piece.2 光と闇の共存


それは、私がリンベルに着いて数年目の事だった。
己の魂を頑張って高め磨き、ここまで昇ってきた。
そして、界と界との間を移動できる唯一の役職,使者という仕事を手に入れた。
友達も出来、たわいない会話を弾ませながら、何度も界の狭間を行き来した。
仕事にだって随分と馴れて来た。
そんな時だったかな? あの人と、出会ったのは。

深き闇の如く真っ黒な長い髪。
燃えるような深紅の瞳。
でもその瞳に輝きはなく、彼の周りには何も存在しない。
力なく飛ぶその背中の漆黒の翼からは、瞳と同色の液体が滴り落ちている。

『大丈夫?翼、怪我しているみたいだよ。』

声をかけ、近づき差し出した私の手を驚いて振り払ったよね。
私の横を、そのまま通り過ぎて行ってしまった。まるで、見えない何かから逃れる様に。
でも、私はそんな貴方をほってはおけない気がした。
貴方がそのまま飛び続けたのなら、いつかは、闇によく似た髪と羽が暗黒の世界に貴方を誘い込み、貴方を溶かしてしまいそうだから。
まるで、自分に良く似ている・・・自分そのもののような気がして。
気がつくと、自然と貴方の後ろを追っていたの。
傷つき弱り果て、飛ぶ力さえも残っていない貴方は遂に翼の動きを止め、目立たない所で休み始めた。
私を再び見つけた貴方は、その場から逃れようと翼を動かそうとしたけれど、それも空しく飛ぶ事も出来ないほど体は弱っていた。
だから、もう何の抵抗もすることなく、その深紅の瞳をゆっくりと閉じた。

『安心して、もう逃げる必要なんてないんだよ。私と貴方以外には誰もいないから。』


* * * *


白き羽の、正に俺にとっては天使だった。
天使は、見ず知らずの俺に溢れんばかりの笑顔と、自分の為にとっておいただろうリンベルの果実をくれた。
しかし、連れを気にし再び暗闇の奥へと消えていった。
俺をまた一人、闇に残して……。
今のは幻だったのだろうか?
神が、俺に与えた最後の贈り物だったのだろうか。
それとも、死にゆく俺への最後のイヤミだったのか。
幻であるはずの手渡された果実。
今も手の中で、それだけが淡い光を放っていた。
この前果実を口にしたのはいつだっただろう?
甘酸っぱく、涙が出てくるほど美味かっく、不思議な味がした。
それを食べたせいなのか、身体の内側からほんのり温かさが湧き、心が満たされていくようだった。
そんな気分のまま俺は、自然と意識の奥へと誘い困れていった。
俺の意識は、それを最後に途絶えた……。


次に俺がまぶたを開いた時には、天使の顔が俺を除きこんでいた。
突然の登場に俺は慌てたが、天使は只、俺を心配して来てくれただけのようだった。
昨日食べた果実のおかげなのか、赤の池は昨日と少しも変わらず、俺のかたわらで眠っていた。
それどころか、昨日より身体が少しは楽だ。
「名前……」
天使が立ち去る前に、俺は最初の言葉を開いた。
「え?」
「教えて……」
久しぶりに動かした口からは、懐かしい自分自身の声が聞こえてきた。
天使の顔は変わり、驚きなのか戸惑いなのか……、いいやはっきりと喜びの表情を見せていた。
「ミルク。今はそう呼ばれているわ。」
ミルク……。天使に相応しい真っ白な名前だ。
「よかった、口きけるくらい元気になれたのね。貴方が食べたスピリットの実、弱っている体によく効くんだよ。」
“スピリット”、精気の事か。という事はリンベルの食べ物か?
「じゃあ、私はこの辺で。あ、でもまた無理はしたらダメだよ!結構酷い傷なんだから。」
折りたたんでいた純白の翼がいっぱいに広がり、飛び立つ準備は万端ばんたんだ。
「ミルク!!俺の名は……、ランディ。」
「ん?またね“ランディ”!」
ミルクは降りかえると、にっこりとやわらかな笑顔を向けてくれた。
そんなミルクが飛び立つのを、見えなくなるまで目で追うとまた静に目を閉じた。
天使に何度か接触を重ねるうちに、次第とさび付いていた俺の心の扉が開かれていくようだった。
あいつは、この無の空間に咲いた、一輪の花だった。

俺は、自分の置かれていた状況などすっかり忘れてしまえていた。
そう、あいつと会うのが楽しみで………。


* * * *


「ミルク、やけに最近は楽しそうね。以前はあんなにも(仕事で)時界クロノスに行くの面倒苦さがっていたのに。」
「え?そうかなぁ。」
実は、その通りなんだけどね。
私の使者の仕事は、リンベルとクロノスの橋渡しだもの。
だから、数の限られている使者はロべリアの花が開いて、その次に開くまでの間に(地球時間では、一週間)一回は行かなければならないのよね。
最近はホントに、ガイアの死者の数が増えたから送られてくる魂の数の多い事!
その誘導だけでも一苦労だったんだから。
でも、今まではあんなに嫌だった暗くて怖かった界の狭間が、今ではなんだか温かい感じがするの。
それに、あの人…ランディに会えるのもその機会しかないもの。
なんでだろう?あの人の側にいると、とっても優しい気持ちになれるの。
それだけで、幸せを感じる事が出来るの。