6. Heart

 

  和歌は、B−21研究所の研究員の一人として、医療技術の研究に携わっていた。

  かつて、B−21研究所で秘密裏に行われていた、人間兵器の開発は失敗に終わり、能力的に優れた八人の被検体を除き、全ての子供達が、その短い生に終わりを告げた。

  残された八人の子供達は、WASPの別の研究所に移され、それから何年かの間、B−21にいた頃よりも、もっと厳しい教育を受けることになった。射撃訓練や格闘技術の訓練はもちろん、各種運転免許の取得、暗号解読、ハッキング技術、それに加えて、個々の持つ特殊な能力に合わせた訓練、さらには、自分の体のメンテナンス技術など、施された教育は多岐に渡る。その後、それぞれが歩んだ道は、ほとんどが戦闘能力を生かした軍属、もしくは警察、要人のボディーガードなどだったが、和歌と、義弟のユイに限っては、違う才能を買われることとなる。

  和歌とユイは、もともと受けた改造こそ、戦闘に向いたものであったが、生まれつき頭の回転が早く、学習能力も天才的だったようだ。二人は、他の六人とは別に、研究者や技術者の育成プログラムを受けることになった。

  和歌は、二年前から、B−21研究所内で、かつての自分達が受けた実験や改造のデータを基にした、医療技術の研究をするようになっていた。それは皮肉な話だと思った。だが、それによって、盲目の人間に光を与えたり、歩けない人間を歩けるようにできるというならば、けして悪いことではないとも思っていた。死んでいった友人達の弔いにもなると思って、和歌はB−21研究所に留まっていた。

  研究員としての生活は、けして悪いものではなかった。快適な寮も、専用の研究室も与えられていたし、好きなだけ、好きな研究に打ち込むことができた。妹の八重が、どういうわけか、WASPの新社長、上牧 大樹と結婚したこともあってか、和歌やユイの待遇はよかった。

  「・・じゃあ、和歌って、WASPの社長の身内になんのか?」

  驚いて問う京に、和歌は、複雑な表情で、目の前のテーブルに置かれた、カニのピザを千切る。

  「・・・・そういうことになるわね。っていうか、もともと上牧は、あたしとユイに機械工学を教えてた人で・・身内というよりは、師弟関係に近いかしら。」

  上牧 大樹、スラムの人間でも、その名前を知らない者はいないだろう。一年前に、若干29歳の若さで、WASPの社長に就任した男。前任者の二代目社長、上牧 信司の養子で、その経営能力の高さは、五大企業の幹部を集めた中でも、ずば抜けている。だが、その反面、裏ではどす黒い噂の絶えない男でもある。

  「・・・それにしてもさ、和歌・・。まさかあんたまで半分機械だったなんてな・・・。」

  京が、まじまじと和歌の全身を眺め回しながら、ため息をついた。外見的に見るだけならば、和歌もマリアも、普通の人間となんら変わりない外見をしている。言われなければ、その体の中に機械を埋め込まれているとは、到底思いつかない。

  「・・あたしは、マリアに比べたら、かなり広範囲の改造を受けてるわ。運動系統の筋肉は、ほとんどサイバー化されてるからね。」

  「和歌ちゃん、ユイくんって・・金髪の男の子?いつも和歌ちゃんと一緒にいた・・・。」

  奈津子が、クリームパスタを不器用そうに、何度もフォークで巻き直しながら、和歌に尋ねた。和歌は、少し驚いたように、

  「よく憶えてるわね。あんた、あの子と喋ったこともなかったでしょ?」

  「うん・・でも、白人系の子って目立つから。私もロシア系だし、ちょっと気になってたの。ほら、アジア系のハーフとかの子は多かったけど・・・。」

  「あー・・確かに、あの子は目立つかもね。いろんな意味で・・・。」

  和歌は、何かユイについて、思うところでもあるのか、半眼になって言った。

  スラムには、外国系の人間もかなり多い。一番多いのは、日系かアジア系だが、白人系、黒人系の人間も、それほど珍しくはない。大戦の折、海外に居住していた日本人が、混血の子供を連れて日本に戻ってきたり、国家そのものが崩壊し、安息の地を求めた者達が、別の国へと流れていくといった状況が続いたためである。そのせいか、B−21研究所に集められた孤児達の中には、和歌のような日系、アジア系の子供の他にも、マリアやユイのような白人系、黒人系の子供達が、少ないながらも混じっていた。その中でも、ユイのような、完全に金色の髪や青い瞳は、彼の持つ一風変わった性格以上に、人目を引いていたのかもしれない。実際、『移民』の流入がほとんど無く、外国人比率がスラムに比べて非常に低い『首都』内では、ユイは、研究所にいた頃以上に目立っている。本人は、それほど気にしてはいないようだが・・・。

