Bullet Dance
―― He asked me "Did you sleep well? " ――
霧越カズト
――こんな仕事じゃなかったはずだ。
口には出さず、そうつぶやく。依頼されたのは、ただ家出した娘を探し出すだけの簡単な仕事だった。それが、廃ビルの中で銃撃戦だ。明らかに割に合っていない。
机の陰に隠れて、空になったマガジンを取り替える。残りの銃弾も少なくなってきている。
――こんなことになるならもっとちゃんとした装備をしてくるんだったな。
そう思っても後の祭りだ。
今までにやったのは二人。あとは――はじめに襲われたときのことを思い出す――三人。それに、目的の少女。まだ他に隠れているかもしれないが、それだけだと信じたい。
ちらりと時計を見る。ここへ入ってからすでに一時間ほど経過していた。細く、ため息をつく。このまま隠れていても埒はあかない。周囲の気配を探りながら、重い腰をあげる。
――さて行くか。
コートについた埃を払いながら、俺は歩き出した。
薄汚れた一枚のドア。その向こうに人の気配。荒々しい呼吸の音が聞こえる。左右を確認、危険がないことを確かめる。呼吸を整え、意識を集中させる。
呼吸音から推測して、中には一人。かなり興奮しているようだった。
ドアの傍らに立ち、細く、静かに、そっとドアを開ける。中の人間は、その小さな動きにも敏感に反応したようだった。極度に緊張していただろうそいつの精神は簡単に吹っ飛んだ。
「うわああぁぁっ――」
叫び声とともに、吐き出される銃弾。次々とドアに穴があいていく。数秒すると、射撃音が止む。あれだけ連射すれば一瞬にして弾が切れるのはあたりまえだ。その一瞬を見逃さず、部屋の中へ踊りこむ。正面に呆然と立ち尽くす男の姿。拳銃を体の正面に両手で構えて、カチカチと引き金を引き続けている。どうやらすでに壊れているようだった。冷静に頭に銃弾を打ち込む。男はあっさりと倒れた。
近づいて男の体をさっと眺める。思ったとおり、両腕の内側に、いくつもの注射痕が見えた。
「やはりな……」あまりにも予想通りな展開に、落胆すら覚える。
特に何の感慨も抱かぬままに、その部屋を後にした。
ガキの使いにもならなさそうな今回の依頼。ただひとつ危惧する点があったとしたら、娘が薬を捌いているグループと繋がりがあるかもしれないという点だった。
今となっては、もう疑いもなかった。少女はグループと繋がりがあったのだ。今までは平穏な暮らしの傍ら薬と付き合っていたのだろう。それが、いつしか破綻をきたし、だから、両親の前から姿を消した。彼女は、グループの中でもそれなりの位置にいるのだろう。ただの顧客だったならば、さくっと捨てられて終わっているはずだ。こんな銃撃戦までするはずがない。
普通の高校に通う、普通の女子高生。呪術に祝福されたこの街に暮らす、ありふれた少女。そんなのすべて幻想かもしれない。
ドアを開け中に入る。そこは二階分吹き抜けになった倉庫だった。荷物が山積みにされている。――ここにいられると、厄介だ。
そう思った瞬間、銃弾が鼻先を掠める。反射的に発砲。木箱の陰に隠れる。
気配を探る、先ほどの射線から位置を探る、あの右奥の箱の陰に一人いる。後は――上?
