砂漠の国



 無味乾燥な地獄絵図。
 赤い斜陽と、大地を貫く枯れた赤砂の道。
 その両脇に、干からびた子供たちが、死んだように横たわる。

 畜糞が乾いた、いい加減な囲いの中で、露商をやっている男がいた。
 この国の人間は、皆同じ顔をしている。
 彫りの深い貌。浅黒い肌に、大きすぎる瞳。
 さらには、包帯を巻きつけたかのような、暑苦しい衣装。
 例外にもれず、目の前の露商も、この国に入って見たどの男とも見分けがつかない。そんな男だ。
 小麦粉の生地に、なにか赤いものを包んだものを売っている。
 右端の、一番小さなものに、蝿がとまった。
 露商に気にした様子はない。振り払うこともしない。

「これで、その赤いものを、くれ」
 異邦人の客が、現地の言葉でそう言った。言葉は、ひどく拙い。
 旅人が現金ではなく、小さなロザリオを差し出したことに、露商はひどく迷惑そうに顔をしかめた。
「銀だ」
 旅人のその一言で、露商の目の色が変わった。
 慇懃な口調で何事かを呟くと、いそいそと動き始める。
 未開の野蛮人が。ひかりものには目がない。
 旅人の口元が、妖しく歪んだ。
 願わくは。生地に包まれた半液状の赤い物体が、トマトであらんことを。
 その前に、この陳列された物体が、食べ物であることを。
 そして、蝿のとまった右端の物に、あたらないことを。

 前者二つは未だ確認不能だが、最後の願いは神に聞き届けられなかった。
 露商が歪んだ笑顔で差し出してきたものは、右端の一番小さな物だった。
 赤い汁の滴る。その食べ物らしき物体と引き換えに、旅人は銀色のロザリオを手放した。


 ロザリオは純銀ではない。錫か、へたをするとアルミかもしれない。
 価値があるとすれば思い出くらいか。
 昔、キレイな女にもらったものだ。
 顔は覚えているが、名前は忘れた。
 おそらくは、露商は物の価値のわからない異邦人を騙したことに、さぞ喜んでいることだろう。
 ひかりもの好きな露商を欺いたことに気をよくした旅人は、歩きながら、独り小さく笑みを浮かべた。


 ガキ。餓鬼。飢えたる小鬼。
 道際にはそんな小鬼があふれている。
 旅人が食べ物を持ったとたん、今まで、半ば本気で死体かと思っていたガキどもが起き上がり、食を求め、群れてきた。
 露商との一部始終を見ていたのだろう。
 旅人をバカな慈善家とみたガキどもは、互いに互いを踏みはがし合い、灯にまとわる蛾のごとく群れてくる。
 痩せた体。こけた頬。中には服を着てない者もある。
 目だけがこぼれ落ちんばかりに浮き上がり。瞳に揺れる、生への執念。
 むしろ、狂気。
 群れるとひどく臭った。

 自分の足元に押し出された少女を、旅人は蹴った。
 思いのほか、腹に深く入ったらしい。
 小さな呻きのみ。
 悲鳴も、泣き声も上げず、少女はその場に崩れ落ちる。
 途端、旅人が慈善家ではないことを解した子供たちは、今度は蜘蛛の子散らすように離れていった。
 子供たちは、目を伏せ、道端で、再び死んだように横になる。
 旅人は、振り返ることなく歩み去る。
 道の中央に、未だ起き上がれない少女だけを残し。
 赤い道には再び沈黙が訪れた。
 虚しい。旅人は、そう思った。

 風。往来を吹きぬけ、旅人を背中から襲った一陣の砂塵に。
 早くこの国から出て行け、そんな風に言われている気がした。


 気になる視線があった。
 潅木の陰で、ひざを抱えてうずくまる、やはり汚い子供。
 ただ、群れることもなく、逃げることもなかった。
 その大きな瞳に、狂気は宿っていない。生への執着も、なかった。
 旅人を見つめる瞳には、旅人は映っていないように見えた。


「何を見ている」
 旅人は、赤黒い太陽を背に、少年の前にそびえるように立っていた。
 近寄る際、少年の視線は旅人から揺るぐことはなかったが、視界には入っていなかったのかもしれない。
 遠くを見るような心許なさで、わからない、と少年は答えた。
「何を見たい」
 さして考えた様子もなく、別に、と少年を答えた。
 旅人は少年に、赤い、食べ物のようなものを差し出した。
「これで、おまえを、くれ」
 本意か。それとも異邦人である彼に、的確な言いまわしが見つからなかったのか。
 物を買うように、旅人は少年にそう言った。
 受け取った少年は、戸惑った様子もなく、その物体を、ゆっくり口へと運んでいく。
 無表情な顔。感情のない瞳。
 赤い汁が血のように、薄い唇から一筋、流れた。
「来い」
 食べ終わった少年に、旅人は手を差し伸べた。
 旅人の手を取ることなく。立ちたくない、一言、少年はそう告げる。
 行きたくない、ではなく、立ちたくない。
 旅人は少年の脇の下に腕を差し込み、突然抱き上げた。
 少年の顔に、初めて感情が現れる。
 驚きの表情。


 少年の体は、泣きたくなるほど軽かった。
 あまりに臭くて、笑ってしまった。


 風呂に入れよう。
 旅人はそう思った。

 

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