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 02/09/28・29(土日) 県外見学会・秩父地方の石仏 記録アルバム その1
その1(寄居町少林寺、野上町、長瀞町) その2(秩父市の札所1〜4番)へ  その3(小鹿野町観音院、東秩父町浄蓮寺ほか)へ

秩父札所31番観音院門前にて
仁王門前の崩れると谷底転落の
台上にて、千葉県人大集合
なお、これを撮影中の道標おやじは、
観光バスに潰されそうになる。
 今回の県外見学会は、当会幹事戸向氏の案内・運転+道標おやじの運転+吉田さんの会計によって行われました。
 道標おやじは、いろんな石仏やお寺が見られて、とても、面白かったです。
戸向さんありがとうございました。
 で、以下は、道標おやじが露出の狂ったデジカメでパチパチ撮った画像と感想のアルバムです。
 しかし、急ぎの旅でゆっくり見ている時間がなかったので、銘文なんかも見ている暇がありませんでしたし、無学にして、秩父には一度も行ったことがなく、当地方についての知識もありませんので、当会公式記録とはなりそうもなく、ただの感想になりそうです。
 
千葉県人のみた、埼玉県のメジャーな石仏ということですかね。
 埼玉県人が鋸山の
大仏を見るが如し というべきことかも。
 ご参加の方々、お気づきの点がございましたら、ご教示方よろしくお願いいたします。(^_^;)    →西岡氏から画像を恵んでもらいましたので差替え。
         →石田氏から画像を恵んでもらいましたので、差替え+追加。update021206

 
道標おやじの車(一度も洗車したことがないディオン)+戸向氏の車(紺色の乗用車だが、車種は分からん)にのって廻りました。
 参加者:沖本、戸向、吉田、早川、西岡、三代川、石田、永井、鈴木、吉村 の10名
 寄居町、長瀞町、秩父市、小鹿野町、東秩父村を、1泊2日で廻りました。
 以下に、独断と偏見により、道標おやじが狂った露出で撮った石仏を速報します。なお、人物は顔がすべて露出オーバーで、バカ殿のようにマッシロケになってしまったので、全部没。
地点1。寄居町末野 少林寺(曹洞宗) 
 寺の裏山に、五百羅漢と千躰荒神 と釈迦三尊があります。
日本石仏事典に、五百羅漢と三宝荒神の例に挙げられているメジャーな例のようです。
千躰荒神は大部分が文字塔ですが、曲がり角ごとに像塔があって、同一デザインの三宝荒神が見られる。
千葉県にはない像なので面白し。
24世大純大和尚が、浄財をつのり、
文政9(1826)〜天保3年(1832)、
釈尊、十六羅漢、五百羅漢、千躰荒神像を、
山中に設置 という。


幕末に、村を越えて、お寺の僧侶が中心になって、近隣の村を勧進して多数の人間からお金を集めて、多数の石仏、あるいは、でっかい石仏や銅佛を作る信仰事業って、千葉にもたくさんあるが、こうゆう信仰の全貌を集めたらおもしろいんでないかなあ・・という感想。
←少林寺本堂
→少林寺駐車場
地質屋さんなら
泣いて喜ぶ
三波川結晶片岩の
断面が見える。
 岩種は、板碑に使われる緑泥片岩だと思う。
寄居や長瀞の山は、この三波川石でできてて、割れ目だらけでグズグズの岩なので、山がみんな低くて、急な谷斜面だけど、川は穏やかに流れているっていう所です。
 千葉と同じような谷津の谷がありますけど、地形、地質、水が細かい所でかなり違う感じ。 

