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「・・・・・・あっ!!」
リビングから玄関の方を見ると、ちょうど和歌が何者かを家の中に招き入れ、ドアを閉めたところだった。それは問題ない。
が、次の瞬間、その客は和歌の頭に片手を置き、身を屈めてその唇にキスをした。
「・・・・・・こら。」
思わず、ユイは二人に駆け寄り、客である男に蹴りを入れた。
「おー、久しぶり。元気かー、ユイ?」
蹴りを入れられた男は、半眼になって見上げるユイの顔を見て、どこか眠気を感じさせる声音で言った。
「斗岐、何してるわけ?」
ユイに問われ、客・・・・・・茨木斗岐は、片手に持ったナイロンの袋を差し出した。
「何って・・・お前の姉ちゃんが、これ持って来いって言うから。」
「いや、何しに来たかじゃなくて、何してるのかを聞いてるんだって。なんでいきなりキスシーンなんだよ。」
そう言われて、斗岐は傍らに立つ和歌と顔を見合わせた。普段通りのへらへらと緊張感のない顔のまま、ユイを指差す。
「すっげーシスコン。」
「あたしもたまにそう思う。」
「あーもーなんかむかつく!」
茨木斗岐。元クラスメイトの中で、唯一同じマンションに住んでいるのがこの男である。和歌とは仲が悪いように見えることもあるが、実際は非常に仲が良いらしい。和歌の親友、というよりは、悪友といった方がいいかもしれない。彼は、変わり者が多かった元クラスメイト達と比較しても、とてもじゃないがまともといえる側の人間ではなかった。少なくとも、ユイから見た範囲内では。
「やーねぇ、ユイ。」
和歌が笑いながら、ユイの肩を叩いた。急に真顔になって、言う。
「コイツのやる事には、大抵意味がないのよ。」
「お前、今、さり気に馬鹿にしただろ。」
何か引っ掛かるものでも感じたのか、斗岐が小声で割って入った。和歌はそれを完全に無視し、素知らぬ顔でサンダルを脱いで廊下に上がる。
「・・・で、その袋は何?」
「あたしのゲームソフトでーす。」
ユイの質問は斗岐に向けたものであったのだが、背後で和歌が声を上げる。その声を聞いて、斗岐が疲れたような顔で、ユイの肩に手を置いた。
「なー、ユイ。お前、姉ちゃんに教えてやれよ。忘れ物は自分で取りに来るもんだってことぐらい・・・。」
「・・・忘れ物?」
「そう。昨日、斗岐ん家に置いてきちゃってねー。」
和歌は軽い調子でそう言いながら、斗岐の右手から赤いナイロン袋を奪い取った。言われてみれば昨夜、和歌の帰りはとても遅かった。てっきり彼氏の所だと思い込んでいたが、まさか同じマンション内でゲームに興じていたとは予想外である。
「こんな夜中にしつこくメール入れてきて、内容が『忘れたゲーム今すぐ持って来い』だぜー?お前の姉ちゃん何様だよ。俺は明日仕事だっつーのー。」
「・・・それはさ、」
玄関先で立ったまま、ぶーぶーと文句を言う斗岐に、ユイは呆れた声を上げた。
「・・・たぶん、斗岐がいちいち姉貴のワガママを全部きいてやるからだよ。たまには断らないとエスカレートするよ。」
「なるほどなー。あー眠ー。」
ユイの忠告を真剣に受け取っているのかいないのか、斗岐は明らさまに適当な相槌を打った。ユイの背後から、ワガママなんかじゃないわよ、と、全く自覚のない様子で和歌が不平を漏らす声が聞こえる。
「・・・・・・そういえば、姉貴。」
「何ー?」
ふと、ユイはあることを思い出し、背後の和歌を振り返った。和歌は、斗岐から奪い取ったナイロン袋の中身を確認しながら、間延びした調子で返事をする。
ユイは、少しだけ和歌の耳に口を近づけ、声のトーンを落として囁く。
(『代用品』って、何の話だったわけ?)
ユイが見た限り、斗岐が持ってきた物は、和歌の忘れ物のゲームソフトくらいである。『代用品が届く』と和歌は言ったが、一体『何が』、『何の』代用になるというのだろうか。ユイは眉をひそめて斗岐を観察したが、斗岐はただ、いつも通りにのほほんと立っているだけである。
「あ、それね。わかんないかなぁ。」
特に小声ともいえないような音量で、和歌がくすくす笑いながら、斗岐とユイを交互に見た。ユイの方に体を寄せ、和歌は笑った顔のままで言う。
「あんたのかわり。名案でしょ?」
「僕の?・・・・・・あ!」
一拍置いて、ユイは和歌の言わんとしている事を理解した。
(何考えてるんだよ!)
