銃翼の天使
長屋 言人
1
昼下がりのこの時間、買い物に行くのが私の日課。
夕食の材料を仕入れる、というのが名目。実は裏の目的で、あの殺風景な事務所を変えていくための買い物、というのもある。常に花が飾られるようになったり、コーヒーを飲むためのマグカップが、白くて大きいだけの味気ないものから、薄いブルーのかわいいものに変わったりと、一応の成果も上げている。
ちょっと奮発して、いつもよりワンランク上のコーヒー豆を買った後、もうそろそろ花を買える時期だと思って、花屋さんの店先で色とりどりの花びらを眺める。
響さんに、どうして花を買うのか? と問われたことがある。
そう訊かれてから、意識したのだが、確かに以前の私は花なんて飾るような趣味は持ち合わせていなかった。そんなものを飾るくらいなら、お気に入りのアイドルのポスターを部屋の壁一面に貼り付けていたし、そもそもが、わざわざ世話をしなければならないものを愛でるなんて、無駄もいいところだと思っていた。
だから、その突然の質問に、事務所が殺風景だとお客さんが寄りつかないでしょ、なんておどけた答えしかできなかった。
「未名?」
そう声をかけられたのは、髪の先をさわりながら、どうにも季節感の見えにくい店先で頭を悩ませていたときだった。
後ろを振り返ると、そこには私と同い年くらいの少年がいた。
「えっと……」
知り合い? いや、私の名前を呼んだんだから、そうに違いない。幸いにしてというか残念ながらというか、街角で声をかけられるような類の有名人ではない。
「まぁ、仕方がないか……君と違って俺は全然目立たないその他大勢だったしなぁ」
彼はそう言って、幾分大げさに肩を落とした。
ーー記憶の片隅に引っかかるものがある。どこかで、こんな風な大げさな悔しがり方を見た覚えがある。あれは確かーー
「もしかして、同じクラスだった祐介君?」
まだ、ほんの子供の頃ーー私が何にも疑問を抱いていなかった頃、机を並べて学んだクラスメイトの一人に、本当に悔しそうにがっかりする人がいたのを思い出した。よく見てみれば、目の前の彼にその面影がある。
「お、思い出してくれた。いやぁ、良かったぁ。あんたなんか知らないーって言われても、こっちには何も証明するものもないからな。いやー、とにかくさ、元気だった? 今、何してんの?」
久しぶりに会った祐介君は、それまでのブランクを言葉で埋めるかのように、矢継ぎ早に質問を繰り出す。
「えっと、えっと……見たとおり、一応は元気だよ。で、今は、ここの近くの事務所で働いてるの」
「へぇ、事務所で働いてるって、事務員かなんか? OLってやつだ。がんばってんだなぁ」
「う、うん」
実際のところは、OLと言ったら本当のOLさんに怒られそうなことをやってるわけだが、事情を説明するのも面倒なので、肯定しておく。
「それで、祐介君は今は何をしているの?」
質問の合間をかいくぐって、逆に彼に訊く。
「あ、俺? 俺はね、うーん、なんて言うかな……何でも屋みたいなのやってるんだ。まぁ、まだ見習いなんだけどね」
少し誇らしそうに彼は言った。そんな表情を見て、私は何となくうらやましくなる。
「祐介君だって、がんばってるんじゃない」
彼は、一瞬きょとんとした後、そうでもないよ……とか言いながら、恥ずかしそうに顔をそらした。
2
それから、二、三日に一度、祐介君と会うようになった。立ち話も何だから、近くの喫茶店で。
彼はいつも饒舌に自分の近況を語った。その、彼の話には、よく笠木という人の名前が出てきた。祐介君がお世話になっている人らしい。その人の下で、彼は、何でも屋の見習いをしているそうだ。
私も、事務所のことを少しだけ話した。
まともな調度品の一つもなかった事務所のこと。
お客さんが少なくて、いつもお金のやりくりに苦労していること。
雇い主は、そんな数々の危機にも無頓着だったこと。
とにかく、自分があの事務所を人間がいるのにふさわしい環境に近づけているということ。
……そうして話している間、私は、きっといろんなことを忘れられていたのだと思う。
響さんは、確かに優しい。
でも、それは私のことをーー私のすべてを知っているからの、優しさ。
その優しさが、嬉しくもあり、私に傷を思い出させる。
今、目の前の祐介君が見ているのは、あのころの私。
まだ、傷もなく、この両腕がきれいだった頃の、私。
冷たくなくて、汚れてなくて。
柔らかく暖かい、あのころの私。
祐介君は言ってくれた。考えるときの、小首をかしげる仕草、あのころと一緒だって。私は、自分に変わっていないところがあることがわかって、本当に嬉しかった。
この心も身体も変わってしまったけれど、変わらないところがある。
あのときを境に、全くの別人になったはずだったのに、変わりきれていないところもある。
その事実が純粋に嬉しくて、限りなく悲しかった。
そして、過去の終わりがきた。
3
その日、祐介君の表情はいつもと違っていた。
どこかよそよそしい。そして、言葉尻が軽かった。
何か、隠している?
