閃光のハサウェイ〜STARDUST MEMORY


平山 幸亜


失われたものの痛みは癒されるの
あらゆる孤独と悲しみの理由を
ひとは いつ知るの
砕け散った 宇宙のかけらが
やさしく地に ふりそそぐ……
せめて あなたとわたしとを つなぐ
かなしい 無数の銀の糸



奇跡ではなく 魔法でもない





カキンッッッッッッッ!!

甲高い音と共に、カオーニャは相手の剣を振り払った。

「カオーニャ!ふせろ!!!」

背後から響いたカヲルの声と同時に、素早く身を屈める。

「くらいな!!」

「ぐわぁっ」

カオーニャの後ろから飛び出したカヲルの廻し蹴りを避けきれず、勇者カオーニャ御一行を襲った盗賊は大きく吹き飛ばされた。

「おし。次はどいつだぁ?」

カヲルの鋭い眼光が盗賊たちを一蹴する。その眼光に怯んだように盗賊たちはあと去った。

「おまえたち。ここで引くならば僕たちも追うような真似はしない。早々に立ち去れ!!!」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

盗賊たちはカオーニャの一声に、散り散りになって逃げ出した。お世辞にもカッコイイとは言えない逃げ方だった。

「・・・・・・」

盗賊たちの姿が見えなくなると、カオーニャは剣をゆっくりと鞘に収めた。後方で事の成り行きを見守っていたヨシミナ、イズータ、リエ、ヒヤマがカオーニャとカヲルの元に集まる。

「ケガはありませんでした?」

「ホラ、この通り」

心配そうに問い掛けるヨシミナに、カヲルは片手を上げてみせる。カオーニャからの返事は無い。

「しかしまぁ・・・・おまえの口からあんな言葉が聞けるとわね」

皮肉交じりで言うイズータに合わせるかのように、リエもコクコクと首を縦に振る。

「カオーニャ、カッコ良かったんじゃない?」

ヒヤマのお褒めの言葉にも、カオーニャは反応しない。

「ったく、ヘタレのくせに今日どうしたんだ?・・・・オイ、カオーニャ聞いてるのか!?」

いくら声をかけても反応しないカオーニャに、郷を煮やしたイズータは肩を強く掴むと、無理にカオーニャを振り向かせた。

その時だった。

どさっ

「・・・・・」

「カ・・・・カオーニャ!?」

カオーニャは地面にそのまま音を立てて崩れ落ちた。完全に魂が抜けている。その様子にイズータは言葉を失い、ヨシミナは慌てふためいてカオーニャの周りをオロオロしている。

