「青い鳥」

妊娠発覚駅「2001/12.25」


12月25日、某病院にて妊娠発覚、12月初旬の子らしい。
生理前に食欲がわき、体温が上がり体がむくむ(特に胸が貼る)症状が起こるのは変わりません。
それらの症状は、生理が始まると徐々に治まっていきます。
生理が不順のかたはさほど気にはしないと思います。
ところが、1週間たっても体温は下がらず、食欲もある(特にさっぱりしたものに対し)状態が続きます。
胸が張った状態(かなり大きい)も続いたので、病院に行って検査してもらったとこ発覚!
つきあい始めて約1年、頑張ってやっと出来た新しい命、奥さんと一緒に大事に育てていきたいと思います。
次は来年の1月7日に病院に行く予定です。
相手の両親には挨拶は済んでいたので、いつか挙げる結婚式では新郎妊婦となること確定です。
とにかく胸が張って苦しくなってくるのは妊娠直後から起こるようです。

妊娠7週目「2002.01.12」
4週目辺りからひたすら眠っています。
食事内容も脂っこいもの、アルコールは避け、酸味の多い梅干しやレモンが好むようになっています。
あと、ひたすらスパゲティミートソースが食べたがっていますw
2回目の検診でしたが、現時点でも気分が悪くならないところは医者も驚いていたようでした。


お母さんにばれちゃった。「2002/01.22」
夜な夜な3人でテレビ見ながらお茶しおてるときのこと
育恵:歯が痛いやぁ。
安子:今のうちに治しておきなさい、妊娠すると歯がぼろぼろになってくるから。
安子:みんな赤ちゃんにカルシウムもっていかれるから。
芹沢:妊娠すると、歯磨きもしなくなりがちらしいですね。
芹沢:口の中に歯ブラシを入れるのがいやになるとか......
安子:仲のいい夫婦は夫がつわりになると。
育恵:じゃああーちゃんはどうしてつわりにならないの?
芹沢:「ギクッ!」
安子:なんだね、育恵、妊娠してるのかね。
育恵:......そう、実は出来ちゃった。
と、そんな感じで一瞬とまどいましたがお母さんも喜んでくれてうれしかったです。
なんせ、お母さんも......w
1月25日(金)に育恵がお父さんにそれとなく話しました。
1月26日(土)の食事会の前にお父さんが芹ちゃんが何か大事な報告があると言われ、
僕が両家の両親の前で改めて報告しました。

キャスト/芹沢:管理者、育恵:将来の嫁、安子:将来の嫁のお母さん


妊娠11週目「2002.02.07」
下腹部が張った感じの状態が続いています。
この日は特に痛みが朝から続き、夜には流産が気になり病院に行こうかと思ったとこまでいきました。
幸い、翌朝には痛みはなくなり今日は安静にし、病院に行く予定です。
妊娠中に気を付けねばならないことを「あっこナース」から聞くとなるほどとうなずいてしまうことだらけで勉強になりました。

妊娠12週目「2002.02.12」
今日は育(将来の嫁さん)はお休みで姉と夏みかん狩りに行く予定でした......が!
朝から頭が痛い痛いということで、僕は仕事を午前中で早退し育を産婦人科へ連れていきました。
結果は赤ちゃんには異常はないどころか成長が早く、10月出産予定が8月に早まるようで......
困ったことに式の日にはお腹が相当大きくなるとかで、ドレスがピンチ!
新婚旅行も海外(フィジー)の予定のはずが医師の許可(飛行機)がおりず、「熱海辺りがいいねー」と......
その日、妊娠と出産の本を買い、育は安静にしていました。
あと、そろそろ母子手帳をもらわなければならないため、結納の日以降(2月22日)に籍を入れることになりました。

妊娠13週目「2002.02.18」
下腹部の張りが盛りっとしてきた(本人はすごく張っていると言っている)。
確かに張っているときにさわってみると少しわかる(見た目ではわからないけどw)。
体の方は風邪のせいか保温状態が続いている。
あと12週目ほどでもないが偏頭痛が見られる。

妊娠14週目「2002.03.02」
今日は異常なほど頭痛の痛みを訴える。
頭が割れるように痛いらしい。
とりあえず安静を保っていた......風邪なのか......
でも、ご飯を食べたら落ち着いたらしい。
そうそう、この日の朝起きたとき育のおなかが呼吸とは別な動きがあるのが感じた。
「胎動」だ!

