A MIDSUMMER NIGHT'S DREAM#7blue moon

――1――
  ――side r――

 何から聞いて良いかわからない。
 どうして、彼女がマスターなのか?
 確かに、一応は魔術師である。
 自ら望んだものではないとはいえ、その腕には魔術刻印がある。
 その気になれば、魔術を行使することができるはず。
 しかし、彼女はそれを望んではない。
 だからこそ、兄と共に私のところを訪ねてきたのだ。
「どうして……」
 だから、そうとしか聞けない。
 すべての問いを、この一言にこめて。

――2――
  ――side s――

 俺は、彼と向き合う。
 森は不気味なくらいに静まり返っている。
 遠坂の家であった、腕に魔術刻印が現れたという少女の兄。
 そんな彼がどうしてマスターになっている?
 どうして、聖杯戦争に参加している?
 しかも、巻き込まれた、というよりは積極的に。
 彼は、マスターではないイリヤを手に入れようとしていた。
 それは聖杯戦争を勝とうという意思の表れだったはず。聖杯という邪道を使ってでも叶えたい願いがあったはず。
「どうして……」
 そのすべてを問いただすには、この一言しかなかった。

――3――

 ――no-where――

 ――夜。
 運命という名の悪戯。
 それがもたらした、致命的な現象。
 避けることができなかった運命。
 ――夜が来る。
 悲しむ人。
 灰になる。
 削る。
 ――暑い空気。
 どうすることができる?
 何をすれば良い?
 いつまで?
 ――あの、夏の夜。
 停滞する。
 指向性の無意識。
 落ちてゆけ、堕ちてゆけ。
 ――夜の夢が始まる。

――4――
  ――side r――

 暑い夜だった。
 じっとするだけで汗がにじむ。
 けれど、向かい合う彼女の肌は青白く、冷たさすら漂わせている。
「どうして……なんでしょうね」
 自嘲的な笑みを浮かべる。
 私は、彼女が話すのを黙って待つ。
「――私は、兄が好きですから」
 濃密な空気。
「私は、そんなに思ってもらえるほどの妹じゃない。
 それなのに、大切にしてくれる。
 守ってくれる。
 だから、私は兄にとって一番だと思うことをするんです」
「何?」
「――私がいなくなれば、兄は自由になれる。
 私は兄にとって重荷でしかないから」
 青白い月。わかってるの?
 映える頬。
 哀しみ。
「だから――死のうとしているの?」
 左腕の白。
 包帯を解いたあとには、赤い傷跡。
 隠すことのできない、枷。
「――でも、死ねないんです。
 私が消えたほうが兄にはいいはずなのに。
 それでも私が死んだら兄は泣いてしまうから。
 それがわかっているから、いつも死に切れないんです」
 青白い月。わかってるの?
 残されたものの悲しみ。
 悼み、痛み。
 うなされるような、夢。

――5――
  ――side s――

 視線という名の真剣を突きつけあう。
 喉元に感じる切っ先。
 焦燥感が先走る。
「――答える前に、俺が問おう。
 君が助けるといった人は、誰だ?」
 斬撃。
「それは――」
 決まっている。あの日、助けられなかった人。
 自分の代わりに死んでいった人。
「――すべての、人を」
 それが、決意。
「すべての人が救いを求めていると思っているのか?」
 その決意を、揺るがそうとする。
「君は、本当に助けることが正義だと思っているのか?
 それは、君だけの思い上がりというやつじゃないのか?」
 言葉が、突き刺さる。
 が、それは違うという叫び。
 切嗣の望み。セイバーとの誓い。
「――それでも、助ける。
 それが、十年前に俺を助けてくれた切嗣の願いだから」
 正義の味方に。
「助けられたのならわかっているだろう?
 助けられるもの苦しみを。
 その無力感を、絶望感を。
 そして、後から襲い来る後悔の念を。
 なぜ助けられたのだ?
 なぜ自分なのか?
 どうして助けた?
 自分を助けてどうするのだ?
 その問いの答えが、助けたもののようになりたいだと?
 誰もが自分のように助けたものに感謝するとでも思っているのか?」
 それは、自ら問い続けたもの。
 病室で目覚めたあのときから、考え続けた問い。
 もう、答えは出ている。
「思ってなんかない。
 でも、俺は切嗣に感謝している。
 だから、俺は正義の味方になる」
 助けたうちのたった一人でも、助かってよかったと思うのなら。
「――幸せなやつだな」
 彼は、その刃を収めた。
 
