「火刑法廷(ジョン・ディクスン・カー)」(THE BURNING COURT  1937)

登場人物
マイルズ・デスパード        デスパード荘の元主人。故人。
マーク・デスパード         デスパード荘の当主。
ルーシー・デスパード        マークの妻。
イーディス・デスパード       マークの妹。
オグデン・デスパード        マークの弟。
ヘンダーソン老人          デスパード荘の使用人。
ヘンダーソン婦人          ヘンダーソンの妻。
コーベット嬢(ジャネット・ホワイト) マイルズ付きの看護婦
エドワード・スティーブンス     出版社の編集者。
マリー・スティーブンス       エドワードの妻。
パーティントン博士         マークの友人。
ブレナン警部            フィラデルフィア警察勤務。
ゴーダン・クロス          犯罪研究家。

作品解説

この作品は解説にもあるとおり「ルービンの壺」にたとえられます。つまり、ラストの第五部、エピローグの前とあとでは、事件の真相がまったく変わってしまっています。しかし、そのどちらが正しくて、どちらが間違っているかは判断できません。どちらにでも読むことができるということです。
それでは、まずは、「エピローグ前」のほうから。
マーク・デスパードとコーベット嬢(ジャネット・ホワイト)が共犯、という形に一応放っています。しかし、二人がそれぞれ自分の思惑で勝手に動き出したので、事件が複雑なものになっていった、というのが真相です。
納骨所の死体喪失トリックは、作品中にかかれている説明で十分理解できるものと思われますので、ここでは割愛させていただきたいと思います。ただ、各所で言われているとおり、このトリックは見事の一言です。
それでは、マイルズ・デスパードの部屋のほうのトリックについて。この密室トリックを一言で表すと、「錯覚による密室」とでもなりますか。たった一人の目撃者であるヘンダーソン夫人に、犯人は今はないドアから出て行った、と錯覚させる、というのがこのトリックの本筋です(だと思いましたが……)。カーテンの隙間や暗い照明、それに絵などの道具を使って、鏡に映ったドアを、それと悟らせないようにする、というのはまぁ理解できなくもないですが、死体消失トリックが際立ってすばらしいために、ちょっと無理があるように思われます。
「エピローグ前」では、ゴーダン・クロスが探偵役として登場します。ところでこのゴーダン・クロスですが、殺人で刑務所に入っていたり、警察の捜査に協力していたりと、「羊たちの沈黙」のレクター博士を思い出してしまうのは私だけでしょうか。彼の手によって、不可解極まりないと思われていた事件は、きわめて合理的に解決されていきます。
しかし、その彼も解決編とも言える第四部のラストで死んでしまいます。あまりにもあっけなく。そこで読者が、えっ? と思っているうちにあっけなく第五部、エピローグへと移っていきます。このエピローグで物語はきれいに反転していきます。コーベットは犯人ではなく、罪を着せられただけだということが、マリー・スティーヴンズの独白で語られます。つまり、真犯人はマリーということです。最後の新聞記事で、ゴーダンも彼女に殺されたということが示唆されています。このエピローグの記述をすべて信用すると、今まで解決してきた密室の謎や死体消失トリックも、実は別の真相がある、ということになってしまいます。なぜなら、コーベットが犯人でないと仮定するなら、それを隠蔽しようとするマークの行動もなかったことになり、そうすると、死体消失トリックの実行者がいなくなってしまうからです。そうやって消えてしまった合理的解決の後に残るのは、決して説明することができない怪奇小説としてのラストだけです。
小説のすべてをひっくり返してしまうような手段としては、よく「小説内小説」などの手法が使われますが、この「火刑法廷」での手法はそれ以上にインパクトのあるものです。このあたりをうまく収束させるあたりに、カーのストーリーテラーとしての能力が窺い知れます。
それでは最後に個人的カーベスト3でも。
1 プレーグ・コートの殺人(黒死荘殺人事件)
  H・M卿の登場作です。早川では「プレーグコート」、講談社では「黒死荘」になっています。確か「プレーグ」というのは「ペス  ト」の意味だったはず。だから「黒死病」から「黒死荘」です。「黒死館」にすると小栗虫太郎になるので注意です。カーの特徴と  してよくあげられるオカルティズムと密室トリックが非常にうまく融合しています。トリック、そして物語の見せ方のうま  さ、というカーのよいところが十分に現れている傑作です。ただ、入手しにくいのだけが玉に瑕です。お願いしますよ早川  さん。
2 三つの棺
  これもすばらしいです。まったくばらばらに見えて、それらをつなぐことなんて不可能に思えていた事件が、一本の細い糸  によってしっかりと結ばれていきます。この密室トリックは、間違いなく最高のトリックのひとつです。(ただ、ちょっ    と微妙な点もありますが……)
  あと、この作品の中にあの有名な「密室講義」が収録されています。「われわれは推理小説の中にいる人物であり〜」と始まる  あれです。
3 白い僧院の殺人
  他にも「ユダの窓」「曲がった蝶番」「皇帝の嗅ぎ煙草入れ」そして今回の課題本である「火刑法廷」など傑作はまだまだあります  が、個人的にはこの作品のほうが好みです。雪の中の密室、というミステリではよく使われる題材ですが、この作品はその  中でも最高傑作のひとつでしょう。小説全体の雰囲気がすばらしいです。女優を巡って起こる事件なんて、まるで二時間ド  ラマみたいですけど。そこをうまく持っていけるというのは、やはりカーの力量なのでしょう。

なんか誉めただけで終わった気がしますが、気にしないでください。