カシャン

 

 

  小さな音を立てて、扉の向こうから鍵が外される。

  「おいで、和歌。」

  扉の上部の鉄格子から、白髪混じりの男があたしを呼ぶ。

  あたしはそっと、冷たい扉の表面に、包帯だらけの手を触れた。

  そこに、いつもの高圧電流が存在していないことを確かめて、あたしは取っ手を引き、扉を開ける。

  一度振り返って、部屋の隅で眠る弟に目を遣った。

  かすかな寝息と、汚れた毛布からのぞく金の髪を確認して、あたしは白い廊下に足を踏み出した。

  扉が閉まり、鍵が掛けられる。

  あたしがいない時は、扉に電流を流す必要はないんだろう。

  あたしの手を引く初老の男は、そのスイッチを押さなかった。どうせ、普通の子どもの筋力しか持たない弟には、この扉を破って逃げることなんて、できやしないから。

  あたしが連れて行かれたのは、いつもの医務室。

  あたしたち以外誰もいない空間に、扉に鍵がかかる音が冷たく響く。

  男はあたしを真っ白なベッドに座らせると、あたしの包帯を巻きつけた膝に片手を置いて、もう片方の手をあたしの頬に当てた。

  「何か、欲しい物は?」

  「・・・・・・妹の安全を。」

  あたしは、小さくそう答えた。いつも、そうしているように。

  「そう、お前の妹が最高の医療を受けられるのは、私のお陰だ。それを忘れちゃいけないよ。」

  大きな手があたしの肌を這う、不快感。

  「・・・・・・わかっています。上牧先生。」

  男は満足そうに頷いて、肌の張りの衰えた顔を、あたしの顔に近づける。

  「お前は本当に、可愛いね・・・。」

  口の中が粘つくような感触。背中のファスナーが下ろされる。

  世の中には、どうしてこうも少女好みの男が多いのか。

  強引にあたしの口に押し込まれる生温かい舌、これを噛み切ってやるだけで、あたしは、何年も繰り返されたこの不快な『儀式』から解放されるんだろう。いや、手を伸ばして、首の骨を折ってやるのもいい。

  けれど、あたしのその考えは、いつも実行に移されることなく終わる。

  研究所にとって『不要』とされたあたしの妹。あたしは、彼女を守らなければならない。

  けれど、大人たちはあたしが思った以上に残酷で。

  『弱み』を持つあたしが、どこまで『試合』に勝ち、生き続けられるか。それを賭けの対象にするだけでは、気が済まないのだろうか。

  服を脱がし、あたしの背中を這い回る手はいつでも、あたしの自尊心をズタズタに引き裂いて、ぼろぼろになったそれすらも、地の底へと突き落とす。

  ベッドに横になったあたしの肌に、容赦なく落される生ぬるい唇。

  体中に巻かれた血で固まった包帯、それすらも解かれ、まだ癒えぬグロテスクな傷口にまでも、口付けは落される。

  体の上にのしかかる男の体重を感じながら、あたしは医務室の窓から見える月を見上げた。

  ドームの外壁越しに見える、くすんだ色の赤い月。

 

  負けるものか。

 

  弱々しくあたりを照らすその光の中で、あたしは軽く下唇を噛んだ。

  どんなにこの体が傷付こうとも、どんなに心を引き裂かれようとも。

 

  あたしは泣かない。

 

 

<...BACK INDEX NEXT...>