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雑誌をめくる時の、薄い紙と紙が擦れる微かな音が、夢から覚めたばかりの耳をくすぐる。
柔らかなオレンジ色の間接照明の明かりが、瞼の隙間から両の瞳に染み渡る。
「・・・ん」
ぼんやりと霞んだ頭で、和歌は顔を横に向け、頭の下に置かれた枕に頬を擦って、片目を開けた。
(・・・どこ?)
真っ先に目に飛び込んできたのは、ベッドサイドに置かれた小さな観葉植物と、ウエストポーチ。そのすぐ側に置かれているのは、見慣れたパールホワイトの携帯電話であった。
「・・・?」
動き辛さを感じて左手を見れば、手首に嵌められた黒い金属製の輪があった。鎖も何も取り付けられていないにも関わらず、それは、和歌の左腕ごとベッドのマットレスにぴったりと貼り付いており、彼女の腕力をもってしても、少しも動かすことができない。
和歌は、明らかに自分を拘束する目的で装着されたその手錠を右手で掴み、何とかベッドから引き剥がそうと躍起になったものの、全くもって歯が立たなかった。
「何これ!?」
苛立ちと同時に、疲れにも似た異常な気だるさを感じ、彼女は一旦手錠から手を離し、大きく息をついて、柔らかな枕から頭を起こした。
「・・・!」
上体を起こした和歌の眼前に広がっていたのは、壁一面を覆い尽くそうかというほど巨大な窓に映る、高層ビル群と環状ハイウェイの煌びやかな夜景であった。一般的な家庭のリビングよりもやや広さがある室内には、生成りのソファとガラステーブル、造り付けのクローゼットがあるのみだ。
彼女は、ほの明るい照明に照らし出されたその部屋に、見覚えがあった。
「・・・なんで・・・?」
視界の真中を陣取るソファを見つめながら、和歌は、思わずそう呟きを漏らした。
「――何でも何も」
声を掛けられたとでも思ったか、ソファに腰掛けたその人物は、手にした雑誌のようなものに目を落とした姿勢のまま、わずかに首を傾ける。
「大体わかると思うけど。ここ、俺の家だし」
「・・・知ってるわよ。病院じゃないのが、予想外だっただけ」
動揺する和歌とは正反対に、上牧大樹は、すっかりくつろいだ様子で、少しの感情の揺れも見せずに口だけを動かしている。和歌は、相手のそんな態度に若干の腹立たしさすら感じ、ぶっきらぼうに一言、答えた。
窓の外に見える景色は、首都内北部に位置する第2ブロックと呼ばれる地域で、高層マンションの立ち並ぶ、いわゆる高級住宅街である。そして、和歌が見覚えを感じるこの部屋は、その第2ブロック内にある上牧の自宅に間違いなかった。
とは言っても、現在、彼は、WASP本社ビルの最上階に八重と同居している為、今いるこの部屋は、上牧が独身時代に住んでいた部屋、という言い方のほうが正しいだろう。
そこに自分がいて、目の前に上牧がいて、さらに左手だけとはいえ拘束されているのだから、自分が置かれている状況など、説明されなくともそれなりに理解できる。和歌は、黙って拳を握り締めた。
「・・・それ、取れないと思う」
ふと、上牧は顔を上げ、手元の雑誌を閉じると、和歌の手首をベッドに貼り付かせている手錠を指差し、言う。
「鎖だと千切るし、強い磁力で固定してるから」
「・・・・・・」
まるで当たり前の事でも説明するかのように、緊張感のない口調でそう話すと、上牧は、黙り込む和歌の顔をしばらく見つめた後、おもむろに立ち上がった。彼は、テーブルの上に置かれた何種類かの飲み物のうち、適当なものを一つ選び取ってグラスに注ぐと、ベッドサイドへと歩み寄る。
「要らない」
上牧が差し出したグラスから顔を背け、語気を強めて拒絶した和歌に、彼は、気分を害するでもなく軽く笑ってみせた。
グラスをサイドテーブルの上に置き、上牧は、ベッドの足元のほうに腰を下ろす。もちろん、和歌の手が自分に届かない位置に、ではあるが。
「別に何も入ってないけど。アルコールも毒も薬も」
「要らない」
「・・・飲んだ方がいいと思う」
「要らないから要らないって言ってるの!」
和歌の返事を聞いているのかいないのか、完全に自分のペースで話し続ける上牧に、和歌はとうとう、苛立ちを抑えきれず、大声を上げて怒りを露わにした。
「・・・っ」
しかし、叫んだその瞬間、腹部にちくりとした痛みが走り、彼女は、ハッと我に返って思わず呼吸を止める。
その様子を見ていた上牧は、安全な距離を保ちながら彼女の顔を覗き込むと、呆れたように小さく息を吐いた。