二階の通路からの発砲。目の前の箱にあたる。位置を変えつつ銃を向ける。が、相手の姿を捕捉できない。かまわずに銃弾をばら撒く。もちろんあたった気配はない。軽く舌打ちしながらもう一度隠れる。
いつのまにか、部屋の中ほどまできている。頭の中でシュミレートする。脳裏に浮かぶ音。閃光のように煌くビジョン。
――いける。
箱の陰から飛び出し、まっすぐ奥のやつの方へと走り出す。まさか、自分のほうへと走りこんでくるとは思っていなかったやつの反応が一瞬遅れる。詰まれた箱の陰から頭が見えた。ギョッとした表情。次の刹那、その表情の上半分が吹っ飛ぶ。後ろからは相変わらず、散発的な銃撃が迫っている。
そんなものがあたるはずもない。何の根拠も無くそう思う。
あたってたまるか。あたってたまるか。あたってたまるか。あたってたまるか。
頭の上半分を吹っ飛ばしたやつが隠れていた箱の陰に隠れる。もちろん、やつの銃を回収することも忘れない。それをコートの中にしまい、様子をうかがう。当たらないと悟ったのか、上からの銃撃が止む。どうやら、比較的理性が残っているようだった。
「くそっ、出てこいっ! やるぞぉこらぁあ!?」
……前言撤回。やはり、ただのジャンキーだ。
「そっちがこねーんなら、オレがいってやるよっ」
どんっ
下へ飛び降りる音がする。様子をうかがうと、やつは下へ降りてきたようだった。姿を隠すこともなくこちらへとまっすぐ歩いてくる。手にした拳銃は、俺がさっき殺ったやつから回収したのと同じやつだった。多分、組織ぐるみでまとめ買いでもしたのだろう。量産品そのままの、安っぽいつくりだった。
「ほら、出て来いよっ」
やつは、俺が隠れていた箱に向かって発砲し始める。銃弾が箱に突き刺さる音。五、六発撃ち終わるころ、やつは俺が隠れていた場所に到達した。
「チェックメイトだぜ」
どこで覚えたのか、意味のない台詞を吐く。やつの顔が歪む。当然だ、俺はもうそこにはいないのだから。銃を撃ちながら近づいてくる狂人を、その場で凍りついたように待ち構える馬鹿はいない。静かにやつの後ろに回りこみ、声をかけることもなく、銃を突きつける。
「それはこっちの台詞だ」
男は条件反射的に両手を挙げる。
「どうせだったら銃も捨てろよ」
俺に言われるまでそのことに気が付いていなかったのか、やつの頭はゆっくりと自分の右手のほうへと動いた。その顔は非常に奇妙な表情をしているに違いなかった。
「銃を捨てるのはあなたよ」
そのとき、後ろから幼い女の声がした。右手の銃は男の頭につけたまま、首だけを回して後ろを見る。ブレザー姿の少女が立っていた。その手には俺にポイントされた銃が握られていた。
「君が未名だな」
写真で見た家出少女の顔だった。
「ええ、そうよ。わかったら銃を捨てて」
男たちとは正反対で、その声は冷静だった。
「無理は止めるんだ。その銃は君が扱うには大きすぎる」
いくら両手でホールドされてるとはいえ、彼女の銃の口径は、少女の筋力では扱えないだろう物だった。もし、無理にそれを使うなら、彼女のか細い手首の骨はあっさりと折れることだろう。
「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫なの」
そう言うと彼女は、銃から左手を離してポケットから何かを取り出す。
「あなた、お父様に雇われたのね? 目的は何? 私を連れ戻す? それなら、帰って。今すぐ、このまま帰ってくれれば殺しはしないわ」
左手に持たれたそれは、簡易式の注射器だった。針も使わず簡単に使用できるそれは、いわゆるジャンキー御用達のものだった。
「確かに君の父親に依頼されたのは事実だ。しかし、このまま帰ることはできない。君を連れ戻しにきたわけじゃないからな」
「なら何? 何を依頼されたの?」
「君の殺害だ」
彼女の顔が歪む。
「それで……私を殺しにきたの?」
喉の奥から、やっとのことで絞り出したような声。
「来るまで決めてなかった」
「私を殺さなかったら、契約違反になるんじゃないの?」
「そんなのごまかす方法はいくらでもある」
「それで、どうするの? 結局私を殺すの? それとも、このまま帰るの?」
「実のところ、決めかねている」
「どうして? いくらごまかせるからって、実際にやったほうが楽なんでしょ?」
「さて、どうしようかな――」
俺は、彼女を見つめた。左手の注射器は首に押し当てられてはいるが、まだ中身はその中にあるようだ。俺が「やる」と言ったらそれを体の中に入れるのだろう。
「――っぞ」
右手の先から声がした。
「オレは、てめーをかえさねーからなっ」
