A MIDSUMMER NIGHT'S DREAM #4 a sign
――1――
――side s――
「それでは、行きます」
セイバーが正眼に構える。
「いつでも」
応えるアサシンは左肩を少し引いている。
藤ねえと桜が弓道部の合宿中ということで、色々と言い訳を考えることなくゆっくりとした朝食をとった後、今後の方針について話し合っていた。
そこまでは確かだ。
けれど、どこがどうなって、いったいどこの話からセイバーとアサシンが剣を交えることになったのだろうか?
両者が対峙する間、約二間。
互いに攻撃圏内を掠めて立っている。
アサシンが動けば、それに神速でセイバーが対応するだろう。
セイバーが打ち込めば、アサシンがその一瞬の隙を突くだろう。
二人とも、どのように動けばどこに隙ができるのか、それを知り尽くした剣の達人である。
サーヴァントとしてはセイバーの力のほうが上だろう。
その優れた力。最高のサーヴァントの名に恥じることは決してない。
しかし、単純に一剣士としてみた場合、その実力は拮抗している。
だからこそ、動けない。
時間が凍り付いている。
ただじりじりと暑さが責める。
その責めを打ち破ろうとしたのは、セイバーが先だった。
力強い打ち込み。正面からアサシンを捉えようとする。
しかし、黙ってやられるようなアサシンではない。
受け止めるのか、かわすのか。
そのどちらでもなかった。
アサシンは上段からの一撃を流した。
受けて、その力の方向を変えた。
セイバーの一撃は強力であるが故に、それを放った後には大きな隙が開くことになる。
彼女の腕を持ってすれば、その隙を神速を持って埋めることも可能である。が、それは剣が自由に扱えるときの話。
今、彼女の剣は持ち主の意思とは逆の方向に流れてしまっている。
持てる限りの力を使い、物理法則に抗う。
重力の向きとは逆に剣を動かす。
その瞬間にもアサシンの刀はセイバーに迫る。
一瞬の動き。
そして、また永遠とも思える静止。
「勝負あったようね」
俺の隣で遠坂が呟く。
「――みたいだな」
俺もそれに同意せざるを得ない。
セイバーの竹刀は、アサシンの胴を捉えていた。
――いや、捉えようとしていた。
それよりも一刹那早く、アサシンの竹刀がセイバーの首を薙ごうとしていた。
セイバーの剣がアサシンの胴を切り裂く頃には、アサシンの刀がセイバーの首を両断しているだろう。
悔しいが、アサシンの勝ちと認めるしかない。
「……貴方は、強い」
何よりも、セイバー自身がそう認めているのだ。
「あんたも強い。今回は、たまたま、だ」
そう応えるアサシンの言葉が、今の勝負がぎりぎりの戦いだったことを示している。
だからこそ――
「というわけで、今日のお昼は士郎が準備するのよ」
という遠坂との賭けも成立していたわけで……。
「そっか、今日の昼をどっちが作るか賭けてたんだっけな」
あまりにも素晴らしい立会いだったので忘れていたが、今後の活動について話してるうちに、今日の昼食という極めて至近的などうでもよいことが話題になり、それをどちらが作るかというこれまたどうでもよいことで言い合いになって――そのあとの展開は、予想通りということで。
「それにしても、凄いな二人とも……」
あれほどに高次元な試合を見せられると、自分の実力のなさが身にしみるわけで。
「大丈夫ですよ、シロウ」
そう言うセイバーの笑顔が唯一の慰めだろうか。
「ふむ、あとで稽古をつけてやろうか? セイバーは西洋剣だが、おれは刀だからな。より君の使う剣に近い」
アサシンが言う。いつも同じ人間とやるよりも、たまには違った人間ともやったほうが良い、とも付け加える。