「・・・絶対、早産になるって言ったのにな」
「――!」
彼の言葉に、和歌は弾かれたように顔を上げる。
少し非難めいた表情で言う上牧の目を真正面に見ながら、和歌は、腹部に手を遣り、次いで、頭の中に浮かんだいくつもの疑問のうち、最も重要で簡潔なものを口にした。
「どうなったの・・・?」
その問いに主語はなかったが、彼女の不安と焦燥を上牧に伝える言葉としては、それだけでも十分すぎるほどの効果があった。彼は、自分を見つめる和歌の黒い瞳を見返しながら、心の底から興味のない様子で、答える。
「・・・別に。まあ、大丈夫だと思う。少し小さいから、当分保育器から出られないとは聞いた」
「そ・・・う・・・」
想像通り、やはり早産にはなってしまったようであるが、どうやら彼女は、一つの生命をこの世に送り出せたらしい。妙に頭が重く感じられるのは、麻酔か何かの影響なのかもしれない、と、彼女は、ぼんやりとそんなことも考えた。
上牧の言葉に、和歌は、少し安堵したような声を漏らした。と、同時に、彼女は、上目遣いに彼を見上げ、言う。
「・・・まるで他人事ね。自分の子どもの事なのに」
「興味はないかな・・・自分の子でも」
何のためらいもなく、さらりとそう言ってのけ、彼は、先程置いたグラスを手に取った。
琥珀色をした透明な液体が揺れ、柔らかな照明を反射して床を照らし出す。
「・・・ただ、利用価値があるとは思うから、和歌には返さない」
低く吐き出された一片の言葉が、一瞬にして周囲の空気を凍てつかせた。
和歌は、人工皮膜に塞がれた腹部の傷に手を当てたまま、ただ沈黙してベッドの上を見つめ続ける。
上牧がこのような反応を見せるであろうことくらい、彼女にとっては想定内であった。今更、彼に対して失望も呆れもしないが、それでも、心のどこかに、晴れない靄を抱えているような気分にさせられるのは、非常に不愉快な事である。
「大体、和歌が産もうと思うとは思わなかった。いくら何でもこの状況で、普通の身体でもないのに。・・・よくここまで無事に育ったな、って、割と医者も驚いてたけど」
上牧は、責めるというよりは、まるで幼い子どもが文句を言う時のような口調でそう言うと、グラスの縁に口をつけ、喉をわずかに湿らせる程度に中身を飲み下した。
和歌は、視線を斜め下に向けると、低い声で言葉を紡ぎ出す。
「自惚れないでね。誰の子だろうが、あたしは産んでた。あんたに親になってほしいとも思わない」
「・・・・・・」
早口でまくし立てる和歌の口元を見つめたまま、上牧は、快も不快も表情に表わさず、ただ静かに彼女の言葉を聞いていた。
「だから、あんたには渡さない」
きっぱりと和歌がそう言い放つと、上牧は、どこか面白がるような声音で、わずかに唇を歪め、ぽつりと問う。
「・・・・・・取り返す?」
「取り返すわ」
「・・・まずはその手錠から外さないとね」
厭味のつもりか、和歌の左手を軽く指で指しながら言った上牧を、和歌は片方の眉を不快そうに歪め、思い切り睨みつけた。
しかし、彼は、そんな彼女の視線すらも涼しい顔で受け流し、無視して話を続けようとする。
「……そもそも、首都から出るなんて、どうかしてる。寒いし、汚いし、何より、確実に早産になるのに、お前を診れる医者がスラムにはいない」
呆れを通り越して笑みすら浮かべ、上牧は深いため息をつくと、頭を軽く振ってみせる。和歌は、そんな彼の様子を瞳に映しながら、完全に嘲笑と言っていいような表情で、口端を引き上げた。
「そうね。・・・・・・でも、医者は、あんたたちが用意してくれるから」
「・・・・・・」
「あたしに死なれちゃ、困るんでしょ。どうせ、スラムの病院も、お金ばら撒くとか何かして、監視してたんじゃないの?」
和歌の台詞に、上牧は彼女を見つめたまま動きを止め、言葉に詰まって口を閉ざした。
彼が黙り込んだのを見て取って、和歌は、勝ち誇ったように鼻で笑い、顔ごと視線を窓の外へと動かすと、一言、吐き捨てる。
「あたしは、あんたのその気持ち悪いぐらい粘着質な好意と、愛社心を利用してるのよ」
「・・・・・・面と向かって、気持ち悪いとだけは言われたくないな」
比較的酷い暴言を受けた割には、それほど堪えてもいない口調で、上牧が言う。彼は、降参の意志でも表すつもりか、グラスを持ったままの状態で、両手を軽く上げてみせた。
「確かに、和歌の言う通り。・・・対策はしてた」
彼はそう呟くと、グラスを床に置いて後ろ手でベッドに両手をつき、オレンジ色の光の映る白い天井を仰ぐ。
