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スラム一番街は、スラムの中にありながら、スラムらしくない街並みをしている。京と奈津子は、一番街に来たことがなかったので、地下鉄を降りて、駅の階段を上がった瞬間から、その風景に圧巻されてしまった。 「スラムとは思えないわ。首都ほどでもないけど・・・。」 奈津子は、首都の内部のビル群を思い出し、比較して言った。研究所から出た事はあまりなかったが、WASPの本社ビルに何度か連れて行かれたことがある。 「・・俺は首都って知らねーから、普通にビックリしてんだけどな・・・。」 一番街は、比較的整備された町だ。道路もアスファルトで舗装されているし、廃墟を利用して造られた、ほかのスラム街とは違って、大戦後に建てられたらしき、新しい建物もある。警察や病院もあるようで、見るからに治安がよさそうだった。 珍しそうに周りの建物を、キョロキョロと落ち着きなく見回している二人を先導するように、兵梧は目的のレストランを目指す。 「ここは、首都に一番近いからな。『五大企業』の人間でも、壁の外で仕事をしなければならん奴らもいる。末端の工場なんかは、壁の外に作った方が安上がりだからな。スラムの人間を雇えば、壁の中の賃金の五分の一で済む。」 兵梧が、ネオンのつき始めた街並みを見回しながら、二人に説明する。 「そうなの?じゃあ、ここはその人たちが生活しているエリア?」 「そうだ。首都の賃金の五分の一と言っても、スラムではかなりの高給取りだからな。ここは、首都のオマケみたいな、ただの住宅街だ。」 「じゃあさ。」 京は、兵梧を見上げて、不安気に言った。無意識に、腰の拳銃ホルダーを右手が触れる。 「ここの人間は、みんな首都と繋がってるってわけだ。こんなとこじゃ、ヤバイ話も出来ないんじゃねーか?」 京の問いに、奈津子が少し下を向いて、肩を落とした。兵梧は、少し考えてから、京と奈津子の顔を交互に見る。 「さあな。そうとも限らない。このエリアに住んでいる人間が、五大企業の恩恵を受けて生活しているのは確かだが、正確に分類すればただのスラム民だ。首都の外の、末端の末端の人間まで、警戒する必要はないだろう。それに、『Thirty One』がこのエリアを指定したのは、さっき京が言った通り、治安や生活水準の問題かもしれん。指定されたレストランは個室がある店のようだが、他のエリアには、そんな込み入った話の出来そうな、洒落た店はないからな。」 「そーかなぁ・・・。」 兵梧に言われて、京は軽く首を傾げてもう一度、周りを見回す。歩道の脇には街路樹が植えられて、所々に街灯が灯されている。見上げなければならないほど高いビルはさすがにないようだが、壁にヒビが入っていない建物がある、というだけで、京にとっては驚きだった。ただ、五番街のような繁華街ではなく、あくまでも住宅街であるが故に、商店もあまり多くはなく、七時前だというのに、あまり人通りがない。治安は確かによさそうだが、孤児院のあった二番街や五番街の喧騒に慣れた京の目には、活気がないように映った。 「それにしても兵梧、どうして急についてきてくれる気になったの?あんなに反対してたのに・・・。私たちだけじゃ心配だから?」 プリントアウトしてきたレストランの地図を確認していた奈津子が、ちらりと兵梧のほうを見て尋ね、また地図に目を落として返事を待つ。真冬の冷たい風に撫でられ、奈津子の頬は、すっかり赤くなってしまっている。 「・・それもあるが。」 兵梧は、奈津子の横顔を眺めながら、言葉を切った。 「・・・少し、引っ掛かることがあってな。」 「引っ掛かること?」 街並みを眺めていた京が、振り返る。兵梧は少し考えて、 「・・奈津子の言う、ミナセという名前の奴だが、心当たりが一人いる。」 奈津子は、目を真ん丸に見開いて、兵梧を見返した。 「どうして黙っていたの?そんな大事なこと。」 「いや・・・確信がない。奈津子、そのミナセという奴は、WASPの社員か何かだったんだろう?」 