  「ユイくんも元気なのね。よかった。」

  嬉しそうに言う奈津子に、和歌は思い出したように、

  「ああ、香も元気よ。あんた、仲良かったんでしょ?あんたのこと心配してたわ。」

  「かおり?・・西院 香(さいいん かおり)ちゃん?本当?生きてるんだ・・・。」

  西院 香というのは、研究所時代のマリアの親友だった女の子で、今でも、マリアのことを気に掛けているらしく、和歌やユイ達に、よくマリアの話をする。

  奈津子は、嬉しそうな、ほっとしたような顔つきで、懐かしい親友の顔を思い浮かべる。

  「・・・だが、そんな安定した生活を捨てて、なぜスラムへ来た?お前の目的というのは、WASPを潰すことなのか?」

  兵梧が、真剣な顔つきで、逸れた話題を元の軌道へ戻す。

  「・・もちろん、仲間を殺された恨みはあるけど、あたしの目的は、WASPを潰すことじゃないわ。WASPを潰したところで、いい事なんてなさそうだもの。失業者は増えるし、街の機能まで停まっちゃう。」

  そこで和歌は、パスタを巻くのを止めて、和歌と兵梧のやりとりを聞いていた奈津子の方に、目を遣った。

  「マリア、『心臓』の話は、みんなに言ってるの?」

  和歌の問いに、奈津子は、気まずそうな顔をして、少し下を向く。

  「・・言ってない。・・・もしかして、和歌ちゃん、それが目的なの・・・?」

  奈津子は、ちらりと和歌を見て、ぼそぼそと小さな声で言う。テーブルの上に飾られた、白い花の花びらが一枚、奈津子のパスタの上に舞い落ちたが、それを取ろうともしない。

  「そうよ。あたしが欲しいのは、自由だけ。」

  和歌は、奈津子のほうを見ながら、目を細めてそう言った。

  「・・『心臓』って?」

  京が、怪訝な顔で、和歌と奈津子を見比べる。和歌は、京と兵梧の方に顔を向けて、

  「あたし達はね、一つの心臓を共有してるのよ。」

  「・・どういう意味だ。」

  今まで、奈津子からそんな話を全く聞いたことがなかったのか、兵梧が聞き返す。

  「あたし達、改造された部分はそれぞれ違うけど、心臓だけは全員、人工のを埋め込まれてるの。普通の心臓と違って、血液と、機械オイルを循環させる機能があるやつよ。」

  和歌は、オレンジジュースについているストローを、クルクルと人差し指で回しながら、もう片方の人差し指で、自分の左胸を、トントンと叩いた。

  「でね、この心臓は、ある一定の電磁波を、継続的に受け取ることで、動いてるのよ。その電磁波が途絶えたり、届かない範囲に入ると、約3日の猶予はあるんだけど、停まっちゃう。つまり、死ぬってこと。」

  「・・・・・・。」

  兵梧は、息を呑んで、奈津子の方を見た。奈津子は、ずっと下を向いたまま、動かない。

  「あたし達が『心臓』って言う場合、その電磁波発生装置のことを指すのよ。それが停まったら、死ぬんだからね。だからこそ、故障の時なんかに備えて、72時間の猶予があるんだけど。」

  「それって、スラムは範囲内ってことだよな?」

  京が問い掛けると、和歌は軽く頷いて、

  「そう。もともと、あたし達は兵器として造られた物だから・・・つまり、首都を防衛する目的で造られてるから、電磁波が届く範囲は広めに設定してあるわ。まあ、スラム全域、カバーできてるはずよ。」

  「・・その『心臓』を停める事で、お前達全員を、一度に殺すことも可能だということか。」

  「・・・そうよ。」

  兵梧の言葉に、応えたのは、今まで下を向いて黙り込んでいた、奈津子だった。奈津子は、無意識に、自身の左手首を右手で触りながら、兵梧のほうに向き直る。

  「・・心配かけると思って、言わなかったけど・・・・。『心臓』は、WASPが握ってるの。どこにあるのかは、私達は知らないわ。WASPは、いつでも私達を殺せるの。」

  奈津子はそう言って、窓の方へ視線を移した。スラムに降り注ぐ白い雪は、その勢いを更に強め、スラムに蠢く闇を、白く覆い尽くさんとしているようだった。

 

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