白日夢

霧越カズト

「その本、あんまりよくないよ」
見知らぬ人からそんな事を言われたら、誰だって驚くはずだ。
しかも、書店でちょうど本を選んでレジへ持って行こうという時だったら、驚きを通り越して、怒ってしまうかもしれない。
僕は前から読もうと思っていたミステリを買おうと思っていた時に、そんな目にあった。
だから、彼女の第一印象というのは最悪だった。
「それよりも、こっちのほうがいいよ。トリックのレベルはそんなにかわらないけど、ストーリーと文章がぜんぜん違うの」
そう言って、同じ作者の他の作品を棚から取り出す。
「ああ、それなら前に読んだよ」
不信感を抱きつつも、なぜか普通に応対してしまう。
冷たくあしらったとしても、まったく問題はないのだろうが、そういう気には、なぜかなれない。
「えっ、そうなの。……じゃあ、こっちはどう?」
取り出した本をもとに戻し、その隣の本を手に取る。
「それも読んでるよ。その作者は大体読んだんだけど……」
と、まだ読んでいない数冊のタイトルを挙げる。
「うう、それじゃあ、後読んでないのでいいのとなるとぉ……。むずかしいなぁ」
困った表情を浮かべる。彼女が困ることなんか、何ひとつないというのに。
「えっと、じゃあ他の作家で何かいいのない?」
買おうと思って持っていた本を戻し、そう彼女に聞いてしまった。
刹那、彼女の表情が明るくなる。
あごに手を当てて、少しばかり考えたあと、
「じゃあじゃあ、これなんてどうかなぁ? すごくおもしろいんだよぉ。トリックもストーリーもすごいの。
あ、こっちのほうがいいかなぁ。こっちはね、ストーリーが最高なの。もう、泣いちゃうくらい」
そう言って、とりあえず二冊ほど棚から文庫本を取り出す。
あとに選んだほうは、この前僕も読んだばかりの本だった。本格ミステリの第一人者と呼ばれる大御所の作品で、トリックももちろん素晴らしいもので、大いにサプライズを味わったが、何よりも、そのストーリーがとても素敵だった。僕も密かに泣いてしまった。
前者のほうはまだ未読だった。
「そっちのほう、ちょっと見せて」
文庫本を受け取る。帯の言葉はとりあえず無視する。そこに書かれている言葉は、ほとんどが嘘だ。
その代わり、裏表紙のあらすじを読む。こんなところを読んでも、その小説がよいかどうかはわからない。しかし、おもしろくない小説は、ここを読めばわかると思っている。
けれど、今回はたとえどんなあらすじだろうと、読んでみるつもりだった。
同時に挙げたもう一冊が、僕もとても気に入った小説だった、というのもある。が、もっと大きな理由は、こんなふうに女の子が勧める小説というのが、とても気になったからだ。
「じゃあ、これにするかな」
彼女にそう言う。
「こっちはいいの?」
もう一冊の本を示す。
「ああ、それは前に読んだばかりなんだ」
そう答えると、彼女はまた嬉しそうな顔をする。そんなに長いほうではないけど、ショートカット、というには長すぎる髪を揺らして、
「ほんと? ねぇ、これよかったよね? とっても素敵だよね? わぁ、なんか嬉しいな」と言った。
その気持ち、なんとなくわかった。自分が読んで良いと思った本は、他の人にも読んでもらいたい。
そして、できることならば、自分と同じように感じてほしい。
それが、非常に困難なこと、ほぼ不可能に近いことはわかっている。
まったく同じ外見の人間がいないように、感じる心が同じ人間もいないはず。
それでも、願わずにいられないのはどうしてだろうか。
「ねぇ、これから暇かな?」
レジで彼女お勧めのミステリを買ったあとそう聞いたのは、彼女が同じように感じてくれるかも、と思ったから。
たとえ、まったく同じでなかったとしても、近似できるほどに同じくらいには……。
「あ、それってナンパ?」
からかうように彼女。
「いや、そんなわけじゃなかったんだけど……」
しどろもどろになる僕。
「うん、別にいいよ。あんまりそういうことやってるように見えないしね、君って。
そうだ、名前聞いてなかったね。私はね、優菜。よろしくね」
そう言って彼女――優菜は笑った。
「あ、僕はね――」

