A MIDSUMMER NIGHT'S DREAM#3 sword murder

――1――
  ――side s――

 夏の夜。
 その空気は暖かく、いつまでも太陽の残滓がコンクリートに残り続ける。
 アカルイ夜は人々を決して放そうとはしない。
「まだまだ暑いわね……」
 そう言う遠坂はいつものようにミニスカートで、目のやり場に困ると言うかまぁ実際には困ってないわけで。
「やっぱり街中って暑いのよね……」
 さらには上半身に着ているものも温度相応に薄着だったりするわけで――
「――どうしたの、衛宮くん〜?」
 そうやって攻められると、こっちとしてはもうどうしようもないわけであった。

 月は中天を過ぎ、時刻は午前零時を過ぎる。
「どうして全く気配が感じられないの?」
 遠坂の焦った声。
「バーサーカーが単独でこんなに巧妙に気配を消せるものなのか?」
 少なくとも、イリヤがつれていたアレは、近づけば嫌なくらいに気配を感じた。イリヤのように優秀なマスターが近くにいてあれなのだ。バーサーカーが一人でいて、こんなにどこを探しても気配の跡すら感じられないと言うのはどういうことなのだろか?
 いつの間にか、表通りからどんどんと裏通り、そして路地へと歩を進めている。

 そこで、見つけた。
 濡れている地面。赤く、濡れている地面。
 漂う臭気。
 倒れている人――人だったもの。
 こぼれている。
 流れ出している。
 溢れている。
 そして、その中でそれは立っている。
 恍惚とした表情。曇った目。
 手には血刀。
 それは、何も言わずにこちらへと向かってきた。
 ゆっくりと、まっすぐに歩いてくる。
 あまりにも悠然。
 だから、一瞬、あの刀で斬られれば死ぬということを――
 振りかぶる。
 どこからか漏れる光に反射する白刃。不用意に、振り下ろされる。
「おいおい、避けようともしないのか」
 その刀を受け止めたのは、遠坂のサーヴァント、アサシンの刀だった。
 その一言で、固まっていた俺と遠坂は動き出す。
 さっと飛びのき、アサシンと謎の男から距離をとる。

「――まさか、バーサーカー?」
 謎の男を見据えていた遠坂が呟く。
「なんだって? バーサーカーってもっとこう、がーっ、って感じのじゃないのか?」
 だって、イリヤがつれていたバーサーカーはこんな普通の人間のような外見じゃなく、見た瞬間にやばいと思えるような、とにかく人間としての規格外なやつだった。それに比べれば、ただイッちゃってるだけの人間に見える。
「あの目を見ればわかるでしょ? やつは明らかに――狂ってる。あれはどう見たってバーサーカーのサーヴァントよ」
 数メートルを置いてアサシンと対峙するその身体からは、確かに狂気が迸っているように見えた。
「――そうだ。確かにオレは狂っている」
 彼は――バーサーカーは確かにそう言った。
「バーサーカーが言葉を? 理性なんて残ってないはずなのに――」
 遠坂の驚きは俺の驚きでもある。あの大英雄ヘラクレスでさえ、その理性を奪われ言葉をしゃべることなんてままならなかったのに、コイツは何事も無いように言葉を話している。
「もしかして、ヘラクレス以上の大英雄?」
 しかし、ヘラクレス以上の英雄なんて、早々簡単に思い浮かばない。それほどまでにあのバーサーカーは最強だったと言うことだ。
「ふん、そいつが何かは知らぬが、元々ずっと狂い続けているだけのことよ」
 バーサーカーは、そう言って刀を構える。
 藤ねえの構えを見ているからわかる。アレは――あのバーサーカーの構えはおかしい。剣としての基本ががたがたに崩れている。
「まぁ、どちらにせよ、言葉など無用と言うことはわかっている」
 そう言ってアサシンも構える。
 こちらは左肩を少しひいてはすに構えてはいるが、バーサーカーほどは崩れてはいない。
「――ふんっ」
 気合と共に、バーサーカーが斬りかかった――


