中国編一日目 記念すべき第一歩
いよいよ出発である。初めての海外に心膨らませ・・・・というとそうでもない。前日のバイトの送別会と、レポートの作成での徹夜でしょぼしょぼした目で朝を迎えていた。
早速飛行機に乗ると、私の座るべき場にすでに人が・・・・とりあえず「すいませ〜ん」とその旨を言うと「ドゥイ ブー チー(ごめんなさい)」と言って自分の席へ。ああ、中国人のガイドさんか
,日本から着いて行きはるんや、親切な話やで,などと一人納得し、そのまま眠りに落ちたのだが、この勘違いがあとでえらく首を締めることとなる。これぞ海外、トイレ事情
さて、8時間後、北京に到着。空港で、かねてより興味のあった外国のトイレというものに突撃レポートを敢行。さすがに空港だから普通だろうと思っていたのだが、中国は、やはり中国であった。なんとびっくり、トイレットペーパーが、洗面所の隣に、鎖のようなもので繋がれているではないか。なんなんだこれは?そう思い眺めていると、人々は、そのトイレットペーパーをちぎって便所に入る。物を大事にするというか、中国の玄関ともいうべき場所でしみったれているというか、複雑な気持ちでトイレを後にした。
この日はもう夕方であり、そのままバスでホテルへと向かった。我らが宿舎「王府飯店」はかの有名なペニンシュラ系列(私は知らんがすごいトコだそうだ)のホテルで、北京のタクシーなら、ここの名を出せばそこへ連れていってもらえるほど。逆にいえば、中国らしさがかけらもない。現にここのホテル内で中国語を使うことはとうとうなかった。賛否両論分かれるだろうが、少なくとも私好みのホテルではなかった。まあ、私の人生において、こんなトコ泊まることはもうないだろうから、いい経験だったと思うが・・・・
kimoちゃんピ〜ンチ!!
すでに述べたが、だいぶ時間が遅いので、荷物を置くとすぐに夕食を食べに出かけた。あまり記憶にないが、確か雑技を見ながら食べれるところだった。料理外のところに金を使ってるだけあって味はたいしたことなかったように記憶しているが、この時、それぞれの自己紹介が行われた。
生徒より始まり、紹介も終わりに近づいた頃、一人が立ち上がり、「〇〇です・・・・」となぜか流暢な日本語で始めた。その人は、例の私が通訳と思っていた人で、うまいな〜とか思っていたが、心の琴線にふと触れたその人の名前、その名はなんと、うちの先生の名前ではないか(日本人、中国語の先生でもない)!思わず「うそっ!これが〇〇先生なん!?通訳ちゃう・・・・」などとうっかり口走ってしまい、たまたま近くにいた当の本人に聞こえてしまったようだ。先生はギロリとひと睨みし、以後私に対して、無視とまではいかないが、あからさまに愛想が悪かった。さらに間の悪いことに、この先生は、おそらくは未来の我がゼミの先生になるはずのお人でもあった。幸い、結構年なので、最終日くらいにはもう忘れていたので助かったのだが・・・・私が悪いのか!?日本で、日本人が、日本語で話し掛て、中国語で切り返されたら誰だって相手は中国人と思うでしょ!?
そんなこんなで初めての本場中華料理はやや不本意の内に終わった。
漢方薬の国中国,しかし・・・・
それを解消すべく、ホテルに帰るや、私は夜の中国を徘徊して回った。
が、中国の店じまいは早い。店は当然閉まり、屋台も引き払われ、道端に一軒だけジュースやお菓子を売る店があったのみだ。しょうがなくそこを物色すると、怪しげな健康ドリンクらしきものが・・・・漢字を読むと「
不老不死」と書いてある。50円で不老不死が買えるなんて始皇帝も真っ青であるが、この手のものはまずいと相場がきまっている。とはいえ、あの暴暴茶を愛飲するという漢民族なら話は違うかと思い、ちょうど折よくやってきたタクシーの運ちゃんにそれを飲んでもらったところ、彼は一口で、道端にうずくまり、ゲロゲロしていた。続いて好奇心に駆られて私も飲んだが、運ちゃんの隣でゲロゲロしたことは言うまでもない。味を説明すると、苦味を隠すための極限の甘さに、自然と、というよりむしろ半強制的に逆流を促されるいうところか?子供の頃にした、薬に砂糖を混ぜて飲む、あれの最終形態と思っていただくとわかりやすい。からだの中の汚い成分を外に出すところが健康にいいのだろうか?しかしそれなら下剤でいいはずだ・・・・・なんかこれ以上行くと汚くなりそうなのでこのあたりで収めよう。
最後に,売っていた兄ちゃんにも飲ませたところ,彼もゲロゲロしていたとだけ記しておこう。彼の「まさかこんなにまずいとは・・・・」という中国語は今でも耳に焼き付いている。
素直にコーラを買って、この日はホテルへ戻った。