和歌の身体に使用されている人工筋は、人の筋繊維を模した糸状合金を素材とし、外部からのあらゆる衝撃を大幅に緩和する柔軟性と強度を誇る。だが、逆に言えば、体の内部からの圧力については、全く想定されていない。
要するに、女性であれば当然考慮されるべきであった妊娠、出産といった身体の変化に対して、一切の対策も取られていないのだ。
それでも、和歌が首都内にいてWASPの監督下にある限りは、専門医の診察や処置を受けることもでき、少なくとも危機的状況は回避できそうなものなのだが、首都の外ともなれば、そうもいかない。万が一の事があったとしても、彼女の身体の構造に戸惑わない一般の医者などいないであろうし、WASPの息がかかった病院ばかりとは限らない。特に、総合病院の多いスラム一番街は、五大企業の勢力が均衡している地域でもある。万一、彼女が他の企業の息がかかった病院にでも運び込まれようものなら、間違いなく面倒なことになっていただろう。
「でも・・・スラムの医療機関を抱き込むのには、苦労させられた」
「・・・でしょうね」
疲れの色を滲ませながら言った上牧に対し、返された和歌の言葉の持つ響きは、この上なく冷たい。もはや目を合わせようともしない彼女を振り向き、眺めて、彼は薄く微笑んだ。
上牧個人の意志というより、軍部が圧倒的な発言力を有する企業の出した決定として、和歌の捜索及び拘束という方針は、彼女が首都外に出たと判断された時点で協議決定され、実行に移された。
WASPによるスラム全域の主要医療機関に対する抱き込みは、他企業の関連病院までも巻き込んで速やかに行われ、彼女が姿を現すようなことがあれば、即座に通報されるよう対策が取られた。
もちろんそれには、和歌の身体が外部の医師の手に渡ることによって起こるであろう、非合法なサイボーグ製造事実の漏洩を防ぐため、という意味合いも多分に含まれているが、それだけが目的であったわけではない。
WASPが、そこまでしてでも和歌を生かしておこうとするのには、もう一つ理由がある。
彼らにとって和歌は、まだ、失うべき存在ではなかったのだ。それを、彼女はよく知っている。
「まあ・・・やっぱり、和歌に死なれたら、プロジェクトがなかなか進まないし、仕方ない」
「・・・・・・」
「和歌みたいに優秀な人には、もっと、働いてもらいたいらしいね」
悪意すら感じさせる、明らかに含みのある言い方でそう言うと、上牧は、無言のまま鋭い視線を向けた和歌に、臆するでもなく穏やかな表情を返した。
「・・・あたしは、絶対にアンドロイドなんか造らないわ」
憎しみを込めた口調で、和歌は吐き捨てる。
「あたしに死なれちゃ困るのは、そっちの勝手だけどね。生かしてたって、あたしはやらないわよ」
「そう。でも・・・こっちとしても、和歌の意思は関係ないからね」
真正面から和歌を見つめ返し、上牧は、突き放した口調で彼女の言い分を真っ向から切り捨てた。和歌は、手の平に触れる柔らかなシーツを鷲掴みにしながら、わずかに目を細めて目線を斜め下に落とす。
耳が痛くなりそうなほどの静寂が室内を通り過ぎ、二人は、しばらく何も言わないまま、向き合っていた。
「――愛怜使って、あたしを殺そうとしたくせに」
やがて、まるで鋭い棘を突き刺すような低い声で、和歌は、小さく一言呟いた。
「殺そうとはしてない。連れ戻すように言っただけだ」
「クラスター爆弾やら、燃料気化爆弾やらは、普通、殺人に使うモンじゃないの?」
まるで言い掛かりでも付けられたかのように眉をひそめた上牧に、和歌は、込み上げてくる腹立たしさを懸命に抑えつつ、どう考えても多数派と思われる意見を用いて反論する。しかし、言われた方の上牧は、むしろ不思議そうにしばらく間を置き、
「・・・・・・辞書引くと、そんなふうに出るんだろうなとは思う」
真剣な面持ちで、答えた。
「何が、『出るんだろうな』よ」
「・・・でも、和歌は死ななかった」
わずかに声を震わせて上牧を睨みつける和歌に対し、彼は、悪びれる様子もなく笑い、ベッドから立ち上がって呑気に伸びをする。
「スラムに軍を派遣するって、案外難しいことでね」
醒めた目で見つめる和歌の前で、上牧は、壁際に置かれた小さな水槽の中など覗き込みながら、ぽつりとそんなことを漏らした。
「和歌は医者だから、多少のことは自分で何とかしてしまう。だから、いくら病院で張っていても、そう簡単には見つからない。・・・さすがにひと月もすれば、軍部にも焦りが出てきた」
