お土産

霧越カズト


「――今日でこの穏やかな日々も終わりか……」
 テーブルの向こうでシロウが嘆く。
「そっか、藤村先生明日帰ってくるんですね。それじゃあたくさんご馳走作らないとっ」
 タイガが帰ってくるのも嬉しいが、ご馳走を食べられるのも嬉しい。
「でも、帰ってきた日くらい自分の家でゆっくりしたいんじゃない?」
 最近衛宮家に入り浸っているリンが言う。
「甘いな、遠坂。藤ねえは荷物を持ったまま直でここに来る。そしてすべてを喰らい尽くす。あの人は、そういう人だ……」
 シロウの顔に一筋の冷や汗が。
「――タイガっていったい……」
 私は、彼女の一端しかまだ見ていないということか?
「まぁ、そんなに嫌ってわけじゃないぞ、セイバー。そうやって俺や桜の料理を楽しみにしてくれるってのは嬉しいし、一応お土産だって買ってくるしな」
 シロウの言葉にサクラもうなずく。
「藤村先生ってどんなお土産買ってくるの? なんか興味あるー」
 はーいと手を挙げながらリン。
「藤ねえのお土産か……普通のと、普通じゃないのがあるな……」
 首をひねりながらシロウが言った。
「何よそれ、わけわかんないわよ」
 もちろんリンはふくれる。
「でも、そう言うしかないですよね、実際のところ」
 サクラが助け舟。
「――まぁ、ゆっくりと説明してくださいな」
 リンもシロウの扱いに慣れたというか、不条理なことに慣れたというか。
「……まず、俺に買ってくる土産はわけがわからない」
 シロウがゆっくりと語り始める。
「ああ、それはわかります。シロウの部屋にあるものは、その……」
 確かに意味が不明なものばかりだった。
「桜がこの家に来るようになってから、藤ねえは桜のためにも、お土産を買ってくるようになった。しかし、これがさらに意味不明なことに、本当に普通に何の変哲もないようなお土産ばっかりなんだ」
 シロウの力説が始まる。
「は?」
 リンには暖簾に腕押し。
「だから、本当におかしいくらいに普通のお土産なんだって」
「――桜、ちょっと説明して」
 頭を抱えたリンは、サクラに話を振る。
「はい。先輩に買って来るのは本当に良くわからないものばかりなんですけど、私にって買ってきてくれるのは、逆に本当に良くわかるものばかりなんです」
 苦笑しながらサクラが続ける。
「――サクラ、それでは良くわかりません。できれば具体的にどういうものなのかを……」
 私も、サクラに尋ねる。
「そうですね――この前仙台に行った時には、先輩には牛タンの歌のCD、私には萩の月でした。北海道に行った時には、先輩には水曜どうでしょうのトランプ、私には白い恋人で……」
「あー、ストップ。なんとなく想像はついたわ。
 ということは、今回は東京に行ってるから、桜に買って来るのは――ひよこね。士郎には東京タワーの置物でも買ってくるんじゃない?」
 リンが断言する。
「う、東京タワーの置物とはまたべたで微妙な」
 シロウは苦い顔。
「確かにひよこはありえますね」
 サクラは妙に納得。
 しかし、私は少しリンの言葉に気になるところがあった。
「ひよこ、ですか?」
 ひよこといえば、鶏の雛、私にはそれしか思い浮かばない。
「うん、ひよこだろう。東京土産といえば、やっぱりなぁ」
 と、うなずきながらシロウ。
「でも、元々ひよこは福岡のものらしいですけど……」
 小首をかしげてサクラ。
「まぁ、あの先生がそんなことを気にするはずないでしょ。だから、ひよこで決まりよ、ひよこで」
 リンが勝ち誇った感じなのはどうしてでしょうか?
「しかしシロウ、ひよこをどうするのですか?」
 雛を飼ってくるということは、そのまま育てたりするのだろうか? それしても、わざわざひよこをお土産に買ってきたりするのだろうか?
「ん? もちろん食べるけど」
 私の苦悩も知らず、シロウはあっさりと返事した。
「――どうやってですか?」
 多分、シロウのことだから美味しく料理してくれるのだろう。そう幾分の期待を込めてたずねる。
「どうやってって、もちろんそのままよ」
 しかし、その期待をあっさりと打ち砕くリンの言葉。
「そのまま、ですか? 焼いたり煮たりしないのですか?」
 そんなまさか――
「当たり前じゃない。
 そうそう、士郎は頭から食べるほう? それともおしりから?」
 それは、ちょっと野蛮な話題です。ひよこをそのまま食べるなんて。しかも、頭からとかおしりからとか――
「うーん、あまり意識したことないけどなぁ……」
「私は頭のほうから食べちゃいます」
 少し照れたようにサクラが言った。
「へー、私はおしりのほうからかなー」
「――ふうん、やっぱりタイヤキとかも一緒?」
 シロウ、そういうふうにあっさりと流していますが、本当に大丈夫なのでしょうか? 頭からとかおしりからとか、まるで私が生きた時代のように、その――雑です。

 まだまだシロウにリン、サクラが色々と盛り上がっていますが、私はその三人を置いて茶の間をあとにしました。
 私には、とても不可解です。
 あのシロウがひよこをそのまま食べるなんて――!
 とてもじゃないですが、信じられません。
 あの雑な食べ物に絶望していた私に調理するということの大切さ、尊さ、そして、手を尽くすことが食材に対する最高級の礼儀だと教えてくれたのは、シロウ、あなたじゃないですか。
 そのあなたが、ひよこを生で食べるなんて……。
 しかし、シロウ達がそのまま食べるということは、ひよこはそのままでも十分に美味しいのでしょうか?
 そういわれれば、あのふわふわしたからだはいかにも柔らかそうではないでしょうか?
 けれども、苦かったりはしないのでしょうか?