妊娠15週目「2002.03.08」
今日は向井亜紀の「16週」のドラマ(主演:松下由紀)を2人で見ました。
感動の嵐だった。
つぐつぐ育の大切さを知りました。(何をいまさらって!)

妊娠17週目?「2002.03.15」
今日は久しぶりに産婦人科にいった。
「大きいおなかですねー」と「17週目ですね」と言われた。(1週早いよ!)
赤ちゃんの写真を撮ってくれたので見てみると......
正面向いた赤ちゃんが「にやぁ〜」と笑ってピースしているではないかw
赤ちゃんは大きい目が2個と鼻と口と大きい脳が黒く映されている。
ここの産婦人科では性別は教えてくれないらしい。
明日はプライムでもらった特典のディズニーシーの日だ!

妊娠20週目「2002.04.01」
犬の日といわれる妊娠五ヶ月目の19日に帯締めるのを忘れたため、本日!
なぜ帯を締めるのか、犬の日とはなぜこのときか......謎だ......
式の方では、今日の司会者との打ち合わせが終わりました。(2時間程度)

妊娠22週目「2002.04.14」
昨日は超未熟児のテレビが放映されていました。
妊娠中に北海道旅行へ行ったのが原因か、3ヶ月も早い出産になった実話です。
出産時は産声もあげず、出産体重は704gで全身真っ黒でした。
その赤ちゃんは全身の血液を変えないと生きていけない状態で、それから数ヶ月間の記録の内容でした。
スタジオの人も育も泣きながら見ていました。
このテレビを見て育は完全に海外旅行はあきらめた模様でした。
話は変わって14日の夜、赤ちゃんの動きが活発でおもしろいほど動いていました。
今まではお腹に手を当てないとわからなかったのが、見ているだけでポコポコ動いている様子がはっきり分かっていました。
幸せに浸ってる育でした。

妊娠25週目「2002.05.05」
安定期に入ると普段とほぼ同じ生活になっているため書くことが......
おなかが大きくなってきたことが22週目と違うとこ。
ただ、夕食時に歯にお肉がはさまったことから下奥歯が痛みだしました。
明日も祝祭日で歯医者はお休みなので我慢してもらって7日に行ってもらうことにしました。
ここで何がつらいかというと薬が飲めなかったことらしいです。
幸い翌日にはだいぶ痛みが無くなったものの......良かった良かった。

妊娠29週目「2002.06.03」
久々に更新です。
この時期スイカが大好きな育恵ちゃん、1日にL玉1/4は食べてます。
おなかがおおきいけど外出時は普通の服を着てくこともまれにあります。
僕自身はマタニティドレス好きなんですが、これを着てくときはスーパーか実家いくときです。
ちなみに腹帯は一切してません。
あとマタニティ着てるときはブルマはくとお腹安定していいと言ってます。
翌日
育は暑い暑いと大騒ぎ1日中冷房つけっぱなしでした。
育の母親曰く「いまから暑いっていってたらこの先どうすんの」と......がんばれ育。

妊娠30週目「2002.06.11」
今日は午前中が歯医者、午後が産婦人科に受診予定。
車がないから、原付か育姉(いくねえ)の車で行って来るそうです。
そういえば妊娠中って麻酔してもいいのかねぇ。
それとも麻酔無しで歯の治療?......いたそぉ。
それと最近ひじきの煮ものが多いなぁ、ひじきが好きなのか買いすぎたのか、好きだからいいけど。

妊娠32週目「2002.06.29」
産婦人科に行ってきた。
赤ちゃんは丈夫に育っていっているが、糖尿が出ていることが発覚した。(体重の増加も気になる)
育は太っても顔に出ないのでなかなかわからないので、今後は気をつけないと......
それと乳首のかゆみが激しくなってきた、HPで調べるとなんと「35週辺りから母乳がでる」と!
そこでマッサージするようになった今日の深夜、僕は見てなかったが母乳がピュッとが出たらしい。
昔、何回か一滴ほどでたが、そんなもんかなと思っていました。
そして次の日の朝「見てて!」というので見ているとなかなか出てこない。
しばらく待っていると、びっくりものすごい量のちょっと濃度のある半透明の液が流れ出た!
どうやら母乳が出るとかゆみもおさまるらしい、いやぁ〜それにしてもびっくりだ!
その後も乳首をマッサージする姿が目立ってきたw