水槽の中の小さなフグたちが上牧の姿を捉え、餌を求めて水面へと浮かび上がってくる様子を眺めつつ、和歌は、黙って彼の話を聞いていた。
「・・・広いスラムの中で一人のサイボーグを捜すには、淡路の能力を使うのが有効だ。でも、淡路や張を使って和歌を捕えるとなると、まず間違いなく戦闘になる。・・・そうなれば、たぶん確実に、他企業の介入があると思うし」
「・・・・・・」
首都警察という組織でさえ、ほぼ完全にWASPに吸収された状態の首都内部ならばともかく、スラムでサイボーグ同士の戦闘が起こったなら、当然、揉み消し難い大きな騒動となる。ただでさえ、互いの粗を探し、足を引っ張り合っている感の強い五大企業のことである。例えそれがスラムで起きたことであっても、人外の能力を揮う者たちが登場したとあれば、こぞって調査に乗り出すことであろう。
「破壊を隠すには、より大規模な破壊があればいい。スラムの大半が焼失するような作戦下なら、多少、和歌や愛怜たちが暴れたところで、大して目立たなくて済む」
「・・・・・・それで、スラムと一緒にあたしも死んじゃったら、どうするつもりだったのかしら」
「和歌は、あれくらいじゃ死なない」
和歌の台詞に、上牧は妙にきっぱりとした口調で答える。
「和歌の身体能力は、ARMSの中でもかなり高い。計算上では、五階建てのビルが倒壊した瓦礫が降ってきても、両腕を使えば支えられるはずだし、爆弾が降ってきても、視認してから着弾するまでに逃げられる距離は、常人の倍以上。咄嗟の判断力にも優れてる」
そこで、上牧は一度言葉を切り、和歌の顔を見返したままで、少し考えるような素振りを見せ、首を捻った。
「・・・そんな人、ちょっと爆撃に遭ったぐらいでは、なかなか死なない」
「また、人を超人みたいに・・・」
「超人だよ。誰から見ても」
どこか満足気な様子でそう言い切ると、上牧は再び、水槽の中に視線を戻し、少しだけ微笑のようなものを口元に浮かべてみせる。
「・・・愛怜は、表面的には気性の荒い子だけど、その手で直接仲間を殺せるほどの冷徹さは持ち合わせてない。口ではいくらでも言うけど、最終的には和歌のために助けを呼んだ」
その言葉を聞いて、和歌は、自分の体を見回し、愛怜との戦闘で傷を負ったはずの箇所を目で探した。さすがに深く抉れた記憶のある左腿や右の上腕には多少の痛みが残っているものの、表面上は、腹部の手術痕と同じく人工皮膜で覆われ、何事もなかったかのように綺麗な肌がそこにあった。
「それに・・・和歌は敵も多いけど、味方も多い。それも、マリアやユイみたいに強力な味方がね」
「・・・・・・」
具体的な名前を例に挙げてみせる上牧に、和歌は表情を変えぬまま、無反応に口を閉ざして沈黙する。
「だから、和歌はあれぐらいじゃ死なない。それで死んでしまう程度の人なら、連れ戻す価値はないのかも」
淡々とした調子でそう話すと、彼は一瞬だけ、ちらりと横目で和歌の顔を盗み見て、再び正面へと視線を戻す。そして、特に何の感慨も読み取れない表情を浮かべながら、おもむろに水槽の中へ指先を差し込んだ。
空調がなくとも温かな空気と、喧噪とは無縁の防音ガラス。窓から見える地上の星。
和歌は、ちくちくと燻る軽い痛みを確認するように腹部を押さえながら、スラムとは違うその風景を瞳に映していた。
上牧の位置とは別の方向を見つめたまま、和歌は口を開く。
「・・・よく、他の四企業が承認したわね。スラムへの攻撃なんて」
「そう。それが難しかった」
水面からフグの口を突いては、それらの体が丸く膨らむのをぼんやりと見下ろしていた上牧が、和歌の言葉に同意してひとつ頷き、再びベッドに腰を下した。今度は、和歌が上体を倒せばすぐ手が届くような、危険な位置に。
反射的に振り向いた和歌は、白っぽいニットに包まれた彼の腕を目を細めて見据え、それを掴むか否か、少し迷った。しかし、結論が出るより早く、彼女は、相手の首に掛けられた銀色のチェーンに目を止め、開きかけた右手の指をぴくりと震わせる。
「当然、伏せてたんでしょう。あたしやマリアの事は」
「それが言えれば、もっと気は楽なんだろうな」
上牧は、呟くようにそう返すと、ほんの僅かだけ息を漏らし、穏やかに笑ってみせた。
他の四企業を含む外部はもとより、WASP内部においても、和歌たちサイボーグの存在は、一部の者だけが知るトップシークレットとしての扱いを受けている。たとえ役員会に名を連ねるほどの者たちであっても、それを知る者の数は、そうでない者の半数にも満たないであろう。
