大学を卒業し、北海道十勝の私立高校に勤務。生徒との年の差はわずかに5歳。何もできなかったようにも思うし、ルーキーならではの存在感があったようにも思う。この初任校での経験が今の原点であることは確か。生徒にとってもインパクトがあったよう。
次は塾で勤務しつつ、公立高校や別の私学へ。この辺から授業に『ウルトラマン』を入れたり。
社会人4年目で転機が。鹿追中学校に勤務。初めての中学校はかなり斬新。しかも高校、大学が私立で、教師としても私学二校を渡り歩くことで、公立学校を見下していた僕に、大きなショックを与えてくれた。先生方と生徒の距離感、創意に満ちたエール交換が見応えの体育祭。キャラメルボックスの演劇を上演するなどハイレベルな学校祭。たくさんインプットしまくりの1年間。野球部副顧問として色々な練習を考えたり、学校祭では僕も初のシナリオを書いたり…。密度が濃かった。
十勝管内4年間の生活を終え網走管内、紋別市立上渚滑中学校に勤務。全校生徒は多い時でも36名。
この辺から、インプットのみならず、アウトプットが多くなっていった。2年目以降は毎年担任。毎年演劇を書く。また生徒会担当として映画制作にも挑戦。野球部がすぐ廃部になったんだけど、年に数回生徒と野球やっていたのが楽しかったね。
5年間もいたのと 生徒数が少なかった分、一人ひとりの生徒との思い出が多いかな。感動してよく泣きました。それまで僕は泣かない教師だったのに、ある時を境に堰を切ったように涙が出るようになりました。
上渚滑中学校に5年勤務し、生まれ故郷に転勤。苫小牧市立緑陵中学校へ。
転勤初年度は3坦。中規模校で担任持つのは初めてなので、結構初心に返りました。たくさんインプットしました。新鮮さと緊張感に包まれていました。でもすぐに慣れたけどね。収穫祭の『夏の終わりのエメラルド』は大きな取り組みでした。最後はDVDにしてみんなに渡せて良かったな〜と。
その後、1担になり、持ち上がりで2担、そして現在は3担。自転車操業のような毎日だけど、なんとかやっています。