「どうかしたの?」
テーブル越しにそう尋ねても、彼はいいや、と首を振るのみ。
結局、大して話もしないまま、二人で喫茶店を出た。
「じゃあな」
手を振って去っていく。私は、その背中に、何も問いかけることができなかった。
ーーとうとう、その日が来たことがわかったから。
響さんにあわせて、夕食の時間は少し遅め。ゆっくりとしていた準備もようやく終わろうという頃、私の電話が鳴った。
表示されているナンバーは祐介君のもの。
「ーーもしもし?」
「あ、未名? 今って大丈夫?」
受話器から、彼の声が聞こえる。
「うん、大丈夫」
「えーとさ、今から、ちょっと会えないかな?」
「今から? もう結構な時間だよ?」
時計を見る。午後十時過ぎを指している。
「……だめかな」
「もう、そんな声出さないでよ。わかったよ。うん、行くよ」
努めて明るい声を出す。
「そっか、ありがと。それじゃあ、今から言うところに来てくれないかなーー」
祐介君はそう言って、一軒の店の名と大まかな場所を告げる。
ーー昨日、やっと調べがついた場所だった。
「うん、そこならわかると思う。じゃあ、これから行くからね」
「ああ、待ってるよ」
そして、電話は切れた。
華奢な電話の筐体を握りしめ、ため息をつく。
やっぱり。
こうならなければ、良かったのに。
結局は、私は今の私からは逃げられないということなのだろうか?
過去までがーーあのころの私の影までが、今の私を傷つけるというのか?
「……行くのか?」
いつの間にか、響さんがすぐそばにいた。
「ーーうん。行かなきゃ」
顔を上げて、響さんを見つめる。笑おうとするけど、うまくできない。
「代わりに俺がーー」
「ううん、私が行かなきゃだめなの」
笑えないけど、はっきりとそう言いきる。
今と過去から逃げたかったのも私。
今と過去を忘れたかったのも私。
だったら、向き合うのも私じゃなくちゃいけない。
「……わかっているのか?」
響さんの心配そうな声。
「うん、私だって、一応は響さんの助手なんだからね。ーーそうそう、ご飯はだいたいできてるから、あとは悪いけど自分で何とかしてくださいね」
歩き出す。
「ああーー明日も、頼むな」
背中に向けられた言葉に、少し笑いそうになる。
かっこつけたいくせに、うまい言葉でしめられない。響さんのかわいいところだった。
私は、そんな彼のかわいいところを、まだまだ見ていたい。
それだけじゃなくて、彼のことなら、どんなことでもまだまだ見ていたい。感じていたい。
だから、今は行こう。
夜の街に踏み出しながら、そう思った。
4
この街が、四季をほとんど持たず、いつも寒くて良かったと思う。
夏の太陽が降り注いでいたら、このコートの下のものをどうやって隠したらよいのだろう。
こんなものを二つも持っている少女など、不審以外の何ものでもない。歩いているだけで、捕らえられてしまうだろう。こんな時間だと外を歩いている人も少ないが、それでもできれば他人には見られたくない。
乾いた大通りから、冷たい路地へとはいる。
誰かの気配を感じて、私は立ち止まった。
無意識に、コートのボタンをはずす。いつでも取り出せるように。
物陰から、男が現れた。二人。
どちらも年の頃は二十代前半。軽薄そうな顔をしている。
「おいおいおい、こんな時間にどこに行くんだい?」
にやにやと笑いながら、左側の男が近づいてくる。
私は答えない。答える必要がない。
「黙ってちゃわかんないだろ? なにか答えてくれよ、お嬢さん」
そう言いながら、もう一人も近づく。
ーー二人とも、あと少しで……
「なんだ? 口がきけないのかな? それじゃあ身体にーー」
右側の男が、まずはじめにその円の中に入った。