五大企業の競合地域でもあるスラムで戦闘行為を行うためには、和歌の拘束という真の目的を伏せた上で、偽の目的を捏造し、内部と外部、両方の承認を取らなければならなかった。
そのために利用されたのが、スラムゲリラという武装集団である。
「・・・まあ、総持寺兵梧は元々、WASPの人間だったから・・・うちの役員会の承認を取るのは難しくなかったかな。ゲリラをこれ以上成長させると、こっちが危なくなる」
実際のところ、ゲリラの行うテロ活動はあくまでも首都の外での出来事であり、それほど首都内までは響いて来ないのが現状である。しかし、軍事施設や輸送トラックが襲撃され、武器や弾薬類を強奪されるといった事件は何度も起きており、死者も出ているのだ。このまま彼らが武装を強化し、五大企業にとっての脅威となるような組織に成長すれば、確実にそのリーダーである兵梧の経歴は調べられ、公表されるだろう。
そうなれば、武装集団の首領を排出し、それを放置したとして、WASPが何らかの責任を問われる可能性がある。
「兵梧の抹殺を条件にしたのね」
鋭く、低い声で吐き出された和歌の言葉が、広い寝室に冷たく響き渡る。
しかし、上牧は、別段表情を変えるでもなく、彼女を見ているのか見ていないのか判別の付きにくい目で、ただ静かに微笑みを湛えているだけであった。
「・・・そう。でも、実際はもう少し条件を付けられた。軍部からは、マリアも殺すように言われたし。他企業から承認を貰うのは、さらに苦労した」
上牧の手首に巻かれた腕時計が、ピッと小さく高い音を鳴らせて時刻を告げる。彼が反射的に視線を落としたその先で、緑色に光る液晶は、既に午後9時を示していた。
「それでも・・・・・・とりあえず表向きには、ゲリラの掃討と総持寺兵梧の抹殺で話はついたよ。結局、彼らは、安価で良質な労働力が豊富にある一番街以外には、さほど興味を示さないし、大事な武器弾薬をゲリラに奪われてきたのは、彼らも同じだからね」
「――要するに、あんたは、あたし一人捕まえるために、あそこまでやったって言いたいわけね?」
顔を少し俯けた状態で、斜め向きの上目遣いに上牧を睨みながら、和歌は、声のトーンを下げたまま、ややゆっくりとした口調で、わかりきった問いを投げつける。
彼は、それに対しては否定も肯定もしようとせず、怯む様子など欠片も見せない目で、ただじっと、彼女の敵意に満ちた瞳を見返していた。
「あたしが首都を出なけりゃ、あんなことにはならなかったって言いたいの?」
「・・・・・・罪悪感でも感じる?」
上牧がそう口にした途端、和歌の手が、彼の右肘を強く掴み取る。自分を遥かに上回る力で腕を引かれて、彼は思いがけずバランスを崩し、斜め後方に勢い良く倒れた。
「痛・・・・・・」
起き上がる間もなく、上牧の喉元を押さえつけた和歌の手が、微かに震える。
彼は、ベッドの上に留められたまま抗うこともなく、感情の振れの見えない表情で、目の前の和歌の顔を見上げていた。
「淡路と総持寺は、死んだ」
一拍置いて、和歌が小さく息を呑む。自然に俯いた顔に、短く切られた髪が掛かり、上牧の視線を遮った。
「・・・ゲリラ掃討を謳った手前、少なくとも総持寺には死んでもらわないと、他の四企業に示しがつかない」
上牧は、あたかも、それが正しい行いだったかのように、そう言葉を続ける。彼は、自らをベッドに繋ぎ止めている細い腕に、片手でそっと触れた。
「淡路を殺したのは、俺でも和歌でもない。それでも、そういう状況を作ったのは俺やWASPで、それは、お前が首都に戻らなかったから起きたことだ。・・・お前が首都を出る原因を作ったのはWASPだけど、淡路が死ぬ状況を回避しようとしなかったのは、どちらも同じだと思う」
淡々と語る上牧の首筋に、赤いものが滲む。食い込んだ和歌の爪が、痛みと共に薄い皮膚を押し破り、その下にあるいくつかの血管を裂いたのだ。
それでも、彼は、話すことを止めなかった。
「それに・・・武装集団を結成して各社に対して強奪行為を繰り返した総持寺にも、異様なまでに好戦的で、命令を忘れて目標以外との戦闘を続けた淡路にも、全く非がなかったとは言い難い」
「――・・・たら」
上牧の言葉を遮り、和歌がわずかに唇を動いた。
「・・・だったら?」
努めて冷静に、上牧が彼女の呟きを繰り返す。
「だったら・・・斗岐に何の非があったのよ!!」
その瞬間、和歌の右手が彼の呼吸を止めた。
反射的に動いた上牧の片足に蹴飛ばされて、床に置かれたグラスが派手な音を立てて倒れ、砕け散る。
和歌は顔を上げ、涙に潤んだ目で彼を真正面に捉えて、怒りとも悲しみともつかぬ声を上げた。