妊娠34週目「2002.07.07」
今日は、朝1ヶ月賞味期限が切れた冷やし中華麺を食べた。
その日の昼、僕は下痢が続いた、育はお腹が「かなりチクチク」するという。
すごい体調が悪そうな育だったが、その日の夜には治った。
翌日、赤ちゃんがおりちゃうのかと怖かった......とちょいと笑って言っていた。
それにしても体重が増えてきたせいか、かなり本人は「むくむ」と言う。(特に手と足)
宮本家のお母さんは看護主任だったせいかかなり心配そうだ。
「芹ちゃん、栄養士なんだから育ちゃんの食事ちゃんとみてやって」......と。(確かに)
思えば、妊娠1ヶ月時に京都へ、新婚旅行時は海外は医者に止められやむなく伊豆一周に、8ヶ月にはなんと十津川村から東大寺まで行った。
その間にも山梨へはちょこちょこ行ってた、大丈夫だか......

妊娠35週目「2002.07.17」
最近、おへそのちょいと上辺りが「チクチク」痛いよぉ、と辛そうに訴える育がいます。
そうそう本日午後に産婦人科いってきたらしいです。
午後一番でいつもの通り行き、院内で先に検尿を済ましコップ持って待ってると......
なかなかカーテンが開かずよく見てみると午後は休診で今週はお休みと......
検尿捨てて帰ったそうです
それと本日は34週だったはずが前回の診断結果で実は35週だったそうな。
そろそろ入院の準備し、嫁と一緒に母親学校行こうかの、今週の土曜は赤ちゃんをお風呂に入れようだと......。
母親学校(父親参加も可)は大曲にある保健センターで実施されています。

妊娠35週目「2002.07.19」
昨日も、お腹の痛いのが治まらなかったが夕方下痢の後はおちついた様態でした......が!
夜になると嫁の体調が悪くなり深夜には痛くて寝られない状態が続き不安になって朝2時頃に院長宅へ電話してしまうくらい!
院長先生は「今からみましょう」といってくれましたが、話(昨日の下痢など)をしていたら、先生「下痢かもしれないね」と。
陣痛ほどでもなさそうなので育も少し落ち着き、とりあえずあす一番でみてもらうことになりました。
おなかでかい!

妊娠36週目「2002.07.24」
昨日は半透明の母乳とは別に濃厚な母乳も出ました。(色は黄色いです)
それと、辛い出来事が今日の朝5時に起こりました。
一番奥の歯(上下)が痛くて泣いていました。
眼球の裏から顔半分が辛かったみたいです。
それから1時間後ようやく落ち着いたみたいで眠りに入りました。
午前中、歯医者に行って先生がこういいました。
「抜歯ですな、でも産婦人科の先生に聞いてみて下さい」と慎重な口調で。
その後、産婦人科の先生に電話したらこう言いました。
「抜歯ですか、がんばって抜いて下さい、出産中に痛いよりは今のうち抜いといたほうがいいよ」と明るい口調で。
どうやら臨月まで来ると、多少の薬は飲んでも大丈夫らしいです。
ということで、明日抜歯予定です。
毎回思うことらしいですが産婦人科の先生はいつもワンコで出てくれるのです、暇なの?

妊娠37週目「2002.07.29」
昨日あるテレビ番組で何かのランキング2位で松任谷ゆみの「卒業写真」が流れながら何枚かの卒業写真が映されていました。
なにげなく育が横になって見ていると突然「恐いっ!」と叫びこちら向きになりました。
突然ズームがゆっくりと横に移動していくと思ったら全て心霊写真だったのです。
こっちにしがみついていると「恐い恐い......」と泣いていました。
そのときお腹を思いっきり床に当ててしまい少々痛がってもいました。
それでお腹の様子を見てみると、すでに臨月もあり特に問題はなさそうでした。
が......おもえばいつからだったのだろうか、おへその辺りから上と下に(特に下)向かって線がはっきりと見えるではないか。
妊娠4ヶ月辺りからだったかなぁ〜これはいったい何なんだろうか......。
育はとってもとっても恐がりなのでした。
それとようやくデジタルビデオカメラ(パナソニック)を買いました、だいたいの操作は覚えたのでこれで出産に向けて猛練習だ!?