和歌に向けて小声で怒鳴りながらも、ユイは改めて、玄関に立つ斗岐の姿をじっくりと観察する。若干、斗岐が気味悪そうに見返してきたが、あえてそれは気にしないことにした。
決して低身長ではないはずの和歌やユイよりも、まだ頭一つ分飛び抜けた高身長。年齢は和歌よりも年上の21歳。外国系のユイとは系統が違うものの、割と万人受けするかと思われる顔立ち。彼の欠陥は、ほぼ内面に集中しているため、外見上、特に問題点は見受けられない。なるほど、確かに、最適なのかもしれない。
コスプレストーカー・撫子への生贄としては。
(えー、だってぇ、顔がまあまあ良くってー、背ぇ高くってー、撫子より年上でしょ?ちょうどいいじゃん。撫子も気に入ると思うの。)
(ちょうどいいけどそうじゃなくって!押し付ける気?)
(いーじゃない。もーいい加減眠いのよ!コイツに押し付けりゃ楽じゃない!)
(そんなことしたら、姉貴は平気かもしれないけど、僕が斗岐に殴られるよ!!)
(知らないわよ!元はといえば、あんたが持ち込んだトラブルでしょうが!!)
「・・・何だよ、気持ち悪ー。人前でヒソヒソ言い合うって、すげー感じ悪いぜー?」
まさか自分を生贄に差し出すか否かで揉めているとは思わないだろうが、内緒話を続ける姉弟を前に、斗岐はわずかに顔をしかめた。
「べつにー。何でもないわよ。」
「ホントかよ・・・。」
ユイを押し退け、楽しげにニコニコ笑いながら言う和歌に、斗岐は少々怪しさを感じたのか、緊張感の欠けた表情を正した。
「それより、立ち話もなんだから、上がったら?コーヒーくらい出すから。」
「お前がたまに優しいと、なんか裏があるんだよなー。何だ?言ってみろよ。騙せると思うなよ?」
「えー?何も企んでなんかないもん。」
「ブリッコしてんじゃねーよ。怪しい奴ー・・・。ってか、俺、帰って寝直さねーと。」
「えー!!帰るの?つまんない男ねー。」
「お前なぁ・・・自己中もいー加減に・・・・・・、」
ガチャ
「あのー・・・お客様でしょうか?」
言い合いの末、斗岐が和歌の勝手な言い草に反論しようと言いかけた時、唐突に奥の扉が開き、撫子がそこから顔を出した。
「あれ?客来てんのー?」
遠慮がちに胸の前で両手を組み、こちらを窺うようにして歩いてくる撫子の姿を見て、斗岐は少し驚いたように言った。まあ、この家でセーラー服の女子高生(もどき)がいきなり出てくるなど、そうそうあることではない。
ゆっくりと迫り来る撫子と、ぼうっと立ったままの斗岐を交互に見比べて、ユイはなんとなく、この後の展開を予感する。
「・・・ごめん、斗岐。逃げた方がいいかも。」
「はぁ?」
困り果てたような表情を浮かべ、沈痛な声音で忠告するユイに、斗岐は不思議そうな声を上げて首を傾げた。
「あのー・・・お客様がいらっしゃったのでしたら、私はお邪魔かもしれませんよね?」
「客が来なくても邪魔だけどね。」
遠慮がちに言う撫子に、和歌は全く遠慮なく言い返す。が、撫子は和歌の言葉など聞こえていないのか、表情一つ変えずに玄関マットの一歩手前で静止した。
「あー、俺、すぐ帰るからさ。気にしなくても・・・。」
「ええ、でも・・・・・・。」
うっかり、という表現が適切だろうか。斗岐は、撫子の登場に少し居心地悪そうな表情を浮かべ、彼女に声をかけた。
斗岐が撫子に声をかけた時点で、和歌はさり気なく二人から離れ、ユイもまた、息を呑んで一歩退がった。
至極当然のことながら、声を掛けられた撫子は、ふっと顔を上げて、斗岐と視線を合わせる。
「・・・・・・・・・。」
「・・・?」
撫子の漆黒の双眸が、射るように斗岐を見つめる。
斗岐は、不審そうな顔で、ただ撫子を見返していた。
無言でただ斗岐の顔を見つめ続けている撫子に、和歌が再び近付き、その耳元で何事かを囁いた。
「・・・・・・あなたは、」
和歌が離れると、撫子は低い声で言葉を吐き出した。
「え、俺?」
目が合っているようで、どこか焦点が合っていないような撫子の目を見ながら、斗岐は少し嫌な予感を感じて後退る。
撫子は、斗岐の目を見つめたまま、ハッキリと言った。
「私の彼氏ですね。」