「それは――」願ってもないことだ。何より、誰よりも武士らしく生きていった人物から剣について学べるなど、それ以上に光栄なことなどない。「もちろん、お願いするよ」
俺はアサシンを見つめてそう応えた。
「――それよりも、シロウ」
アサシンが剣について語ったり遠坂ががあーって言ったりしているところに、セイバーの緊迫した声が響く。
「どうした、セイバー? 何か問題でもあったか? もしかして、他のサーヴァントが……」
もしそうだったとしたら……
「いえ、違います。しかし、極めて可及的に速やかに解決するべき問題であることは確かです」
彼女の真剣なまなざしに、俺は思わず身構える。
しかし――
「あ、そういうことね」
なんて言って、遠坂は笑いをこらえている。ものすごい懸命だ。
「いったい何が――?」
笑ってる場合じゃないだろう、遠坂。心の中で突っ込み。
「お昼が、近い」
セイバーが、そう告げる。
「は?」
気の抜けた返答。確かに、午前十一時半を過ぎて、もうそろそろ昼食の準備を……という時間帯だ。しかし、それがそんなに重要なこと……
「早く準備をしなくては間に合わない」
セイバーの声はだんだんと焦りの色を濃くしていく。
ああ、そうだ。
セイバーは、やっぱりセイバーだ。
変わってない。あの数日間、一緒に過ごした、あのセイバーだ。
「わかったよ。それじゃあ、すぐに準備をするから。――ところでセイバーは何が食べたい?」
セイバーに訊く。
「私は――」
ぐうぅぅ――
「……できるだけ早く用意できるものにするよ」
遠坂とアサシンの声を殺した笑いとセイバーの言い訳に見送られながら、俺は道場から母屋へと向かった。
――2――
――side r――
「それじゃあ、とりあえずは街を巡回する、っていうことね」
昼食をとりながらの話し合い。その中で決まったのは――
まず、他のサーヴァントが現れているかどうかの確認。
次に、現れているのなら、その戦闘意思の確認。
闘わないというのなら、素直に帰ってもらう。
闘うというのなら、全力を持って撃退するのみ。
「それなんだけど、俺、アインツベルンの森に行ってみようかなって……」
とそこで士郎が提案。
「アインツベルンの? そっか、聖杯戦争が起こってるんだから――」
イリヤは望む望まないに関わらず、聖杯戦争をめぐるファクターの重要なひとつである。
「ああ。本当ならもっと早く気がつかなきゃいけなかったんだろうけど」
聖杯戦争が終わり、イリヤが藤村先生の家に厄介になってから、士郎は彼女を実の妹のようにかわいがっている。イリヤも士郎を兄と慕う。
アインツベルンと衛宮切嗣のことは、噂程度に聞いたことがある。だからだろうか、私はそんな二人をどこかほほえましいような、安心していられるような、そんな気持ちでいつも見ている。
今、藤村先生が合宿中なので、イリヤはアインツベルンの森にある自分の城に行っている。
あそこには、イリヤとそのメイドのみ。
イリヤがもう一度聖杯戦争にマスターとして参加するようなことはないと思う。しかし、もし仮に彼女がそういう野心を抱いた場合、それをとどめる人はあそこにはいない。いや、それよりも――
「そうね。もし他にサーヴァントを呼び出したマスターがいるのなら、イリヤを確保しようとするのは道理だものね」
あの城には、彼女を護るものがいない。
最強を誇った最凶のサーヴァントはいないのだ。
「ならば、私はシロウと共にイリヤスフィールのところへと行けば良いのですね?」
せんべいを食べていたセイバーが言う。
……お昼を食べたばかりだというのに。
「おれはマスターと共に街なかの探索か」
とこちらはお茶だけのアサシン。
というより、なぜ私たちのところに現れるサーヴァントはお茶の間とかが似合うのだろうか?
