今は、哀しきメロディ
霧越カズト
暗い夜、青白い月の下、ただ弾き続ける
哀しみの、メロディを
1
八月の始め、僕たちのバンドは、スタジオ付のペンションで、合宿をすることにした。そのペンションの所在地は、僕たちが住んでいるS市から約二時間ばかり行った所。周りを山に囲まれていて、なかなか有名な観光地らしい。
なぜ、そんな所に行けるのかというと、ボーカルの小石川佳乃の親戚がそのペンションのオーナーだったからだ。この前会ったときに、バンドをやっているのならぜひ一度くらい……ということになったらしい。滞在費も、かなり安くしてくれるというので、それならば……という事に決定したのだ。
最寄りの駅では、佳乃の叔父という人が待っていてくれた。とりあえずは自己紹介。
「こんにちは、ギターの高木悠人です。よろしくお願いします」
隣で悠人がはじめる。次は僕の番だろう。ベースの藤井淳士です……と無難に済ませる。
「哀川美凪です……。ドラムです、よろしく」
と。最後に美凪が挨拶をした。
それから自動車に乗りペンションへと向かった。道中、バンド結成の経緯やどんな曲をやっているのか、ペンションにあるスタジオの設備のことなどなど、いくらか話が弾んだ。そうこうしているうちに車はペンションへとたどり着いた。途中たいした山道もなかったので、嵐がきてもクローズドサークルなどになる心配もなく、辺りは十分静かでとても良い所だった。
見たところ建物は木造の二階建て、スタジオは地下にあるのだそうだ。それぞれ荷物を持ち、これぞペンションといった感じのドアを開け中へと入った。中では、とても感じの良い女性――オーナーの奥さんつまりは佳乃の叔母さん――が迎えてくれた。
玄関を入るとちょっとしたスペースになっていて、カウンターと上と下に続いている階段が目に入った。車の中で聞いた話だと、一階は食堂などがあり、二階は客室、地下には物置とスタジオがある、ということだった。まずは荷物を置いて一休みしては……と、オーナーの奥さんが、カウンターのところにあるキーボックスから部屋のカギを取り出す。
僕らは、自分の部屋に荷物を置いた。シーズン中としては珍しく、あまりお客がいないということで、一人一部屋ずつ使うことができた。一階の食堂で、特製のアイスハーブティーをご馳走してくれるというので、一休みのあと、僕らは下に降りていった。
おいしいアイスティーを飲みながら、オーナーの音楽に対するこだわりなどを聞く。それによると、ここにあるスタジオは、プロがレコーディングをしても良いほどの音響と設備が整っているということだ。
「今使っているバンドが、もう少しで終わるから、そうしたら、一回見てくるといいよ」
とオーナーが言ってくれた。
それでは、と行くことにした。僕としては、音響もそうだが、そこにおいてあるというベース用のアンプが楽しみだった。それは、サークルの部室においてあるものよりも、数ランク上のもので、プロも使っていると言うものだった。
そうして話をしていると、数人の人が入ってきた。年は多分僕たちと同じくらい。人数も、また僕たちと同じ四人。今練習していたというバンドの人たちだろう。一番背の高い人が、終わりました、とオーナーに声をかける。オーナーは、こちらは……、と僕らを紹介する。
「俺は佐伯弘樹。一応ロックストックスのリーダーやってます」
さっきオーナーに話し掛けていた彼がまず自己紹介をはじめた。
「隣がギターの篠原浩一郎。こっちがベースの守桜(かみざくら)雄介。そしてそこにいるのがドラムの西村哲也。あぁ、そう、俺はボーカルね」だそうだ。
一通り紹介も終わったので、僕たちは地下へと、スタジオを見に行った。玄関ロビーにある地下への階段を下りる。階段を降りたところには、少しばかりのスペースがあり、扉が三枚ほどあった。ひとつはスタジオ、その隣は調整室。少し離れたところにあるのは物置のものだ。スタジオと調整室のものはガラス張りになっているのですぐにわかった。
スタジオに入る。ふとドアに目がいった。普通のスタジオには無いのだが、ここのドアには、ひとつカギがついていた。スタジオに入ると、まず正面に置かれているドラムセットが目に入った。部室のものより、いや、そこらのスタジオに置かれているものよりも、とても良いものだった。少し目をずらすと、あった、ベースアンプだ。見ているだけで、何か嬉しくなってくる。早く音が出したいなぁ……、と思う。ほかの皆も、それぞれ自分が使うことになるもののところで目を光らせていた。普段は何事にも感動しない性格の美凪まで。