高校生活最後の夏休み。大学受験の天王山とも呼ばれるこの季節に、思い出を作る暇なんかない。予備校で開講している現役生向けの講習を受けた後、大きめの本屋をはしごして、何の目的もなくただふらふらと本棚を眺める、というのがそんな毎日の中で許された数少ない息抜きのひとつだった。
その日から、その息抜きにひとつ、優菜と会うというのが加わった。
彼女とは、自分の身の上なんかについては話さなかった。
話題は、好きな小説、嫌いな小説、あとは、音楽、映画、ドラマ……。特に、二人ともミステリが好きで、その話題で盛り上がった。好きなミステリ作家、トリックなどなど。その他にも、とにかくいろいろと、とりとめもなく話した。ただ、自分たちのことだけを除いて。

「ねぇ、本を選ぶ時って、なにを基準に選んでる?」
優菜がそう聞いてきたのは、街の中心部にある公園の芝生に二人で座っていたときのこと。
大きな都市の一角につくられた緑。北国といえど夏の日差しは痛いほどに突き刺さる。けれど、木陰がそれを防いでくれている。かすかに吹く風が気持ちいい。大きな噴水も見える。遊んでいる子供、それを見守る母親。観光客と思われる人が、焼きとうもろこしをほおばっている。夏を思わせる風景。けれどなぜか涼しげに感じてしまうのは、異常と言われている今年の夏の気候のせいばかりではないはず。
「そうだなぁ……、とりあえずは作者かなぁ。ちょっと立ち読みしたりして、まったくあわない作者とかいるから」
とある新本格派の作家を挙げる。
「あ、私もその人嫌い。雑誌に載ってた短編の最初の文章読んだだけで、もうやになっちゃた」
「うん、短編は最悪だよ。この前アンソロジーに載ってたやつ読んだけど、文章どころか、トリックもストーリーもひどかった。友達の話だと、長編はましらしいんだけどね」 「そうなんだぁ」
「でも、あんまり読む気にならないんだけどね。あの文章であれだけ長いとね……」
「あはは、そうだねー。あれは長すぎだよねぇ」
そう言って、彼女は軽く笑った。そして、
「で、作者の他は、どうやって選んでるの?」
と、話を元に戻す。
「あとは……ストーリーかなぁ。後ろとかに載ってるあらすじ読んだりして、良さそうなの選んだり」
少し考えつつそう返す。
「それじゃあ、後書きとか解説とか先に読むほうでしょ?」
ああ、と返事するかしないかのうちに彼女は続ける。
「私もね、先に読んじゃうの。だからね、あの人嫌い。いっつもネタばれしてるんだもん。せめて、注意書きくらいしてほしいよね」
そう言って、とある著名な評論家の名前を出す。
僕も、その人の後書きのせいで読んだことがないミステリのネタを知ってしまったことがある。解説している作品のネタをばらすのは、注意書きさえあればまだ許せなくもないが、他の作者の作品のネタをばらすのだけはやめてほしい。そういう、解説にタイトルを出した小説は全て読んでいなければならない、というような姿勢は、はっきりいって嫌いだ。ミステリというジャンルの特性で、他の作品を具体例として挙げたくなるのもわかるが、それをできるだけ避けて巧くまとめるのが、プロだ。
「で、優菜はなにを基準に本を選ぶの?」
放っておくとまだいくらか文句が出そうな優菜に尋ねる。
「うんとねぇ、大体はキミと同じ。好きな作者で、あらすじ読んでストーリーがよさそうなの、って感じかなぁ。
あ、あとね、表紙もけっこう重要かな。
違う出版社で同じのでてたら、表紙がキレイなほう選ぶし、表紙がよかったら衝動買いとかもしちゃうかな。たとえば……」
と、とあるノベルスを挙げる。その本は僕も持っている。
「ああ、それ持ってるよ。表紙に載ってるストラトがほんとにキレイだよね。中身のほうもよかったし」
「私もね、あれ大好き。ギター弾いたりするから、ああ、なんかいいなぁ、て思った。うまく言えないんだけどね」
優菜がギターを弾くというのは初耳だ。
「ギター弾くんだ。どんなのやってるの?」聞いてみる。
「ええとね、なんて言ったらいいのかなぁ……。普通のロック、っていうか。うーん、ちょっとグランジ系はいってるかなぁ」
あごに手を軽く当てて――考えるときの彼女のくせらしい――答える。なんとなくわかった。 どんなものにしても、ジャンル分けというのは非常に難しい。ハリウッド映画なんかを観ればよくわかるが、純粋なアクション映画なんてのはほとんどないだろうし、恋愛ドラマでまったくコメディの要素がはいってないようなものに、僕は出会ったことがない。さらに、本格ミステリということになると、そのジャンルの定義すらあいまいだったりする。
音楽だって同じようなものだ。特に音楽の場合、ジャンル間の境界はあいまいであったり、いろんなジャンルの要素を組み合わせたりした曲がとても多い。いや、そのような曲がほとんどだ。そんな中でジャンルを分けるという行為は、はっきり言って無駄に思える。役に立つのはCDを探すときくらいだ。
「キミは、どんなの聴くの?」
優菜が尋ねる。
「僕は、あれかなぁ……」
イギリスのロックバンドの名を出す。あとは、と、ボーカルが自ら命を断ったアメリカのバンドも付け足す。
「うそっ? 本当に趣味あうねー。私も好きだよ、両方とも。あんなに狂ったようなギターとか弾けないけどね」
嬉しそうな顔。
確かに、あんなギターはイッてしまわないと弾けないだろう。笑顔を見る限り、彼女がそんな人には思えない。
「ね、他にはどんなの聴くの?」
彼女に聞く。
その日は、それから音楽のほうに話題が移っていった。
そんなふうに、どんどんと話題が移っていくことばかりだったけど、二人のフィーリングが合うのか、強引な展開に遅れることもなく、自然に会話を楽しめた。無理にあわせなくても、自然に会話がかみあった。