右手で引き抜いたソレを、円周上に走らせる。その軌道上には男のこめかみがあった。そのまま打ち抜く。彼は、そのまま倒れた。左手に持ったソレも、円周を描く。銃を取り出そうとしていたもう一人の男の右手を砕く。が、彼は気丈にも倒れようとはしない。
私は、旋回をやめない。
右手が一周し、たったままの男の鎖骨を折る。
低い軌道から、左手が臑を叩く。折れた。
さらに数回、致命傷となるような部分をさけて、それを叩き込んだ。
「お、おい……なんだよぉ……」
回転を止めたとき、彼の目の前には私が持つ拳銃があった。
「誰が?」
問う。
「誰がって何がだよ?」
まともな答えはない。出てくるのは汚らしい涙だけ。
「誰が私を襲わせたの?」
「ふんっ、くそっ、おまえを襲えっていうのは笠木さんが言ったんだよ。それがいつものことだからな……。くそっ、それにしても祐介のやつ、何がお嬢様だから簡単だって? いきなり銃で殴られて、目の前に銃を突きつけられてるんだぞ? こんなやつ犯ってたら命がいくつあっても足りなーー」
うるさいから、喉を撃ち抜いて黙らせる。聞きたいことは、すべて聞いた。
疑惑が、確信に変わる。
そうじゃなければ良い、そう思ってた。いや、そう願っていた。
けれど、結局私にはそんな奇跡は訪れなくて。
銃をコートの下に隠し、ビルの中にはいる。
祐介君と待ち合わせた店は、このビルの地下。
けれど、私は上に続く階段を進む。
「ここから先は、遠慮願おうか」
二階の階段を上ったところは、少し広いエントランスのような場所になっていた。ここで、客の選別をするのだろう。ーー取引相手か、カモか、道具か、慰み者か。
「上?」
門番のように立つ男に問いかける。ドアの左右に一人ずつ。
いつでも銃を取り出せるように手は、腰に置く。
「ああ? 笠木さんに会いたいって言うのか? 無理だから帰りな」
追い払うように手を振る左の男。
「いるのね」
それだけ確認できれば良い。二人をその場に残して、ドアへと向かおうとする。
「ーー待ちな」
左の男が懐に手を入れる。
その手が完全に銃把をつかむ前に、私が右手の銃が彼を正確に捉えている。
完全に反応が遅れていた右側の男には、ほんの刹那遅れて左手の銃が向いている。
「ーー祐介君は、地下の店?」
両腕をクロスさせ、二人に銃を突きつけたまま、戯れに問う。
「ゆ、祐介なら下の店にいるはずだが……」
ふるえながら、左側の男が答える。
「な、なぁ。あんたの細腕じゃそんな大型の拳銃は扱えないぜ? だからさ、おとなしく下に置いて……」
右側の男が言う。
確かに、彼の言うとおり、私が持っているのは拳銃という武器の中でも、大型の部類に入るものだ。非力な少女が使ったりしたら、良くて手首を骨折、悪くて肩までいってしまうだろう。たぶん、この男たちが使ったとしても、まともに撃つことはできないだろう。
けれどーー
「大丈夫。私には使えるから」
響さんと撃ち合ったあの日から、私の銃口は彷徨わない。
いつだって、まっすぐに向かっていくだけ。
二人の男の後頭部に、大きな風穴があいても、私の両腕は揺るぐことがなかった。
ドアから突入。
待ち受けていたのか、無数の銃弾が浴びせられる。
冷静に、左右の銃をポイント。そして射撃。
銃弾はいくつも撃つ必要はない。一人の人間を殺すだけの最小限の数を撃っていく。
旋回しながら、部屋の中に躍り込む。
左の机の影ーー右手の銃が撃ち砕く。
前方の男ーー左手の銃が撃ち抜く。
風切り音が、耳元を通り過ぎる。
跳弾した床の破片が足を切る。
私は、撃った。
結局部屋の中には、五人の男がいた。そのうち三人は、頭がなかったり胸に大穴があいていたりで、死んでいる。後の二人も、手首から先がなかったり、足がずたずたになっていたりで、もう戦えないだろう。ーーもしかしたら、後数分で死んでしまうかもしれない。
廊下に出て、階段に向かう。