そうして、数十分した後、僕たちは上へと上がった。僕たちがここを使うのは夕食後になる。これほど楽器を弾くのを待ち遠しく思えたのは、初めてベースを買った、中学校のとき以来のような気がする。
2
その日の夕食は、オーナーの奥さんが腕によりをかけた、おいしい手料理だった。一休みのあと、とうとう僕たちのバンドの練習時間がきた。地下へ降りて、スタジオに入り、それぞれ自分の楽器をセッティングする。僕は、そして三弦をはじいてAの音を出す。いい音だ。すばらしい。なぜか巧くなった気がする。
それから約二時間、たっぷりと練習した。後ろ髪をひかれながら僕たちは一階へと上がっていった。オーナーに一声かけてから、二階に楽器を置きにあがる。一階のホールには、オーナーとロックストックスの篠原さんと西村さんがいた。夕食のときの話だと、彼らは僕たちよりも、一歳ほど上だそうだ。今ここにいるのは二人。とすると、ここにいないのは、ボーカルの佐伯さんとベースの守桜さんということになる。
二階へとあがり、それぞれの部屋に楽器を置く。と、楽曲の細かいところをつめるために、美凪が僕の部屋へとやってきた。数分美凪と相談する。ベースとドラムは、楽曲を支える存在となるので、僕たちはこうしてふたりで話すことが多かった。
ふと、窓の外からほのかなベースの旋律が聞こえてきた。窓の外は、すべての部屋を繋ぐベランダとなっている。隣の部屋は――ロックストックスの守桜さんの部屋だ。ということは、このベースの音は、あの人のものなのだろうか。メロディラインは、明るい、といっても言い過ぎではないほどのものだが、それを奏でるベースの音はレクイエムを奏でているがごとく、哀しいものだった。
「哀しい……音……」
そう言いながら、美凪はベランダへの窓を開け、外に出る。僕も、後について、外に出た。そこには、予想通り守桜さんがいた。そして、ベースを奏でている
「なんていう曲ですか?」
曲が終わるのを待ち、僕は、遠慮がちに尋ねた。彼がこちらを向く。
「この曲かい? タイトルは無いよ。僕のオリジナルなんだ」
「バンドでやる曲ですか」
美凪がたずねた。いいや、と彼は否定する。前に自分で作ったものだと。去年、付き合っていた彼女がいなくなったときに……。
そのあと、数分彼と話したが、僕も美凪も、なぜあのような曲なのに、あんなに哀しい音だったの?とは、訊けなかった。訊いては、いけないような気がしていた。なぜかは解らないけれど。
二人で一階へと降りると、そこにはもう、オーナーとその奥さんと談笑している佳乃と悠人がいた。先ほどまでいた篠原さんと西村さんもまだいる。僕たち二人も、その話の輪に加わった。時計を見ると、午後十時位だった。
その場は、とても盛り上がった。皆、音楽が好きなものばかりだ。話のネタは、いくらでも尽きることは無かった。オーナーやロックストックスの二人の、とても広い音楽の守備範囲に感心したりと、とても楽しいひと時だった。このときの話だと、彼らがここを利用したのは、去年一人で当ての無い旅をしていた守桜さんが、たまたま泊まったここのペンションが気に入ったからだそうだ。確かに音楽をやっている人間なら、地下のスタジオの設備を気に入らないはずは無いだろう。
ふと、時計を見ると、短針と長針がほぼひとつになっている。つまりは、午前零時。私はそろそろ……と、オーナーが席を立つ。奥さんは、もう、とっくに寝ていた。オーナーが出て行くのと、ほぼ同時に守桜さんが食堂に入ってきた。少しばかり、部屋で本を読んでいてね。と言っていた。
その後も、僕たちはいろいろと話をした。大体午前二時ころになったころ、場はおひらきとなった。その日は、そうして何事も無かったようにして、過ぎていった。
部屋に戻り一人、ベッドの上でたたずむ。先ほど聴いた、守桜さんのベースの音が忘れられない。だから、と言うわけではないのだけれど、眠れない。カーテンは閉めてない。窓の外からは虫の声だろうか、うるさいほどに聞こえてくる。そんな窓から外を眺めると、そこには月があった。完全な円になりきれていない月が、かわいそうな姿をさらしている。青白い月。僕は、そんな月を見ていると、本当にどうしようもなく、やるせなくなって。だから、そんな月の為に少しでも、そう思ってベースを手にとる。うつむき加減になりながら、弦をはじく。思いつくままに左手を動かす。そのうちに、少しばかりメロディと呼べるのものになってくる。けれど、先ほど聴いた守桜さんの、あのメロディには遠く及ばないだろう。この、青白い月は知っているのだろうか。あの人のメロディに込められた想いを。ふと、何かを感じて、その月を見上げる。幽咽を聞いた気がした。