季節は巡る。夏は終わる。北の夏は、早々とその空気を秋のものに変えていく。
今日も、優菜を公園で待っている。
予備校の講習期間が終わってからは、昼下がりの、大体いい時間から彼女と会うことにしている。
ふと、空を見上げる。
空の青が変わる。夏の青と、秋の青は違う。かすかな違い。だけど、その違いは感じることができた。
僕の夏休みも終わろうとしている。明日から学校が始まる。二期制が導入されて数年経つ。僕が入学したころにはもうそうなっていた。だから夏休みの終わりが、イコール二学期の始まりではない。しかし、実際の学期の切れ目である九月と十月の間よりも、今の時期のほうが区切りとしてはすっきりとした感じがある。それは、義務教育からずっと慣れ親しんだ、三期制のせいばかりじゃない気がする。季節が変わる、その時を生活の節目としたいという自然な欲求なのかもしれない。
学校が始まれば、今のように忙しい中の合間にあるちょっとのゆっくりとした時間を見つけるのもむずかしくなる。
夏休みという非日常から、日常へと戻ってしまうというのは、きっとそんなことなんだろう。
そう、優菜にも今のように会えなくなる。
彼女は、僕には非日常の象徴みたいなものだ。夕方の書店で、突然声をかけられて、本を薦められて。けど、まさか彼女だって、僕に誘われるとは思ってなかったに違いない。
それから毎日、たくさん話をした。僕は彼女に会うために毎日出かけた。それは、受験生としてはちょっとダメだったかもしれない。学校の先生なんかに言わせれば、そういうことをしているやつが落ちるんだろうけど。
けど、僕は行かずにいられなかった。優菜に会いに。会って、ただ話がしたかった。学校とかじゃ、相手にあわせて無理に話さなくちゃいけない。気が置けない友人といえど、常に相手のことを考えて話している。
優菜もそうなんだろうか。学校で、相手に合わせた話題を無難に選んで話しているのだろうか。 ふと疑問に思う。彼女は学校に行っているのだろうか? 行っているとしたらどこに? 少なくとも中学生以下には見えないので、高校生か大学生だろう。でも、高校生じゃないような気がする。外見の問題じゃなく、彼女の雰囲気が、高校生というには大人っぽすぎる。見た目だけなら、大人っぽいと印象は受けないだろう。どちらかといえば、幼い感じすらある。顔つきだけじゃなく、髪型や、ふとしたしぐさでそれを感じる。
僕と優菜は、自分たちについてまったくと言っていいほど話してない。お互いについてわかってるといえば、名前くらいだ。その名前にしても、ファーストネームしか教えあってない。つまり、互いに苗字は知らないわけだ。