階下から上ってくる足音。上からも銃弾が降る。
両方に撃ち込みながらも、一歩一歩、確実に階段を進む。
追いすがり、振り下ろされる弾。
それはまるで、現在の私を苛み拒絶する、過去と未来の写し身のよう。
ならば、私はここで足掻く。
乱舞し、乱射する。
砕けた建材が散乱し、硝煙の煙が立ちこめる。
この死の庭が、今の私の居場所だから。
やがて、下からの攻撃がやむ。
逃げたか、それとも全員死んだか。
両手の銃を上に向け、残りの階段を一気に駆け上がる。
速射。
二連。一人倒れる。
踊り場で止まり、旋回。左右交互に放つ。
右手の銃が先に弾切れ。回りながら使用済みのマガジンの落とす。左手の銃が、当面の相手ーー殺傷範囲にいる敵を殲滅した。また階段を駆けながら右の袖口からマガジンを空の銃把に挿入。そして初弾を装填した。
半階分進んだところで、また敵がいた。身を隠しながら、左の銃で牽制。数発でスライドがオープンになるので、同じ手順でマガジンを交換する。
そして、突入。
撃って、殺した。
最上階、ひとつだけ目立って重厚な扉を開ける。
ここまで来たら……と思っていたが、その通りに銃声の出迎えはなかった。
中にいたのは三人。
一番奥にいるのが、写真で顔を覚えた笠木。彼と私の間を遮るようにして、刀を手にした冷酷そうな顔つきの男が立つ。
そしてーー
「祐介君……」
気がつかないうちにもう殺したか、それとも逃げたのか、そう思っていた。
「な、なぁ未名。これはいったいーー?」
祐介君は、惚けた表情で尋ねてくる。
「お前が思っていたようなお嬢さんじゃなかったということだな」
笠木が口を開く。
「ーー未名といったな。その二丁の拳銃、最近ここらで噂になってるのは、お前だな?」
嫌らしい目。見ているだけで吐き気がする。
「かもしれないわね」
「嬉しいねぇ。噂の、拳銃の堕天使に会えるとは」
拳銃の堕天使ーー私が響さんの事務所にお世話になり出して数ヶ月。普段は確かに事務員みたいなことしかしていないが、仕事の時には、もちろん手伝うことになる。そのとき手ぶらで行くわけにはいかない。刀やナイフが使える訳じゃないから、自然と拳銃を使っていた。
今、手に持っている二丁の大型は、あるとき響さんが調達してくれたものだった。ーーもっとも、その出所である商人は必要となる弾薬を補給するのに使っている商人なわけで。プレゼントもらって嬉しいかい? などと気の良いオヤジにからかわれたりもしたのだが。
小さい頃に習ったバレエの影響だろうか、自分なりにステップを踏みながら、二丁を撃つ。それが珍しかったのだろうか、それとも誰にでも通り名を付けたがるのがこの業界の常なのか、私は拳銃の堕天使という名をいただいた。ちなみに、いつも無口な響さんの通り名は寡黙の銃弾、目の前にいる笠木はーー
「私もお目にかかれて光栄です、嗜虐性の願望、笠木さん」
どこにであるような、犯罪組織のボスが彼だった。ただ、他と少し違ったのは、彼が極度の残虐愛好家だったということだけ。
ーー直接彼の被害にあった女性も数知れないし、彼が部下たちにやらせた残虐行為の犠牲になった女性も数多い。今回、私もどうやらその中に入るところだったらしい。
「……知っているようなら、話は早い。とりあえず、死ね。それからゆっくりと犯す」
手で、傍らの男に合図する。
刀を持った男が、こちらに歩み寄る。
とっくに、銃の殺傷圏には入っている。男はそれを気にすることなく進む。
刃紋を揺らめかせながら近づく。
はじめに路地で男たちを屠った、銃を鈍器として使う場合の円周上も、突破する。ーーこの男には、あのような方法では勝てないと感じでいた。
刀の殺傷圏の一番内側で、彼は立ち止まる。
「なんで俺がこれを使っているかわかるか?」
抜き身を徐々に持ち上げていく。