3
次の朝、九時ごろに目がさめた。睡眠に付いた時間を考えると、早起きといっても良いかもしれない。あくまで、僕の主観的なものに過ぎないけれど……。
一階に降りていくと、すでにロックストックスの面々――佐伯さん以外だが――がそろっていた。昨日の夜も思ったことだが、彼はどうしたのだろうか。はじめてあった時や、夕食のときを考えてみても、彼はいろいろと盛り上がるのが好きなように見えたのだが。その彼が、昨日の夜から姿を見せないというのは少しおかしいかもしれない。
うちのバンドでいたのは、佳乃と美凪。悠人は、朝――というよりも午前中がだめなのだ。たぶん昼頃にゆっくりと起きてくるはず。そんなやつのことは、こっちにどけといて、まずは朝食だ。簡単な洋風の朝食だが、パンとジャムは自家製、牛乳も近くで取れた新鮮なもの、ということで、とてもおいしいものだった。あぁ、帰ってから、スーパーの安売りの食パンなんて、食べられなさそうだ。
今日の午前中は、ロックストックスの練習だ。十時からの予定なのだが、佐伯さんはまだ姿をあらわさなかった。仕方が無い、と西村さんが彼を呼びに部屋へ、あとの二人は自分の楽器を持ってスタジオへ、となったようだ。二階から、おーいおきろー、と呼ぶ声が聞こえる。その声を背に、篠原さんと守桜さんは地下へと降りていった。
少しの間を置き、今度は地下から悲鳴が上がった。何事かと一瞬顔を見合わせる。そして、食堂から玄関ロビーに通じるドアを開けると、地下から上がってきた守桜さんが、カウンターでキーボックスの中を捜しているところだった。
「オーナー、カギは? スタジオのカギ」
彼が、叫ぶようにしてオーナーに尋ねる。
「それならここに……無い? どういうことだ? それよりいったい何が?」
できるだけ冷静にオーナーが聞き返す。
「佐伯が…スタジオの中で…カギが…」切れ切れに答える。
皆で地下へと急いで降りる。閉ざされたスタジオの中には…椅子にぐったりとして座っている佐伯さんの姿があった。その首には、シールド―つまりはギターやベースとアンプを繋ぐコードが巻きつけてあった。ガラス越しに見た、その体は、全く動いていない。多分、彼は――死んでいた。
4
「――ということですか」手帳に何かを書きとめながら、警察の人が言った。この人が、いわゆる刑事さんなのだろう。今、ちょうどオーナーが事情を説明し終わったところだ。
佐伯さんをガラスドアの中に見つけてから、僕たちは、ガラスを破り、中へと入り、彼が死んでいるのを確認した。僕たちは、口も利かずにずっと黙って食堂で座っていた。誰も、動けなかった。そのうちに、呼んでいた警察も到着し、事情を説明していた、というわけだ。
彼らは、午後十一時半くらいから、午前二時半くらいまでの僕たちの行動を聞いて回っていた。ということは、多分その辺りの時間に、佐伯さんは殺されたのだろう。僕と佳乃、悠人と勇は、午前二時まで騒いだあと、それぞれ部屋に帰って休んだ。篠原さんもそうしたようだ。守桜さんと西村さんは、あの後も西村さんの部屋で一時間くらい話していたそうだ。そういえば、お酒のビンを一本ほど持ってあがる西村さんを見た記憶がある。
ところで、無くなっていたスタジオのカギについてだが、いつもは玄関のカウンターのところにおいてあるが、昨日はたまたま持ち出す用事があったため、寝るとき、つまり午前零時くらいまで持っていたということだった。またカギはもともとは二つあるのだが、昨年の夏に、ひとつ無くしてしまったということだった。別にカギをかけるところでもないので……、とそのままにしていたのだという。
「ほら、去年君がきたときに少し騒いでいただろ? あれだよ」
オーナーが守桜さんに言った。あぁ、そうだったんですか、と守桜さんが答えた。