 その日、私は黄色くて小さくて柔らかいひよこの夢にうなされました。


「ただいまー」
 なぜタイガはこんなにも夕食の時間ぴったりに帰ってこられるのでしょうか? 不思議です。
「ああ、お帰り藤ねえ。ちょうどご飯もできてるよ」
 今日はシロウにサクラ、リンも一緒に作ったたっぷりのご馳走。私もちょっとお手伝いしました。
「嬉しいぃ! 久しぶりの士郎ちゃんのごちそうだっ! あら、こっちは桜ちゃんね。それに遠坂さんもありがとうね。ん、このちょっと形が不揃いな肉じゃがはもしかしたらセイバーちゃんかな?」
「――はい、すいません。まだ不慣れなので巧く切ることができませんでした」
 剣士ともあろうものが包丁を巧く扱えないなんて、今まで思っても見なかった。剣を扱うのとは違うコツが必要なのだ。
 せっかくのタイガのためのご馳走なのに、私は不揃いな肉じゃがしか作ることができない。それがちょっと悔しい。
 悔しいのに――
「ありがとう、セイバーちゃん」
 なぜタイガはそんなにも笑顔で私を抱きしめてくれるのですか?
「タイガ――私の料理はまだまだ未熟です。形が不揃いなだけでなく、きっと味も良くない。それでも――」
「そんなこと関係ないの。セイバーちゃんが私のために作ってくれたっていうのが、とっても嬉しいの」
 嬉しい。
 自分が料理を作ったことで、こんなにも喜んでくれる人がいる。
 シロウはこんなことをずっと独り占めしてきたのだろうか。ちょっとずるいと思った。
「ありがとう、タイガ」

 と、前置きはそれくらいにしておいて、にぎやかな夕食が始まった。
 昨日までも、私にシロウ、リンとサクラ。場合によってはイリヤスフィールまでいたので、決して寂しい食卓ではなかったはずである。しかし、やはりタイガがいるのといないのでは活力がぜんぜん違う。
 不思議な女性である。
 がーとうなっていたり爆発しているかと思えば、とても優しい一面も持ち合わせている。
 魅力的な女性とは、彼女のような人のことを言うのだと思った。

「それじゃあお待ちかねのお土産タイムー」
 そういいながらタイガが持ち出したのは、大きな紙袋。
 あの中にひよこが――。
「まずは士郎にね。はい、東京タワー」
 シロウに手渡されたのは、東京タワーを模した置物――にしては小さいような……
「――くっ、まさかこう来るとは」
 シロウが呟く。次の瞬間、その手の中でタワーが二つに分かれた。その片方の先には――
「ボールペンね」
 リンの正確無比な突っ込み。
「はははー。私がただの置物なんて買ってくると思ったかー」
 タイガは絶好調である。
「じゃあ次は桜ちゃんと遠坂さん、セイバーちゃんも一緒でごめんね」
 といいつつ取り出したのは黄色い紙の包み。ひらがなで「ひよこ」と書かれていた。
「この中に、ひよこが――?」
 緊張する。ついにこの瞬間が来たのだ。
 サクラが包装をきれいに解いていく。中から箱が現れる。
「じゃあ、いきますよ」
 そう言って、ふたに手をかける。
 その中から現れたのは、さらに薄い紙に包まれた物体だった。
「これが、ひよこですか?」
 違う。想像していたものと若干――いや、結構違う。
「早速いただきますね」
 サクラがそのうちのひとつを手に取る。私もーと言ってリンもそれに続く。
「はい、セイバーちゃんも」
 タイガがそう言って私の手のひらにひよこをひとつ乗せてくれた。
 思ったよりもしっかりとしている手触り。ふわふわしていない。
 思い切って、薄い紙の膜を開く。
 その中から出てきたのは――
「やっぱりひよこねー」
 小さくて――
「甘くて美味しいです」
 愛らしいお菓子だった。
「――セイバー、食べないの?」
 リンの言葉に私は答えることができない。
 私は、完全にこのお菓子に魅入られてしまった。
 曲線を主体とした優美な形。頭に当たる部分にちょこんと作られた、かわいらしい顔。
 食べてしまうにはもったいないような造形。
 けれど、これは食べるためのもの。見るためのものじゃない。
 意を決して、頭を口に入れる。
 ――ああ、これは良い。
 しっとりとした生地に程よい甘さ。
 外見そのままの柔らかな美味しさが口に広がった。
 はむっと身体を食べる。
 しつこくない甘さだった。
「ありがとうございました、タイガ。これはとても美味しいです」
 ひとつ食べ終わり、私は幸せの中でタイガに礼を述べた。
「ほんと? 気にいってくれてお姉さん嬉しいわー」
 タイガの笑顔がまぶしい。
 やっぱりべただなーなんて言いながらも、シロウが笑っている。
 美味しいからいいじゃないですかなんて言いながら、サクラはすでに五個目。ちょっと食べすぎじゃないでしょうか。
 リンはすでにひよこからお茶主体に移っている。さすがは魔術師、自己管理がしっかりとしています。
 こんな特別なこともない笑顔が一番嬉しい。
 だから、私もずっと笑顔でいようと思う。


「タイガ、これはこの前の萩の月と同じではないのですか?」
 私はタイガの買ってきたお菓子を冷静に分析し、そう述べた。
「いや、だってこれ北海道で買ってきたやつだしー」
 そんなこと私に言われてもーとタイガ。
 どうやらお土産というものは奥が深いようです。

"Souvenir"is over.


あとがき
すいません、一発ねたで。
セイバーがはむはむとひよこ食べてたらめんこいだろうなぁ、と。
ただそれだけの話です。