A MIDSUMMER NIGHT'S DREAM#2 a day
私の前にいるその少女の姿は、想像とは全く違ったものだった。
「私が、遠坂の当主、遠坂凛です」
差し出された手は、歳相応の柔らかさ。
「安田聡です。こっちが――」
「妹の慶子さん、ね。よろしく」
そう言って彼女は、私の妹とも握手を交わした。
「よろしく、お願いします――」
妹は、弱々しく返答する。
「早速ですけど、状況を聞かせていただいてよろしいかしら?」
彼女の言葉を聞きながら、私は先ほど紅茶をテーブルの上に置いた少年のほうを向いた。
「――彼? 彼なら大丈夫。私の弟子みたいなものだから」
遠坂はそう言ってその少年を私たちに紹介してくれた。衛宮士郎、と言うのだそうだ。
「そうですか……、なら――」
私は妹の顔を見る。
――話してもいいのか?
彼女は応える。
――はい。
目が、そう応える。
「妹に、分けがわからない刻印が現れたのは、一ヶ月ほど前でした――」
そう、それは梅雨の長雨のさなか。
始まりは、簡単な交通事故だった。中学校からの帰り道、雨で視界が悪かったのと、濡れた路面が滑ったのと、とにかく交通事故が起こりやすい状況で、妹は事故にあった。
幸いなことに彼女の怪我はたいしたことなかった。病院で精密検査した結果も、擦り傷、切り傷などの軽症で全く跡も残らないだろうと言うことだった。
しかし、その傷が癒えた頃、妹の腕に私が見たのは、元の滑らかな肌ではなく、精密な宗教画のような紋様だった。
それが魔術刻印と呼ばれるものだと知ったのは、全てに困り果てて、町外れの教会に行ったときのことだった。
「まぁ、簡単にわかりやすく言うと、隔世遺伝みたいなものかしら」
話を聞いた遠坂がそう説明した。
「隔世遺伝?」
と言うことは、私たちの先祖に魔術師と呼ばれるものがいたのだろうか?
「ええ。まだ原理は解明できていないけど、まれにいるのよ。突如として刻印が現れる、という人が。原因としては諸説あるんだけど、一番有力なのが、魔術師が自分の子孫に刻印を残そうと最期に呪いを時分にかけた、というものね。そこまでしても自分の子供を魔術師にはしたくない、けれど、自分の魔術は子孫についで欲しい。そんなアンビバレンツな感情の末に、って」
彼女の説明を私は身を乗り出して聞いた。
「それで、治せるんですか?」
妹の腕から、この刻印を消し去ることはできるのか?
「――はっきりと言うと、それは不可能よ」
不治の病を告げられる患者の家族と言うのは、こういう心境なのだろうか?
「一度できた魔術刻印を消すことはできない。でも、ものによっては封印してそれがないものとして過ごすことは、可能よ」
「封印?」
「ええ。――慶子さん、ちょっと見せてもらっていいかしら?」
遠坂が妹に尋ねる。
「……はい」
妹は、この暑い夏でも、長袖のシャツを着ていた。
その袖のボタンを外す。一瞬だけ手を止めて、やがて意を決したように左袖を捲り上げる。
「――……わかったわ」
遠坂はその綺麗な顔を曇らせてそう言った。
彼女が、目をそらせた妹の腕にあったもの。
それは魔術刻印ではない。
その幾何学模様よりも深く跡を残す、数本の傷跡だった。