昨日の夜寝るときに、オーナーはカウンターのところへカギを戻したということは信用してよいだろう。つまりは午前零時まで、カギはオーナーが持っていたのだ。カウンターにカギがあったのは零時よりも後。犯人はカギを持ち出して、佐伯さんを殺しスタジオにカギをかけたのだろう。彼を殺し、そのまま何食わぬ顔で一階にあがり、皆が寝静まった後で、わざわざカギを持ち、地下へと降りてカギをかけたのではあるまい、リスクが大きすぎる。
午後になり、何か発見があったようだ。刑事が、手に何かを持ち入ってくる。これに見覚えは? とオーナーに聞く。ビニール袋に入ったそれは、少しばかり土がついたカギだった。たぶんスタジオのカギだと、元気なく答えるオーナー。そのカギは、ペンションの裏手に落ちていたそうだ。多分落としたのは、犯人だ。それ以外に、カギを落とす人物など、思い浮かばなかった。
その後も、事情を伺います、といろいろと聞かれた。めったに無い経験ができた、などと浮かれる気には、どうしてもなれなかった。僕だって、いつもはこういう状況ばかりの小説を読んでいるのに。
ロックストックスのメンバーは、今日帰る予定だったが、警察からの要望で、もう一晩泊まることになった。昨日とほとんど同じ面々が食卓にそろい、ほとんど同じように、奥さんの手料理があったが、味など感じられなかった。息が、苦しかった。食事の後も、皆それぞれの部屋にすぐに戻っていった。
5
その夜、僕は隣の部屋の守桜さんと、二人で話していた。主に、ベースのことについて。それ以外には、ほとんど何も話さなかったといってもいいかもしれない。事件のことになんか、触れたくも無かった。彼のベースは、とてもすばらしいものだった。テクニック的には、申し分ないといっても良い。それでいて、昨日のような、感情も込められるのだから……。
そこへ、少しいいですか……、と美凪が入ってきた。僕は少し驚いた。なぜ美凪が? 普段なら、見知らぬ人のところになど、絶対行かないようなやつなのに。それでは、と僕は立ち上がろうとするが、守桜さんは、いいよそのままで、と僕を引き止める。
「本当に良いのですか? 彼がいたままで」なぜか美凪が念を押す。
「邪魔になるようだったら出て行くよ」僕はそういった。
失礼します、と美凪はそこらにあった椅子に腰をかける。そして、守桜さんをじっと見つめた。何かの決意を固めるように。そして、その決意を少しでも後に伸ばそうとしているように。二人の間の距離など、ゼロに等しいかのように、二人は互いを見つめつづけた。
「お聞きしたいことがあるんです」
とうとう美凪が口を開く。いったいなんだい? 佐伯さんが聞き返す。
「なぜ……、なぜ佐伯さんを殺したのですか?」
僕の聞き間違いなどではなく、確かに美凪は、ためらいがちではあるがそう言った。
守桜さんが佐伯さんを……? 僕には、全く信じられないことだった。だから……
「どうしてそんなことを? 何の証拠があって?」
そういったのは、佐伯さんを殺した――つまりは犯人だといわれた守桜さんではなく、僕のほうだった。
「そのとおりだよ、どうして僕が佐伯を? そんなことする理由なんてどこにも…」
「理由は、後からにしたいと思います。そのことは、私の想像でしかないので」
そう言って、美凪は、まず事件のあらましを話し始めた。
「すべては、去年の夏、あなたがここを訪れたときから始まっていました。ここを訪れたあなたは、あることを思いつき、ここのスタジオのカギを盗んだんです」
それでは、計画的なものだったというのか……。
「そして今年、あなたはもう一度ここを訪れました。今度はあなたが殺そうと思っている佐伯さんと、その彼を油断させるためのバンドのメンバーとともに。何食わぬ顔で数日を過ごしたあと、あなたはとうとう決心して、佐伯さんをスタジオに呼び出し、そして彼を……」
「そんなことを言っても、俺がどうしたら佐伯を殺せるというんだ? 彼の死亡推定時刻の中に、俺のアリバイが無い時間は確かに含まれている。だけど、その時間の後にオーナーがスタジオのカギをカウンターに置いたんじゃないのか。それとも、俺がわざわざ、誰かに見つかるかもしれないというのに、後から佐伯が死んでいたスタジオにカギをかけに言ったというのか? そんな事いったい誰がするか」
そうだ、守桜さんにアリバイの無かったのは、午前零時まで。その時間にカギがあったことはオーナーがはっきりと覚えている。
