コンサドーレ札幌万歳 トップ とはもの

歴代コンサ監督 de マイエンジェル

名前
エンジェルキャラ
動物占いキャラ
特徴とコンサ時代の成績
第10代

柳下 正明
Masaaki Yanagisita

2004−

1960.1.1生まれ
ま)教師
地球)狼・茶
選手時代からヤマハ→磐田一筋。ユースコーチ、トップチームのコーチなどを長く務め、若手育成には定評がある。2003年、満を持してトップチームの監督に就任。若手に出場機会を与えつつ、2002年より大幅にダウンした戦力を何とか活用しながら、リーグ戦年間2位、ナビスコ杯4強、天皇杯制覇という好成績を残した。
しかし、フロントとの軋轢もあってか、天皇杯Vを花道に磐田を退団。2004年は初めて、磐田以外のチームで仕事をすることとなった。
キャリアは十分だし、若手育成を進める方針のコンサにはうってつけの人材だったものの、出来の良くない“生徒たち”相手に、J2では難しいと言われる「攻守にわたり自らボールを支配し、コントロールできるアクションサッカー」を教え込もうとしたため、1年目は最下位と大苦戦。それでも、少しずつではあるものの、チームが生まれ変わろうとする姿が見えていることもあり、サポーターからの信頼は厚い
【2004年】J2    5勝24敗15分け 12位
       天皇杯 3勝1敗    ベスト8
【2005年】J2    17勝15敗12分け 6位
       天皇杯 0勝1敗    3回戦敗退
【2006年】J2    0勝0敗0分け ★位
       天皇杯 0勝0敗
【通算成績】     25勝41敗27分け .378

←前任者のお蔭で学級崩壊を起こしてしまったコンサ組の再生、牛歩ながら確実に前進しているようです
←日本を代表する名門チームの監督の座を捨ててまでJ2の弱小チームに入団するところは、やっぱり変わり者?
第7代、第9代
張 外龍
Chang Woe-Ryong

2002
2003

1959.4.5生まれ
宅)お婿さん
地球)虎・橙
韓国出身。V川崎時代は、ライセンスを持たない李総監督の下で、監督を務めていたが実質的にはコーチ。「監督代行」を務めたことも少なくない。
「トップチームと若手とのパイプ役」を望んだ岡田武史監督(当時)の意向で2001年からコンサ入り。若手の指導・育成に関する手腕には定評があるが、2002年、2003年と、前任監督の更迭・辞任を受けスクランブル登板となったトップチームの監督としては、力量不足で散々な成績に終わった
【2002年】J1第2S 3勝9敗    16位 J2降格
       天皇杯 0勝1敗    3回戦敗退
【2003年】J2    4勝10敗4分け 9位
       天皇杯 2勝1敗    3回戦敗退
【通算成績】     9勝21敗5分け .300

←気配り上手なところはコーチにはぴったりなのだろうが…
←面倒見の良さが虎の特徴らしい。これもコーチ向き、という結果だな
第8代
ジョアン・カルロス
Joao Carlos
Da Silva Costa

2003

1956.1.15生まれ
宅)アイドル
太陽)ゾウ・銀
Jリーグ歴代監督の中では珍しく、プロサッカー選手としてのキャリアを全く持っていない。大学でコーチ学を学び、フィジカルコーチ、監督などを歴任してきた理論派。鹿島アントラーズでリーグ制覇(96年、97年1st)、名古屋グランパス時代に天皇杯制覇(99年)を果たすなど、日本での実績は十分な一方、セレッソ大阪のJ2降格阻止に失敗(01年)したり、選手とトラブルを起こすことも多く、その評価は分かれるところ。コンサで歴代監督が失敗していることを知りながらも、敢えて4バック導入に挑戦し、攻撃サッカーを標榜。一定の成果は残したものの、選手を一つに束ねることはできず、怪我人続出もたたり成績は迷走。8月の新潟戦の大敗を機に匙を投げた格好でチームを去った。それにしても、イバンチェビッチ氏といい、もう少し腰を据えてコンサを根幹から立て直してほしい、と思える人材にことごとく逃げられてしまうんですね。このチームは…
【2003年】J2 9勝8敗9分け .470

←シーズン前は、hfcの意向でジャージ采配する、との報道もあったが、結局はスーツで采配。ジャージは似合わない、というのはアイドル系だから?
←4バックで行く、と一度決めたら、多少うまくいかなかろうと、最後までやりとおす頑固さこそゾウの特徴らしい
第6代
イバンチェビッチ
Ivancevic Radmilo

