A MIDSUMMER NIGHT'S DREAM#5 wolf and wolf

――1――

 駆けた。
 ただひたすらに駆け抜けた。
 自分のためではなく、兄のために。
 それが自分のすべてだと思っていた。

 しかし、私は兄に殺された。

――2――
  ――side r――

 夜の新都を徘徊する。
 大通りを歩く。
 路地を抜ける。
 だめ、いない。
 どこにもサーヴァントや魔術師の気配はない。
「あと行っていないのは――」
 そう、あそこ。
 士郎の傷の現況とも言える、あの場所だけ。

「――いるな」
 中央公園に入ったとたん、アサシンが言った。
「ええ、気をつけてね」
 私はアサシンに声をかける。
 草いきれが辺りを包んでいる。
 何もかもが解けてしまいそうな、熱された空気。
 その空気の向こうから、それは現れた。

「なっ……」
 思わず声が漏れる。
「ふん。時代遅れな」
 アサシンが忌々しげに呟く。
 気配を探るまでもなく、それは確実に聖杯戦争に参加しているサーヴァントだった。
「――そなたらが、敵だな」
 馬上のそいつが口を開く。
「ああ、おれが相手してやるよ。大将」
 アサシンが一歩前に出る。
「ほお、徒歩で私とやるか」
 そいつが哂う。
 絢爛な大鎧を身にまとい、頭の兜には大鍬形。腰の鞘の装飾も素晴らしい。
 そして、やや小ぶりな弓をその手に持つ。
「今のうちにほざいときな、ライダー」
 アサシンが声を突き刺す。
 その馬上のサーヴァント――ライダーに。
「――ライダーか……。確かに今はそう呼ばれるのだろうな。
 しかし、私には名がある」
 ライダーの視線は、アサシンから外れない。
「言ってみな。墓に刻んでやるよ」
 アサシンの挑発にも、そいつは乗らない。
「下郎が。死に逝くまでの数瞬、私の名をその魂に刻むが良い」大きく息を吸う。「我こそは、源義経。――参る」
 ライダー――義経の声が朗々と響き渡った。
「ふっ、新撰組副長、土方歳三。相手しよう」
 纏っていた服が魔力で再構成される。
 洋装ではなく、着物。
 浅黄色に染め抜かれただんだら模様。
 和泉守兼定を抜き、アサシンは奔った。

 日本史上、もっとも戦いに長けていたとも言われる武将、源義経。
 そして、幕末という日本史上最も大きな転換点で常に先頭に立ち闘い続けた鬼才、土方歳三。
 その両雄が、今ぶつかる。

 ライダーが弓に矢を番える。
 そして――射。
 アサシンは当然のようにそれをかわし、ライダーとの距離を詰める。
 が、
「くそっ」
 ライダーは意のままに馬を操り、巧みに距離をとり続ける。
「――下郎ごとき、我が弓で十分」
 そう言って、次々と矢を射る。
 その狙いは正確無比。即射性は、銃に勝るとも劣らない。
 アサシンはライダーに近づくことができない。
 絶え間ない矢。
 仕方がなく、アサシンはある程度の距離をとり止まる。
「あきらめたのか? 早々に去るが良い」
 ライダーが告げる。
「いや、逃げない」
 アサシンは退かない。
「なぜだ? このままではお前は私に勝つことはできない。逃げ帰るなら、命は助けてやろうといっているのだ」
 ライダーは馬上からアサシンを見下ろす。
「――士道不覚悟」
 アサシンが太刀を構えなおす。
 やや左肩を引いた姿。
「誠の文字を背負ってるんだ。背中を見せるわけには行かない」
 それは、自らが定めた、鉄の掟。
 何者よりも武士として生きるために、刻んだ掟。
「そうか――」ライダーが、冷めた笑みを浮かべる。「ならば、逝くがよい」
 その手から、矢が放たれた。

――3――

 刀がすべてだった。
 刀ですべてを手に入れ、そして失った。
 時代に乗り遅れただけだった。
 自分という存在も、仲間達も、作り上げたものすべてが、すでに時代遅れだった。
 遅すぎた。
 違う時代ならば、死ぬまで好きなだけ戦い続けることもできただろう。
 しかし、それは許されなかった。
 時が、おれから戦いを奪おうとしていた。
 だが、逃げることは許されない。
 おれには逃げることができない理由がある。
 死んでも敗走は許されない。
 誠の一字を護るために。
 士道。
 自分には許されなかったものに殉ずるために。