 空には、刃のような月。
 青白い月。
 照らされた顔、泣いている。

――6――
  ――side r――

「だから、忘れてもらうしかないんです」
 少女の流す涙が、月光に光る。
「その想いが、ライダーを呼んだの……」
 そうとしか考えられなかった。
 ただひたすらに「兄」のことを考えていた「彼女」と「ライダー」。
 今更消えたとしても、悲しみに泣きくれるというのなら、はじめから存在しなかったことにしてしまえば。
「……でも、それも凛さんに止められちゃった」
「当然よ。あなたはあの聖杯のことを知らない。
 アレは、ただ願いを叶えるだけのものじゃなくて、もっと危険なもの。この世の罪悪のすべてだから」
 だから、アレを目覚めさせてはいけない。
 あふれ出した少しの中身でさえ、あのギルガメッシュを十年も現界させ、言峰や衛宮切嗣に消えることのない傷をつけたのだ。
 そして、あの大惨事を。
「それでも、願いは叶うんでしょ?」
「――あなたは、望んでなんかない。
 だから、叶う願いなんてない」
 優しく、言い聞かせる。
「どうして?
 私は兄の記憶から私を消し去りたいと思ってる。それが願いじゃないって言うんですか?」
「ええ。それは叶えるべき願いじゃない。
 あなたは、生きなければいけない。
 死んじゃいけない。消え去ってもいけない」
「どうしてですか?
 私が消えたほうが兄のためになるんです。
 私なんていらない人間なんです」
 切実。
 私の言葉が彼女に届くのだろうか。
 それでも送らずにはいられない、メッセージ。
「どうしてって――それは、あなたのお兄さんがあなたを大切に思っているから」
「だから、私さえいなくなれば――」
「あなたはわからないの?
 あなたを助けたいと思っている人がいる。その人の苦しみをわからないの?
 ちゃんと、感じてないの?
 あなたのお兄さんは、あんなにもあなたのことを思っているのに。
 もしそうだというのなら、あなたは酷い人」
 正義の味方の顔が浮かぶ。
 無謀にも英雄王に立ち向かっていく後姿。
 そして、バーサーカーに立ち向かう赤い騎士の後姿が。
 最期まで強気で皮肉な言葉。正義の味方を貫き通した、アイツの成れの果て。
 私は、アイツがあんな悲しくならないためにも、アイツのことをわからなくちゃいけない。
 あいつのそばにいなきゃいけない。
 それと同じように、彼女の兄のそばには、彼女がいなきゃいけない。
 私は、それが二人のためだと信じる。
「――でも、私はどうすればいいの?
 どんなに大切にされても、私には何もすることができない」
 悲痛な叫び。
 無力感だけが積み重なっていく。
「――ただ一言でいいのよ」
 それは、何よりも大切な言葉。何よりも響く言葉。
「ありがとう、って一言でいいのよ」
 感謝の言葉。
 想ってくれる人には、助け出してくれる人には正当な報酬を。
「綺麗に笑って、ありがとうって言えばいいのよ」
 彼女の肩を抱く。
 薄い身体。
「だから、今度言ってみなさい。ありがとうって」
 想う。
 私が士郎のためにしてやれることも、同じだと。
 考えたこと、感じたことを素直に口であらわすことだと。
「――ありがとう……ございます」
 嗚咽混じりの声。
 彼女の声が、私に響いた。

――7――
  ――side s――

「俺は、妹を助けられなかった」
 その声に、先ほどまでの剣気はない。
「俺は妹に何もしてやれない。無力だ。妹の悲しみを理解できない。妹の悲しみをとめることができない」
 慟哭。
「自分たちの町の教会で聞いた。
 この街の聖杯戦争のことを。願いを叶えるという聖杯のことを。
 一縷の望みだった。妹を苦しめるものをこの世の中から消し去ってくれと。
 それだけが望みだった」
 絶望。
「が、それも君に断たれてしまったがな」
 自嘲的笑み。
「――それくらい、自分で叶えたらどうですか」
 俺は、許せない。
「聖杯なんかに頼らずに、それくらい自分の力で叶えたらどうですか」
 聖杯なんてものに頼ったこの人が許せない。
「ふん、君はわからないだろう。
 助けるべき妹に拒否された俺の心情を。
 手首から血を流しながら泣くんだよ。
 ――俺のために死ぬんだって。
 ごめんなさい、ごめんなさいって泣き続けるんだ。
 お前にはそれが我慢できるか?
 想う人が、自分のために死のうとするのが我慢できるか?」
「許さない。
 死のうとする妹さんも、お前も。
 大切に想うのなら、絶対に死なせない。
 そして、謝っても許さない。
 死ぬなんて、それは裏切りでしかない。
 想うほうも想われるほうも、それに対する対価を覚悟するしかない。
 それができない人間に――想う資格はない」
 正義の味方であり続けることの代償。
 たとえ苦しいことがあろうと、自分であり続ける覚悟。
 剣に誓った。
「俺は――君みたいに強くはないんだよ」
 寂しい顔。
「強くないのなら、強くなれば良い。
 一人を想えるくらいに強くなれば良い。
 今は無力でも、その想いが本物なら、きっとそれは力になる」
 それが、今の衛宮士郎の力だから。
 セイバーと誓った力だから。
「俺は許されるのか?
 妹に――慶子に許してもらえるのか?」
 後悔の念。
「――それは、あなたと妹さんの絆の話です。
 俺がわかることじゃない」
「そうだな。――ありがとう」
 彼はそう言った。
 夜空を見上げる。
 空には青白い月。
 真夏の夜。そして夢。
 悪夢?
 ――良い夢を……。

――8――

 ――now-here――

 互いのことを想う。
 それはずっと変わることがない想い。
 それが伝わりさえすれば。
 その想いが届くのなら。
 言葉、笑顔、涙――そして、触れて。
 すべての感覚を使って、思いを伝えて。
 わかったから。
 思いを伝えればよいとわかったから。
 何もしなくていい。
 ただ、伝えることが大切なのだと。
 手を握る。
 話す。
 それだけで、きっと歩いてゆける。
 ――ここにいるよ。
 ――歩いていこう。
 それが、明日への道。