妊娠38週目「2002.08.05」
今日から育は里帰り。
でも職場から芹澤家の間に宮本家(嫁宅)があり夕飯はいつも嫁宅で頂いているため普段と何ら変わらないのかも。
変わるといえば、寝る場所と出勤時間か(出勤時間8時00分が8時15分に!)。
ということで僕の方は夜10時までに宮本家へ帰ることになりました。
それまでは普段会話数の減っていた弟や両親と一緒にいることにしたいなと。
ちなみに育と僕の両親との仲は順調です。
がんばれ育、出産はもう間近だ!
......早くうつぶせで本読ませてあげたい......ベットの上で正座して本読んでる姿はなんかかわいそうだ......。

妊娠39週目「2002.08.12」
今日の朝4:00、育が再びお腹の痛みで起きてしまったらしい。
どうやら僕に気を使って起こさず不細工(?)な寝顔を見ていたらしい。
朝7:15分、これがもしかして陣痛の始まりかと思った。
僕が朝風呂をすませ育が横になったままで、痛い痛いともしかして「お印」があるかもと思い出血を確認し起きてみるとそれは無かった。
......が、それから起きた状態で30秒後、育が「ん!?」と再び確認するとなんと1、2滴の血が!
その後、風呂に入って戻ってくると、生理の時のような血がドロッと出てきたらしい。
着替えてからもそれは止まらない状態だった。
デジカメ(ビデオ)撮影後、入院セットとデジカメをもって普段より少し早く宮本家に向かった。(この土日は芹澤家で過ごしていた為)
両方の両親に報告後、育と育のお母さんとじきおじさんになる愛犬「コロ」を撮影し出勤した。

妊娠39週目そのA「2002.08.12」
仕事中9:30頃、育のお母さんから携帯に電話が入っていた。
電話をすると、なんと育は受診日の予定が出産間近で急遽入院になったと、子宮口も5cmほど開いていると。
「仕事が片づいたら早めにおいで」ということで、デイのおやつの準備に明日の給食数の確認と宅配給食の補助を終え急いで病院に向かった。
おもえば前日の夜、育がが何回かうった子宮を開くための注射が気になってたらしく子宮を確認したらたしかに1cmほど開いてた......。
途中清水インター付近で再度電話があり「今どこにいるの?育はもう分娩室に入っちゃったよ!」と......なんですとっ!
それはもうびっくりだった、早っ!しかもそういうときに限って袖師から魚市場にかけての工事渋滞ときたもんだ。
なんとか産婦人科に着き受付に聞くと「2階へどうぞと」急いで2階に上がると育のお母さんが病室の入り口に立っていた。
11時20分もう病室に育の姿はなかった。
どうやら11時に分娩室にはいったらしく破水も終わったらしい......一声書けてあげれなかったのが心残りだった。
僕の方は分娩室に入っていいのか悪いのかわからないままそわそわしていたが、お母さんの方は僕よりは落ち着いていた様子だった。
走って慌てて汗だくだった僕も冷房の効いた病室(個室)の冷気でだいぶ落ち着き、デジカメの件をお母さんに聞いた。
すると出産中育は撮られたくないということでもってこなかったらしい。
しかし生まれたての赤ちゃんの映像は撮ることはそのときお母さんも頭になかったようだった。
いまから宮本家に行って持ってきてもいいが、今の時間往復で1時間......もし出産終わってたらどうしよう......。
分娩室に入るとき声かけれなかったから、出てくるときは声をかけてあげたいし......。
と考えているうちに宮原先生が登場し分娩室へ入っていった。
しばらくすると中で先生と看護婦さんと育の声が聞こえる、「はーい息を吸ってー吐いてー......それっ」育の苦しそうな声も聞こえる。
声に反応し僕はドアの前に張りつくこと10分、先生が出てきて様子を聞くと「子宮筋がまだ固くもう少し時間がかかりますね」と。
階段を降りていく先生をみてお母さんは僕にこう言った「さすが産婦人科の先生、お腹もすごいね」と薄笑いw。
その後、僕とお母さんは病室に戻ることわずか、僕の耳にかすかに聞こえた「んぎゃぁ」......はっ!
僕の反応にお母さんも「どうしたの?、んっ!、産まれたの?」かすかに聞こえたことを伝えると部屋を出て5m先の分娩室のそばにいくと......。
まだ産まれていなかった、確かに聞こえたんだけどなぁ〜と思っていると、となりから出産を終えた若奥さんが食事を片づけに来た。
......どうやらとなりの赤ちゃんだったらしい。
おもえば隣の部屋に厨房らしきお婆ちゃまが食事を運んでいく姿があった、みれば噂通り豪勢な食事内容僕とお母さんは顔を見合わせていた。
それからして家の母が12時前に到着した。
僕はまだ時間がかかることを聞いたので、とりあえず近くのコンビニに行ってバカチョン(使い捨てカメラ)と飲み物を10本程買って急いで戻った。
先生が再び分娩室に入っていき、僕と母は分娩室に張りつき様子を伺う。
先ほどと同じような先生と育の声が聞こえること10分、先生が分娩室から再び出てくると「もう少しですね」と。
そのとき僕は先生に嫁の様子見てもいいかと訪ねると「いいけど奥さんに聞いてみる」と言って階段を降りていった。
......しばらくして3度目、先生が分娩室に入っていった。
辛そうな育の声の中「いやぁーいやぁー」と何かと思ったが、看護婦さんが出てきて「奥さんいやがっているのですみませんと」。
どうやら今の状態を見られるのがよほど嫌だったらしい。(その場はそれで仕方がない思ったがちょっと寂しかった、声をかけてあげたかったんだが、はぁ〜)
その後「はぁ、はぁ、んーーーーー」「痛い痛い痛いよぉー」と育の声が聞こえる、辛そうだ......只々『頑張れっ育ちゃんっ』と思う3人だった。
......「んぎゃっ」はっ!と3人は顔を見合わせた、「んぎゃっ、んぎゃっ」と産声をあげる赤ちゃんの声が聞こえた!
大喜びする3人だったが、一番喜んでホッとしているのは育ちゃんなんだろうなぁーと思った。
そのとき分娩室の中で育に「女の子だよ」という先生方の声を母は聞き逃さなかった。
分娩室の中では育が赤ちゃんを抱いているらしい、その光景も何となく浮かんだがその場にいてやれなかったことが今思えば一番の心残りだったかもしれない。
看護婦さんがお父さんこちらへどうぞと分娩室の隣の部屋に案内されると、赤ちゃんがお湯?につかっている様子や体重や身長などを測っている様子を見せてくれました。
看護婦さんに聞くと育は出産の後処置を受けている様子で「女の子ですよおめでとうございます、奥さんは1時間ほどで戻られますので病室の方でお待ち下さい」と。
3人は病室に戻って喜び合った。