それにしても、今日は優菜が来るのが遅い。いつもなら、もうこの時間にはとっくに来ているのに。
夏休みの最終日、受験生にとっては千金の値すらある時間。
いや、今、この時間は誰にだってかけがえのない時間になりえる。
ひとりでベンチに座っている。いつも彼女と待ち合わせる場所。そこで、特にどこを見るというのでもない。ただ、視線を彷徨わせる。もちろん、優菜の姿にはすぐに反応できるようにしておく。
いつか見た光景と、それほど変わらない景色がある。さすがに噴水で遊んでいる子供はもういないが、その代わり、その周りを元気に走り回っている。飽きることなく、くるくる、くるくると。単に走っているだけなのに、なにがそんなに楽しいのだろうか。その顔には満面の笑み。
自分にも、あのように体を動かすという行為自体が楽しい時期があったのだろうか。いつから、今のように体を動かすのが億劫になってしまったのだろうか。
うらやましい。そう思った。

ゆっくり、ゆっくりと時間が過ぎていく。
空の色も、青から朱色へと変わる。
夕暮れ、誰彼=黄昏、逢魔が時。
いろんな言葉で呼ばれる時間。一日の中でも、一番不安定で、不思議な時間。
ある刹那を境にして、光と闇の支配率が入れ替わる。もう少しでその刹那。
それでも優菜はこなかった。せめて、携帯の番号かメールアドレスだけでも聞いておけば、といまさらながら後悔する。
公園の中の風景も変わっていく。
ゆっくりと都会の中の公園でのひと時を過ごしていた人たちがいなくなり、家庭へと帰るのだろうスーツを着た人の姿が目立ってくる。誰も、公園で落ち着くことはない。ただ足早に過ぎていくだけ。ここは普通の歩道と変わらなくなる。
役に立たない携帯を取り出す。電話をかける先なんてない。ただ時計が見たかった。向こうに大きなデジタルの時計があるけど、自分のもので時間を確かめたかった。
もう、午後六時近い。もう、何時間も待っている。きっともう優菜は来ない。そう思った。
なんとなく、帰ろうと思った。ちょっと考えて、持っていたポストイットに自分のメールアドレスを書いてベンチにはっていくことにした。ただ、そのまま普通に書くと、いろいろ問題があるだろうから、この前優菜と話したちょっとした暗号を使う。もし、彼女が来たなら、きっとわかるはず。……わかってほしい。
一縷の望みを託して、僕は帰途についた。
なんとなくさびしかったけど、これでいいのかも、とも思った。
非日常は、いつかは日常へと戻らなきゃいけない。彼女――優菜は非日常の、いわば夢の中の存在だったんだ。
そう思うことにした。

勉強をしていても、あまり気が乗らなかった。ミステリを読んでいてもすぐに飽きてしまう。仕方なく、もう何度も読んだマンガを開く。ストーリーは、完全に頭の中に入っている。セリフだって、いくつかなら覚えている。何もやりたくない時は、こうしているのが一番かもしれない。音楽を聴きながら寝転がっていても、結局は何かを考えてしまう。そして、いつも堂堂巡り。答えなんか決して出ない。

壁にかけてある時計が午前零時を指す。今日はもう寝よう。そう思ったとき、携帯が鳴った。着信音からして、登録してある人じゃない。いったい誰から? まさか――
急いで携帯を手にとる。ボタンを押す手がもどかしい。
そこには見知らぬメールアドレス。サブジェクトには何も書かれていない。
本文に一言『今、待ってる』とだけ。
その、そっけない文章が、このメールが優菜からのものだと告げていた。
どこで待っているか、場所も書いていない。でも、彼女が待っているとしたらあそこだけ。
深夜の街へと飛び出した。