「あいつは悪くない。嫌でも、すっごく嫌でも、我慢してWASPの中で生きてきただけ。知られちゃまずい事をしてたのは、あんたたちの方なのに・・・・・・なんでなのよ!?」
和歌が瞬きする度、重力に引かれた涙の粒が、酸素を求めて歪む上牧の頬を伝い、その髪を濡らす。彼女は、興奮に速まる呼吸を整えることもなく、彼を責めた。
「わかってるのよ。事故なんかじゃない。あんたが殺した! なんで、あいつが殺されなきゃなんなかったの!?」
咳き込み始めた上牧の顔を、憎悪を込めた瞳で見下ろしながら、和歌は、その首を締め付ける手に、更に力を込める。
「・・・・・・あんたなんか死ねばいい」
「・・・っ」
骨が軋む音がして、上牧は、それでも抵抗することなく目を閉じたまま、小さな呻きを漏らす。
爆発した感情に突き動かされ、力を入れ続ける和歌の両目は、もう涙を流すことすら忘れ去っていた。
「――・・・」
だが、不意に響いた場違いな程明るいメロディに、和歌は、ふと我に返る。
顔を上げ、ベッドサイドに置かれた自分の携帯電話に目を遣り、そして、音を辿って床の上へと視線を移した。
砕けたグラスのすぐそばに、シルバーの携帯電話が落ちている。床に広がったグラスの中身による水没を免れたそれは、小刻みに振動を繰り返しながら、持ち主を呼び続けていた。
「・・・・・・」
和歌は、無言のまま、上牧の首から手を離す。
呼吸を取り戻した上牧は、何度も咳をして涙目になりながら、ベッドの上でぼんやりと、和歌を見上げていた。その彼の足元で鳴り続ける携帯電話のメロディが、異様な程に大きく、和歌の耳の中に反響する。
「・・・返して」
両膝を立て、顔を真下に向けて、和歌は小さく呟いた。
「あたしから奪ったもの、全部。返してよ・・・・・・」
白いシルクに包まれた細い肩が震え、彼女の声は弱々しく、後半部分はひどく掠れて聞き取り難い。上牧は、彼女を見つめたまま、ゆっくりと上体を起こし、首に赤く残った痣を片手で撫でながら、低い声で返答した。
「・・・それは、無理だ」
「じゃあ殺して」
携帯電話が鳴り止み、室内に静寂が戻ったと同時に、和歌は顔を上げ、はっきりと一言、そう言い放った。上牧が動きを止めたその目の前で、彼女は、両腕をベッドの上に投げ出した格好で、潤んだ両目で彼を真っ直ぐに見据えている。
「・・・あたしがやってきた事が、みんなを殺そうとしてるのよ。もう嫌。死んだ方がいい」
うわ言のような彼女の言葉が、熱を持って上牧の鼓膜を刺激する。彼は、床の上で沈黙している携帯電話を拾い上げ、再び和歌へと視線を移して、口を開いた。
「・・・・・・それを言われるぐらいなら、騙されたって責められた方がマシだ」
「だったらもう放っといてーー!!!」
上牧の一言が引き金になったのか、和歌は突然、絶叫に近い声を上げて身体を折り、垂れた両腕を自分の方へと寄せようと、力の限り左手の手錠を引いた。
激しく揺れるベッドから降り、どうしたものか、と黙って見守る上牧の視線の先で、和歌の左手首の皮膚が手錠の端に擦れて裂け、手の平とシーツに赤い色が広がる。
「・・・・・・」
数秒続いた癇癪の後、和歌は、膝にかかる毛布に顔を埋め、肩で息をしながら沈黙した。
上牧は、そんな彼女の姿を眺め、珍しく、声が漏れるほどに深いため息をつく。
「・・・それも、無理だ。和歌は、WASPに必要な人だから」
「・・・・・・」
静けさを取り戻した室内に、水槽のフグが跳ねる音が涼やかに響いた。
煌びやかに輝く夜景の中、磨き上げられた窓に映る自分の姿を視界の端に捉え、上牧はベッドの横のスイッチを操作する。音もなく窓を覆い始めたブラインドに吸い込まれるように、ガラスの中の彼は、静かにその存在を消していく。
「今のWASPの技術は、まだ、製造したアンドロイドに対して、理想の機動性と耐久性を持たせるまでに至ってない。和歌の力が必要だ。そのために、WASPはお前を生かしてる」
「あたしは、そんなの作りたくないわ」
「・・・贔屓するわけじゃないけど、この分野において、和歌以上の研究者を、俺は見たことがない」
突っ伏したままで首を振った和歌に対し、上牧は、間髪入れずに言葉を返した。
「実際、今まで和歌が開発してきた人工筋や関節類は、WASP内でも最高レベルの評価を受けてる。他の人間が何年かけてもできなかったようなことも、和歌は可能にしてきた人だ。・・・実際、和歌が抜けてから、プロジェクトは停滞気味だから」