そんなメンバーの様子にヒヤマはため息を付くと、小さな声でポツリと呟いた。

「・・・・前言撤回」

勇者カオーニャ、まだまだ冒険者ビギナーであった。



「なさけないな。あの程度の連中相手に気絶するなんて」

「ごめん・・・・」

「だっせー」

「ごめん・・・・」

「かっぺ丸出しってヤツ?」

「ごめん・・・・」

小さな村の宿に着き、気絶したカオーニャが宿で目を覚ますと、イズータ、カヲル、ヒヤマに次々と非難の言葉を浴びせられ、カオーニャは力なく「ごめん」を連呼した。

「ごめん、ごめん、って反省ならサルでもできるんじゃないの?」

ヒヤマのどぎつい一言に、ますますカオーニャは縮こまる。

「確かに反省はサルでもできるな」

イズータの追い討ちに、カオーニャの心はズタズタになった。さすがにここまでくると、カオーニャに同情すら感じるものがある。

「でも、カヲルとの連携はとても良かったですよ。リエもそう思いますよね?」

ヨシミナが苦し紛れの笑みを浮かべながら、リエに話題を降る。リエは首を縦に振って頷いた。

「でもその後あんなカッコイイこと言って気絶してるんだもん。かっこ悪い」

「いいよ・・・・もう・・・・」

「あ、拗ねた」

カオーニャは頭から布団を被ると、それっきりうんともすんとも言わなくなった。

「ちょっとイジメすぎちゃったかな?」

子悪魔的な笑みを浮かべるヒヤマに、一同は小さく笑いを漏らした。

「勇者さまぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

大声と共に乱暴に部屋のドアが開けられると、村人がなだれ込んできた。その様子に一同は目を丸くする。

「ど、どうしたんですか?」

布団にもぐり込み、出てこないカオーニャに代わって、ヨシミナが用件を聞こうとする。

「た、たいへんでさぁ。法術士がバケモノに襲われてるんです!!」

「オイ、カオーニャ!!」

「わかってるよ!!」

カヲルが布団のカオーニャに声をかける。カオーニャは乱暴に布団を弾き飛ばすと、壁に立ててある剣に素早くてをかけた。他の面々もすでに準備万端だ。

「みんな行こう!」

「案内していただけますか?」

「ハ・・・ハイ」

カオーニャたちは宿を飛び出した。



「キャァァァ」

激しい音と共に、女の悲鳴が響き渡る。

「襲われてるのは・・・・女性か!?オイ、ヘタレ!!さっさと走れ!!!!」

「ヘタレって言うな!!」

イズータと怒鳴りあいながら、カオーニャも必至に走る。草を掻き分けて進むと、突如視界が開けた。そおこ一人の法術士が気を失って倒れている。

「だいじょ・・・」

「大丈夫か!?」

真っ先に駆け寄ったカオーニャを跳ね飛ばすと、イズータはちゃっかり法術士の手を握り締め、抱き起こしていた。その様子を後ろからリエが睨みつける。

「まったく、イズータは軽すぎるよ。ヨシミナ、どう?」

カオーニャは、飛ばされた時にぶったお尻をさすりながら、ヨシミナを見た。ケガを負った個所にかざされたヨシミナの手からは、青白い光が放たれている。

「出血はしていますが、傷は深くないみたいです。大丈夫だと思います」

「そう。良かった。とりあえずこの人を宿まで運ぼう」

「じゃあ、オレがおぶって・・・」

ジャキィッ

「カヲル、おまえおぶれ」

「へいへい」

後頭部に拳銃を突きつけられ、コロッと意見を変えたイズータを呆れ顔で見ながら、カヲルは気絶した法術士を背中に担いだ。

「ハサウェイ・・・・ダメ・・・・」

法術士が寝言のように呟く。

「ハサウェイ・・・・?」

その言葉に、カオーニャは目を見開いた。

(ハサウェイってまさか?いや、でもそんなはず)

「カオーニャ早く!」

「あっ、今行く」

距離の開いてしまった仲間たちの後を追って、カオーニャは走り出した。その様子を見ていた、謎の陰に気づくこともなく。





ウィンディは暖かいベッドの中で目を覚ました。襲われた後の記憶が無いが、少なくとも、こんな所で戦っていたはずは無い。ウィンディはゆっくりと体を起こした。

「痛っ」

肩に走った鋭い痛みに、思わず顔を歪める。

「大丈夫ですか?まだ傷が塞がってないですから無理しないで」

「?」

ウィンディの目の前には自分と同じ、法術士の服装をした少女がいた。

「カオーニャ!」

少女が誰かの名前を呼ぶ。

(カオーニャ?どこかで聞いたような)

