「・・・じゃあさ、なんで和歌と奈津子ちゃんは生きてるんだよ?特に、奈津子ちゃんの能力は、WASPにとって危険なんだろ?なんで・・その・・殺さなかったんだ?」

  京は、少し言いにくそうに、言いよどんだ。

  「奈津子?・・・ああ、マリアのこと?」

  マリアのスラムでの名前を知らない和歌は、不思議そうな顔をしたが、少し考えて、マリアの名前だと気付く。

  「それは・・・『心臓』にも問題があってね。一つのパターンの電磁波しか出せないのよ。つまり、全員を生かすか、全員を殺すか、どっちかしかできないの。七年前のあの時は・・・・当時、B−21の所長だった上牧 信司(かんまき しんじ)が、社長の地位を勝ち取るのに、あたし達がどうしても必要だったから・・・殺さなかっただけよ。」

  七年前、WASP内は動乱の時期でもあった。WASPを設立した一代目社長の暗殺事件を皮切りに、誰があの巨大企業を掌握するか、様々な陰謀が渦巻いていた。上牧信司もその社長の候補の一人であったが、彼は、WASP最大のシークレット、B−21の研究の全容を知っていた。B−21という切り札と、それを応用した医療技術による利益、それらを武器として、彼は社長の椅子を勝ち取った。しかし、それにはもう一つ理由があった。何人もいた対立候補が、次々と消えたのだ。彼らは皆、一様に奇怪な死を遂げていた。発見された時には、死なずに済んでいた者でさえ、正気を失い、果てに狂死した。

  「・・・上牧信司が、あたし達と交わした取り引きは、簡単な事だったわ。彼が殺さずに残した子供は八人。対立候補も八人。一人が一人を殺せばよかった。うまく上牧が社長の椅子に就いたら、あたし達は教育を受けて、日の当たる場所での生活が保証される。失敗すれば、マリア共々機能停止。・・・・もっとも、あたし達が、生身の人間一人殺すのに、失敗なんてあるわけないけどね。」

  「自分のために、他人を殺したのか。」

  淡々と話す和歌に対し、兵梧は低い声で言った。京と奈津子は、和歌を見つめたまま、声も出せずにいた。

  「・・・別に、罪悪感がないわけじゃないわ。でも、大して悪い事だとは思ってない。」

  「和歌ちゃん・・・。」

  和歌は、冷たい瞳で兵梧を見返していた。奈津子は、そんな和歌の横顔を見つめ、一つの言葉を思い出す。幼い頃の戦闘訓練、何度も囁かれたその言葉。

    殺られる前に殺れ

  奈津子は、頭を横に振って、頭の中から、その言葉を払い除ける。

  「あなたも同じよ。総持寺兵梧。」

  和歌は、薄く笑って兵梧に言った。

  「あなたはマリアを殺さなかったけど、軍人だったんでしょ?WASPの軍隊なんて、ヒトゴロシがお仕事みたいなもんじゃない。ゲリラを結成してからは?武装して輸送車を襲撃したり、WASPの施設を破壊したり。大義名分があろうがなかろうが、結局は自分や自分の仲間のためでしょ。」

  兵梧は、何も言わずに和歌の言葉を聞いていた。京が、何か言いたそうに口を開きかけたが、兵梧が手を挙げて制した。

  「それでもあなたは、誰も殺してないのかしら。」

  不意に流れた静寂に、大粒の雪が窓を叩く、小さな音が響き渡る。吹き荒れる真冬の風が緩まると、白い雪は降り注ぐ勢いを弱め、まるで舞うように落ちていく。まるで、もぎ取られた天使の羽が、天空から舞い落ちてくるかのように、ゆっくりと、静かに降り積もる。その下に在る、救いようの無い罪と罰を、容赦なく覆い隠すように。

  和歌は、見つめていた兵梧の顔から、不意に視線を外し、ため息をついた。

  「・・・話を戻しましょう。」

  和歌は、そう言って、頬杖をつく。

  「・・・あたし達は今まで、お互いを見張りあってきたのよ。誰かがバカなことをしでかして、全員殺される、なんてことにならないように。それでも、WASPに歯向かわない限り、自由はあったわ。」