「そ、異論はないでしょ?」
「ああ。街はおれがもっとも得意とする戦場のひとつだ」
幕末の京とは違うぞっと心の中で突っ込み。
「行くのならば、早い方が良いのではないですか?」
と、こちらはセイバー。
「確かにそうだな。じゃあ、おれとセイバーは早速行くことにするか」
士郎はイリヤの無事をいち早く確認したいようだ。
「私の方は、夜になってから行動するわ」
私はアサシンにそう告げる。
「なぜだ? 昼だって活動しているサーヴァントがいるかもしれないのだぞ?」
彼は不審をあらわにする。
「午後は用事があるのよ」
だから、もうそろそろ自分の屋敷に帰らないといけない。
「もしかしたら、昨日の――」
士郎は気がついたようだ。
「ええ、あの娘、ほっておけないでしょ?」
わけもわからず一方的に刻印を押し付けられた、不幸な少女。
彼女を苦しめているものはそれだけではないだろう。しかし、それでもその一端でも軽くすることができるのなら、私は努力を惜しまない。
――3――
――side s――
鬱蒼とした森を行く。
場所は覚えているから大丈夫。
それにしても――
「わーい、来てくれたんだねー」
なんてあっさりとイリヤと会えた上にこんなにも自然に抱きついてきたりとか、嬉しいような、
「……」
黙ってみているセイバーの視線が痛いような。
「あ、ああ。それよりも、イリヤ、無事か?」
まぁ、今更確認もないんだが、一応聞いてみる。
「うん。ちょっと暑くて夏ばて気味だけどねー」
重厚なつくりの城は、やはりこの土地の気候には向いていないのかもしれない。
「……暑いのならばシロウから離れれば良いでしょう、イリヤスフィール」
だから……ちょっと怖いです、セイバーさん。
「ふうん、大体の事情はわかったわ」
なんだかんだでことの経緯を説明する。場所は応接室などではなく、なぜかイリヤの自室。
「とりあえずは、何ともないんだな? でも……」
イリヤは器だったはず。昨日、確かに倒したはずのバーサーカー。それがイリヤの中に取り込まれていないということは?
「まだ生きているということか?」
闇の中で息を潜めているということだろうか?
「いえ、それは考えにくいのではないでしょうか。
私は直接そのバーサーカーがやられるところを見たわけではないですが、リンやアサシンがはっきりと言っています」
と、セイバーが断言。
「んー直接大聖杯に流れて行ってるのかな?」
「大聖杯?」
「そ、大聖杯。私は集めるもので、大聖杯はかなえるもの。あっちのほうが本体ね。私のほうに来ていないということは、力を使うものの方に直接流れていったというのが自然よね?」
むぅ、確かにイリヤの言うとおりだが。
「……その大聖杯って、いったいなんで、どこにあるんだ?」
と、俺のぼけた質問。
「だから、大聖杯は聖杯の本体。場所は――始まりの地よ」
イリヤの言う始まりの地。
覚えている。
それは聖杯戦争が始まった地であり、終わらせたはずの場所。
「だったら――」
すぐにでも行かないと。
「まぁまぁ、ちょっと待ってよ、シロウ」
立ち上がりかけた俺の腕をイリヤが引く。
「ちょっとくらいゆっくりしていってもいいでしょ?」
下からイリヤが見つめる。
「う、その人を上目遣いで見るのはやめろっていったはずだぞ」
そんな目で見られたら、どんなことも嫌と言えなくなるじゃないか。
「どっちにしろ、まだサーヴァントの数もそろってないし、余裕はあるよ」
「でも、行動は早いほうが……。それに、遠坂にもイリヤが無事だったことを知らせないと――」
「リンにはもう使い魔を出して伝えたよ」
先手を打たれた。
「いや、やっぱり一刻も早く――な、セイバーも」
そう言いながら、俺はセイバーのほうを向く。
そして、自分の敗北を悟った。
「ええ。やはり休養も大切です、シロウ」
そこには、色とりどりのケーキを前にして、目を輝かせている金髪の少女がいた。
――4――
――side r――
私はその少女と向き合う。
それは、とても勇気がいることだった。
「とりあえず――もう一度、見せて」