「大丈夫ですか?」

部屋のドアが開き、一人の少年が入ってくる。何処か幼い、けれどとても澄んだ目の少年だ。

ハサウェイと同じ。

「あの、助けていただいてありがとうございます」

ウィンディは深々と頭を下げた。

「いえ。僕はカオーニャ・ウィステリア。国王から任命された勇者です。彼女は法術士のヨシミナ・シタヴェル」

ヨシミナが軽く頭を下げた。

「お疲れのところ申し訳ありませんが、あなたのお名前は?」

「ウィンディ。ウィンディ・カーニバルです。あなたと同じ、国王に任命された勇者、ハサウェイ・ワンホースと共に魔王討伐の旅をしていました」

カオーニャの顔色が突如豹変する。その様子をヨシミナは見逃さなかった。

「あ・・・の。ハサウェイは・・・・今どこに?」

カオーニャの言葉が震えているのがわかる。

「・・・・勇者カオーニャ、あなたはハサウェイを知っているんですか?」

「僕は・・・・彼と一緒に、国王から勇者として任命されました」

部屋の時間が、ウィンディには止まったかのように感じられた。





「カオーニャ?その勇者がどうかしたのか?」

「アイツすっげーヘタレだぜ?三人ともアイツ見たら絶対頷くって」

「・・・・同じヘタレの、ハサウェイのセリフじゃないね」

「そうそう」

「なんだよ。イングもティエも。俺はヘタレじゃねーよ」



「この箱を持ち帰ればいいんだっけ?」

「確かね」

「ぼろっちー」

「こんな小さな箱に何入ってんだ?」

「だめでしょ、ハサウェイ。開けちゃ」

「大丈夫だって。ハサウェイ、開けてみろよ」



「うわぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」





記憶がフラッシュバックする。

あの光景が、目に焼き付いて離れない。

「・・・・ウィンディさんを襲ったのが、ハサウェイ?」

カオーニャは信じられないと言った目でウィンディを見た。ウィンディは首を縦に振る。

「そして彼は、仲間である、イングとティエもその手にかけた」

「そんな!アイツはそんなヤツじゃ・・・・!!」

「カオーニャ・・・・」

声を荒げるカオーニャを、ヨシミナは心配そうに見つめた。

「ともかく、その箱ってやつが怪しいな。呪いでもかかってたんじゃないか?」

事の顛末を聞いたイズータが言う。

「じゃあ、呪いがとければハサウェイは助かる?」

「可能性が無いわけじゃない」

「そっか・・・・」

ひとまずある可能性に、カオーニャはホッと胸をなでおろした。

「カオーニャ、そのハサウェイって、どんなヤツなんだ?」

そう言うカヲルの隣で、ヒヤマとリエの二人が首を縦に振っている。

「どんなって・・・・すっごいヘタレでドジで・・・・しょっちゅう赤面してて、たまに壊れてたような・・・・」

「・・・・カオーニャとヒヤマを足して二で割ったようなやつだな」

イズータの意見にリエは激しく首を縦に振った。カヲルはニヤニヤ笑ってヒヤマを見る。

「三途の川の向こうで手を振る、あんたのじいちゃんとばあちゃんに会いたいわけ?何ならタダで送ってあげるわよ?返ってこれる保障は無いけど!」

恐ろしい形相で睨み、罵声を投げつけるヒヤマに圧倒されて、カヲルは大きく後去った。

「まぁ・・・・同じヘタレのカオーニャの言えた事じゃないな」

「そりゃそうだ」

「ちょっ、イズータもカヲルも、僕はヘタレじゃないよ!!」



(・・・・同じヘタレの、ハサウェイのセリフじゃないね)

(そうそう)

(なんだよ。イングもティエも。俺はヘタレじゃねーよ)



言い争いを始める三人の横で、ウィンディが小さく笑い声を漏らす。

「ウィンディ・・・・さん?」

「ハサウェイも同じこと言ってました。カオーニャはヘタレだって」

「なっ!?」

「そしてイングとティエに突っ込まれるんです。同じヘタレのハサウェイが言えた事じゃないって」

なおも笑いつづけるウィンディに、カオーニャは立つ瀬が無い。

「なぁんだ。結局どっちもどっちじゃない」

ヒヤマの言葉に、三人は困ったように顔を見合わせた。

その日の夜、ウィンディなそっとベッドを抜け出すと、静かに宿の外に出た。宿から少し森の中を涼しい風が吹き抜ける。

「ハサウェイ・・・・どうして?」

月を見上げてポツリと呟く。

どうしても脳裏に蘇る、イングとティエの顔。

二人の言った最後の言葉。



「ハサウェイを止めろ」



呪いでああなってしまったにしろ、あれは自分たちの知るハサウェイではない。ハサウェイはドジだのなんだのと言われても、誇りとプライドだけは捨てない人間だった。

「もし・・・・ハサウェイが元に戻らないなら、その時は」

「その時はどうするんだ?」

暗闇の中から聞こえた声に、ウィンディは体を強張らせた。

「ハサウェイ?」

「さっきは邪魔が入って仕留め損ねた。今度はちゃんとイングとティエの所に送ってやる」

暗い森の奥から、ゆっくりとハサウェイは姿を現した。その姿をウィンディはきつく睨みつける。

「やめろ!!」

その時、突如カオーニャの声が響き渡った。手には剣を携え、彼の後ろには仲間たちが控えている。男の視線が、ウィンディからカオーニャへと移った。

「俺と一緒に勇者に任命されたヤツ、か?」

「ハサウェイ?」

目の前に立つものの姿に、カオーニャは目を見張った。ハサウェイは年齢的には、カオーニャとそれほど違いが無い。たしかに王都を出発して半年近く経つが、目の前にいる男はどうみても二十代後半にしか見えない。たった半年かそこらでこうなるはずがなかった。