2002

1950.9.4生まれ
宅)カメラマン
地球)コアラ・青
ユーゴスラビア出身。母国のほか、スペイン、キプロス、クウェート(←代表チーム)などでの豊富な指導歴と、「サルベージ」の異名を持ち、2部降格のピンチを招いたチームの救出に実績があるということで急きょ招聘された。コンサとしてはフェルナンデス監督以来久しぶりの外国人監督。バラエティーに富んだ練習メニューが好評で、人格的にも素晴らしい人だったが、特定の選手を重用し、型にはめた采配に終始。内容は格段に良くなったものの、運に見放されたように勝てない試合が続いたため、チーム内の不協和音を増大させることになってしまった。
9月15日、神戸相手にホームゲームで痛恨の黒星を喫した後、hfcに「No Idea」との言葉を吐いたため、やむを得ず解任。この時点で2002年のコンサは終わってしまったも同然だった
【2002年】J1第1S 1勝7敗    16位
       第2S 0勝2敗1分け 16位
【通算成績】     1勝9敗1分け .100

←自分のこだわりを曲げない頑固さは、巨匠と言われるカメラマンに通じるものがあるのかな?
←ファンへのサービス精神は旺盛だったと思います
第5代
柱谷 哲二
Tetsuji Hashiratani

2002

1964.7.15生まれ
腕)
ボディービルダー
新月)たぬき・緑
現役時代は「闘将」として、激しいマークとキャプテンシーで、日本代表主将などで大活躍。引退後、S級ライセンス取得中にもかかわらず、(岡田前監督の推薦で?)hfcからオファーが来たため、二つ返事で監督就任を受諾。
戦術眼、選手交代などについては評価をする声も少なくなかったが、その高度な戦術を浸透させるだけの指導力がゼロに等しいほど欠けており、「目標は優勝」というスローガンは見事に掛け声倒れ。サポーターからの評判は最悪(メ-_-)凸
W杯中断期間中、hfcは、彼の指導力不足を補うために、イバンチェビッチ氏をコーチとして招聘に乗り出していたが、氏がさらに別のコーチを連れてくることに「それなら俺が監督を続ける意味がない」と異議を唱えたため、解任となった。「教える」ということに関しては完全に力不足だったことが一番の問題だが、それを見極められずに、ライセンス取りたての人間をトップチームの監督に据えてしまったhfcも責任は免れまい。
現浦和サテライト監督。いくら現役時代に優秀な選手、主将だったとはいえ、このような下積みを経なければ、監督として良い仕事など出来るはずもない。案外、コンサ時代の挫折をバネに、名監督に変貌するかも…(←しない、に1000点(^^;;; )
【2002年】J1第1S 1勝6敗    16位
     ナビスコ杯 1勝3敗2分け 予選敗退
【通算成績】     2勝9敗2分け .181

←実際に筋力が強いかより見た目重視の競技者と、実際にそんな実力があるかどうかを省みず「目標は優勝」とぶちかます男。通じるところがあるかな、とか言うと、本職のボティービルダーに失礼かしら?
←「今年、コンサドーレは優勝します」という大言壮語にすっかり化かされてしまったサポーターもいましたよね?(苦笑)
第4代
岡田 武史
Takeshi Okada

1999〜2001

1956.8.25生まれ
腕)F1レーサー
太陽)チータ・黄
日本代表を初めてワールドカップの舞台に導いたことでつとに有名なので改めて紹介するまでもないかも(^^;;;
hfcがコネも何もない中で、体当たりで実直なオファーをしたことが奏功、安い年俸にもかかわらず、並み居る他チームを抑えて監督招致に成功した
綿密で用意周到な戦略を練ることに長ける半面、かなり短気で、劣勢に立たされると滅茶苦茶な選手交代でさらに自滅してしまうこともあるのがお茶目。コンサ在籍時代は監督としてチームをJ1復帰に導いただけでなくhfcの赤字体質改善、少ない資金でそれなりに戦えるチームを作るノウハウの構築など、今後のコンサの礎となるものを多く残してくれた。
2001年シーズン終了後、惜しまれつつチームを退団。現横浜マリノス監督
【1999年】   J2 17勝13敗6分け 5位
     ナビスコ杯 1勝1敗    1回戦敗退
       天皇杯 2勝1敗    3回戦敗退
【2000年】   J2 31勝4敗5分け 優勝、J1昇格
     ナビスコ杯 0勝2敗    1回戦敗退
       天皇杯 3勝1敗    4回戦敗退
【2001年】J1第1S 6勝6敗3分け 8位
       第2S 4勝9敗2分け 14位
     ナビスコ杯 1勝1敗    1回戦敗退
       天皇杯 0勝1敗    3回戦敗退
【通算成績】     65勝39敗16分け .625

