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  「タートゥレスト第五騎士団副団長、ロック・イールズ・ランバート。」

 

  手入れされた赤い絨毯の上に立ち、赤いローブに身を包んだ巻き毛の少女は、見えない目で真っ直ぐに、彼を見ていた。

  名を呼ばれた銀髪の青年は、少女の向こうに皇帝の驚愕を見ながら、顔を上げた。

  皇帝の、宰相の、近衛隊長の、親衛隊長の、聖騎士たちの視線が彼ただ一人に注がれ、どよめきが沸き起こる。

  「わが国において、最も気高く、勇猛なる者よ。」

  幼くも美しい魔女は、その身に纏う威厳にそぐわぬ少女の声音で、だがはっきりとした口調で、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。誰であろうとも、例えそれがこの大国を治める皇帝であったとしても、思わずその小さな足元に跪いてしまいそうなほどに圧倒的な、美貌と力。

  銀の髪の騎士は、空中を滑るかのように静かに歩み寄ってくる盲目の魔女に視線を固定されたまま、ただ立ち尽くしていた。

  「ブランシュ!」

  怒りに燃えた皇帝が立ち上がり、震える声で少女を呼ぶ。

  だが、彼女は玉座に背を向けたまま、哀れな皇帝には一瞥すらも与えようとしなかった。

  赤の魔女は、銀の騎士の眼前に立ち止まり、その白くか細い手に握った短刀で、自らの右手の人差し指に傷をつけた。

  少女の肩越しに、皇帝が片腕を振るうのが見えた。

  空を斬る鋭い音に、銀の騎士は息を飲む。

  だが、赤の魔女の命を絶つために放たれた銀の短剣は、その役目を果たすことなく、少女の背後で音も立てずに消え失せた。

  「……西の、魔女……。」

  銀の騎士は、眼前に佇む美貌の少女を見下ろしたまま、小さく呟く。

  魔女はその場に膝をつき、冷たく小さな手で、銀の騎士の左手を取った。

  「我が名は、西の魔女ブランシュ・ローサ!」

  広間に集う者全てに言い聞かせるように、赤いローブの少女は凛とした声を張り上げた。

  血の滴る指を三度、銀の騎士の手の甲に当て、口付ける。

  自らを見下ろす銀の騎士の視線に応えるように、西の魔女ブランシュ・ローサは顔を上げ、澄んだ銅色の瞳で彼の目を捉えた。まるで、見えているかのように。

  「只今より、あなたの配下となりましょう。」

 

 

 

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  「ロック様。」

  城壁に腰掛け、静かに夜の砂漠を眺めていた彼に、どこからともなく現れた赤の魔女が声を掛けた。

  「ブランシュ。」

  術を解いて地面に降り立った彼女を、銀の聖騎士は立ち上がって、そっと支えた。目が見える者よりも多くを見通す彼女には必要のない手助けのようにも感じられたが、拒まれたことは一度もない。

  「もうお休みになられたかと。」

  小鳥の鳴くような声音で赤の魔女は言い、自らを抱く主の腕に片手を置いた。

  銀の聖騎士は、彼女を支える腕を静かに離し、再び城壁に腰を下ろす。

  「砂漠の夜が、これほど冷えるとはな。」

  凍える砂漠の夜の闇の中にあっても普段と変わらない、赤の魔女が赤の魔女たる所以である赤いローブに目を遣りながら、銀の聖騎士は彼女に対し、隣に座るよう指示した。

  「水と体力を奪い、肌を灼く昼間の太陽も、熱と動きを封じる凍える夜も、お前を殺すことはかなわぬらしい。」

  すぐ隣に腰掛けた美貌の魔女は、主の発する言葉を沈黙のままに聞いていた。

  鎧を脱いだ銀の聖騎士の黒衣の袖から覗く左の手の甲には、幾年月過ぎようとも決して消えることのない、魔女の刻印。紅い血で記されたそれを撫でる右の手の甲には、美しく彫り上げられた聖騎士の紋章が刻まれている。

