「ワクチンと薬のデータの場所は、わかるんだろうな?」

  それまで黙って聞いていた兵梧が、低い声で割って入った。ユイは、新たに取り出した煙草の先にライターで火をつけながら、兵梧に視線を移す。

  「もちろん、わかる。僕の部署の管轄だからね、案内してあげるよ。・・・それで、君達ゲリラは協力してくれるの?」

  ユイは、兵梧と京を交互に見て、言った。京が兵梧の方を見ると、兵梧は額に手を当てて、厳しい表情でユイの顔を見つめていた。

  「俺だけでは決められないな。だが、俺個人としては、協力してもいいと思っている。」

  その返事を聞いて、ユイは満足そうに唇の端を歪めた。

  「そう。ゲリラのメンバーの説得は、君に任せるよ。僕や姉貴が出て行って説明するより、リーダーの君から言ってもらった方がいい。」

  ユイの言葉に、兵梧は軽く頷いて同意した。

  「でもさ、和歌、仮にメンバーが賛成してくれたとして、俺達ゲリラは、具体的に何すりゃいーんだ?騒ぎを起こすったって・・・どんなふうに?」

  京の問いに、和歌は細い顎に手を当てて、少し上の方を見ながら、考える。

  「スラムの北側、『首都』とスラムの間に、五大企業の首都外施設群があるでしょ。その西側と東側にそれぞれ、WASPの軍需工場があるのは知ってる?」

  元々軍人である兵梧は、ああ、と短く返事をする。だが、あまりスラムの外の地理に明るくない京と奈津子は、首を傾げて、和歌の方を見た。その様子を見たユイは、おもむろにシャツの胸ポケットから携帯電話を取り出し、何度かそのキーを操作してから、それを窓枠に置いた。京と奈津子の二人が、その様子を不思議そうに見ているのに気付き、ユイは、可笑しそうに小さく笑った。

  「あんた、用意いいわね。そんなものまでダウンロードしてるの?」

  和歌が、感心したようにユイの顔を見る。その言葉とほぼ同時に、携帯電話の画面が強い光を発し、反対側の白い壁に、スラムと首都全域の地図が映し出された。

  「すっげぇ!スライドみてーだ!」

  思わず、京は歓声を上げて、壁に投影された地図をまじまじと見つめる。

  「これと・・・これが、軍需工場だよ。この二つは、主に空軍の航空機用爆弾を製造してる工場なんだ。」

  ユイが再び、何度かキーを操作すると、投影された地図の東西の端の辺りに、赤いポインタが現れる。

  「この二つの工場には、当然、弾薬庫があるわけ。あんた達には、二手に分かれて、同時にこれを破壊してもらうわ。工場の警備はそんなに厳しくないから、あんた達ゲリラでも、ある程度の武装をして、そこそこの人数がいれば、弾薬庫まで行けるはずよ。遠隔で起爆させられる爆弾を作ってあげるから、それをセットしたら出来るだけ、遠くに逃げてから爆発させるの。弾薬庫の火薬の量は相当のもんだから、かなりの範囲が一瞬で吹っ飛ぶでしょうね。」

  「二つ、同時に?」

  奈津子が不思議そうに問うと、和歌は壁面の地図の中から、二つの軍需工場の間、ちょうど真ん中辺りに位置する施設を指差し、

  「これは、首都外軍事施設に駐屯してるWASP軍の、寄宿舎の一つなの。この寄宿舎にいる兵士の任務には、スラムで起きた暴動の鎮圧と、いくつかある軍需工場の防衛ってやつが含まれてるわ。西と東、二箇所同時にゲリラの襲撃や弾薬庫の大爆発があれば、たぶん、駐屯兵士ほぼ全員が駆り出されるでしょうから、かなりのパニックが起こるわ。・・・この建物の地下には、シャトルが通じてるのよ。」