男が一瞬で振り向いてこちらに銃を向ける。
――しまった。殺っておけばよかった。しかし、それは後の祭り。
男の声を合図にして、少女もドラッグを首筋にうつ。刹那、瞼を閉じる。次にその目が開かれたとき、瞳が赤色に染まっていた。
俺は、倒れ込みつつ右手の銃を撃つ。男は半身になり弾を避けようとするが、打ち込んだ銃弾のほとんどが彼の左肩に吸い込まれる。それと同時に、俺の左手はコートの中のもう一丁の銃をつかみ、それを少女に向けている。が、飛び出した弾の先にすでに彼女はいなかった。弾はその後ろにあった箱を破壊する。
俺は舌打ちをしながらも、床でくるりと回転して、箱の隙間に身を隠す。
向こうからは、うめきながらも移動する男の音が聞こえる。少女の発する音はそれにかき消されているのか、全く聞こえない。とりあえず、男を始末することに決め、俺は遮蔽物から飛び出していった。
たちまち迫りくる銃弾。何発か身を掠める。しかし、止まらずに中央の空間を走り抜ける。そして、銃弾の方向から二人の場所を推測する。そのとき、咆哮とともに男が飛び出してきた。俺を中点にして、男と少女がちょうど一直線上に並ぶ。男は、まっすぐこちらに向かってくる。走りながら撃つ銃弾は、全くと言っていいほど当たらない。流れ弾を受けることを嫌ったのか、少女は射撃を中止して身を横に滑らせていく。その隙に、俺は男のほうをまっすぐ向き、両手に銃を構える。やつの弾が頬を掠めるが、冷静にポイント。まず、男の右手が吹き飛ぶ。手首から先がきれいになくなる。次に、足を撃たれひざをつく。次に右わき腹。右肩。左胸。喉。鳩尾。額。目。鉛の弾がずたずたに引き裂いていく。
俺は、すべてを撃ち抜いた。
後ろから狙われる前に、身を隠す。倒れた男の傍らを通るとき、彼の体がぴくっと動いた気がした。後頭部に三発打ち込む。後ろからの弾が、左の太ももを掠める。身を隠しながら見ると、赤い血がべっとりとついていた。
気を引き締め、両手で銃を撃ちながら、走る。少女も同じく走っていた。スカートが銃弾に煽られ、ひらめく。互いに次の遮蔽物を求め、ジグザグに走る。走った後には、弾がエネルギーのはけ口を求めて徘徊している。二人が箱の陰に隠れると、銃声は止み、いつまでも鳴り止まない残響音が響く。それは、無音よりも音がない静寂だった。
そして、次の楽章が始まる。
銃声のビート。
着弾の鈍い音。
跳弾が甲高い音を立てる。
空気を切り裂く銃弾の音が、心地良いメロディを奏でる。
二人が捌く足音がリズミカルなステップを踏む。
踊り狂う死の舞踏。
だんだんと静と動の間隔が狭くなり、テンポは指数関数的に上昇していく。
すべてが無限へと上り詰める瞬間、二人の間はゼロになり、空間は無へと収束していった。
「撃たないの?」
右手に持った銃の銃口越しに、彼女が問う。
「君こそ撃ってみろ」
俺の左手の銃の照準は、俺を映す赤い瞳へと定められている。彼女は、何も返答しない。
「どうして、死に急ぐ?」
俺は、続けて問う。
「なぜ私が死に急いでるって言うの?」
「今の君を見て、生きたがってるなんて思う人はいないさ」
俺の言葉に、彼女は何か考え込む。
「私が……生きているから――」
意を決したように、そう答えた。
「生きている実感が欲しかった。ただ、毎日朝起きて学校へ行ってくだらない授業を受けて友達と遊んでお父様やお母様には少し怒られて、そんな毎日が続いていくなんて夢に違いないと思った。夢から、覚めたかった。……ある日、間違ってカッターで手首を切ったの。とても、とても痛かった。血もたくさん出たの。次から次へとどくどくと。でも、そんな血よりもたくさん、涙があふれた。痛いから泣いたわけじゃなかった。とても痛くて、目がさめるように痛くて――そう、やっと夢から覚めたような気がして、うれしかったから。だから、泣いたの。ぬるま湯に包まれたような感覚の中で、痛みだけが、リアルだった。死に行くその感覚だけが、現実だったの」
シャギーがかった髪が、頬にかかっているのも気にせずに、すべてを吐き出した。
「だから、薬に走ったのか」
俺は、吐き捨てた。
「そう。薬は痛みを鋭敏にしてくれた。みんな、みんな嘘をついたけど、痛みだけは私に嘘をつかなかったの」
赤い瞳からとうめいな涙がこぼれ落ちていた。
きれいな、きれいな、とてもきれいな涙だった。
「俺も、君には嘘をつかない。約束する」
「ほんとう? ほんとうに嘘をつかないの?」
潤んだ瞳が俺を見つめていた。
「ああ。だから、おやすみ――未名」
――そして、ひとつの銃声が、終わりを告げた。
"Bullet Dance" is over.