  和歌は、背中まである長い黒髪を、肩のあたりでいじりながら、暗い声で言う。

  「それに、この一年・・上牧信司が死んで、大樹が『心臓』を握るようになってからは、お互いを見張る必要もなく、気楽に過ごせたんだけど。」

  大樹、と和歌は、上牧をファーストネームで呼んだ。それだけ親しい師弟だったからなのか、身内だからなのかはわからなかったが、京には、少しそれが引っ掛かった。

  「それは、上牧大樹がお前の師だからか?」 

 兵梧の疑問は、京のそれとは違い、なぜ気楽に過ごせたのか、というもののようだった。

  和歌は、いじっていた髪を、背中の方へかき上げた。

  「違うわ。大樹には停められないからよ。」

  「どうして?」

  奈津子が、和歌の方を不思議そうに見る。和歌は、小さく笑って、言った。

  「大樹も死ぬから。大樹もあたし達と『同じ』なのよ。」

  「なんだと・・・?」

  「大樹はあたし達の試作品。体はほとんど改造されてないけど、『心臓』がうまく機能するか試すために造られたのよ。だから、あたし達を殺せない。」

  上牧信司は、孤児を集めて実験を始める前に、自らの息子に人工の心臓を埋め込む実験を行っていた。大樹との養子縁組は、そのためだけに組まれたものだったのかもしれない。

  「自分の子供にまで・・!?でも、じゃあなんで和歌は『心臓』が欲しいんだよ?上牧大樹が、それを停められねーなら、何したって大丈夫じゃん。」

  「大樹が、『心臓』を一人一人操作できるように、作り変えようとしてるからよ。」

  突然、怒気を孕んだ和歌の低い声に、京は口を噤んだ。和歌の黒い瞳は、氷のように、全てを薙ぎ切る鋭い刀身のように、冷たく輝いていた。

  「・・大樹にとっては、あたし達は邪魔な存在だわ。上牧信司にとっては・・手駒として必要だったんでしょうけど。上牧信司が死んだ今、あたし達は、WASPという組織を覆しかねない、重大な汚点なのよ。人体実験なんて非合法な事実が、万が一、ほかの企業に知れたら、さすがのWASPも今の地位を保っていられないでしょうからね。」

  汚点。京は、簡単にそういう言葉を使う和歌に、違和感を憶えていた。先程は、『兵器として造られた物』とも言っていたような気がする。京にとっての和歌の印象は、気が強く、多少人を見下して話すような感じがする女。だが、言葉の端々に、自分をおとしめるような、自虐的なものが見え隠れする。それが不思議だった。

  「・・・それに、大樹も隠したいんでしょうね。自分の体のことを。大樹の体のことを知ってる人間は、次々に死んでいったわ。残ったのはあたし達だけ。」

  「だが、お前達は簡単には殺せない。それで、心臓を分けることにしたのか・・・。」

  「まあ、そんなところね。そうでもしなきゃ、返り討ちだから。」

  和歌は、先程見せた鋭い表情をどこかに隠し、にっこりと笑って見せた。

  奈津子は、そんな和歌の表情を見ながら、研究所にいた子供達のことを思い出す。マリア以外の子供達はほとんど、現実世界での戦闘を想定して造られていた。和歌やユイ、香など、生き残った子供達は確かに、その他の子供達より、戦闘能力がかなり高かったし、能力的にも肉体的にも安定していた。和歌やユイの能力については、強いらしい、ということぐらいしか知らない。だが、香なら、恐らく、一人で一個小隊くらい壊滅させることも可能だろう。それを思えば、確かに、心臓を停めるのが一番安全で、手っ取り早い殺し方なのかもしれない。