聞かれて、奈津子はしばらく考えた。記憶をたどり、受付嬢と警備員の電話を思い出す。 「たぶん・・・。社員番号もあったし、タイムカードも切ってたし。社員だと思うわ。」 と、兵梧の方に顔を向けてから、慌てて、寒さで赤くなった鼻の頭を両手で隠す。 「もし、その『ミナセ』が、俺の知ってる『ミナセ』なら、B−21関係者には違いないが、奴が今更、研究所を破壊する動機が見当たらない。確かに、奴がWASPに恨みを持っていて、今まで、内部から、行動するチャンスを窺っていたということもあるだろうが・・・。」 「・・・つまりさぁ。」 スラムではあまり見かけない、白い乗用車が路上駐車してあるのを、物珍しげに覗き込んでいた京が、兵梧の隣に戻って来る。 「動機はわかんねーけど、兵梧の知ってる『ミナセ』って奴は、WASPに恨みのある、研究所の関係者だ。そんで、今から会う『Thirty One』も、自分が研究所の関係者だってことを仄めかしてる。」 妙に自信たっぷりに言葉を繋ぐ京の方は見ずに、兵梧は視線を奈津子に移した。奈津子の方も、何か言いた気な顔で、兵梧を見上げている。奈津子は奈津子で、また別のことに気付いたのだろう、と、兵梧は考えたが、それよりも京の話を優先させる。 「そうだ。」 兵梧は、もう一度、京の顔を見ながら、言葉を繋げた。 「確信はないが、同一人物かもしれん。もし、本当にその『ミナセ』が、研究所爆破の犯人なら、スラムに逃げた可能性は高い。あくまでも、憶測だが。」 兵梧は、そう言って、北の空にその目を移した。はるか頭上には、煌く満天の星々。あの大戦によって、兵梧の故郷は焦土と化した。悲しみにくれる兵梧の心を慰めたのは、皮肉にも、町の光が消えたことによって姿を見せた、この無数の星達だった。兵梧がさらに北に目をやると、その中心に輝く北極星を見ることが出来た。町の光が溢れていた大戦の前も、焦土と化した故郷の空にも、WASPの軍人として首都にいた時も、そして今も。変わらぬものはたった一つ、遠い空に輝くその小さな光。その小さな光は、兵梧が生まれるはるか昔から、その輝く場所を変えることなく、人々に方角を、進むべき道を示し続けてきたという。 京は、急に話を止めた兵梧を訝しげに見て、ふと、兵梧の視線の先に目を移した。 「・・・すげぇ・・・。」 北の空に煌く、小さな光を掻き消さんばかりに輝くのは、スラムの北に位置する、ドーム型都市『首都』。一番街が首都から近いとはいえ、工場や軍事施設などを挟んでいるがために、内部の詳しい様子が見えるほど近くはない。昼の内は、その高層ビル群を覆う、透明な外壁を見ることができるが、こうして夜、遠くから見ると、まるで地上の星のように見える。いくつもの光が重なり、その周囲に輝く星達を押しのけるように、一際まばゆい光を放っていた。 奈津子もまた、京と同じように、かつての故郷ともいえる光の都市を見つめていたが、ふと我に返り、兵梧の顔を見上げて、口を開いた。 「・・じゃあ兵梧、もしその二人が同一人物なら・・・私に協力してくれるよね?きっと・・・。それにその人って・・。」 「・・・・・。」 兵梧は、何も言い返してこなかった。 奈津子は、何も言わない兵梧の手を取って、突然走り出した。 「奈津子ちゃん?待って・・!」 首都の光に見とれていた京が、驚いて二人を追いかける。 「奈津子・・・。」 兵梧が困ったように声を上げたが、奈津子は構わずに走った。奈津子の足取りは軽く、はしゃいだ子供のように、兵梧を急がせた。 (あの人だ・・・!) 奈津子は、嬉しさのあまり、顔を綻ばせた。 兵梧の話を聞いて、奈津子は、その人の名前を思い出した。 WASPに恨みを持つ者、B−21研究所の関係者、そして『Thirty One』。 (あの人がいるんだ・・・!スラムに!) 『生きていて。』 あの言葉が、何度も奈津子の耳梁にこだまする。 幼いマリアは、かつて、あの地上の星の中で、それを聞いた。 その言葉は、何度も何度も、奈津子の頭の中に響き続ける。 |