街路樹色づく街角で待ってる
霧越カズト
1
いつのまにか、暖かかった季節も終わって、
一日、一日と寒くなっていく、そんな季節。
仲間たちには、そんな冷たい季節へと向かう日々が嫌いなやつが多い。
でも、僕はこの季節が好きだ。
今まで緑一色だった木の葉が
――まぁ、それはそれで、いい感じだったけど――
いろんな色に染まって、本当にキレイな色になるから。
赤や黄色、いろんな、いろんな色で……。
そんなふうにして落ちてしまった葉っぱの上を歩くのも、本当に気持ちいいんだ。
カサカサと音がして。気持ちいい音で。
そう言うふうにして、少しずつ変わり続ける街の片隅で、
僕は毎日暮らしている。
いっつも、この四本の足でしっかり歩いている。
僕の名前?そんなの僕もわかんないよ。だってないんだから。
だって、僕はねこだもん。
2
そんなある日、僕はいつもの行動範囲を少しばかり越えてみた。
何でそんなことをしたのかは、僕にも分からない。
ただ、そんな気分だったんだ。
時刻はもう夕方。街には家路を急ぐ人があふれている。
その中を、物陰に隠れながら徘徊する。
道にあふれる、
ひと、ひと、ひと。
そうしているうちに、空はだんだんと暗くなる。
このごろは、暗くなるのも、本当に早い。
そんな暗くなった空の下でも、街はまだまだ明るい。
いつのまにか、僕は上に屋根のある道――アーケードに出ていた。
そこにも、やっぱり人はたくさんいた。
なかには、僕に気が付く人もいる。
そういう人のほとんども、僕を見なかったふりをして歩いて行く。
まぁ、ごくたまに、僕をかまってくれる人もいたけどね。
だけど、ほとんどの人は、僕に気が付くこともなく、ただ流れて行くだけだった。
そんなアーケードの片隅に、その人はいた。
彼は、うたっていた。ギターをかき鳴らしながら。
僕は――なぜかその人に、そのうたに強く惹かれた。
それは、本当に珍しいことだったりする。
人がねこに興味を持つのは珍しいことじゃない。
でも、その逆は、本当に珍しかった。
僕は、彼に近寄った。
でも、近すぎず、遠すぎない距離に座り込む。
そうして、彼のうたを聴いた。
彼のうたを聴いているのはもちろん僕だけじゃない。
他はもちろん普通の人間たち。
彼のうたは、とっても――
あったかくて、
なつかしくて、
なんとなくうれしくて、
でも、時には少し悲しいうたで、
でもでも、やっぱり最後には、ふんわりあったかくなっている――
そんな、うただった。
僕以外のお客さんは、次々と入れ替わっていったけど、
僕は結局、ずっとそこでうたを聴いていた。
3
それから、僕はいっつも彼のうたを聴きにいった。
彼は、いつもうたってた。
そして、それを聴いた人は、とってもあったかくなって帰っていった。
街は、もうだいぶ寒くなってきたけれど、本当にあったかいうただった。
気持ちのいい毛布みたいに。
みんなが、あったかい気持ちになって帰っていくのを見て、
彼は、本当にうれしそうだった。
それを見て、僕も本当にうれしかった――なんだかよくわかんないけど……。
4
今日も、僕はうたを聴きにきた。
今日は、とっても寒かった。
街を染めていた木々の赤や黄色も、もうほとんどなくなっていた。
いくら僕でもこれからの季節は、ちょっと苦手だな。
いつものアーケード、いつもの時間。
彼は、いつものようにそこに座っていた。
でも、いつもとは違う。彼は、うたっていなかった。
ただ、ひざを抱えてうつむいている。
もちろん、その前に立ち止まる人なんていない。
うたわないストリートミュージシャンなんて、
歌を忘れたカナリアと変わらない。
人はただ、彼の前を流れていった。
僕は、いっつもの距離で座っている。
彼が、うたってくれるんじゃないかと思って。
彼は、泣いているみたいだった。
僕がもし、うたえるのなら、
その涙を止めるためにうたってあげたい。
いつも彼がみんなにしていたみたいに、
彼をあったかくしてあげたい。
でも、僕はねこ。
うたえない。うたいたくてもうたえない。
神様は僕に、にゃーと言う鳴き声しかくれなかった。
でも、彼には声がある。
あったかいうた、うたえる声がある。
だから――だからうたわなくっちゃ。
悲しくても、うたえるんだから。
楽しいときには、楽しいうたを、
うれしいときには、うれしいうたを、
そして、悲しいときには、悲しいうたを。
そんなふうにして、みんなをあったかくしてきたんでしょ?
だからうたってよ。僕が、君のうたを聴くから。
ずっと、聴いているから。
そんな気持ちをこめて、
彼に近寄って、
全てをこめて、にゃーと声をあげる。
これが……僕のうた。
今の僕にうたえる、最高のうた。
そうして、遠慮がちに、彼をなめる。
「……きみかい。こんばんわ。お話するのは、初めてだね」
いっつもうたっていた、あの声で彼が話し始める。
「いつも聴いてくれてたよね。本当にありがとう。
僕の歌、そんなに良かったかい?
こんな……こんな僕なんかのうたなのに……」
僕は、彼のギターケースの上に飛び乗る。
そして、もう一声、にゃー。
「僕にうたえっていうのかい?
僕は、まだうたっていいのかい?
僕はまだ……生きていていいのかい?」
いいに決まってる。
神様が、あんなにいい歌をうたえる声をくれたんだから。
それは――そう、きみにしかできないんだから。
きみのうたのおかげで、たくさんの人があったかくなるんだ。
それは、僕になんか絶対できないんだ。
だから、きみにうたってほしいんだ。
そのために僕は、きみのそばにいるから。
僕なんか、何の役にも立たないかもしれないけど、
きみのために、きみのうたのために、
僕はずっといるよ。
僕は、ギターケースから降りて、彼をずっと見つめた。
ずっと、ずっと。まっすぐに。
うたってほしい。
僕のために。そして何よりも、彼自身のために。
彼は、おもむろにギターケースを開ける。
そうしてギターを取り出す。
彼はうたいだした。
いつもに比べると、決してうまいとはいえない。
でも――いっつもみたいにあったかくて、
いっつもよりも、僕の心に響いていた。
うたい終わって、彼は僕を抱き上げた。
「今のうたは、君にささげるよ。
いつもより、下手だったけど、許してくれるかな?
ありがとう。君のおかげでまたうたえるよ。
まだ生きていられるよ。
そうだ、お礼にきみに名前をつけてあげるよ。
君の名前はね―――」
僕は、にゃー、って一声ないた。
おわり
"Sing my song"is over.
BGM「澄み渡る空、その向こうに僕が見たもの。(fra−foa)」