虚血性潰瘍と私



高校に入り足に異変が・・・入学してすぐだった。
体育でダンスの授業があり、右足の親指の付け根に亀裂(ひび)が入った。最初はよくあることだたいした事はない、と放っておいたのだが、徐々に悪化。
傷口がどんどん広がっていき化膿、病院に通院していたが良くならず、何件か病院を移った、しかし・・良くなるどころかドンドン悪化する一方、次第に激しい痛みを感じるようになり、夜も眠れない日々が続き大きい病院で検査をすることになった。
その結果、虚血性潰瘍であり即入院(A病院)が必要と診断された。

最初は何が何だかよく分からなかった。突然検査をされ即入院だなんて!
まさか、足の傷くらいで入院する事になるとは考えてもいなかったのだから…。この時点で、今後の私の人生を大きく左右するだろうとは・・・。
気付くはずもなかった。
入院中、高圧酸素治療室に入ったり、血管拡張剤の点滴をうったり、血管造影、撮影をしたり、苦悩な日々が続き、まるで動物実験のモルモット状態だった。

イロイロと検査をしたが、原因は多分足の裏のどこかに血管の詰まりが有り、血流が悪くなり足の先端までうまく酸素を運ぶ事が出来ない為に潰瘍ができ、治りが悪いのだと言われたが、結局痛い思いをして造影剤を流して調べた結果は、どこに詰まりがあるのか分からなかった。

今まで、15年間生きて来たが、肌が赤い(血管腫)というだけで、運動も出来、目も見え、話すことも出来、耳も聞こえ、匂いを嗅ぐ事も出来る、なんら普通の人と変わらぬ生活を送って来た私にとっては、とても悲惨で残酷な事のように感じた。 
生まれて初めて車椅子にも乗った、松葉杖もついた、全部初めての体験だった。
楽しいはずの高校生活も、入退院の繰り返し、運動をすることも出来なかった。
この時初めて健康の有り難味が解った。

今まで私は何故人と違うんだろう?何故肌が赤いんだろう?何故私だけが??
っと、みんなが羨ましいと何度も思った事があった。だけど・・
足を悪くして始めて足の有り難味を感じ手・足・耳・目・口・世の中にはイロイロな障害を持つ人が沢山いるのに、自分は肌が赤いといういうだけで普通の生活が送れていたのに・・・。
人間ってなんて勝手な生き物なんだろう。って、すこく考えさせられた。
そして3年間が経過、出席日数が足りないながらも、なんとか高校卒業!!


不思議なことに卒業後すぐに足の潰瘍が小さくなり、あっと言う間に完治したとても不思議だった、高校3年間入退院の繰り返しイロイロな治療を試してみた
が何一つ効果は無かった、それが卒業したとたんに足が治ったのだから・・
こんな不思議な事はない、本当に不思議だった。

M社に入社(事務員として働いた)入社後しばらくして小さい頃から興味があった乗馬の体験乗馬に行き、すごく魅力を感じ即入会した。
高校3年間スポーツが出来なかった私にとっては、すごく幸せを感じた。

イロイロなスポーツがある中で、すごく奥の深いスポーツだと思った。
仕事が終わると即乗馬、周りの者から馬きちがいと言われた事もあった。

それから3年程は平凡な日々を送れた。

入社3年目くらいが経った頃、まさかの二度目の再発(虚血性潰瘍)また再発するとは誰も想像していなかった。
右足底に異常を感じた、前回と同様日々悪化していった。
前回入院していた担当医だったM先生(女医)を尋ね、私の事をよく分かってくれている先生の方が安心だと思いM先生が勤務されているS病院に入院した。

欠勤しての入院だった為、早く仕事に戻らなくては迷惑をかけると、心の中では焦っていた、今回の入院では前回と少し違う治療がとられた。
(植皮術)だ肌の白い(血管腫のない部分)から皮膚を取り、足の潰瘍部分に植皮するのだ、成功する可能性は五分五分くらいかな?っと手術を担当する医者は言っていた。
しかし一日も早く会社復帰を望んでいた私はその50%にかけていたのだ。
約一週間ベッドから下りることもできず、経過を待った。

抜糸の日私は神に祈った「どうか神様、上手く植皮が成功していますように」と・・結果、完全ではない(一部は皮膚がはがれ落ちていた)が、これ以上、仕事を休むことも出来ず、退院し仕事へ復帰した。もちろん、それから一年ほどは、これ以上潰瘍が広がらないよう出来るだけ安静にしなければならない為、運動(乗馬)は禁止だ。

西洋医学で治らぬものは東洋医学で。と思い整体や漢方などイロイロなことを試してみた。
そして再発から一年くらいが経過した頃、行きつけの整体の先生からある情報を仕入れた N社の商品を使って、アトピー性皮膚炎やイロイロな病気の人がすごく良くなった、と言う話を聞いて、ものは試しだと思い、その場でN社の石鹸とクリームを購入、早速その日から使用してみた。
足の潰瘍部を石鹸で洗い、その後クリームを塗る、今までは毎日入浴するのが苦痛で苦痛でたまらなかった、潰瘍部分に湯がしみて激しい痛みに襲われる。
からだ、入浴後は痛みのせいでしばらく動けず誰とも口をききたくない!!
家族の者に八つ当たりをすることもしばしばあった。

しかし、N社の石鹸は違った!!
石鹸で洗っても、それほど痛みは感じなかった。
二日目、三日目と、ただ石鹸で洗い、その後クリームを塗る、たったこれだけの単純な作業で、驚くほどの早さで傷口がドントン見る見るうちに小さくなり一週間も経たないうちにかさぶたができ、約一週間後には完治したのだ。
一緒にその様子を見ていた家族もそのすござに目を奪われた程だった。
その後、このことを報告しようと担当医に商品を見せ話しをしたが、残念なことに、たまたまだと、取り合ってもらえなかった。
私の周りにアトピー性皮膚炎を持つ友達がいたので、自分の体験談を話し、その二人もN社の商品を使ってみることになった・・。
会いに行く度に、どんどん良くなっていることが目に見えて分かった。
それから二年が経過、この間にも何度か足に傷や亀裂が入ることがあったが、N社のこの石鹸に出会って以来、悪化する事無く安心した日々を送った。



約二年の月日が流れた。
寒さのせいか皮膚が乾燥し、カサカサになり、足の裏に亀裂が入った。
「あ〜あっ、またか・・」と思い、いつものように石鹸を使用しクリームを塗っていたのだが、治る気配が感じられなくなり、また徐々に傷口が広がっていった・・・もう次は絶対ないだろう!!この石鹸がある限り!!っと。
鷹を括っていた私は、すごく惨めな気分になった
まさか、また再発するなんて、今度こそ絶対ないと信じていたのに・・・
再発してから、現在、約2年が経過している、傷口は悪くはなっていないが良くもならず、変化なし・・・仕事もしたいが今この足の常態では無理がかかり悪化し、潰瘍が大きくなることは目に見えている・・・・・・。

働きたくても働けない、運動したくても運動出来ない、しかし、この病気は難病と認められていない為、国からも援助を受ける事が出来ないのが現実!!
世の中不公平だと思いませんか??
原因不明で治療法が確立されていない、しかし命に別状は無い、だけどこの世の中、私以外にも病気の種類は違っても、同じような思いを持っている人達だってきっと沢山いると思う!!
働きたくても働けない、じゃあ、もしこういう人達が家族を支える立場、あるいは、支えてもらわなくてはならないのに、家族や身寄りの方がいらっしゃらない人達はどうなるんだろう??
そんなことを考えていたらきりがないけど・・・・何か不公平な世の中だなって思うのです。

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