――2――

 斬った。
 斬って、斬って、斬り続けた。
 それが、オレの存在の全てだった。
 この魂は、刀でできていた。
 斬ることが、俺にできる全てだった。
 だから、斬り続けた。
 攘夷も佐幕も何も関係ない。
 ただこの刀を振るうことができるのなら、それで良かった。
 斬れば、自分は一人の人間として認められる。そう思っていた。
 けれど、かぶせられた現実。
 結局、いくら剣を振るおうとも、オレは人間にはなれなかった。
 ただの道具に過ぎなかった。
 あの人に、認められたかっただけなのに。
 それなのに、あの人はオレのことを認めてはくれなかった。
 最期まで、オレはあの人の道具でしかなかった。
 嫌だ。
 オレだって、誰かに認められたい。
 オレは犬じゃない。狂犬じゃない。
 だから、刀を振るう。
 この白刃の一閃が、少しづつオレを人間に近づける。
 この身体は赤く染まり、刀は赤く光を放つ。
 夜の闇の中、ただひたすらに斬る。


――3――
  ――side r――

 バーサーカーの刀は狂人の名にふさわしく、怒涛の勢いでアサシンに迫る。
 が、アサシンはそれをさらりと流す。
 見れば、まず一撃、バーサーカーが勢い良く打ち込む。
 アサシンはそれをかわす。バーサーカーは続く二撃、三撃が巧く放てず、そうしているうちにアサシンの剣が迫り、バーサーカーはその身を放す。そして繰り返し。
「ふう、筋は悪くない。その一撃目で全てを終わらそうとする意気込みは良し。並みの武士なら間違いなくそれで終わりだな。しかし、次が続かないのが良くない。おれのように強いやつが相手では、それでは勝てんぞ」
 間を置いたときにアサシンが言い放つ。
「なんだと?」
 言いながらもバーサーカーはもう一度斬りかかる。が、やはり同じ繰り返し。
「貴様、なめているのか? どうしてオレを斬ろうとしない?」
 バーサーカーの刀が怒りに震える。
「なに、久しぶりに刀を振るうのでな。少しばかり楽しませてくれよ。
 ――それにしても、貴様の剣、聞いたことがあるな。土佐藩、だったか。ひどく物騒な剣を使う男がいたと。確か、名は――」
 アサシンは、バーサーカーを見据え、にやりと凄然な笑みを漏らした。
「岡田以蔵、といったかな」
 アサシンの刀が誘うように揺れる。
「オレも知っているぞ、その左肩を引く構え。貴様は新撰組だな?」
 バーサーカー――以蔵がアサシンをにらみつける。
「そうだ。新撰組副長、土方歳三。――参る」
 言葉を後ろに流しながら、アサシン――歳三が以蔵へと向かう。
 まっすぐに突き出される刀。
 そのまま以蔵の身体に吸い込まれると思われた刀は、しかし空を貫いたに留まる。
 その代わりに上方からの一閃。
 歳三はそれを紙一重で避ける。
 もちろん避けるだけではなく、第二撃が以蔵を襲う。
 跳ね上がるような軌跡。以蔵は上体をそらせてかわす。
 後ろに転げるようにして以蔵が薙ぐ。
「くっ」
 追撃をあきらめた歳三の身体には、最後の一閃がつけた傷が一筋。が、致命傷ではない。
「――大丈夫、アサシン?」
 今まであっけにとられていたが、魔術で援護しようと、私は刻印を動かそうとする。が、
「いや、助太刀無用。こんな浪士一人斬れないようじゃ、近藤に合わせる顔がないんでな」
 そう応える歳三には、まだまだ余裕があるようだった。
「だめだ――俺たちが入る隙はないよ」
 私の肩をつかんで士郎が言った。
 そんなのわかってる。
 普通の戦闘――私のアーチャーとかセイバーとかがやっていた戦闘とは、全く違う。
 まず一撃で戦闘能力を減らし、それから少しづつ追い詰めていく――それがセイバーたちがやっていたこと。
 けれど、今目の前で繰り広げられているのは、違う。
 繰り出されるのは、どれも必殺の一撃。
 受けて耐える、なんて言うのは許されない、必死の攻防。
 だから、私は斬られたアサシンを心配したのに。
「いいのか? せっかく助太刀してくれるというのに」
 以蔵がにやりと笑う。
「だから、お前一人くらいおれで十分だ言うんだ。狂犬が」
 それは――嘲りの笑み。
 常に人間としてありたいと願い続けた者を傷つけるのには十分な、嘲笑。
「――っ」
 もはや言葉もなく以蔵は歳三へと向かう。
 歳三も、音もなく迎え撃つ。
 たった一度、両者が交錯する。
 肥前鍛冶忠吉から、一筋のしずくが落ちる。それは歳三の血。
 対する和泉守兼定は、その半ばまでを以蔵の身体に突き刺さっていた。
「おおおぉぉ」
 切っ先は背中の向こう。それが真横に腹を引き裂いていく。
 その残酷さに、私は思わず目をそむける。
「――最期に、腹斬って死なせてやるよ」
 歳三は、そう言って以蔵の身体を斬り抜いた。
「……これが、武士の戦い」
 士郎も、隣であっけに取られている。
 前の聖杯戦争で、私も士郎もいくつかの戦いを経験した。
 それに比べれば、今の戦いなど、命の危険がない、安全なものだったろう。
 一撃で屠られるような岩剣もなければ、無数の宝具の雨もない。
 あったのは、ただの刀。
 それゆえに――その刀がただ斬るだけの道具であるがゆえに、今の斬りあいは異質なのである。
 これは――聖杯戦争ではない。
 今行われたのは聖杯戦争なんかじゃなく、一対一の武士の斬りあい。
 己の命ではなく、その誇りをかけた、死合いだったのだ。