妊娠39週目そのB(出産その後)「2002.08.12」
育が病室に戻ってきた。(お疲れさま、頑張ったね)
出産中の話を聞くと息むとき両足にコブラがかかってきつかったらしいw
息むとき顔が真っ赤になりぷつぷつが相当量発生していたらしい。(その顔がみられるのも嫌だったとか)
痛みは足から全身にかけて???????になるような感じだったと。(誰かが言っていたことの意味がよくわかったらしい)
あと途中で苦しくなってもういいや楽にさせてと思い、うとうと寝そうになったら先生が「呼吸を続けてっ」とすぐに起こされたらしい。
頭の先が見えたよもう少しだよといってからがすごく長かったと感じたらしい。
少々遅れたお昼を母が近くの天神屋に買いに行き育は梅干しのおにぎりがなかったので海鮮散らし、僕とお母さんはカレー、母は鰻重だ。
その後、看護婦さんが赤ちゃんを連れてきてくれた、ベビーベッドには「んぎゃ、んぎゃ」泣く赤ちゃんがいて、小さい手を丸めてしゃぶると泣きやんだ。
そこで、赤ちゃんの名前を両親に報告し呼び名は『りょうか』で、字は『瞭佳』か『瞭果』が現在候補に挙がってます。(1週間が命名の期限らしい)
落ち着くと夕方お父さんと一緒に来るといってお母さんと母は一度帰りました。
育は食は進まなかったので何か食べたいものある?と聞くと、「カロリーメイト(フルーツ味)と麦茶」と言ってくれた。
あと看護婦さんが「申し訳ありませんが出産費の方は今日お願いします」と、どうやら明日からお盆休みらしい。
ということで僕の方は、宮本家に育の結婚指輪と通帳を、途中のスーパーで育希望商品にベルギーワッフルを、芹澤家では携帯の充電器を持ち病院に戻った。
途中銀行で確か出産費は30万〜40万だったから45万引き出したが、育から携帯で今日の支払いは11,800円だってと。
どうやら僕らが考えていた高額費用は入院費で出産費は別らしい。(ちなみに入院費は保険で30万程戻ってくるそうです)
病院に着くと育とあれこれいろんな話しをしていると宮本家のご両親がお祝いに訪れた。
病室にいる赤ちゃんをみて喜ぶお父さんお母さん、車の中で寂しそうなコロおじさん。
そのうちに夕食がやってきた、おぉーっと4人ともその料理にびっくりした、メニューはこんな感じ。
大皿に4品、一つはエビフライ3本に卵サラダソース、もう一つは千切り野菜とトマトとミニワイングラスにドレッシング。
もう一つはおしゃれな小さな器にポテトサラダ、エビとブロッコリーのサラダ、あと1つ忘れたw、最後はメロンやスイカの盛り合わせ。
主食はライスで、スープは大きめのマグカップにパン生地で飲み口を包んだシチュー。
デザートはこれまた大きいお皿に半氷のスイカやメロンや大きめのサクランボにバニラアイスに生クリームにチョコとバニラのソースに......。
更にその中央にこれまたワイングラスにババロアにミニフルーツの盛り合わせっときたもんだ!
食欲の少なかった育の代わりに半分以上食べてしまった僕であった。(デザートが最高だった、カントリー○ードもこれを見習えってーの)
その後育の両親が帰ると次は芹澤家の父母がお祝いに来た。
やはり思ったとおり父は女の赤ちゃんに感動していたもよう。(子供は僕と弟でこれに加え父の兄弟も男ばっかだったからw)
1時間くらいいろいろな話しをして両親も帰っていった。
それから僕も育もお互いの友達に電話をした。
夜も8時に近づくと育は少しずつ涙を流し始めた。
ここの面会時間は8時までだったのです、個室に1人になるのが寂しいんだろうなと思った。
やがて赤ちゃんを引き取りに看護婦さんがやってきた、そこで僕は何時までいてもいいですかと聞いた。
すると看護婦さんはやさしくこう言ってくれた「始めての出産だし初日だから8時半、9時までいいですよ」と。
すると育にうっすら笑顔が戻ってきた、かわいらしいなぁー。
それでも9時になるとやはり涙が出てきた、やがて看護婦さんが様子を見に来た。
泊まっていって欲しかったし泊まっていきたかったが病院に迷惑をかけてしまう訳にはいかないので、それでも帰り際には「育頑張るねっ」と見送ってくれた。
その後も何回か電話をし11時を最後におやすみとしたが、育は朝まで眠れなかったみたいです。