彼女は昨日と同じようにシャツの袖を捲り上げる。
昨日見たのと同じ、魔術刻印。
あの傷跡は、今日は白い包帯で隠されている。
それが見えないというだけで、私はほっとした。
そういう風に思ってはいけないのはわかっている。現実から目をそらせただけで、根本的な解決には至ってないことを。
「昨日言ったように、これを封印してしまうことは可能よ。刻印が見えないようにすることも、可能。でも、消し去ることだけはできない。それは、まずわかって欲しい」
彼女がこくりとうなづく。
「――一度封印してしまえば、二度と魔術を使うことはできないわ。それでも良い?」
もう一度、うなづく。
「わかったわ。でも、ちょっと待ってね。準備するのにちょっとかかるのよ。そうね――二、三日くらい」
「はい。私はかまいません」
消えるような、透明な声で彼女はそう言った。
私の周りにこういう声を出す人がいないから、ちょっとどきっとしてしまう。
「それじゃあ――ちょっとお話しようか」
私は、魔術師遠坂凛から、女の子遠坂凛になる。
「お話、ですか?」
私の一言にきょとんとした表情を浮かべる。
「そ、お話。――私とじゃ、嫌?」
ちょっと残念そうな表情をしてみる。
「い、いえ。そんなことは全然ないです」
ちょっとあわてたその表情は、普通の女の子のものだった。
「それで、やっぱり凛さんと衛宮さんは――」
「ち、違う違う。アイツは私の弟子よ、弟子。それも飛びっきりできの悪い弟子よ」
私は精一杯の力強さで否定する。
「でも、凛さんの顔、真っ赤ですよ」
ああ、もうなんで中学生に手玉に取られているのだろうか?
「本当に何ともないんだからねっ!
それよりも、慶子ちゃんには誰かいい人いないの?」
こういうときは、逆に攻めに転じるに限る。
「私ですか? 私なんてまだまだ――」
よしっ、効果覿面。これで今度は私が主導権を握れる。
――しかし、どうして女の子二人で話していると、こういう方面に話が向いていくのだろうか? 不思議だ。
「そんなことないわ。慶子ちゃんかわいいし、その気になればすぐよ?」
いったい何がすぐだというのだろうか。自分で突っ込み。
「でも――私は……」
彼女の視線が落ちる。その先には自分の白い手首が。
「ほら、早くお兄さんにいい人紹介してあげなきゃね」
私はできるだけ明るく勤める。
「でも、その前に、お兄さんの方がいい人探さなきゃね」
そうしないと、私のほうがつらいから。
「実はですね――もう知ってるかもしれませんけど、私たちの両親って、もういないんです」
彼女はそう言った。でも、その顔に悲壮感はない。
「だから、兄が私の親代わりで――」
と、そこまで言って彼女が不意に口をつぐむ。
「――ごめんなさい。私、凛さんのこと……」
「いいのよ。確かに私には親代わりになってくれる兄弟はいなかった。
でも、私よりも辛い思いしている妹がいたから。だから――」
あの娘は、桜は私よりも辛い思いをしていた。それに比べれば、孤独なんて苦痛でもない。
「妹さん、いるんですか?」
どうやら私も両親がいないことは知っていたが、妹がいることは知らなかったらしい。
まぁ、それは士郎も知らない秘密だから当然なわけだが。
「ええ。色々と事情があってね、一緒には住めてないけど」
「寂しく――ないですか?」
聞きづらそうにたずねてくる。
「寂しくないわ。あの娘が、今は幸せだって――いえ、幸せの一歩手前だってわかってるし、私と桜はいつも一緒だから」
そう、今は二人一緒。
「――良かったですね」
そう慶子ちゃんは微笑んでくれた。
「それはね、たまには姉妹水入らずで色々と話したいこともあるわよ。どうしてあんたはそんなに成長してるんだーとか、なんでいくら食べても太らないんだー、とか」
桜のアレは卑怯だ。反則だ。あれだけ食べてるのにアレなんて、ずるい。私だってもう少しあれば――
「その分、慶子ちゃんはお兄さんといつも一緒でいいわね」
「はいっ」
その笑顔は、多分彼女の中では一番の笑顔。
「私、兄のこと大好きですから」