「――って、大丈夫なの? 斬られたんじゃないの?」
 私はアサシンに駆け寄る。
「ああ、斬られた。だが、少し肉を斬られただけだ。内蔵は何ともない」
 確かに彼は何事も無かったようにすっと立っている。
「何ともないって――でも斬られたのはかわりないんでしょ? だったら治療しないと――」
 ああ、もうどうして私の周りには怪我をしても大丈夫というやつばかりなんだろう?
 と、そのうちの一人がくすくす笑っているのが視界の隅に映る。
 見ると、アサシンまで笑っている。
「――なによっ、二人とも。なんかおかしいことでもある?」
 特に士郎のほうをにらみつけてやる。
「い、いや、アサシンだってサーヴァントなんだから、それくらいの怪我なら……」
 恐れおののきながら士郎が応える。
「あ」
 そうだった。アサシンがいかにもっていう顔してないし、しかも真名が土方歳三なんて写真まで残ってるくらいの人で、もう本当に普通の人にしか見えないものだから……
「ということだ。まぁ、血が垂れるのは気持ち悪いんでな。血止めだけでもしておくとするか」
 そう言ってからりと笑った。
 その瞬間だった。
 音がした。
 映画とかドラマで聞いたことがある音。
 短い、破裂音。いくつか続く。
 私にわかったのは、銃声って本当にこういう音がするんだ、ということと、目の前にいるアサシンが撃たれたのだということだった。

――4――
  ――side s――

 銃声がした。
 撃たれたのはアサシン。
 俺はすぐに駆け出す。
 遠坂を守らなきゃ。頭の中にあったのはそれだけ。
「動くなよ」
 しかし、その声が俺を縛り付ける。
 闇の中から男が出てくる。
 右手にはリボルバーを握っている。
 アレが――アレがアサシンを撃った。
 それは今、こちらを向いている。
 もう遅い。
 今からいくら走っても、遠坂の盾にはなれない。
「――……貴様の相手は俺だ」
 アサシンが立ちはだかる。
 が、その身体はすでに数発の銃弾を吸い込んでいる。足元はふらついている。
「ふん、どけ、死にぞこないが」
 銃口がアサシンに向く。しかし、俺が走り出した瞬間、銃弾は俺を貫いているだろう。
 今更ながら、銃という武器の優位性を思い知った。
 やつが手元を数センチ動かすだけで、数メートル違った場所まで撃てるようになる。
 動くことができない。
 いや、動かなければ。
 致命的な場所にさえ喰らわなければ、動ける。
 動ければ、遠坂のところまでいける。
 そうすれば、彼女の盾になれる。
 俺が一瞬でも隙を作ることができれば、その隙に遠坂がやつに魔術をぶち込めれば――
「おおっ」
 俺は叫びながら突進する。
「この馬鹿がっ」
 予想通り、やつ狙う相手を俺に変更する。
 銃声。着弾。
 左腕にあたる。
 銃に撃たれるとは、こういうことなのか?
 左腕の感覚が消える。消え去ったかのように。
「あああああっ」
 左腕を見る。大丈夫、まだある。
 腕なら、まだ走れる。
 さらに走る。
「――死ね」
 また、銃声。
 今度は、どこにあたる?
 腕なら、いける。
 身体でも、内蔵をやられなければ、いける。
 足は――這ってでもいってやる。