  「ブランシュ、砂漠の月は人を惑わすほどに輝く。お前にはそれが見えるか。」

  「いいえ。」

  盲目の魔女ブランシュ・ローサは、主が見上げているであろう夜空の月を、見えない両眼でゆっくりと見上げた。

  「私の瞳に映るのは、生きるものの迷いと憎しみの光。それを持たぬものは見ることができません。」

  「――そうか。」

  銀の聖騎士は小さく呟くと立ち上がり、数歩歩みを進めて城壁の端に立ち、そこから見える砂漠の大地を見渡した。

  夜の帳が下りた冷たい砂漠に、突如として現れる緑の楽園。

  見下ろす銀の聖騎士の瞳に映るは、広大な砂の土地に佇む、無残に破壊された石造りの街並。

  旅人の命をつなぐオアシスの上に築かれた美しくも強大な都市国家は、日暮れと共に陥落、巨大帝国タートゥレストの手中に落ちた。

  無敗を誇った騎士団と歩兵団はいともたやすく打ち破られ、都市を守る強固な女王の結界は、タートゥレスト軍最強の魔道師『西の魔女』の杖の一振りで消え失せた。

  「お疲れでしょう。お戻りになっては。」

  ようやく女と呼べる年齢に届いたかと思えるような、年若い女魔道師は、その美しい貌に笑みという華を添えることもなく、淡々とした口調で主に呼びかける。

  「ブランシュ。」

  再び傍らに立った赤の魔女に視線を遣り、銀の聖騎士は珍しく、僅かに微笑んだ。

  「5年前を思い出していた。……お前が前帝を捨て、私の――俺の足元に膝をついた日の事を。」

  月の光を受けて淡く輝く、盲目の魔女の柔らかな巻き毛を片手で撫で、銀の聖騎士は遠い地平線を見つめ、夜の風に身を任せた。

  誰よりも強大な魔力をその身に秘めた盲目の魔女。前帝が即位すると同時に宮廷に姿を現した出自の知れぬ赤い少女は、前帝が王者たる証であり、そして力の象徴であった。

  「お前が前帝を捨てた理由は、お前自身が語らぬ限り俺が知ることは無いだろう。だが、お前が主を替えた、その事が時代を大きく動かした。」

  魔女が見捨てた前帝はやがて倒され、脈動を始めた時代は、その胸に収まりきらぬほどの野心を秘めた新帝を、歴史の新たな頁に登場させた。

  王者の証である『西の魔女』を手にすることの叶わなかった新帝は、それを手にした銀の騎士を自身の傍らに置くことで、その力を世に知らしめた。

  「私が時代を動かしているのではありません、ロック様。」

  数え切れぬほどの街を、国を、主の号令のもとに破壊した美しき魔女は、呪文を唱える時と変わらぬ鈴を転がすような声音で、主に言葉を捧げる。

  「時代が私を動かしているのです。」

  まるで全てを、この先に起こる全ての歴史を見通しているかのような、澄んだ瞳。

  自分を見つめる銀の聖騎士の片腕が、自分を彼の胸の中に引き寄せることも、彼女は決して拒まなかった。

  「だが動き出した歯車はもう止まらぬ。皇帝は俺とお前を大陸統一の野望の為に、俺はお前を自らの望みのために、必要としている。」

  乾いた砂を巻き上げて突如通り過ぎた突風から彼女を護るように、銀の聖騎士は広げたマントの中に魔女の小さな体を隠し、静かにそう言った。

  「だがお前はいつまで、俺に忠実でいてくれるのだろうな。」

  「仕えるべき主は、私が決めます。私があなたを必要でないと判断するまで、私はあなたに仕えましょう。」

  「――では、俺は」

  銀の聖騎士は、彼女を抱く手をそっと離し、ほのかな月明かりに彩られた赤の魔女の白い頬に触れ、自嘲するような笑みを浮かべ、言葉を続ける。

  「常にお前の尊敬と信頼に値する者であるよう、努めねばならないな。ブランシュ。」

  身を切るような冷たい風に髪をなびかせ、赤の魔女は頬に触れる手が離れるのを待ち、静かに切り出した。

  「……もうお戻りを。」

  静寂に包まれた夜の帳に、魔女の声が響き渡る。

  「オーギュスト将軍に見つかります。」

  「ああ、また朝まで酒に付き合わされるな。」

  勝利の宴で酒に酔い、なお呑み足りぬ表情で騒ぎ立てていた髭面の戦士を思い出し、銀の聖騎士は苦い顔でふっと笑う。そして、彼は眼前に立つ赤の魔女の冷たい両手を取り、告げた。

  「戻ろう。」

  まるで、向き合った二人の体を攫うかのように吹き抜けた一陣の風が、崩壊した城下へと冷たい沈黙を運ぶ。

 ゆっくりと舞い落ちる砂漠の砂は、女王を失った楽園を静かに覆い隠そうとしていた。

 

 

  やがて、赤の魔女と銀の聖騎士、二人が消えた城壁にもまた、重苦しいほどの静寂が訪れた。

 

 

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  ファティルムナ大陸暦2124年、西の帝国タートゥレストにおいて、新皇帝サディラル・ガルトーが即位。

  冷たい野心を秘めた新皇帝サディラル率いるタートゥレスト軍は、大陸統一の宣言のもと、近隣諸国に次々と宣戦布告、破竹の勢いで勝利を収めた。

     銀の聖騎士ロック・イールズ・ランバート

     剛剣の戦士オーギュスト

     魔法剣士ニークエル・アイヴェラー

     西の魔女ブランシュ・ローサ

  鬼神の如きと恐れられた四将を従え、巨大帝国タートゥレストは、東へと向けて侵攻を始めた――。

 

 

 

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