街路樹色づく街角で待ってる

 



霧越カズト

 

 

いつのまにか、暖かかった季節も終わって、
一日、一日と寒くなっていく、そんな季節。
仲間たちには、そんな冷たい季節へと向かう日々が嫌いなやつが多い。
でも、僕はこの季節が好きだ。
今まで緑一色だった木の葉が
――まぁ、それはそれで、いい感じだったけど――
いろんな色に染まって、本当にキレイな色になるから。
赤や黄色、いろんな、いろんな色で……。
そんなふうにして落ちてしまった葉っぱの上を歩くのも、本当に気持ちいいんだ。
カサカサと音がして。気持ちいい音で。

そう言うふうにして、少しずつ変わり続ける街の片隅で、
僕は毎日暮らしている。
いっつも、この四本の足でしっかり歩いている。
僕の名前?そんなの僕もわかんないよ。だってないんだから。
だって、僕はねこだもん。

 

 

 

そんなある日、僕はいつもの行動範囲を少しばかり越えてみた。
何でそんなことをしたのかは、僕にも分からない。
ただ、そんな気分だったんだ。
時刻はもう夕方。街には家路を急ぐ人があふれている。
その中を、物陰に隠れながら徘徊する。
道にあふれる、
ひと、ひと、ひと。
そうしているうちに、空はだんだんと暗くなる。
このごろは、暗くなるのも、本当に早い。
そんな暗くなった空の下でも、街はまだまだ明るい。
いつのまにか、僕は上に屋根のある道――アーケードに出ていた。
そこにも、やっぱり人はたくさんいた。
なかには、僕に気が付く人もいる。
そういう人のほとんども、僕を見なかったふりをして歩いて行く。
まぁ、ごくたまに、僕をかまってくれる人もいたけどね。
だけど、ほとんどの人は、僕に気が付くこともなく、ただ流れて行くだけだった。

そんなアーケードの片隅に、その人はいた。
彼は、うたっていた。ギターをかき鳴らしながら。
僕は――なぜかその人に、そのうたに強く惹かれた。
それは、本当に珍しいことだったりする。
人がねこに興味を持つのは珍しいことじゃない。
でも、その逆は、本当に珍しかった。

僕は、彼に近寄った。
でも、近すぎず、遠すぎない距離に座り込む。
そうして、彼のうたを聴いた。
彼のうたを聴いているのはもちろん僕だけじゃない。
他はもちろん普通の人間たち。
彼のうたは、とっても――

あったかくて、

なつかしくて、

なんとなくうれしくて、

でも、時には少し悲しいうたで、

でもでも、やっぱり最後には、ふんわりあったかくなっている――

そんな、うただった。

僕以外のお客さんは、次々と入れ替わっていったけど、
僕は結局、ずっとそこでうたを聴いていた。

 

 

 

 

それから、僕はいっつも彼のうたを聴きにいった。
彼は、いつもうたってた。
そして、それを聴いた人は、とってもあったかくなって帰っていった。
街は、もうだいぶ寒くなってきたけれど、本当にあったかいうただった。
気持ちのいい毛布みたいに。
みんなが、あったかい気持ちになって帰っていくのを見て、
彼は、本当にうれしそうだった。
それを見て、僕も本当にうれしかった――なんだかよくわかんないけど……。

 

 

 

今日も、僕はうたを聴きにきた。
今日は、とっても寒かった。
街を染めていた木々の赤や黄色も、もうほとんどなくなっていた。
いくら僕でもこれからの季節は、ちょっと苦手だな。

いつものアーケード、いつもの時間。
彼は、いつものようにそこに座っていた。
でも、いつもとは違う。彼は、うたっていなかった。
ただ、ひざを抱えてうつむいている。
もちろん、その前に立ち止まる人なんていない。
うたわないストリートミュージシャンなんて、
歌を忘れたカナリアと変わらない。
人はただ、彼の前を流れていった。

僕は、いっつもの距離で座っている。
彼が、うたってくれるんじゃないかと思って。
彼は、泣いているみたいだった。

僕がもし、うたえるのなら、
その涙を止めるためにうたってあげたい。

いつも彼がみんなにしていたみたいに、
彼をあったかくしてあげたい。

でも、僕はねこ。

うたえない。うたいたくてもうたえない。

神様は僕に、にゃーと言う鳴き声しかくれなかった。

でも、彼には声がある。

あったかいうた、うたえる声がある。

だから――だからうたわなくっちゃ。

悲しくても、うたえるんだから。

楽しいときには、楽しいうたを、

うれしいときには、うれしいうたを、

そして、悲しいときには、悲しいうたを。

 

そんなふうにして、みんなをあったかくしてきたんでしょ?
だからうたってよ。僕が、君のうたを聴くから。


ずっと、聴いているから。

そんな気持ちをこめて、
彼に近寄って、
全てをこめて、にゃーと声をあげる。

これが……僕のうた。
今の僕にうたえる、最高のうた。

そうして、遠慮がちに、彼をなめる。

「……きみかい。こんばんわ。お話するのは、初めてだね」

いっつもうたっていた、あの声で彼が話し始める。

「いつも聴いてくれてたよね。本当にありがとう。
僕の歌、そんなに良かったかい?
こんな……こんな僕なんかのうたなのに……」

僕は、彼のギターケースの上に飛び乗る。
そして、もう一声、にゃー。

「僕にうたえっていうのかい?
僕は、まだうたっていいのかい?
僕はまだ……生きていていいのかい?」

いいに決まってる。
神様が、あんなにいい歌をうたえる声をくれたんだから。
それは――そう、きみにしかできないんだから。
きみのうたのおかげで、たくさんの人があったかくなるんだ。
それは、僕になんか絶対できないんだ。

だから、きみにうたってほしいんだ。
そのために僕は、きみのそばにいるから。
僕なんか、何の役にも立たないかもしれないけど、
きみのために、きみのうたのために、
僕はずっといるよ。

僕は、ギターケースから降りて、彼をずっと見つめた。
ずっと、ずっと。まっすぐに。

うたってほしい。
僕のために。そして何よりも、彼自身のために。

彼は、おもむろにギターケースを開ける。
そうしてギターを取り出す。

彼はうたいだした。
いつもに比べると、決してうまいとはいえない。
でも――いっつもみたいにあったかくて、
      いっつもよりも、僕の心に響いていた。

うたい終わって、彼は僕を抱き上げた。

「今のうたは、君にささげるよ。
いつもより、下手だったけど、許してくれるかな?
ありがとう。君のおかげでまたうたえるよ。
まだ生きていられるよ。
そうだ、お礼にきみに名前をつけてあげるよ。
君の名前はね―――」

 

僕は、にゃー、って一声ないた。

 

 

おわり




"Sing my song"is over.



BGM「澄み渡る空、その向こうに僕が見たもの。(fra−foa)」