車は、6人乗せて、がんばったディオン。
羅漢像

五百もあるので、たまたま、一体 みました。

裏に、四ノ七十□ ・・・整理番号らしい。

表の笠に、
 □二邑
 清水宗兵衛
 為先祖代々精霊


山頂の釈迦・文殊・普賢の三尊。まわりに、十六羅漢。
釈迦像は、阿弥陀定印 をしているみたい。
象に乗ってるから、
普賢菩薩だと思う。

象の鼻は欠け。
獅子に乗ってるから
文殊菩薩だと思う。

かっこいいですね。

510体の五百羅漢と960体の荒神があるとのこと。

三宝荒神は、一般には竃の神だそうで、千葉県でも
台所などに札が貼ってあるのを見たことがありますが、
石像は無いみたいですね。
 荒神の像塔 というのは初めて見ました。
像容は、三面六臂、宝冠を頂き忿怒相。
日本石仏事典には、持物が2例あげられているが、少林寺の例では、その内の1つの、
右手、五鈷杵 剣 矢。左手、金剛鈴 戟 弓 
でした。
文字では、ウーンの〔梵字〕もあったが他の〔梵字〕もあり、荒神、竃神、三寶大荒神、千一神(1001躰作製目標だったみたい)などと記されていた。
  画像、西岡宣夫氏撮影・提供

三面の側面の顔が砕かれていたり、三面とも顔を傷められている像がほとんどでした。
これって、廃仏毀釈のため?

この像は、三面ともメタメタ。

荒神、960基の大部分は、地元の青い板石に文字と梵字を刻んだ文字碑です。

少数のでかくて立派なものを除くと、
小さな碑で、形も不定形で、字数も少ないし、
羅漢像に比べると、
荒神塔は制作費が超やすそうです。
画像、西岡宣夫氏撮影・提供
文字塔

〔梵字〕と荒神

画像、西岡宣夫氏撮影・提供
文字塔

荒神 の略字でしょうか

画像、西岡宣夫氏撮影・提供
保存のよい像塔

画像、西岡宣夫氏撮影・提供
保存のよい像塔

画像、西岡宣夫氏撮影・提供
地点2。 長瀞町 矢那瀬の地蔵堂 明応8年の石幢

国指定。指定っていうと、「古いだけに奇麗」とか「迫力あるーツ」っていう感じですが、この塔は、何と申しましょうか、古くてボロイという感じでしたが、百聞は一見にしかず。見といてよかったです。
日本石仏事典から要約
明応八年(1499)の重制石幢。
台座に胎蔵界四仏種子、幢身部には、「庚申供養本願勧進一結衆」と刻し、六道輪廻を表わす石車をはめこみ、車の外側に名号を彫る。龕部には六地蔵浮彫。
笠の各軒先に十三仏種子を刻す。等、多様な信仰が習合している塔である。
外見じゃないよ、内容は豊富だよ という塔ですね。
地蔵堂。

閻魔と奪衣婆像があるという。

赤いのは、曼珠沙華の花
秩父ではいろんな所で咲いてました。
明応八年石幢


撮影して見ると、
結構いいですね。

龕部分の六地蔵。 西岡宣夫氏提供
地点3。 長瀞町 野上 下郷の石塔婆

日本一のでかい板碑。応安2年(1369)。 明細は 看板をみよ。
デカイですね。日本一だそうです。
●どうやって切りだしたんだろう?
●どうやって建てたんだろう?
●デカいことに意味があるのかしら?
等々、素朴に?


なお、ピサの斜塔のようにまがってますけど、
いいのかなあ?

どうも、埼玉県人は「日本一」が好きなようです。
道走っていても、日本一の看板が結構目につきます。
ところで、千葉県人は、「2番目」が好きなようです。
「房州で2番目にきれいなトイレ」、とか、
「君津郡で2番目に安いガソリンスタンド」なんて看板がありましたよね。
地点4。 長瀞町 井戸 岩根神社徒歩参道入口 延宝八年の庚申塔
  どんどん川沿いに、山の中に入っていって、
(道路は舗装でしたけど)、ポツンとありました。

場所がイマイチよくわかりません。

普通の庚申塔のようでしたが・・・
地点5。 長瀞町 新井家墓地 天文2年の石幢   場所がイマイチよくわからん。
  地点2の石幢と同系統のもの。
  岩質が全然違っていて、基礎と台 龕 笠 と3つの異なるものが一緒になっている感じでもある。


龕には六地蔵。
幢身には後生車がついている。



 石田氏よりいただいた画像


まだ、1日目の半分デス。
以下、延々と続きます。 

続きを見よ・・っていうか・・・見てね。
m(__)m
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