その後、斗岐が自らの危機を悟るのには、1分とかからなかった。
「お前って、ホント最悪だよな。」
『水無瀬家コスプレストーカー襲来事件』の夜から数えて5日目の昼下がり、カフェレストランの客全てに聞こえるような声で、斗岐はそう言った。
「・・・・・・そうかしら?そうでもないと思うんだけど。」
指摘された当人である和歌は、特に顔色を変えることもなく、むしろ不思議そうに小首を傾げた。彼女が皿の上のリンゴをフォークで突き刺すと同時に、向かいに座った斗岐のシャツの袖にリンゴ果汁の染みができる。
B−21研究所の研究員である和歌と、上牧大樹のボディーガードの斗岐。仕事柄、あまり休日が重なることはないが、今日はたまたまお互いに休みだったため、ようやく斗岐は和歌を呼び出すことに成功した。
「・・・お前には今まで、何かと困らされてきたけど。」
「そんなの憶えてないわ。その都度言ってくれなきゃ。」
刺したはいいが食べたくないのか、和歌はフォークごとリンゴを皿の上に置いた。
「いーから聞け。今回ばっかりは、さすがの俺もこたえたぞ。なんせ、家に帰れねーからなぁ。」
「なんだ、撫子の話だったの?」
「いや、もー30分くらいその話してんだけどな。何の話だと思ってたんだよ、お前はー?」
「ごめんごめん。」
和歌は一瞬、申し訳なさそうな表情を見せた。片手を振り、真剣な顔で言う。
「全然、聞いてなかったの。」
「お・ま・え・は〜!!」
「痛い痛い痛い痛い痛い!!!何すんのよ!!」
さすがに我慢の限界に達した斗岐にこめかみをぐりぐりと抉られ、和歌は涙目になって怒鳴った。何事だ、と振り返る他の客たちの視線を感じながら、斗岐は椅子に座り直す。
「お前なぁ・・・俺がどんだけ苦労してるかわかってんのかー?千鳥と徳也ん家にいるんだぜ?あの、『です・ます』バカップルの家だぞ。すっげー疲れる・・・・・・。」
「そっか。頑張ってねー。」
「ちょっとは反省しろよな。」
「あれは事故よ。別に、仕組んであんたに惚れさせたんじゃないもの。普通に一目惚れでしょ?そこまで面倒見きれないわ。」
全く逆ギレもいいところだが、和歌はテーブルに頬杖をついて、不貞腐れたように言い放つ。
「俺には、お前があの子に何か吹き込んだよーに見えたぞ。」
「んー、何の話かしらね。」
和歌は思いっきり目を逸らし、とぼけるように言う。
斗岐は深くため息をつき、片手を伸ばして和歌の頭の上に置いた。
「・・・もういい。まー、あの子もそのうち諦めるだろーし。」
斗岐は心底疲れたような声音で言い、和歌の頭の上の手で、和歌の髪を思い切りぐしゃぐしゃに乱してしてやった。
「ちょっとー!!何すんのよ!今から彼氏と会うって言ってんでしょ?!」
周囲の注目を気にも留めず、和歌は髪を押さえて叫ぶ。斗岐は、その様子を笑いながら見ていたが、ふと思い出したように笑いを止める。
「・・・そーいえば、お前の彼氏って・・・・・・。」
「教えないわよ。」
斗岐が言い終えるより早く、和歌が先手を打って言い放つ。
斗岐は、テーブルの上のコーヒーに手を伸ばしながら、小さく肩を竦めた。
「いや、なんとなく、わかったよーな気がする。」
「なんで?」
眉をひそめる和歌に、斗岐は軽く笑って言った。
「だってお前、俺が休みで電話した日に限って、彼氏と会ってるだろー?要するに、俺が休みの日に休みの奴が、お前の彼氏。違うかー?」
さらり、と言った斗岐に、和歌は心底驚いたような視線を向け、肯定でも否定でもない一言を返した。
「・・・あたしの行動チェックが趣味なわけ?」
「・・・・・・。まー安心しろ、誰にも言うつもりねーよ。俺も気付いてねーフリしてたほーが、仕事しやすい。」
斗岐は笑いながらそう言って、煙草に火を点けた。
和歌は、テーブルに両肘をつき、向かいに座る友人の顔をじっと見つめた。ため息をついて、少し笑う。
「・・・ありがとう。」
「お前の口からそれ聞くの、もう二度とないかもなぁ。」
冗談混じりに言い、斗岐は和歌に煙草の箱を差し出した。
和歌はそれを受け取り、くすくすと笑った。
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