二次創作系レジュメ「ある閉ざされたマスターの部屋で」
プロローグ
「んー、今日も遅いし、もうそろそろ寝るか」
布団を敷いて寝ようとする僕をセリオが止める。
「お待ちください、マスター。明日の会合のレジュメがまだ出来ていないようですが――」
「なにっ、そんなの書けるかー! 大体、いまさら東野の何を解説しろと言うんだ? そんなのわかってる人たちばっかりだぞ。
オフィシャル(http://www.keigo-book.com/)がしっかりしてるから、作品リストも略歴も書く必要ないし、『ある閉ざされた雪の山荘で』の内容についてなんて今から書けるわけもないし。というわけで、やめだ。寝る」
かまわず寝ようとする。が、
「そんな事を言わずに、何とかするべきです。マスターの東野圭吾好きは広く知られてしまっています。そんなマスターが『ある閉ざされた雪の山荘で』という東野圭吾の代表作について何も書かないのはよろしくないと思われます」
ぬぅ、確かにセリオの言う事ももっともだ。
「しかしなぁ、作品解説なんてやるひま無いぞ。いったいどうしようか」
「そうですね……。マスターが自分のサイトでいつもやってるように、問題をすりかえていったらいかがでしょうか?」
「問題をすりかえる?」
「はい。東野圭吾を語ってると見せかけて、実はミステリなんかを語ってしまえばいいのです。どうせいつもやっている事なら調べものなどをしなくても出来るでしょうから、時間もさほどかからないと思われます」
「そうか。さすがセリオ、良い事言うね。それじゃ、ご褒美――」
頭をなでりなでり。
「あっ、マスター……」
本文
「それじゃ、まずは何処からはじめようか」
「はい。いくら問題をすりかえるとしても、はじめは課題本である『ある閉ざされた雪の山荘で』の簡単な紹介からはじめるのがよろしいかと思われます」
「そうか――、『ある閉ざされた雪の山荘で』は1992年の作品だったね」
「そのとおりです。この年は、二階堂黎人大先生様が『地獄の奇術師』でデビューなされた記念すべき年ですね」
「他には加納朋子もデビューしてたな……。我孫子武丸の『殺戮に至る病』もこの年か」
「『哲学者の密室(笠井潔)』も忘れてはいけません。1987年の綾辻行人の『十角館の殺人』から始まった新本格ムーブメントの転換期といえる年だと思います」
「そんな時代の中で発表されたのが、この『ある閉ざされた雪の山荘で』というわけか」
「山荘の中という閉鎖空間に閉じ込められた劇団員、文庫の解説で触れられているとおり『霧越邸殺人事件(綾辻行人)』を思い出させるものです」
「まぁそのとおりなんだけど、その閉鎖状況の作り方が秀逸だね」
「ええ、そうですねマスター。実際に閉じ込められているというのではなく、自分達から出て行けないように仕向けるという設定。そして、それはただ警察の介入を防いで昔ながらの本格推理小説をするためではなく、三重にもなっている事件を作り出すためだったという。本当に素晴らしいですね」
「そして、やっぱり終わり方が良いんだよね。To Heartのセリオエンディングくらい感動したよ」
「……マスター、To Heartには私のエンディングは無いのですが……。
それは別にしても、小説としてもきれいに纏まっていますね。某00密室のように無理矢理ハッピーエンドにしたというのとは違いますね」
「このラストの綺麗さというのが東野圭吾の特徴のひとつなんじゃないのかな」
「そうかもしれませんね。最新作の『レイクサイド』のラストもとてもきれいでしたね。『放課後』をはじめとする青春ミステリがきれいにまとめられていたりしているのはわかるのですが、『悪意』などそれとは違った毛色のもののラストも素晴らしいですね。
ちなみに、私個人的には『眠りの森』のラストが好きです」
「確かに加賀刑事の最後のセリフはこれ以上は無いっていう位に決まりすぎだね」
「そんな、マスターが私に言ってくださった言葉に比べれば……」
「…………。ま、まぁ、それは置いておいて、予定通り『東野圭吾とミステリ』という題でちょっと語ろうか」
「そうですね、まだ本題にも入っていないのに原稿用紙で六枚近く書いています」
「じゃあ早速行こうか。まず、本格ミステリに必要なものは何か? ということからはじめたいんだけど、いいかな?」
「マスター、そういうことをすると『本格とは?』というきわめて根源的で厄介な問題をまず解決しなくてはいけなくなります。そちらのほうはどうするのですか?」
「無視する」
「……。それでよろしいのでしょうか?」
「仕方がない、一応定義だけ決めておくか。
『謎(多くの場合は殺人などの犯罪行為)を解き明かす小説で下の条件を満たす。
1)謎を解き明かす鍵は文章中においてもらす事無く与えられる。
2)文章中に虚偽の記述があってはならない。
この二つでどうかな?」
「探偵が出なくてはいけない、というのは無いのですね」
「ああ。いまどき名探偵なんてモノを無条件で喜んでいるやつに良いミステリなんて無いからな。
