ここに、最後の戦闘が幕を開ける。

 パシィィ。

 藤ねえの打牌。
 澄み切った音を立てる。

「カン」
 卓上を竜が踊る。
 セイバー、3筒をカン。

 遠坂は着々と手を進めていく。どうやらドラ含みを考えた染め手に向かっているらしい。
 桜は――どうやら彼女はここで戦線離脱のようだ。手牌の中にくず牌が多すぎる。しかし、国士無双にいけるほどの多さじゃない。

 場は刻々と進んでいく。
「凄いね、シロウ」
 いつの間にか俺の膝の上に座っているイリヤが呟いた。
 彼女は恐れ、慄いている。
 俺も同様だった。
 卓を囲む面子が発する、鬼気迫るオーラ。それは常人にはたどり着けない境地。
 聖なる「牌」を持ち争う、今まさに聖牌戦争の終劇がここに――

「うっ」
 遠坂がうなる。
 よっぽど悪い牌でも引いたのかと思えば、引いたのはどうやら5萬。先ほどみた感じだと、それが手の中にはいって聴牌だと思うのだが――
 ――ん?
 何かがおかしい。
 ものすごく違和感を感じる。
 絶対に必要な何かがないような。そんな違和感。
 ……い〜ち、に〜い……やはり、そうだった。
 今、遠坂には13枚しか牌がない。今積ってきた牌を含めて13枚だ。
 麻雀は、13枚手牌がなければいけない。積ってきたら、14枚になる。それで役ができていれば、上がり。
 つまるところ、遠坂は少牌していた……。
 バップを払う必要はないが、もちろんあがることはできない。
 ――赤いあくまこと遠坂凛、敗北決定。
 肝心なところでミスをするという彼女の性質が招いた敗北だった。

 これでトップ争いはほぼ二人に絞られたことになる。
 現在二つカンしているセイバーと、着々と面前で染め手を進行させている藤ねえ。
 その藤ねえが牌を積る。
 その瞬間、彼女は勝利の笑みを浮かべた。
 どうやら聴牌したらしい。
 しかし、リーチはかけない。全く点差がないこの状況を考えれば当然だ。
 が、それは裏を返せば、リーチをかけなくてもあがればマンガン以上ということだ。
 俺とイリヤは後ろから藤ねえの手牌を覗いた。
 面ホン・南ドラ1。
 確かにマンガンは越える。しかも待ちがノベ単が重なった3−6−9萬の三つ。3が出れば高めで、面ホン南ドラドラ、跳ねる。

「カン」
 その藤ねえが捨てた5索をセイバーが哭く。
 赤い竜がカンドラを返す。
「うそっ」
 遠坂がその牌を見て驚愕する。
「――やるわね、セイバーちゃん」
 藤ねえは、好敵手ここにあり、という笑みを浮かべる。
 ドラ表示牌は2筒。そしてセイバーがはじめにないたのは3筒。
 つまり、今セイバーは3カンツドラ4を完成させたことになる。こちらは跳ねマン確定。
 ちなみにセイバーの手牌は……
「う……」
 なんと、3萬単騎待ち。
 藤ねえもセイバーも、退けない状況になってきた。

 ちなみに、退いてる二人は……
 遠坂はうつろな目で淡々とツモと打牌を繰り返している。ただ、明らかに萬子で染めている藤ねえがはっている状況が見えているので、無駄に危険な萬子を切らないのはさすがだ。
 桜は――もはや、あがろうという可能性が全く見えない。
 唯一見えるのは3萬二枚。しかし、ドラが二枚あってもあがれる要素が全くない――って。
 セイバーが待っているのは3萬単騎、藤ねえは3−6−9だが、すでに9萬は遠坂が三枚持っていてさらに河に一枚、さらに6萬はセイバーが暗刻で持っている。
 結局のところ、セイバーも藤ねえも今の待ちではあがれない、ということだ。
 それを確認したとたん、俺は気が抜けてしまった。
 これだけ張り詰めた場でも、結局誰も上がれない、ということがあるのだ。
 いや、彼女達が死力を尽くして闘ったからこそ、今の状況があるということだろうか。

 当然のように、セイバーも藤ねえも待ちを変えず、聴牌で終了。
 遠坂は、少牌のためノー聴。結局手が育たなかった桜もノー聴。
 西入でもう一度――と誰もが思ったそのとき、意外な人物が意外なことを言った。
「――私の勝ちですね」
 満面の笑みでそう告げたのは、桜だった。
「どうして? あなたは聴牌すらしたいなかったじゃないっ!」
 遠坂が叫ぶ。
「いくら手が育たなかったからって、そういう負け惜しみはいけないとお姉さん思うの」
 藤ねえが諭す。
「サクラ、そんなことを言うのはあなたらしくない」
 セイバーが言う。
 が、それに気がついたのはイリヤだった。
「――違う、サクラの勝ちだ」
 セイバー、藤ねえ、遠坂の目がイリヤを向く。
 俺は、卓上の桜の牌を確認する。
 ノー聴なので、手牌は伏せられている。
 もしかしたら――
 ひとつの考えが浮かんだ。
 ――やけに多かった端牌と字牌。
 ――全く育っていかなかった手。
「やっぱり……マンガン、完成してる」
 見事だった。
「士郎まで! 嘘つかないで! 桜ちゃんは聴牌すらしてないのよ、それで私に勝てるはずないじゃない!」
「そのとおりだ、藤ねえ。桜は聴牌していないが、マンガンをあがっている――流しマンガンを」
 はっと気がつく一同。
 そう、桜がこの局で河に捨てたのは、すべて1,9と字牌。
 しかも、一度もなかれていない。
 流しマンガン、完成だった。
「うそっ、うそうそ。そんなのできるはずないもんっ」
 藤ねえ、幼児化。
「できてしまいました」
 桜、ぺろっと小さく舌を出す。
「があああぁぁぁ、おねーさん負けちゃったー」
 そして、藤ねえが崩壊し、聖牌戦争は終結した。

「それにしても、流しマンガンなんて地味ですね、サクラ」
「本当に、だからあなたは地味だって言われるのよ」
「姉さんもセイバーさんもひどいですっ! 胸はお二人のほうがものすごく地味じゃないですかっ」
「な、妹でも言って良いことと悪いことがあるわよ」
「ただ無駄に大きいだけではないですか。それに、世の中には小さいほうが好きな人も――」
「先輩は絶対大きいほうが好きです。だって、この前わたしの胸をじっと見てたものっ」
「それは何かの間違いです。シロウに限ってそんなことは」
「とにかく、わたしは認めないわ! 勝つのはわたし、遠坂凛よっ!」

「ねー、シロウ、わたし今日はグラタンがいいなー」
「よし、それじゃあ今日の夕食はグラタンにしよう。他にも食べたいものがあったら何でも作るからな、イリヤ」
「えへへー、だからわたしシロウ大好きだよー」
 というわけで、今回の勝者は見事に優勝者から勝利をもぎ取っていったイリヤということで。

"The first holy tile war"is over.


あとがき
セイバーといえばアーサー王、アーサー王といえば竜、竜といえば哭きの竜。
ということで麻雀です。非常に強引です。
自分はあまり強くないですが、麻雀はかなり嫌いじゃないです。
流しマンガン、ラスツモまで行ったことは数回ありますが、結局最後に差し込まれたりしてあがれてません。
……ちなみに大きくても小さくても好きです。