「ちょうどいい。ここで勇者を一人血祭りに上げておくのも悪くない」

「呪いのせいでこうなったのか?」

「呪い?」

カオーニャはいまだに、目の前にいる男がハサウェイだとは信じられない。やはり呪いの効果なのだろうかと疑問に思う。

「この箱を開けてから体が軽いんだ。何も考えずに、この箱の言うとおりにしているだけでいい」

「あの箱だな」

ハサウェイの右手に握られた小箱を見て、イズータがポツリと呟いた。確かにこの言動から察するに、原因があの小箱にあるのはまず間違いない。しかし、問題はどうやってあの箱をハサウェイから奪い取るか、である。

相手は少なくとも勇者、剣の腕前はなかなかの物であろう。へたに飛び掛れば返り討ちにあいかねない。

「私が奪ってくるよ。あの箱。援護よろしく」

成り行きを静観していたヒヤマが、そっと前に歩み出た。

「ヒヤマ、大丈夫?」

カオーニャが心配そうにヒヤマをうかがう。

「取る事だけはね。でも呪いがどうのこうのはわからないから、あとはそっちでやってね」

ニッコリ笑いヒヤマは一気に駆け出すと、ハサウェイの懐目掛けて飛び込んだ。が、それを安々と許す相手でもない。

剣が容赦なくヒヤマを襲う。だが、ヒヤマは動じることなく、笑みすら浮かべて走りこんだ。

キンッッ

金属音と共に剣が弾き飛ばされる。リエの銃口がうっすらと煙を上げていた。

「イズータ!!!!」

小箱を持つ手を蹴り上げると、小箱が宙を舞った。と同時に、ヒヤマは大きく後方に離脱する。小箱を受け取ると、イズータはすかさずカオーニャに投げつけた。

「叩き壊せ!この手のヤツはぶっこわしゃ良いんだよ!!」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

腰の剣に手を当てると、カオーニャは大きく振りかざした。

『もう遅い』

ハサウェイの言葉と同時に、箱からも声が響く。

同時に眩しい閃光がカオーニャたちを襲った。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ」

カオーニャは光に目を奪われながらも、一気に剣を振り下ろした。

バリンッ

剣を持つ手に、硬い感触と微かな痺れが走った。箱はまっぷたつにひびが入り、細かな破片があちこちに飛び散っている。

「やった・・・?」

カオーニャが気を抜きかけたその時、イズータが怒声と共に駆け寄ってきた。

「まだだ!!」

壊れた箱から淡い光が溢れた。やがてそれは形をなしてハサウェイ目掛けて飛びついた。

「う・・・・・ああぁぁぁぁぁぁッツぁぁぁ」

「ハサウェイ!!」

ウィンディが悲鳴にも似た叫び声を上げる。

「イズータ。これは一体?」

カオーニャは呆然と、叫び声を上げるハサウェイを見た。

「やられた・・・・」

「やられた?」

イズータは壊れた箱を忌々しそうに睨みつけた。

「これはリビング・ボックスだったんだ。クソッ、生身の体に取り付かれたんじゃ、手の施し様がないぞ」

イズータの言葉に、カオーニャの手から、剣が小さく音を立てて地面に落ちた。

「カオーニャ!!!!」

己の名を叫ぶ声に、カオーニャの意識が覚醒する。

仲間たちの叫び声がハッキリと耳に届いた時、カオーニャの瞳は、振り下ろされる刃を捉えていた。



「おまえも勇者?」



始めてあった時の、ハサウェイの言葉が脳裏をよぎる。何処かプライドが高くて、そのくせ涙もろくて、散々カオーニャをヘタレだのドジだの罵って、けれど本当は、自分だってヘタレで、ドジで。