  「殺られる前に殺れ。」

  奈津子の口から、突然吐き出された言葉に、京は驚いてそちらを見遣る。奈津子は、珍しく厳しい表情をしていた。

  「そういうことでしょ?和歌ちゃん・・・・。」

  和歌は、奈津子のその表情を、満足そうに見ていた。

  「・・・まあね。あたしはともかく。」

  和歌の瞳を、再び鋭いものが支配する。

  「弟を殺させはしないわ。」

  和歌の脳裏を、金髪の、どこか人を食ったような微笑を浮かべた、義弟の顔がよぎる。

  「・・大樹を殺すかどうかは別にしても、とにかく、『心臓』そのものと『心臓分割』のデータが欲しいのよ。それさえ奪ってしまえば、あたしとユイで、それぞれの『心臓』を造れるから。それで捜してたんだけど、妙なことが起こって。」

  和歌は、そこで眉根を寄せて、首を傾げた。

  「妙なことって?」

  京の問いに、和歌は、傾げた首を元に戻し、再び髪をいじりながら、

  「12月13日の夜に起こったことよ。」

  「お前が研究所にいた夜のことだな。」

  兵梧の言葉に、和歌は小さく頷いた。

  「みんな知ってるようだけど、私はあの夜、B−21にいたわ。ユイが造った偽造IDを使って、『心臓分割』のデータを捜してたの。」

  それぞれの『心臓』を造るには、現在存在する『心臓』そのものの場所や形状、構造、電磁波パターンなども調べる必要があったが、そちらは、ユイに任せていた。B−21の研究者である和歌よりも、WASP本社勤務のエンジニアであるユイの方が、出入りできる施設の数も多く、『心臓』の位置を探りやすい。

  「だけど、どんなに捜しても見つからなかった。B−21だけじゃなくて、WASPのメイン・コンピューターや、他の施設のコンピューターにもアクセスしたけど、全然ダメだったわ。だけど・・・。」

  和歌は、そこで言葉を切って、奈津子の方を見た。奈津子は、その銅色の瞳を大きく見開いて、和歌の次の言葉を待っていた。

  「一箇所だけ、ユイの偽造IDを使っても侵入できない場所があるみたいなのよ。たった一人しか知らないパスワードで、厳重にロックがかかってるし、あたしやユイでは解除できない。」

  「それは?」

  兵梧が、短く問う。

  「社長室のコンピューターよ。パスワードは大樹しか知らない。隠してるなら、そこしかないわ。」

  「・・・私なら入れるわ。」

  奈津子が、はっきりとした口調で言う。和歌は、奈津子の瞳を見つめながら、

  「そうね。」

  「それで、奈津子ちゃんを捜しに?」

  「ええ。まあ・・・マリアが生きてるか死んでるかは、身長が高かったことも考えて、五分五分だと思ってたけど。でも、捜す価値はあると思ったからね。・・・こんなに身長が伸び悩んでるとは、思わなかったけど。」

  「和歌ちゃんが高いのよっ!」

  気にしているのか、奈津子はテーブルを叩いて抗議した。が、和歌は気にする様子もなく、

  「それで、例のダスト・シュートに入ったんだけど、半分ぐらい歩いたところで。」

  「爆発があったのか。」 

 兵梧が低い声で言う。

  「・・そうよ。いきなりものすごい音がして、あっという間に煙に巻かれたわ。よく憶えてないけど、なんとか出口には着けたみたいね。起きたらゴミ捨て場だったわ。」

  あの時、研究所には和歌と警備の人間以外、誰もいなかった。エントランスが施錠されたことは、和歌も知っていたし、エントランス以外に、人間が侵入できるような場所はない。一旦、エントランスが施錠されると、マスターキーを持つ者、つまり、警備の人間しか出入りすることができないはずだ。

  「しかも、爆破されたのは、メイン・コンピューター付近だけ。何分か前まで、あたしがいた場所よ。」

  「和歌がそこにいたのを知ってた奴は?」

  「かなり少ないわね。まあ・・・あたしが気付かず監視されてたのか・・・それとも、誰かが裏切ったのか。とにかく、厄介なことになりそうだわ。」

  和歌は、少し目を細めて、突き刺さりそうなほど鋭い口調で言った。

 

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