piece.3 逃避行
「で、どうしたの? こんな時にラリアから話があるなんて珍しいじゃない。いっつも、急かすのに」
用意の整った鞄は、ミルクの脇のベットに置かれた。
いつもなら、出発15分前はラリアと共に、もうここを離れているはずだったのだ。
なかなか話を切り出さない相手に少し気にしながら、ミルクは机に置いてあるホコリのかぶったオルゴールを手に取った。
発条仕掛けで動くようになっているそれは、錆付いていながらもまだ十分使えそうな雰囲気を醸し出していた。
不意にオルゴールを机に戻すと、その少しの反動でか生まれたての赤ん坊のようなメロディが聞こえてきた。
何処かなつかしいような、素敵な音色…。
“カチャ”
音色に聞き入っていると、違う種の音が耳に飛び込んできた。
「ラリア!? どうしたの? 何故鍵を!」
突然の予期せぬラリアの行動に目を疑ったが、ハッキリと鍵のかけられた部屋に取り残された事実が漠然とした。
どうして良き友であるラリアが、自分を閉じ込めるのか? ミルクにはその疑問に答える程の理解を持ち合わせていなかった。
「……ごめん、ミルク。でも、私にはこうするしか貴方を止める方法が考え付かなかったの。許してね…ミルク……」
「ねぇ、何があったの!? 私を止めるって何?」
ドアの外からは、ただラリアの啜り泣く音だけが伝わってくる。
「ラリア!!」
「この前ね、悪い…噂を耳にしたの。地界と天界との狭間に黒い羽の人が住みついているって……」
黒い羽。ランディのことだよね? でも、『悪い噂』って一体どういうこと?
「その人、地界で今お尋ね者になってて……」
お尋ね者? あの傷ついていたあの人がどうしてなの?
「それで……隣の班のレミリアが、その人とミルクが会ってるのを見たって……。ウソだよね?それに、その人はもう時期地界からくる援軍に捕まえられるって。そしたら、ミルクまで巻きこまれるんじゃないかと思ったの。それに、コレ以上密会を続けてもし援軍や他の人に見つかったらタダじゃ済まないかもしれないんだよ!!」
だとしたら、ランディが危ない。
ランディに知らせなきゃ。
何も知らず、傷を癒すために今もあの場所で一人で眠っているはずだから。
あの人だけは、何があっても絶対消えないで欲しい。
「だから、熱りが冷めるまでここでじっとしてて! ミルクの仕事は私がちゃんとするから。」
恒例の出発を予告する音が辺り中に広がった。
いつもなら鈴の音のような音のはずなのに、何故か今日は鍋の蓋を叩いたような歪んだ音に聞こえてくる。
「ごめんミルク!!」
すると間もなく、ドアからラリアの気配が消えた。
「ちょっ、ラリア! お願いここから出して!」
どうしよう、このままでは……。
……………?
* * * *
次にあいつに会う時は、「さよなら」を言わなければならないんだ…。
どうしてだ? そう考えるだけでも憂鬱になるのは。
今まで、何人だって沢山の人と分れてきたじゃないか。
それとも、俺はあいつにもう1度会う前にここを立ち去れという暗示なのか?
どこまでも見渡す限り続く暗闇は、全ての光を飲み尽くしていた。
感じられるのは、寂しさと孤独。
思い出に残るようなものなど、一欠片もない。
でも、この無限に広がる空間の中で、針の先にも満たない確率でミルクと出合えた事だけが、この空間に光の思い出をくれたんだな。
俺があいつに残してやれる物って、何かなかったんだろうか?
自分の持ち物を全て探ってみる。
ここまで来る途中に落としたのだろう、俺の持っている物などゼロに等しかった。
それでも何か残してやりたくて、穴が空くだろう程に服の中まで調べた。
やっと見つけたそれは、ミルクが喜ぶかどうか分らないが、ランディが身に付けていた唯一の装飾品だった。
首から外してしばらく元居いた場所に座り込み、それを見つめた。
地界にまだ住んでいた頃に、親友がくれた物だった。
「セリニア、どうしてんのかなぁ? 俺のしたことは結果としてあいつも裏切る事になったんだ。恨んでいることだろう……」
あいつだけじゃない、ここに長らえばミルクにも迷惑をかけることになるだろう。
やはり、早急に立ち去ろうか……。
彼方に白の影が走っている。
おかしい、天界の使者達なら幾分か前に通ったはずなのに。
いつでも飛びたてる様にと体制を立て直し、その影が近づくのをしばらく待った。
「ランディ!!」
「ミルク!? 何故ここに。使者達ならさっき…」
「違うのランディ。今日はラリアの、…ちょっと分け合って行かなかったの。それより! 大変だよ、もうすぐ援軍たちがランディを捕まえに来るって!」
! やはりもう動き出していたか。となるとなおさら急がねば。
俺が追われる身であることを知ったのならミルクは……
「急いで、次のロべリアの花が咲く頃には出発するって!! ここへ来る途中聞こえたの。だから、早くここから離れないと。それと、これ持って行って」
いっぱいに膨らんでいる鞄には、ミルクが詰めていたロべリアの実などが詰まっている。
私、本当はランディと離れたくない。
このままここでこれまで通りにしたいのに。
「あぁ」
ミルクの手から、ランディへと鞄が移されていった。
ランディが、行ってしまう……。
ランディの離れていく姿を見まいと、体が勝手に背をむけてしまう。
足音がする。もう会えなくなってしまう…。
そう考えると涙は止まらなくて、零れ落ちた涙は深き闇へと吸いこまれていく。
ランディ。お願い、せめてこれからも無事でいて!!
頭がこんがらがっていて、ハッキリと周りの音さえわからない。
でも、もうあの足音は聞こえなくなってしまった。
寂しさと同時にまた、とっさに顔が飛び立ってしまったはずのランディを追おうと振り返った。
もう居るはずがないのに。
私は幻影を見ているの?
それとも、悲しみのせいで頭が可笑しくなってしまったの?
もう行ってしまったランディの優しい顔が私を見下ろしている。
「突然だがミルク、一緒に行かないか?」
そう差し出された手を、私は神に救いを求めるかのように取った。
その先しばらくのことは覚えていないわ。
もう、無我夢中だったもの……。
* * * *
『悪い噂』の真実が何なのか気にならないといったら嘘になる。
でも、そんなこと私には関係ないことだもんね。
それに、その事でランディを嫌な思いにさせるのもいや。
出来る事なら、逃げるランディの後を共に着いていきたい。
でも、出来ない…。
私には、任された仕事があるし、ランディの足手まといにはなりたくない。
……なんてことは綺麗ごと。
本当は、怖さもあるの。
もし、ランディの『悪い噂』が殺しに関わる事だったら…。
ううん! そんな事関係ないじゃない。
ランディは私に優しくしてくれた。
元気も沢山もらった。
仕える神様に背くことになるのかもしれないけれど、私の中のもう一人の神様が“行け”と行ってくださった。
それに、ランディを守れるのは私しかいないと思った。
だから私は、自分の今の空間よりランディとの未知への空間をえらんだの。
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