カオーニャの視界が突如朱色に染まった。カオーニャの体に痛みは走らない。代わりに、ゆっくりと倒れる、白い服。

「ウィンディさん!!」

慌ててをカオーニャは抱きとめた。

「たぁぁぁっ!!!」

「そこっ!!」

ハサウェイの一瞬の隙をついて、カヲルとヒヤマが飛び掛る。カオーニャに駆け寄ったヨシミナが、ウィンディに治療をしようとそっと手をかざした。

「い・・・・いいの。私はもうすぐ、死ぬ・・・・から」

ウィンディはヨシミナの手を掴み、法術を制した。

「何言ってるんですか!?この位の怪我すぐに治療すれば!!」

カオーニャが強い言葉でウィンディを咎める。

「あの技を使えば・・・・私はどうせ死ぬから」

「あの技?」

話の脈絡が見えず訝しがるカオーニャの隣で、ヨシミナはハッとしたように息を飲んだ。その様子に目ざとくイズータが気付く。

「ヨシミナ。何か心当たりがあるのか?」

「星の屑・・・・ですね?」

「星の屑?」

「奇跡ではなく、魔法でもない。そらから降り注ぐ無数の銀の糸。自分の命をかけた法術最高の技」

ヨシミナの言葉には小さく頷く。

「だめだ!そんな技使っちゃ!!!」

カオーニャが声を荒げて叫ぶ。他の面々も口には出さないものの、同じ考え、といった風にウィンディを見ている。

「ありがとう。でも、私しか・・・・ハサウェイを守って上げられるのは、もう私しかいないから・・・・」



(たとえハサウェイを正気に戻せても、きっと、イングやティエを殺した罪の重さから立ち直れない。彼、プライドが高くて意地っ張りだけど、誰よりも繊細で優しいから・・・・だから自分を許せないと思う)



「・・・・そんな」

ウィンディの瞳が何を言わんとしているかを悟ると、カオーニャは頭をたれた。

「人間一人すら、僕は救えないのか?勇者なのに?」

「カオーニャ、人間にできることなんてちっぽけな物よ。ハサウェイがしてもあなたがしても変わらないものは、変わらない。あなたは自分を見失わないで」

「ウィンディさん・・・・」

カオーニャは強く拳を握り締めた。手のひらから血が流れる事もかまわずに。

「呪術師イズータ、お願いがあります」

「なんだい」

「彼の、ハサウェイの動きを暫く封じ込めてもらえませんか?」

「できるけど、それでどうするんだ?」

「その隙に皆さんは安全な所まで離れてください。後は、私が」

「カオーニャ、どうする?」

全部オマエに任せる。

イズータの目はそう言っていた。



「ぐわっ」

ハサウェイの一撃がカヲルの腹部に直撃する。その弾みで、カヲルはゴムまりのように吹っ飛んだ。

「ちっきしょう」

「その程度か?」

ハサウェイの口元がニヤリと笑みを浮かべる。カヲルは拳を握り締めて立ち上がろうとしたが、体が思うように動かない。

「次はおまえだな」

ハサウェイの視線がヒヤマに移る。

「あたしは強いわよ。そこのおバカさんみたく、簡単にやられたりしないわ」

「ばッバカ!?」

「フン」

ハサウェイは鼻で笑ったかのようにヒヤマを見た。

「チッ」

挑発に乗らず隙を見せないハサウェイに、ヒヤマは小さく舌打ちをした。

「ヒヤマ!カヲル!!逃げるぞ」

「はぁ?」

「えっ!?」

イズータは大声をあげると、驚く二人を無視して札を取り出し、札に力を込めた。



時の糸 そのしなやかな動きを持って

彼者の時を縛れ  縛!!



