第4章 結末

――「このまま、何もいわないで別れようと思ったけど、仕方がない。……蒼兄さん、やっぱり、全部あなたのしたことだったんですね」


「――ああ、それでは私はどうしたらよろしいのでしょうか?」
 舞台の上は、演劇部の卒業公演が進行していた。練習のときと同じ紅音の声。あの時と違うのは、その向かいに立つ人間の姿だった。
「お姉さま、あなたは私の思いを分かってくださらないのですか?」
 その悲しみの叫びは、蒼美のものだった。
 演技する姉妹。
 その姿は、本物であると同時に、偽物でもある。二人の間にあるのは、偽りの関係であり、真実よりも強い絆。
 架空であり現実。
 祐巳は、昨日静に教えてもらったある小説の事を思い出していた。
 強烈な、反世界。
 象徴は反転し、世界はイメージとなり、幻影が実態を持つ。
 ほんの少しだけ読んだその本の表紙では、青い、薔薇の頭を持つ行者が、琵琶を弾いていた。
 その小説は――虚無への供物――……。
 妖かしと密室と悲劇と漆黒と論理と――静は、受け売りだけどね、と前置きしながらも、あらゆる賛辞の言葉を尽くしていた。
 そう、悲劇――ヒヌマ・マーダーズ。
 昨日、祐巳とともに静の話を聞いていた聖は、すぐに紅音と話をした。しかし、結局誰も問い詰められたりすることなく、こうして劇は進んでいる。
 誰が犯人――rosa―nihilなのかは、昨日静の話を聞いた時点で察しがついていた。
 しかし、それがわかったからといって、どうすればよいのだろうか? 祐巳にはそれが分からなかった。彼女を問い詰めれば、それで事は済むのだろうか?
 祐巳がとった行動は、何もしない、だった。彼女には、全てを祥子や蓉子、聖に任せるしかできなかった。お姉さまたちなら、きっと良い方向に事を納めてくれる。そう甘い期待しかなかった。
「もう、私にはこうするしかないのでしょうか?」
 祐巳が物思いにふけっている間にも、劇は続いていた。
 姉が妹をナイフで刺すシーン。
 紅音が、ナイフを構える。一歩、一歩、ゆっくりと蒼美に近寄る。
 あと少し、もう少しで、銀の刃が蒼美に触れる。
 蒼美は、柔らかな、満ち足りた笑顔だった。
 紅音がナイフを床に落とす。
 彼女は、泣いていた。涙が、あふれていた。
 涙、あふれるままに蒼美を抱いていた。
 蒼美は、一瞬の驚愕の表情の後、紅音の身体に腕を回した。
 そしてゆっくりと、カーテン・フォール。
「――……ごめんなさい」
 蒼美が、呟く。その声は、紅音にだけ聞こえていた。
「私、お姉さまと離れられなかった。遠く離れてしまうのが怖かった。お姉さまの中で私が薄くなってしまうのが怖かった。だから……」
「――何を言うのよ。こんなことしなくたって……、私が、あなたを忘れられるはずがないじゃない。私の、大切な、大切な、何よりも大切な妹を……」
 紅音の囁きは、蒼美だけのものだった。
 二人の足元では、銀色のナイフが鈍い光を放って、床に突き刺さっていた。

"Blue is Blue is Blue."is over.

引用 「虚無への供物(中井英夫)」/講談社文庫

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