それじゃあ、本格ミステリに必要なものは? というと、フーダニット・ハウダニット・ホワイダニット、この三つだと思う」
「あら、以外に普通な事を言うのですね。マスターの趣味からして、もっと変な事を言うと思いましたが」
「否、十分普通じゃないぞ。フーダニット、ハウダニットはいいとしても、ホワイダニットを軽視している作家は多いからな」
「そういえば、大先生なんかは『小説の依頼を受けたから作品で人を殺した』なんて事をその作品内で堂々とおっしゃりますからね」
「けれど、この三つの全てでサプライズを味あわせるのが本当の良作というものだと思うんだ。まず、ハウダニット――奇想天外な方法で行われた事件に驚き、フーダニット――意外な犯人で驚愕し、ホワイダニット――思いもよらない動機で自分の価値観が突き崩されていくのを味わう。例えば『Yの悲劇(エラリー・クイーン)』なんかはそういうことが出来るんじゃないかな」
「けれど、ミステリでホワイダニットをきちんと描くのは難しいのではないでしょうか? 動機を書くとなると、やはり人間の心理描写が重要となります。しかも犯人となる人物の心理描写が。しかし、それを書いてしまってはフーダニットが成立しなくなってしまいます。そこはどうなるのでしょうか?」
「ああ、ちょっと言葉が過ぎたかな。この三つについてはこの通り厳密に用いなくてもいいと思ってる。例えば『ある閉ざされた雪の山荘で』だと、意外な犯人というよりも意外な観察者というほうにフーダニットの重心は置かれてるだろ? ホワイダニットは言わずもがな。どうやって麻倉雅美をだましたか、というところになるだろうし。ホワイダニット――どうしてこの『閉ざされた山荘』でなくてはいけなかったのか? というのもきれいに説明されてるだろ?」
「そこまで拡大して解釈するのなら一応納得できますね」
「フーダニットは犯人を当てるものだとか、ホワイダニットは事件の動機に限るとか、そんな事を言う重力にとらわれたものとは違うんだよ」
「……マスターはスペースノイドですか?
それでは、はじめの定義とその三つを満たせば本格ミステリといえるのですね?」
「まぁ、そうなんだけど、ここでひとつ重要な事がある」
「いったいなんですか?」
「『本格ミステリ』は『小説』だということだ」
「?? 何をいまさら当然のことを言うのですか? そんな事当たり前の事ではないですか?」
「否、新本格ではそうでも無いんだよ。どうやら『小説としての出来よりもミステリの謎部分に重点をおく』という風潮があるようでね……」
「確かにそういったことはいろいろなところで見ますね」
「そうなんだよね……。
ミステリというのはあくまで小説という集合の部分集合でしかないんだ。例えば、可換律を満たしてるからといってそれが可換群になるとは限らない。群としての定義を満たさなくっちゃまったく話にならないのが普通だよね。音楽なんかでも最低曲の形を成してないものは相手にもされない。……まぁ、たまに実験的な作品でわざとそういうのを壊してくるのもあるけどね。小説だって同様に小説としての形になっていなくちゃいけない。けれど、最近のミステリでは小説としての出来は二の次といったことになってる。本末転倒だよ」
「絵画展に下絵のみの作品を出品するようなものでしょうか? 例えデッサンなどは素晴らしかったとしても、まだ形になっていない絵――。確かにそういったものを高く評価する事はできませんね。
それで、マスターは何が言いたいのですか? 東野圭吾からはだいぶ離れてしまっているようですが……」
「ふふふ、甘いなセリオ。ここで東野に戻って来るんだよ。東野こそ、その『小説がきちんとかけてる作家』だと思うんだ。
本格ミステリだけでなく『パラレルワールド・ラブストーリー』や『宿命』『変身』のようにミステリ色の薄いものから、『虹を操る少年』のようにミステリがほとんど無いものまできちんと書けているのがその証拠だよ」
「そうですね。『秘密』が映画化されたのだって、小説そのものが素晴らしかったからでしょうし」
「逆にいうとね、それくらいの技量がなくっちゃ本当に良い本格ミステリなんて書けないと思うんだ。だって、普通の小説ならば簡単に書いてしまえることを隠した上で、小説として良質のものを目指すというんだからね」
「マスターの言う事を聞くと、ミステリは普通の小説よりも上位の存在のように聞こえますけれど……」
「決してそういうわけじゃないんだけどね。ただ、ミステリといえども小説には変わりないんだから、小説として最低限の完成度は目指そうね、ということ。そして、ミステリ部分も手抜かり無く、ということさ。両方がそろって初めて『至高の本格推理小説』といえると思うんだ。綺麗な外見と最高の性能――そして、それに隠された心の全てがあって、初めてセリオになるのと一緒だよ」
「そ、そんな、マスター……」
「ん、どうしたセリオ?」
そして、夜は更けていった。
終わり