――4――

「おおおおおぉぉ」
 アサシンがまっすぐライダーへと向かう。
 その姿は、まるで鬼神。
 ライダーは黙って矢を射続ける。
 一本――ギリギリでかわす。
 二本――兼定で落とす。
 三本――左腕に刺さる。
 四本――が弓に番えられる前に、アサシンはライダーに迫っていた。
 それはもはや、弓の間合いではない。あと一足で刀の間合いに入る。
 アサシンの刀が奔る。
 ライダーは刀を抜く暇がない。
「――八艘飛び」
 和泉守がライダーに届くかという瞬間、その身体は掻き消えていた。
 あとには、両断された弓と哀れな馬。
「ふん。かわしたか」
 アサシンが呟く。
「――私を馬から下ろしたな。下郎が」
 ライダーがその唇をかむ。
「まだまだこれからだよな? 大将」
 もう一度、構えるアサシン。
「ああ、源の大将たる私が相手してやるぞ」
 ライダーもその刀を抜く。
「喜んで殺してやる」
 壬生狼が駆ける。
「返り討ちにしてやる」
 蒼き狼が迎え撃つ。

 アサシンの斬撃。ライダーは刀で受ける。
 鍔迫り合い。
「楽しいか?」
 アサシンが問う。
「楽しい? 私は闘いをそう感じたことなどない」
 そう。ただあるのは兄のために、という思いのみ。
 兄こそが世を治めるのにふさわしい人物だから。自分はその手伝いをするだけ。
 そして、兄に褒めてもらえれば、それで良かった。
「おれは楽しいよ」
 剣を振るうことができるという快楽。
 もう、誰にも邪魔させない。
 一度この刀を抜いたならば、二度と収めることなどしない。
 それが、覚悟。
「快楽のために闘うだと?」
「そうだ」
「ふん、どこまでも下衆な考えだな」
「そうか? お前よりはよっぽどましだと思うがな」
「私は私の理想のために闘ったのだ。下郎にそれを貶める権利はない」
「理想だと? その結果が裏切られて、か? 他人に理想なんてものを託すからそうなるんだ」
「他人? 兄は――源頼朝は他人などではない。私の兄だ。
 ならば貴様はどうなのだ? 快楽のために闘う? 闘いの中に己を見出す? そんなもの、戯言でしかないのは戦場の中に身をおいたものならばわかるだろう」
「戯言か……。言うなれば、この世の中すべてが戯事。
 祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり――、平家物語は知らないよな」
 睨み合う両狼。
 一度、離れる。
 そして、もう一度激突。
 ライダーが袈裟切る。
 アサシンはそれを刀ではじく。
 が、それに続く斬撃が繰り出せない。ライダーがすばやく身を引いているからだ。
 今度はアサシンが斬りかかる。ライダーはその一撃をかわす。
 途中で、刀筋が変化する。
 縦から、横へと軌跡が変わる。
「くっ」
 ライダーの声が漏れる。
 アサシンの刀がライダーの左腕をとらえていた。が、同時にライダーの刀もアサシンへと向かっている。
 一瞬の交錯、そして離別。
「やるな」
 感嘆の声を上げるアサシン。首には薄く斬られた痕が紅くにじんでいる。
「次は――その首切り落としてくれる」
 鎧のおかげで切断には至っていないが、ライダーも左腕に大きなダメージを負っている。
 そして、次の討ちあい。
 斬
 残
 暫
 懺
 アサシンが構える。
 その刀はほぼ水平に。切っ先がまっすぐライダーを向く。
 ――斬
 ライダーが払う。
 ――突
 アサシンは引かない。ライダーに向けて突っ込む。
 ――斬
 ライダーの刀をアサシンはその身体で受ける。が、鍔元。戦闘不能になるまでのダメージは受けない。
 ――突
 和泉守兼定がライダーの鎧を貫き通す。
 その次の瞬間、引き抜かれる白刃、迸る赤血。
「ぐっ」
 ライダーはごぼごぼと血を吐き出している。
 それでも刀はその右手に。
「――」
 すでに勝負は決している。それでもアサシンは無言でライダーを袈裟に斬る。
 身体に食い込んでいく刀。
 浅黄色は返り血で朱に染まっている。
「――」
 ライダーが、無言でアサシンを見詰める。
 その目から、光が失われた。

――5――
  ――side r――

 ライダーが倒れた次の瞬間、アサシンは膝をついていた。
「ア、アサシンっ」
 私は彼に駆け寄る。
「ちょ、ちょっと……」
 大丈夫、なんて聞けない。見れば大丈夫でないのは一目瞭然。
 矢傷からどんどんと血がにじんでいる。最後に刀で切られた傷も、致命傷ではないとは言え決して軽い傷じゃない。
「――心配するな。これくらいは……」
「っ、とりあえず、霊体に戻って。そうすれば、少しでも回復するでしょ?」
 彼は一瞬あっけにとられたように私を見た。
 そして、皮肉な笑みを浮かべて、
「ああ、そうだな。それでは後を頼む、マスター」
 そう言って、その姿を消した。

「――わかって、いるのよ」
 私は木々の間に声をかける。
「気がついて、いたんですね」
 木陰から、返答。
「ええ。まさか、貴方がマスター、とわね……」
 私は、影からその姿を現した少女――安田慶子を見つめた。