★結果報告★
『出生日時:2002年8月12日12時37分』(出産予定日:2002年8月20日)
『身長:48.3cm』『体重:2,952g』
『名前:芹澤瞭佳』『性別:女』(命名日:2002年8月18日)
ここまで読んでいただきありがとうございました。
この報告が、今後のみなさんの出産に役立てばなによりです。
お疲れさまでしたぁ。



出産......そしてそれから
2日目からは親戚、友人にjan部長、刹那様、刹那弟様、零様のお見舞い(お祝い)ありがとうございました。
更に、木曜日からは24時間赤ん坊も一緒だったので育の夜の寂しさは良くなったそうでした。
おかげで無事退院(土曜日の朝10:30)することができました。
分娩&1週間の入院費は34万円でした。
この費用は出産後、社会保険事務所にいって書類をもらい記入し医師の先生に書いてもらい社会保険事務所に提出すると30万程戻ってきます(振り込み)。
尚、市役所では出生届、住民移動、児童手当等の手続きがあります。
育は平日の日中の出産でしたのでこの金額でしたがこれが休日の深夜だと宮原産婦人科では9万円プラスされます。
退院前日には特休もらって、頂いてあった幼児ベットの組立から荷物の運搬で1日が終わりました。
退院後は一度芹澤家に行き、その後宮本家に帰りました(1ヶ月は宮本家で暮らします)。
退院初日は布のオムツの数が全然足りなくて、翌日ダイエーに買い出しに行きました。(意外に布オムツは薬局に置いてなぁーい)
育の希望もあって一緒に行きましたが、途中貧血気味で倒れかけました。
その後、育にお母さんから1週間の外出禁止令が発令されました。(あたりまえかw)
退院後のお祝いに来ていただきました親戚やお友達の皆様も、本当にありがとうございました。


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