第7節 札幌vs柏(札幌厚別公園陸上競技場)
ゴール記録
前半20分 札幌1−0
ウーゴ・マラドーナがゴール左側約20mの位置からFK。角度がない状況にも関わらず、3人の壁を突き破りゴールネットを揺らす。一節には南のポジショニングが悪かったという話もあるが、それよりも、こんな凄いFKを蹴られるウーゴを褒めましょうよ。ねっ
前半40分 札幌2−0
深川のロングパスが、相手DFの裏を取って飛び出したコータに届く。ドリブルで右側に切りこみ約45度の位置からゴール。コータの18番とも言えるシュートシーンだ
後半8分 柏1−2
後半から出場した酒井が、大野のパスを受けゴール。点数を取られたことは覚えていても、取ったのがにゃおき君だということは忘れてました(苦笑)
後半14分 札幌3−1
ウーゴの鮮やかなスルーパスを受けたコータが南を振りきり無人のゴールへシュートを叩きこむ。そのままコータはゴール裏看板前まで突っ走り観客に投げキッス。女性サポーターめろめろ(爆)
後半30分 柏2−3
得点を決めたのはバジーリオだそうですが、全然記憶にございません(^^;;;
柏台での仇は取った!
私がこの試合を生観戦しようとした最大の理由。それは、「第1ステージで、審判の誤審でせっかくのJ初勝利を台無しにされてしまった、仇を取らなければならない」という憤りである。別に柏サポーターにも、柏の選手にも恨みはない。でも、俺たちはお前たちより強いんだ、ということを絶対に証明しなければならない試合だった。負けるわけにはいかなかった。
余談であるが、その誤審をやらかしたのが、かの有名な北村春央。この事件以来、彼のJでの評判は非常に悪い
試合前、かなり私も殺気立っていた。柏サポーターはどうだか知らないが、多くのコンササポにとっても、この試合は、単に「勝てなければ第2ステージで初の黒星先行」という意味合い以上のものがあったはず。それを知ってかしらずか、この日の主審は当時Jリーグで一番まともな審判だと言われていたレスリー・モットラム氏。(←発表の瞬間、会場から何とも言えないどよめきがあがった。Jリーグ側もこの試合で何かあれば、サポーターが乱闘騒ぎを起こしかねないと危惧していたのだろう)
そして、何よりも、選手たち自身こそが忘れていなかった。あの日、何かを失ってしまったということを…
とにかく試合開始早々から、全員が積極的に、かつ有機的にボールを奪い、すぐに攻めに転じる。相手に自由にボールを回させない。この観戦記を書いているのは実は2003年5月であるが(苦笑)、私が見たコンサの試合の中で、未だにこの試合の前半というのは、一番素晴らしいパフォーマンスが見られた試合である。W杯得点王・ストイチコフを田渕が完全にシャットアウト。彼は何も出来ずに前半だけで退く羽目にあう。この日が生まれて初めてMFとして先発したという深川も、精力的にボールを追いかけ、コータのゴールもアシスト。フェルナンデス監督の思いきった采配がズバリ的中。ほかの選手も、持ち味をいかんなく発揮し、前半を終える時点までは2−0というスコア以上に完全にコンサがゲームを支配していた。未だに私は忘れられない。前半を終えたときの観客の、コンササポの何とも言えないざわめきを。いかんせん、これだけ完璧なコンサの姿など、滅多に見られるものではない。おそらく98年シーズンでは最初で最後だった、と言っても過言ではなかろうか。
ただ、それだけ前半からハイペースで飛ばしてきたということもあり、風下に立った後半はかなり苦戦。開始からまもなくに1点を返された後、コータのゴールで再び突き放すが、その後は防戦一方。まあ、これ自体はいつものことだし、あとは神様・仏様・ディド様…ということで頑張ってもらうしかないわけだが、それ以降のことというと、もう何とか最後までリードを守り抜こうと冷や汗をかきながら応援していたことぐらいしか記憶になかったりする。試合が終わった瞬間というのは、喜びよりも、「いやー、やっと勝てたよぉ。よがっだー」という安堵感の方が強かった。
さて、それにしても、実際の試合観戦から5年も経ってから観戦記を書こうとしても何もかけないもんですねえ(^^;;;
さて、この試合、実は見に行くまでが結構大変なものがありました
■9月22日午後3時ごろ
当日の仕事を終えて、さて午後4時発(ぐらいだったかな?)の札幌行きの飛行機で乗りこもうと意気込んでいた私だが、空港に到着するや否や、飛行機の欠航が決まる。実はこの日、台風が日本列島を直撃中。札幌行きの飛行機は大阪から秋田に飛んできた機材をそのまま使うことになっていたのだが、大阪方面で飛行機が飛べる状況ではなかったため、ドミノ倒し式で札幌行きの飛行機も欠航が決まったわけだ。