言葉と同時に、ハサウェイの動きが止まる。

「クソッ何をした!!」

「ちょっとした術をね」

イズータがにやりと笑う。ハサウェイは蜘蛛の巣にかかった蝶のようにもがいた。

「みんな、行こう!」

カオーニャは一気に駆け出した。その後ろをヨシミナ、リエらが続く。

「カヲル!もたもたすんな!!」

「早く!!」

「わかってるよ!」

イズータとヒヤマにせかされ、カヲルは傷付いた体に鞭を打って走り出した。

「待て!カオーニャ。逃げる気か!!」

カオーニャの背後からハサウェイの怒声が響く。

「ごめん・・・・ごめん!!」

カオーニャは二つの目からこぼれ落ちる拭うことなく、走りつづけた。



イズータの術が切れたハサウェイは、体の動きを確かめる用に手足を動かすと、カオーニャたちの走り去った森の奥を睨みつけた。

「カオーニャのヤツ・・・・まだそう遠くへは行っていないはずだ。必ず仕留めて・・・・」

「ハサウェイ」

その時、弱々しいウィンディの声がハサウェイの耳に入る。

「生きてたのか。悪いな。トドメを刺して楽にしてやりたいが、俺はこれからカオーニャを殺しに行く」

ハサウェイは邪悪な笑みを顔に浮かべると、ウィンディに背を向けた。

「ねぇ・・・・ハサウェイ。色々な所に行ったね。私と、ハサウェイとイングとティエと四人で・・・・魔王は倒せなかったけど、でも、楽しい旅だったよね」

ハサウェイの動きが微かに止まる。ウィンディは言葉を続けた。

「ハサウェイはよく人見知りするから、イングとティエも心配してたよ。でも・・・・良い友達が他にもできてたんだね」

ハサウェイは完全に沈黙していた。瞳が横たわるウィンディを捉える。手のひらにポタリと水の雫が落ちた。雫は止まることなくハサウェイの手、そして顔をぬらす。

「泣いてるのか?この俺が?」



コイツニキオクナド モハヤアルハズハナイノニ



コロセ アノカタノタメニ

殺せ あの方のために

アノトキノヨウニ コロセ

あの時のように 殺せ?



フタリヲコロシタトキノヨウニ



二人を殺した?

俺が?



オレガ コロシタ?

俺が 殺した?



「俺が・・・・イングとティエを・・・・?」

「ハサウェイ。あなたはそんな姿になってしまったけれど、あなたの想いは繋がっていく。だから、あなたの誇りとプライドは、私が守る」

ウィンディは目をつむるとゆっくりと言葉を紡いだ。



And I ask you

Can we ease the pain of those who lost?

Can we know the cause of all this sorrow?

Can we catch the tears of broken world?

Falling down upon the earth...



ハサウェイはウィンディに歩み寄ると、そっとウィンディを抱き起こした。ウィンディの目に、ハサウェイがうつる。

ハサウェイの眼は、どこまでも澄んだ瞳だった。

「俺っ・・・・俺・・・・」

「ハサウェイ・・・・」



(みんなは俺を許してくれるかな?)



(なーにしけたツラしてんだよ。ハサウェイ)

(・・・・ティエ?)

(何してんの。置いてくよ?)

(イング・・・・)

(行こう、ハサウェイ。私たちの旅は、まだおわってないんだから)

「ありがとう・・・・勇者カオーニャ」





Stardust...





その光景は、ヨシミナの言っていた技の名前通りだった。夜空からまるで流れ星のように降り注ぐ銀の糸。

「本当に星の屑が空から降ってきてるみたいだね」

ヒヤマがポツリと呟いた。

「奇跡ではなく、魔法でもない・・・・・か。じゃあコレは何なんだろうな」

イズータが苦々しく呟く。

「・・・・想いじゃないかな」

「想い?」

カオーニャの言葉に、カヲルが聞き返す。

しかし、カオーニャはそれ以上話そうとはしなかった。ただ、星の屑と銀の糸を見つめて。

銀の糸は、夜空があけるまで、藍色の空を彩り続けた。





出立の朝、カオーニャは見晴らしのいい丘の上に作られた四つの墓に花を供えていた。

花は朝露に濡れて、日の光に美しくきらめいている。

「ハサウェイ。僕は行く。魔王を倒すために。必ずこの国に平和をもたらしてみせるから」

そう呟くと、カオーニャは立ち上がってきびすを返した。

心地よい風が颯爽と丘を吹き抜ける。

(ったく。やるじゃん。みなおしたぜ)

カオーニャの後ろから軽やかな声が響く。カオーニャはとっさに後ろを振り向いた。けれどそこには誰の姿も無い。供えた花の花びらが風の中を踊っている。

確かに空耳じゃない。

カオーニャは大きく息を吸い込むと、天空の青空に声を張り上げた。

「おまえもな!!!」





遥か彼方に、この想いが通じるようにと。














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