  「そっか!パニックに紛れて、そっから侵入するってことか。」

  京が言うと、和歌は少し微笑んで、頷いた。

  スラムの首都外軍事施設に駐屯する兵士の任期は、非常に短い。兵士達は、長くて二年、短ければ半年でその任期を終え、首都内へと戻る。そのため、首都外に駐屯する兵士達の繋がりは非常に薄く、常にその顔ぶれが変わる。さらに、『首都』の歴史が始まって以来、同時に複数の場所でテロが起きた例はない。命令系統に乱れが生じるのは必至であり、ひとたびパニックに陥ればおそらく、軍服を着た侵入者を、仲間の兵士と見分けることができる者はいない。和歌は、そう考えた。

  「・・・三箇所にしよう。」

  ユイは、悪戯を思いついた子供のような表情で、そう言った。地図の北側、最も首都に近い施設の上に、赤いポインタが出現する。

  「その方が、混乱してくれそうだ。」

  「ユイ、そんなに首都に近づいたら、俺達が危ねーじゃん。」

  京が、不満気に口を尖らせるのを見て、ユイはもう一度、携帯電話を操作する。壁面の地図が消え、代わりに映し出されたのは、奈津子よりは少し大人びた印象の、穏やかそうな黒髪の少女の写真だった。

  「香ちゃん・・・?」

  写真の下に『Kaori・Saiin』とあるのを見て、奈津子が小さく声を上げる。

  「ああ、マリアとは仲がよかったんだったね。・・・香は、僕達と同じくサイボーグで、今は軍属だ。この北の軍需工場には、週に一度、業務報告を受け取りに行くらしい。爆弾を仕掛けてくるのだって、そんなに難しくないと思うよ。」

  「・・・香がそんなことしてくれるかしら?あの子、どうにも気が弱いっていうか・・・今回の『心臓』の事に関しても、基本的に中立でしょ。あたし達に賛成するわけでもなく、反対するわけでもなく・・・。」

  和歌の言う事に、奈津子も同感だった。かつての親友・香は、大人しくて優しく、穏やかな性格だったと記憶している。彼女が軍属である、というだけでも、奈津子にとっては驚きであったのだ。

  「大丈夫。僕の頼みは絶対断らないから。」

  自信満々に言い放つユイに、和歌は怪訝な顔で、詰め寄った。

  「・・・前から思ってたんだけど、あんたって、香とどういう関係なのよ。」

  「ハッキリ言うと、何でもないよ。向こうは、そうは思ってないみたいだけど。」

  飄々とした口調でそう言ってのける弟を見て、和歌は、呆れたように肩を竦めた。

  「最っ低。」

  「・・・・・。まあ、それはそれとして。」

  ユイは、和歌を無視して、再び壁面の画像を地図へと戻す。

  「君達ゲリラって、実際、何人くらいメンバーがいて、どの程度の装備を持ってるの?」

  ユイの問いに、兵梧は少し間を空けて、答えた。

  「正規のメンバーは、非戦闘員を除けば、約120名。車は、軍から奪った輸送トラックが十台程度だが、武器弾薬の類はかなり揃っている。120名全員に完全武装をさせても、まだ少し余るくらいにはな。」

  それを聞きながら、京は、少し頬を膨らませて、右の踵で軽く床を蹴った。自分は、戦闘員に数えられているのだろうか。作戦の決行時に、自分は武器を持たせてもらえるのだろうか。

  「京くん?」

  京の態度に気付き、奈津子が小さく声を掛ける。京は慌てて、笑顔を作ってその場を取り繕った。

  「何でもない。」

  「そう?」

  そんな京の態度を横目で見ながら、和歌は、ポン、と一つ手を叩いた。

  「じゃあ、こうしましょ。ゲリラは武装して、輸送トラックでそれぞれ、西と東に待機。あたし達は寄宿舎付近で待機。香が北側を爆破したら、それを合図に行動開始よ。あんた達ゲリラは、WASPの軍隊が襲撃に気付く前に、警備を突破して、弾薬庫に爆薬をセットする。セットしたら、軍隊が到達する前に撤退すること。それぞれ、安全な場所まで離れたら、起爆装置を作動させて、弾薬庫を爆破する。あたし達は、三回目の爆発音を合図に、寄宿舎に侵入するわ。」

