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 今でも覚えているのは、幼稚園の年少組の頃までは、『ウルトラマン』に限らず、特撮番組全般、あるいはいかにも子どもの好みそうなアニメ作品に対しても、あまり興味がありませんでした。周囲の子どもたちがそのような番組の話をしていても「どこがおもしろいの」「あんなの人が着ぐるみに入っているだけなのに」と、全くかわいげのない反応しか取っていませんでした。
 年長組になったある日です。幼稚園の園長先生から、今年のお遊戯は「帰ってきたウルトラマン音頭をやります」と言われました。「なんだそれ?」とか思っていると、流れてきたのは聞き慣れない音楽、『帰ってきたウルトラマン』の主題歌とのことでした。この音楽に合わせてそれぞれが色とりどりのフラフープを持ってお遊戯。あまり想像つかないと思いますが、なかなかテンポの良いお遊戯だったように記憶しています。それにしても後々思うのは、なぜ『帰ってきたウルトラマン』だったのか(この時は昭和54年ですから別に『帰ってきたウルトラマン』は最新作ではない。)、詳しくはわかりませんが恐らく朝に再放送されていたからだと思います。
 というわけで、この幼稚園の教育活動の一環を通して(?)私は『ウルトラシリーズ』に触れることになります。朝は『帰ってきたウルトラマン』を見ながら、果物かごを手にお遊戯の練習をしました。やはり子どもでしたから、見出すと興味を持ちます。そしてすでにこの頃から、怪獣やウルトラマンではなく、ストーリーに心を打たれたりしていたように思います。おそらく、なんかしっとりした気分になって 見ていたのは、今思い出すと『帰ってきたウルトラマン』「星空に愛をこめて」のラストシーン、ケンタウルス星人の茜を弔うシーンだったような気がします。また、他の特撮作品もチェックするようになり、夕方再放送されていた『スパイダーマン』(もちろん東映版)や『人造人間キカイダー』の二作品も見出しました。どちらも夢中になってみていたのですが、『キカイダー』は本当に大好きでした。良心回路が不完全な故に苦悩するジローの姿、記憶喪失故にさまよう光明寺博士、悪の美学を持つハカイダー、コミカルなハンペン…。
 『帰ってきたウルトラマン』『スパイダーマン』『キカイダー』『キカイダー01』(再放送時も後番組として放送された。)を見終えた時には、すっかり特撮番組の虜になり、小学館の『小学一年生』の『ウルトラマン』特集をどのページよりも興味深く読み、友達の家を訪ねても『てれびくん』のウルトラマン関連ページを読ませてもらったりしていました。
 また時は後に「第3次ウルトラブーム」と呼ばれる頃。『ザ☆ウルトラマン』で初めて、リアルタイムで『ウルトラ』作品に触れ、同様に実写ウルトラの『ウルトラマン80』も見ることができました。また、この頃は『仮面ライダー(スカイライダー)』『仮面ライダースーパー1』『電子戦隊デンジマン』もリアルタイムで見ていました。
 というわけで、このような幼少期を経ることで、私は完全に特撮作品、特に『ウルトラ』に魅せられてしまっていました。
 小学校高学年の頃には宇宙船文庫『ノンマルトの使者(金城哲夫シナリオ集)』『24年目の復讐(上原正三シナリオ集)』は読んでいましたし、うまく言葉には表せないながらも、これらのウルトラ作品が何らかの訴えを持ったものであることは朧気ながら、わかっていたように思います。
 中学校〜高校時代は好きだった『宇宙刑事シリーズ』も終わっていたし、戦隊モノはそもそもおもしろく見ていたのは『太陽戦隊サンバルカン』までで(『超電子バイオマン』は好きだった)、『電撃戦隊チェンジマン』以降は、全く惰性で見ていて、『ターボレンジャー』以降は見ることさえやめ、(なぜか近年、急に『忍風戦隊ハリケンジャー』だけは一話も欠かさずに見た。)あまり、特撮熱の入らない時期でした。どちらかというと、大きくなってから好きになった野球熱が高まり、毎週、必ずのように野球をやっていました。
 今の『ウルトラ』研究につながる活動をするようになったのは大学生になってからです。大学に入っても野球熱は下がらず、友達を誘い新たな野球サークルを設立し、それこそ夜中まで公園に行ってキャッチボールはもちろん、ノックや打撃練習までする次第でしたが、この頃はずいぶん、ビデオデッキも安くなっていたので、デッキを二台買い、『ウルトラ』のビデオを借りてきてはダビングし、ライブラリー作りに精を出していました。
 大学では国文学科に入り、文学研究、とりわけ日本最長の作品『源氏物語』のゼミに所属していたので、おぼつかないながらも、物語研究の方法論を確立していきました。卒論は『源氏物語の研究 夕霧と雲居の雁について』です。
 卒業し、教職に就いてからは忙しい日々でしたが、何とか、一書を上梓したいという気持ちは衰えることを知らず、むしろ『空想科学読本』のようなパロディー系が巷に現れるのを見ては、「本物のウルトラ論を書かなくては」という気持ちになりました。高校時代『ウルトラマン研究序説』を見て失望した時も同じように思ったものでした。また『怪獣使いと少年』のような本物を読まされた時には、大いに刺激を受けました。
 このような気持ちから『M78星雲より愛をこめて』はできました。まだまだ自分のウルトラ観が語り尽くせたとは思っていないし、ご批判をいただく部分もあるかと思います。ですが私にとっての目的は、この本が今後の研究のための基礎図書となることです。今後、この分野の研究はさらに進むことでしょう。その時に目を通しておくべき書物と言われれば、これほど嬉しいことはありません。また、自分としては、時間と労力をそれなりに掛けた研究書であり、『怪獣使いと少年』や『ウルトラマン幻想譜』に次ぐ(勝るとはとても言えません)内容の濃さ、扱う範囲の広さを誇っていると自負しています。
 今後も、ウルトラを中心とした評論活動は続けてきたいと思っています。感想、批判、意見、様々な声に耳を傾けていきたいと思っていますので、メール、あるいはブログへコメントを残して頂くなど、何らかのリアクションをいただければと思います。
 
 付記:(2007年1月)
 
上記は2003年秋の文章ですので、あれからまた色々ありました。
 『M78星雲より愛をこめて』は幸い、発行部数の割には業界の方の目に留まり、3度のテレビ出演の機会を頂きました。特に『筑紫哲也NEWS23』は「ウルトラマンが見た日本」というテーマであり、これまでにない硬派で、しかも作品の本質に迫った特集でした。同僚の先生方、生徒と共にこれに参加できたことは大きな喜びです。
 また脚本家、上原正三先生とお知り合いになれたことは何よりの喜びです。ブログにも書いていますが、上原先生は『ウルトラ』シリーズ、戦隊作品、宇宙刑事シリーズ等々の特撮、そしてアニメ作品も多数書かれている大巨匠です。この上原先生に直接お会いして、過去の作品について、あるいは今の世界、日本についてお話を伺えたことは本当に貴重な機会であったと思います。
 また2007年1月には、『ウルトラマン』を文学教材として扱っていることを北海道新聞でも取り上げて頂き、多くの方に記事を読んで頂けました


 
  
2007年1月改訂