「あたしは、そんなもの作るつもりなかったわ!!」
伏せた顔を上げることもなく、大声で喚き散らす和歌は、上牧の目から見ても、異常な興奮状態にあった。彼は、再び鳴り出した携帯電話をボタンの一押しで沈黙させると、しばらく考えるような仕草で天井に視線を巡らせ、嘆息する。
「・・・・・・今は、話せそうにないな。感情が昂ってる」
「・・・・・・」
上牧は、困ったような、それでいて、この状況を楽しんでいるかのような含みを持たせてそう呟くと、床に散らばったグラスの破片を端に寄せてから、ゆっくりとした動作で再びベッドに腰を下ろした。
窓を覆うブラインドに映し出された影を背景に、自らの身体を抱え込むようにして塞ぎ込む和歌の姿を瞳に映し、彼は、目の前にあるその黒い髪に、片手を伸ばす。
「愛怜に切られた?」
肩の辺りで不揃いに切り落とされた彼女の髪を撫で、上牧は、比較的穏やかな口調で、そう尋ねた。しかし、和歌は、触れられたことに不快感を覚えてか、わずかに身を固くして頭を動かしただけで、何も答えようとはしない。
数分の間、上牧は、和歌の側でそうしていたが、やがて、小さく息を吐いておもむろに立ち上がると、壁に掛けられたジャケットを手に取り、彼女に向き直った。
そして、まるで彼女に言い聞かせるかのような声音で、静かに口を開く。
「・・・わかってると思うけど、和歌がどんなにやりたくなくても、最終的にはやらされる」
ベッドサイドに新しいグラスと飲み物を置き、上牧はジャケットに袖を通しながら、淡々と語った。
「八重は、今や完全に和歌の手から離れてるし、子どもだって、生まれながらにWASPの手の中だ。・・・まあ、さすがにユイぐらいの科学者になると例外で、殺すのは勿体無いし、人質的には使えないけど」
「・・・・・・」
沈黙する和歌をそのままに、上牧は、部屋の入口に設置されたパネルに人差し指を置き、同時に、カメラに瞳をかざす。ピー、と短い電子音が流れ、ドアが解錠される重い音が響いた。
「和歌の最大の弱点は、肉親がいるところだから」
彼は、静かにドアを開け、そこで振り返る。
少しの間、上牧は、何も言わずにベッドの上の和歌を眺めて立ち止まっていたが、ややあってから、ほんのわずかだけ微笑みを浮かべて、言った。
「・・・おやすみ。また来るから」
ドアが閉められ、しっかりと鍵のかかる音が、和歌の耳を強く刺激した。
フローリングの廊下から響く足音が遠のき、やがてそれすらも聞こえなくなった無音の空間で、彼女は、シーツに顔を埋めた格好のまま、ぐっと両の拳に力を込める。
「・・・何を・・・」
血でべた付く左手を、それでも構わずに震えるほど握り締め、絞り出すような声をあげた。
「何を・・・勝手なことばっかり!!!」
力の限り振り下ろした右の拳が、枕とマットレスを貫通し、スプリングの一部を完全に破壊する。
ベッドの土台は強化金属か何かを使用しているようで、一撃で真っ二つになるようなことはない。それでもどこか変形してしまったのか、彼女の体を支えるマットレスに、わずかな角度が生じた。
肩で息をしながら腕を引き抜くと、雪のように白い羽毛が、和歌の目の前の空間で、ふわふわと舞い遊ぶ。
彼女は、呆然とした目でその光景を見つめていた。
(・・・どうしてわかんないの? 何も知らないまま、大事な人を殺す手伝いをさせられた人間の気持ちが)
長い睫毛の先に取り付いた一枚の羽根を片手で払い、和歌は、軽く唇を噛んで目を伏せる。
和歌は、将来を有望された研究者の一人であった。
かつてB-21研究所で亡くなった子どもたちのデータを基に改良を加え、人工の臓器や筋、骨格の研究開発事業を中心に、数々のプロジェクトに参加してきた彼女は、少なくとも置換医療部門では並ぶ者がいないほど、高度な技術と開発力を持っている。
当然、彼女は、自分が開発を任されてきたものは、医学の進歩のためにだけ使われていると信じていた。
より耐久性が高いものを、そして、本来人間が持つ動きにより近い動きをするものを、請われるままに造っていた彼女は、まさかそれらの製品が、アンドロイド開発などというプロジェクトに流用されているなど、知る由もなかった。
まさか、自らの研究が、間接的に自分たちを殺さんとしているとは、夢にも思わなかったのだ。
(・・・あたしは、馬鹿ね。騙されすぎ)
無意識に歪み、まるで笑っているかのように上がった口端に、頬を伝う涙が一滴、染み込んで消える。
和歌は、握ったままの右手を上げ、自分の左胸に強く押し付けた。規則正しく胸壁を叩く鼓動が、負けじとそれを押し返すのを感じられる。