「銃は、うまくやらないと一発で殺すというのは難しい。だが、こいつは一発で確実に殺れる。俺はそれが好きなんだよ……。まぁ、お前の銃を使えば一発で殺れるのかもしれないがな」
まっすぐ振りかぶる。
「ここまで近づいたら、もうお前のように銃を使うやつは刀に勝てないのさ。死ね」
白刃を振り下ろす。
私は、左腕でーーいや、正確には、生身の左腕が存在するべき場所に取り付けられている機械でそれを受け止める。
チタンの骨組みが、刃を受け止める。
男の顔が驚愕に歪む。
右手ーー右手の代わりにつけられた義手が持つ拳銃が、心臓があるだろう場所を狙う。
外すはずがない。銃口は彼の胸にぴったりと接触されているのだから。
「それじゃあ」
男の胸に穴が開いた。
「なっーー」
次は笠木。男が倒れた向こうに、銃弾をばらまく。
肘と肩と脇腹と股関節のあたりと耳と右目の上あたりに弾は当たり、当たった場所近くの肉や骨が吹き飛んでなくなった。ついでに、彼の生命もどこかに消えていた。
5
祐介君と、まっすぐ向き合った。
「ーー逃げてなかったんだ。てっきり、もうどこかに行ってるんだと思ってた」
「お、俺だって、まさか未名がこんな……」
「どう?」
「どうって何がだよ?」
「私、あなたも殺すわ」
刀で傷つけられた左側ではなく、右の腕をあげる。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。本当に俺を殺すのか? 見逃してくれないのか?」
がたがたと震えている。
「なぁ、昔はそんなのじゃなかっただろ? もっとさ、いろいろと笑ったりさ、そんな銃を振り回したり人を殺したりだとかはーー」
おびえ、恐怖。
そうじゃないと思っていたものに裏切られたから?
「ーー今は、銃も撃つし、人も殺すの。この両腕になったときから、そう決めたの」
一瞬だけ、刀で切られても、血の一滴も出ない左腕を見下ろす。
その瞬間をチャンスと見たのか、祐介君の右手が銃をつかもうとしたのか懐に伸びる。
視界の端でそれを捕らえた次の刹那には、私が放った弾丸が、彼の右手と心臓を貫いていた。
なぜだかわからないけど、銃は弾丸を吐き出し続けていた。
トリガーを引く指が止まらない。祐介君はもう床に倒れ伏している。弾は壁に吸い込まれていく。
閃光と穿孔。
弾が切れてスライドが開いたとき、後ろからすぅっと抱き留められた。響さんだった。
「ーーすまない、遅くなった」
そう言う彼の手からは、濃い硝煙の香りがした。
階段で下からの攻撃がやんだの、あれは響さんのおかげだったんだ。
「泣いているのか?」
頬をぬぐう指。
「……みんな殺しちゃった。祐介君も殺しちゃった。別に、彼のことなんて何とも思ってなかった。本当だよ? なのに、なのにどうして」
響さんがぬぐってくれた跡に、また一筋流れる。
「昔は、こんなんじゃなかったっていうの。銃も撃たなかったし、人も殺さなかったって。でも、今の私は銃も撃つし人も殺すし、あのころは暖かかった両腕も、切れば血が出ていた手首も、今は全部機械で、斬られたって表面に傷が付くだけで、血なんて出ないの」
「それでも、斬られれば傷が付く」
彼は、私の左腕にハンカチを巻いてくれる。
表面が切れただけの、血も出ない場所に。
彼の優しさが、私の心を包んでくれた。
振り返り、響さんの顔を見る。
きっと、私よりもたくさんの悲しみを見てきた目。その目が、慈しむように私を見てくれている。
胸に飛び込み、私は泣いた。
機械仕掛けの両腕を、背中に回す。
ーー過去は失った。
けれど、大切な今を手に入れた。
私は進んでいく。
かけがえのないものを失わないように。
回した腕に、少しだけ力を入れた。
"Requiem for the past" is over.