ちなみに、23日午前中の飛行機となると、11時発。これを使っていたは13時キックオフの試合に厚別に駆け込むとしても本当にギリギリ。そもそも、そのチケットが取れるかどうかさえよく分からない(ここで飛行機がキャンセルされたということは、当然翌日の朝の便は大混雑であろう)
これではいけない。せっかくの因縁の対決。もっとちゃんと応援しなければ…。ということで、ここであてもなく急きょ、JRでの札幌入りを決断する。寝台急行を使えば当日朝にはたどり着けるはず
■午後3時半ごろ
空港までは自家用車でやってきていたが、これから自宅に車を置きに戻っていては時間が勿体無い。というわけで、駅に行く途中にあるボウリング場の駐車場に勝手に車を止めさせてもらい(駅に止めると金取られるしさぁ)、そこからタクシーで駅に向かう(タクシーチケットあるしさぁ(^^;;; )
■午後4時ごろ
ところが、JR秋田駅についてみると、寝台特急北斗星など、夜中に道内を通る列車は軒並み運休。その時間に台風が直撃する可能性がある以上、列車を運行することはできない、という見解らしい。この時間からなら、一番めいいっぱい行けたとして、函館まで。あとは何もなければ翌朝7時ごろ発の特急スーパー北斗に乗れば10時ごろには札幌入りができるということ。これなら、キックオフには間に合う。もうもたもたしている時間はない。それで覚悟を決める。ただ、問題は函館でどうするか…ホームレスと一緒に駅で寝る?(^^;;;
■午後7時ごろ
秋田から特急たざわ(現かもしか)で青森着。次の乗り換えである特急はつかり(函館行き)まで1時間ほど時間がある。天気予報では台風一過となる、という話もあるが、天気予報など外れることが多いし、時間もあいているので、駅のデパートで、雨に濡れたときに備え着替えを購入しておく。まったくもって、そんな準備さえせずおっとり刀で飛び出してきたわけだ。困ったもんだ(^^;;;
■午後11時ごろ
函館着。台風の進路によって急きょ列車が走ることになった、ということもなく、ここで今日は足どめ。ただ、不幸中の幸いとしてドラえもん列車を急きょホーム上に待機させてくれていた。列車ホテルというわけだ。いやー、助かった。駅の階段で寝なきゃならないのかと思ってびくびくしてましたから。まあ、それなりに眠ることができた
■23日午前7時ごろ
とりあえず特急は「徐行運転をしながら」ということで定刻通りに出発はする。ただ、こんなにのんびり走っていて間に合うのかなぁ。かなり焦る
■午前10時半ごろ
とは言っても、結局それほど遅れることもなく新札幌に到着。本来ならここからシャトルバスに乗って厚別に向かうものなのだろうが、当時の私はそんなバスがあることも知らなかった(苦笑)地下鉄で大谷地駅に向かい、徒歩で厚別へ
■午前11時20分ごろ
開門からまもなくの時間に厚別着。ゴール裏中心部まん前こそ埋まっていたものの、キックオフ1時間半前のこの時間に厚別に到着しても、ちゃんとホーム側ゴール裏の立って応援をするスペース(当時は「熱狂サポーターゾーン」という区分けはなく、何となくここは立つ場所、座る場所、という雰囲気になっていた)は空いていた。むしろ柏サポの方が人数が多かったくらいである。もちろん、時間が来れば段々人数は埋まっていくのであるが…
■午後3時半ごろ
試合が終わってから、当時niftyのメンバーがよく集まっていた競技場近くの焼肉屋「牛や」でoff会。この日はNHKが生中継をやっていたため、そのビデオを見ながらみんなでわきあいあいと楽しむ。ただ、コンサの3つのゴールシーンは「あ、それもう一回」などと何度も巻き戻したりするので、ハーフタイムを早送りしているにも関わらず時間がかかるかかる。
余談だが、この日の解説は加茂周氏。3点目のコータのゴールは「いやー、すばらしいですねぇ」って解説じゃなく、感嘆するだけ(^^;;; 一同バカ受け。でも勝った試合だから何でもOK(笑)
■午後6時ごろ
ただ、サッカーを見た後寝にきただけ、という息子に両親呆れ顔(^^;;;
■24日午前10時ごろ
無事秋田空港に戻ってくる。ボウリング場に車を引き取りにいって、無事帰宅。こんな無茶苦茶な観戦ツアー、当時はもう二度とやらない、と思っていたんだけどなぁ(^^;;;