『心臓分割』について和歌に持ち掛けたのは、他でもない、上牧大樹本人であった。
そこに軍部や他の役員の意思があったのかどうかは、わからない。ただ、少なくとも彼には、間違いなく和歌を騙す意図があったのだろう。
特に、脅迫めいた何かがあったわけではない。ごく普通の恋人同士の会話の中で、あたかも彼女らサイボーグのためを思ってのことかのように、彼がそれを口にしたのが始まりだった。
元々、上牧がWASPを掌握してからというもの、彼女らに対する『心臓』の拘束力は極端に弱くなっていたし、現在の彼の立場上、その管理作業に、昔ほど多くの時間と手間をかけられなくなっていたのが現状であった。
自分に代わり、いずれは『心臓』の管理者として働いて欲しい、と彼に持ち掛けられた時、当時の和歌には、断る理由など、一つも思い当たらなかった。また、その前段階として、軽微な故障で全員の命をも奪いかねない現行の『心臓』システムを根本から変える、『心臓分割』を研究、実行して欲しいと言われても、彼女は疑うことなく快諾した。
何より、和歌は、多くの人間が当然そうであるように、自分の恋人は自分の味方だと、深い理由もなく信じ切っていた。
だが、斗岐の死を境に、彼女を取り巻く状況は一変する。
嘘で固められた上牧の素顔が明らかになっていく度、WASPという組織の中で、和歌は孤立していった。
『心臓分割』のデータを奪われ、行動を制限され、徳也と千鳥の二人とも引き離された彼女は、やがて全てが明らかになると、今度は再び、軍部からその能力を求められることになる。もちろん、近い未来に仲間の死を前提とした、アンドロイド開発の技術者として、である。
それは、妹の命を盾にしての脅迫、という最悪の形であった。
「・・・・・・殺せばよかった」
和歌は、ぽつりと一言呟いて、首を絞めた感触の残る手の平に視線を落とす。
その気になれば一瞬で首の骨を折れたというのに、それをしなかったのは、理性か情か。それとも、上牧一人殺したところで、WASPという企業が存在する限り、劇的に状況が変わることなどないと、冷静に判断したからなのか。
(・・・和高も兵梧も、もういない・・・・・・)
白い羽根の降り積もった毛布を、焦点の合わない目でただ見つめながら、和歌は、止まらない涙を服の袖で拭い取る。
仲間を失った悲しみと、罪の意識と、そして憎しみが同時に湧き出して、もはや彼女は、自分が泣いている理由すらわからなくなっていた。
「・・・・・・殺せばよかったのに・・・」
彼女は再び、小さく呟く。
無意識に胸元に手をやって、ふと、いつもそこにあるものが無くなっていることに気がついた。
(・・・ない・・・・・・)
全身から、さっと血の気が失せるのを感じる。
いつも大事に首から掛けていた、斗岐のペンダントが見当たらない。
慌てて周りを捜したものの、それらしきものはどこにもなかった。
和歌は、しばらく茫然とベッドの上に座り込み、記憶を辿る。しかし、スラムで意識を失ってからのことは、何一つ思い出せそうになかった。
(・・・失くしちゃった?)
彼女は、落胆したまま深く嘆息し、頭を抱えるような格好で、ベッドに身体を横たえる。
自らの鼓動すらも大きく聞こえる静寂の中、和歌は、じんわりと熱と持ったような腹部の痛みに手を添え、ぼんやりと虚空を見つめて、噛み殺したような嗚咽を漏らした。
何も覚えていなくとも、そこにいたはずの子が、もはや彼女の手を離れてしまったことくらい、改めて教えられる必要もないほど、はっきりと感じ取れる。
冷静さを取り戻して初めて、和歌は、言いようのない喪失感を覚えて瞼を閉じた。
「・・・・・・どこ行っちゃったのかしらね・・・」
上牧とWASPが、易々と彼女の子を手放すとは考えにくい。人質は多いに越したことはないのだ。
そうなることは避けられないとわかっていて、それでも、そこに生まれた新しい命を諦めきれなかったのは和歌自身なのだから、彼女はその責任を取らなければならない。
何があっても、その手に取り戻さなくてはならない。
「・・・あたし、負けたりなんかしないから」
誰に言うでもなく、彼女は続ける。
「あたしは、誰にも負けたりなんかしないから」
最後の方は、溢れる涙と暴走する感情に掠れ、言葉になっていなかった。
和歌は、押し潰されそうなほどの静寂の中、声をあげて泣いた。
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