「そこで、去年盗んだカギを使ったのです。それを使えば、午前零時以前にスタジオにカギをかけることは可能となるんです。次の日、つまりは今日の朝、知らない顔をして地下へと降りていきます。そして、ガラス越しに佐伯さんの遺体を発見する。あなたは一階までカギをとりに上がるふりをします。カギを探していると見せかけて、カギを盗んでしまえばよいんです。実際に使ったカギ、つまりは去年盗んだカギは、昨夜のうちに捨てたんでしょう。昼間発見されたカギがそれですね?しかし、もうひとつのカギ、今朝盗んだほうはそうはいかないでしょう。あなたはあれから、ずっと誰かと一緒でしたから……。多分、今でも持っているはずです」
守桜さんは、一瞬美凪を見た後、じっと視線を下に落としていたが、やがて、ひとつのカギを取り出しテーブルの上においた。そして……
「これが、そのカギだよ。君が言ったとおりさ。そう、僕が佐伯を殺した」
しばらく、誰も何も言わなかった。
「聞きたいことって、そのことかい? 大丈夫、俺は逃げないから。もう少ししたら、多分……自分から行くさ」
「いえ、違います。私が聞きたかったのは、なぜあなたが佐伯さんを殺したのかということです」
「でもそのことなら、初めにわかっていると言ったじゃないか。それともあれはあてずっぽうだったと?」守桜さんが聞いた。
「殺意を抱くようになった理由はわかっているつもりです。多分、いなくなったという彼女のことですね。おかしいと思いました。ただ失恋しただけなら、いなくなった、ではなく、別れた、となるはずですから。その人、亡くなったんですね?」ずっと冷静だった美凪の言葉に感情がこもり始める。
守桜さんが、遠い目をする。
「そう、彼女は死んだんだ。自ら命を絶って。あの佐伯のせいで。彼女は……弥生 は死んだんだ」
彼は、とても寂しそうだった。
「去年の春、弥生は自殺した。昨日聴かせた曲は、その数日前に作ったばかりだったんだ。その後、俺が悲しみに沈んでいるとき、あるうわさを聞いた。佐伯が、弥生にひどいことをしたと……。俺は佐伯に聞いた、本当かってね。あいつが言ったことは、うわさなんかよりも、もっとひどいことだった。だから、俺は……佐伯を……」
「だけどっ……」
美凪が、泣きそうになりながらも、何とか声を出した。
「だけど……あなたはその悲しみをメロディにしていたじゃないですか。とても哀しいけれど、あんなにきれいなメロディにっ……。それがどうして……」
そうだ、昨日聴いたメロディは、確かに哀しかった。しかしそれ以上に美しかった。これから人を殺す人間が奏でるようなメロディでは……なかった。
「そうか……そうだったのか、哀しい音だったのか……。去年の夏辺りから、音が変わったといわれるようになったんだ。そうか、哀しい音か。君の言うとおり、俺は、悲しみを音に変えて、メロディにして、ベースを弾きつづけたのかもしれない。別に、癒されたかったわけじゃないけどね。彼女を最悪の形で失った悲しみと、ずっといっしょに生きていくつもりだった。だけど……だけど、憎しみだけは、あいつが憎いという感情だけは、音に変えられなかった。俺のベースは、憎しみが奏でられなかったんだよ。だから……殺したんだ……」
僕も、美凪も、そんなことをして弥生さんは喜んでいるとでも……なんてことは言わなかった。
それは、何の意味もないことだから。弥生さんを失った守桜さんが奏でた、あのきれいな、哀しいメロディを、そして、彼の弥生さんに対する想いを汚してしまうことになるから。
「ありがとう」彼が言った。
「警察じゃ、こんなこと言っても何にもならないからね。ただの恋人の復讐とでもして処理されるんだろう。最後にこうして話を聞いてくれてありがとう。君たちに、あの曲を聴いてもらえてよかったよ」
そう言った、守桜さんの顔は、なぜか今までで、一番――そう、優しかった。
6
今日も、また月を見る。その青白い月は、昨日よりは少し円に近づいていた。けれど、まだやっぱりまだ完璧になりきれていなくて。それでも、その光は強すぎて、とてもとても強すぎて、まわりの星たちは負けてしまったのか、そんなに数は多くない。だから、月は孤独なのかも、と思う。
僕は、ベースを持って、あの曲を弾いてみる。少ししか覚えていないけれど。
青白い月、わかっていたんだろ? 彼の想いを、悲しみを。だから……泣いているんだろ?
「このメロディは、忘れちゃいけない……そうだよね」
美凪が、そう言った。
"A Melody for Blue Moon"is over.