深夜といえども、街灯が明るい。そこに存在しているはずの星は見えない。ただ薄い暗闇があるだけ。あの薄いカーテンの向こうには、いつか父親の実家で見たような星空が広がっているのだろうか。薄く白い天の川や、時折地上へと舞い降りる流れ星があるのだろうか。
向かいから走ってくる自動車のヘッドライトが目に付き刺さる。眩しい。
昼の日差しは、肌へと突き刺さってくる。それは物理的に感じる痛み。つらいはずなのに、どこか心地よかったりするから不思議だ。けど、夜のヘッドライトは目――網膜へと突き刺さる。それはけっして物理的なものじゃない。精神的に突き刺さる。僕の心の深いところへと突き刺さる。どちらのほうが痛いかは、明白だ。
僕は、なぜか自分の足で走っていた。自転車を使えばもっと楽なのに。
しばらく経つと、かすかな疲労感を感じる。それよりも強い爽快感。
真夜中なのに、無数に存在している音。追われるように、追うように走る。
たどり着いた公園に人影はほとんどない。
迫るようにして建つビル。ところどころ、ごくまれに明かりがついた窓がある。そこにいる人が自分の存在を主張しているのだろうか。やけに目立つ。
いつも待ち合わせたベンチまで走りきる。
「早かったね……」
優菜は、そこでひとり待っていた。

二人で歩いた。
何も話さない。
なぜ今日来なかったのか? なぜ今ごろ呼び出したのか?
彼女に聞きたいことはあるのに。
なぜメールアドレスを置いていったのか? なぜこんな時間に呼び出したのにわざわざきたのか?
彼女だって聞きたいことがあるはず。
それでも、二人並んで歩くだけ。
こんなふうに何も話さないでいる、というのは、もしかしたら初めてかもしれない。
二人でいる時は、とにかくいつも話していたから。
いくつかの信号をこえて、まだ続く公園を歩く。
都会の真中につくられた、奇跡みたいな空間。季節ごとに、その姿を変える。短い一日の中でも、その姿はどんどんと変わっていく。

「ねぇ、ここって冬はどうなるの?」
そんな横に長い公園も端にある開拓期の面影がある、歴史的な建物が見えてきたとき、優菜が口を開いた。
「ここって……知らないの?」
ということは……
「実はね、私、こっちの人じゃないんだ。ちょっと遊びに来てただけ。
北海道はね、一回来たかったの……。なんか、北海道って、特別な感じがするでしょ?
他のところにはないような……うーん、うまく言えないなぁ」
軽く手をあごに添える。もう何回も見た、優菜の考えるときのくせ。
「冬はね、ここにも真っ白な雪が降るんだ。細い通路だけ残して、後は雪に埋もれてしまう。こんな街中だってのに、容赦なく降るんだ。次から次へと、どんどん降るんだ。街が白くなるんだよ。
でも、夜に雪が降る時は、空がほんの少し明るくなるんだ。ぼぉっと薄い赤色になる。街の明かりのせいかもしれないけど。ちょっと、キレイだよ」
思い出しながら説明する。この街の、数ヶ月後の景色を。
「うん、それから」
「そう、ここにある樹とか、あそこのレンガの建物とか、ライトアップされるんだ。そういうのを見るときは、晴れてるほうがいいかな。冬の凛とした空気が暗闇を支配していて、その中に浮かび上がる建物とか、樹とか、ほんとにキレイだよ」
「見たいなぁ」
少しうつむき加減に優菜。
「見せてあげたいよ」
前方に視線を向けて僕。
「それじゃあ、いつ帰るの?」
聞く。
「明日、向こうに戻るの……」
ポツリと優菜。
「明日、か……」
見送りとかしたいという気持ちはある。けど、ここで別れるのがいいような気がする。
夢の終わりには、こういう場面のほうが似合う。
「また、逢えるかな?」
優菜に尋ねる。
「わからない……。もうこっちに来るかわからないし……。
でもっ、いつか、また二人で話せたら……。いいよね……」
詰まりながら答える優菜。
「ああ、いいね」
そう思った。

それから、ちょっとして別れた。
結局、彼女の電話番号、メールアドレスは聞かなかった。
着信に一言だけのメールが入ってるけど、二人で話してそれも消すことにした。

次の日から、また日常が始まった。
次々と襲い来る現実の問題。でも、何とか対処する。
大学にも、何とか合格した。地元の国立大学。同級生の多くが同じ大学に入った。
入学式から数日たって、ふと、声をかけられた。
「久しぶり、だね。結局ね、来ちゃった。私もね、受験生だったんだよ。浪人してたんだけどね。
冬のこっちってすごいんだね。受験に来てびっくりしたよ。
……えっとね……」
あごに手を添えるしぐさ。
「……逢いたかったよ、キミに――」

"DayDream"is over.