  武装したゲリラ120名では、工場の警備を突破することは比較的簡単に出来ても、WASPの軍隊とまともにやり合うのは、不可能だった。そのため、軍に気付かれないうちに、もしくは軍隊が到達する前に撤退する必要がある。和歌の提案した作戦は、迅速な行動と、正確な判断力が必要となるものだった。だが、少人数でWASPの軍に対抗するための手段としては、弾薬庫の爆破は非常に有効な作戦でもある。

 「・・・僕は、三回目の爆発音でシャトルのロックを開錠する。全員乗ったのをモニターで確認してから、発進させるよ。」

  ユイは、ほとんど火の消えてしまった煙草を灰皿に置き、言った。ある意味では、首都内で単独行動を取らねばならない彼が、一番危険な役割を担うといえるだろう。

  「・・・なるほど。その作戦について、異議はない。だが、スラムへ出るための逃走経路は確保できるんだろうな。もう一度、シャトルを使うのか?」

  兵梧が、ずっと気になっていたことを口にする。和歌やユイがその後、スラムへ戻るかどうかは別にしても、奈津子や薬のデータを取りに行く者は、スラムに戻って来なくてはならない。

  「・・・それについては、僕が用意してあげるよ。シャトルより、速くて面白い方法があるんだ。」

  ユイは、にこにこと機嫌よさそうに、だが、何かとんでもない事を企んでいるかのような口振りで、そう言った。兵梧は一瞬、訝しげに眉根を寄せたが、しばらくして、少し明るい表情を見せた。

  「・・・いいだろう。その作戦で、メンバーには説明をする。首都内に潜入する者の人選は、こちらでやっても構わないな?」

  「いいわよ。でも、一人か二人が限度だからね。」

  和歌はそう言って、もたれ掛かっていた壁から背中を離し、一同の顔を見回した。不安そうな表情の奈津子と目が合い、和歌は、安心させるように微笑んでみせた。

  「いつ、決行するの?」

  奈津子の問いに、兵梧と和歌、ユイは、それぞれ少し沈黙する。一方、普段饒舌なはずの京は、珍しいことに、ずっと黙って三人の話を聞いている。

  「メンバーの承諾を得てないからな。まだ何とも言えん。だが、あまりのんびりもしてられんのだろう?」

  そう言われて、和歌とユイは再び、顔を見合わせる。

  「そうね。あまり時間がないわ。・・・ユイ、あんた、次はいつスラムに出てこれるの?それまでに、香に会える?」

  和歌の問いに答える前に、ユイは携帯電話を操作して、壁面の地図を消した。携帯電話を二つに折り畳み、胸ポケットに仕舞い直しながら、口を開く。

  「次は、水曜なら出てこれるよ。香とは火曜の夜に会えるから、その時に話す。香が例の工場に行くのは週に一度だけだから、決行の日はそれに合わせたほうがいい。あと・・・姉貴達が着る軍服も、香に調達してもらおうかな。」

  「そうね。・・・兵梧、できれば明日明後日のうちに、ゲリラのメンバーに説明をお願いしてもいいかしら?」

  普段ならば断るであろう程に、和歌の申し出は早急だったが、兵梧は、仕方ない、とでも言うように首を縦に振った。

  「・・・何とかしよう。水曜の朝10時に、ここに集まってくれ。それまでに、メンバーとは話をつけておく。・・・だが、万が一、メンバーが協力を拒否するようなことがあったとしても、俺は責任を持てない。」

  兵梧が低い声で言ったその言葉を聞き、和歌は自嘲するような笑みを浮かべて、ユイとマリアを交互に見ながら、言った。

  「わかってるわ。その時は・・・また別の策を考えるから。」

  そんな姉の表情を見て、ユイはため息をつく。

  「・・・そうだね。いくらでもあがいてみるさ。」

  明かりのない室内に、五番街に輝く色とりどりのネオンの光が差し込み、暗闇の中にに五つの人影を浮かび上がらせる。逆光の中で、ユイの碧い瞳が妖しげに煌いていた。

  「後悔は、死んでからでも遅くない。」

 

 

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