 見えたのは、銀の閃光。
 感じたのは、青い風。
 柔らかな金髪。
 その身を包むのは、誇り高き王の証。
 その手に持つのは、最強の幻想。
 王の重圧を背負うのにはあまりにも小さなその背中。
「大丈夫ですか、シロウ?」
 伝説の騎士王。
「ああ、大丈夫だ――セイバー」
 そして――俺のセイバー。

  ――side r――

 士郎が突進する。
 ああ、やっぱりあいつはあいつだ。
 どうせ私のためにアイツに隙をつくろうだとか何とか考えているんだろう。
 もちろん私はそれを無駄にはしない。
 もう少し。
 あと少しでアイツにでかいのをお見舞いしてやる――
 銃声が響く。
 だめだ。どうしても間に合わない――

 次の瞬間、彼女が士郎の前に立っていた。
「大丈夫ですか、シロウ?」
 士郎じゃなく、シロウというその発音。
「ああ、大丈夫だ――セイバー」
 士郎がはっきりと彼女を呼ぶ。
 前の聖杯戦争で士郎のサーヴァントだった彼女――セイバー。
 最後まで戦って、聖杯を破壊して、あの丘で眠ったはずの彼女が、今こうしてここに立っている。
「貴様は――アーチャーだな? 立ち去るがよい」
 彼女が銃を手にする男に言い放つ。
 あの男が今回のアーチャーだというのか?
「ふん、アーチャーだと? 確かに俺のエモノは遠くから狙うやつだ。が、弓なんてものと一緒にすんじゃねえ」
 そう言って、銃をセイバーに向ける。
 彼女は風王結界を迸らせる。
 にらみ合う両者。
 そのまま幾瞬過ぎただろうか。
 男――アーチャーが銃を納めた。
「今日はこれくらいにしておくか。それじゃあな――」
 そのまま彼は闇の中へと消えていった。


――5――
  ――side s――

 俺は、セイバーと向き合っていた。
「セイバー、だよな?」
 信じられない。
「ええ。私です、シロウ。もしかして、私のことを忘れたのですか?」
 確かに、その発音は彼女のものだった。
「いや、そんなことはない。でも、信じられなくて――」
 聖杯を破壊して、彼女は自らの運命を受け入れたはず。
 その最期を――受け入れたはずなのに。
「やはりシロウは忘れている」
 そう言いながらも、その顔は微笑を湛えている。
「私は貴方の剣であると誓ったはずです。
 今、貴方が戦いに赴こうとしている。私は、貴方を護り、そして貴方の敵を討つ。
 貴方と共にあるために――」
 それは――そのセイバーの言葉は反則だった。
 いや、言葉だけじゃない。その仕草、表情、全てが反則だ。
 今まで忘れられなかったもの。
 あの冬、確かにこの手の中に抱きかかえたもの。
 それが、今目の前にある。
「――セイバー」
 それを抱きしめることを、いったい誰が止められようか。
「し、シロウ」
「会いたかった」
 今でも、後悔はしていない。
 あの結末を、後悔はしていない。
 けれど、セイバーを忘れることなどできない。
 忘れられないから、寂しかった。会いたかった。抱きしめたかった。
「――私も、です」
 ゆっくりと、俺の背中にセイバーの手が回る。
 二人、抱き合える幸せ。
 それをかみ締める。
 けれど――
「ああー、そういうのは帰ってからゆっくりとしてもらってもいいかしら、衛宮君?」
 それを止める遠坂。
「――す、すまん」
 急に恥ずかしくなって、セイバーと離れる。
「り、リンお久しぶりです。元気そうで何よりです」
 セイバーの顔が赤くなっている。あー、俺の顔も負けないくらいに赤くなってるんだろうなぁ。
「時の流れの外にいる英霊が久しぶりも何もないでしょうに……」
 と、にやにや。
「ま、いいわ。とりあえずは引き上げるわよ」
 と、先に立って歩き出す。
「あれ、アサシンはどこだ、遠坂?」
 いつの間にか、彼の姿が消えていた。
「霊体になってもらったのよ。帰り道で襲われることも早々ないでしょうし、もし襲われたとしても――」
 そう言ってセイバーのほうを見る。
 確かにセイバーがいれば、大体のサーヴァントに対抗できる。

 月夜を、三人で歩く。
 暑い夏の夜。
 そこで俺は、もう一度彼女に出会った。