←レーサーというより、緻密な計算とほとばしる情熱でチームの勝利に貢献するピットクルーの方がお似合いのような気がする
←プライドの高さ(そう露骨に口にはしないが、半端ではない負けず嫌い)、好奇心の強さ(そもそも、こんな貧乏チームの監督をやってみようと思うところ(^^;;;)、早とちりでお人よし(突然でたらめな采配をして周囲を驚かせることもあるところ)など、チータ的な性格は結構ありますね。そういえば、岡田政権時代はバーベキューパーティーも多かったな。焼肉好きもチータの特徴だとか(笑)
第3代
石井 肇
Hajime Ishii

1998

1947.5.26生まれ
ま)警察官
太陽)チータ・緑
フェルナンデス政権発足と同時に、大塚から引きぬかれて、ヘッドコーチを務めてきたが、フェルナンデス監督の電撃解任を受け、スクランブル登板。非公開練習を多用し、高度な戦術を駆使しようとしていたらしい(←本当か?)のだが、J1参入戦では、選手たちのモチベーションを高めることができず、4戦全敗というまさかの結果を生み出す。これではクビを切られたフェルナンデス監督も浮かばれまい。故に、ファンか信頼されていない。まあ、あの状況で監督を引きうけさせられても結果を出せないのは仕方ないのかな、とは思うが…
1999年は、岡田監督の意向で再びヘッドコーチに就任。2000〜2002年はスカウティング担当として働いていたが、2002年オフに退団した
【1998年】 J第2S 3勝3敗 10位
     J1参入戦 0勝4敗 J2降格
       天皇杯 2勝1敗 4回戦敗退
【通算成績】     5勝8敗 .384

←駐在所長として無難に仕事をこなしていた人間を、いきなり警察署長に抜擢したけどうまく行かなかった、という感じか。でもそりゃ当たり前じゃん(^^;;;
←あんまり当たってないような気が。だって岡田監督とはずいぶん違うタイプの人でしょ? あえて当たっているところを探せば「諦めが早い」ところ? まさかねー(^^;;;
第2代
ウーゴ・フェルナンデス
Hugo Fernandez

1997〜1998

1945.2.2生まれ
ま)お婿さん
地球)コアラ・青
ウルグアイ出身。同国の名門クラブ・ナシオナルをトヨタカップ優勝に導くなど、世界レベルでの実績を誇る監督を、東芝時代からの縁で招致。「チームはファミリー」を合言葉に、JFL所属チームとして最初で最後のナビスコ杯予選リーグ突破、ぶっちぎりの成績でのJリーグ昇格、といった結果を残しただけでなく、サポーター・マスコミを大切にし、多くのサポーターからも愛された。
1998年は思うような結果ができず苦戦していたが、それでも「J1参入戦になればやれるだろう」と信じていたところで、なぜか(名古屋戦での劇的な勝利の直後に)hfcが解任に踏みきる。金銭トラブルが有ったという話はあるが、いずれにせよ、コンサのJ2降格の最大の要因は、この不可思議な解任劇でチームが空中分解してしまった、ということにある、と私は見ている。そのくせ、その断をくだした最高責任者の田中良明は2002年までチームに居座るしさぁ…
【1997年】  JFL 26勝4敗    優勝、Jリーグ昇格
     ナビスコ杯 2勝3敗3分け ベスト8
       天皇杯 2勝1敗    3回戦敗退
【1998年】 J第1S 4勝13敗    16位
       第2S 5勝6敗    10位
     ナビスコ杯 1勝3敗    予選リーグ敗退
【通算成績】     40勝30敗3分け .571

←「家族」の和を大切にする人でしたね
←イバンチェビッチ氏もそうだが、ファンの心をつかむのがうまい監督って好感が持てますし、応援したくなりますよね。
初代
高橋 武夫
Takeo Takahashi

1996

1947.5.13生まれ
腕)F1レーサー
満月)ひつじ・青
1988年に東芝の監督に就任。JSL2部に所属していたチームを1部に昇格させ、その後も、JSL、JFL中堅チームとして定着させるなど手腕を発揮。コンサ元年となった1996年は、J経験者らを大量に補強した割には、あまりぱっとした成績は出せなかったものの、コンサを札幌市民に愛されるチームへと育てた実績は高く評価されよう。
97年は総監督としてフェルナンデス監督の招致やウーゴ・マラドーナ、ディド、バルデスといった実績のある選手の獲得に尽力。同年末で退団はしたものの、道内でサッカー教室を開催するなど、現在でもコンサを陰ながら応援してくれている方だと、私は信じています
【1996年】JFL 20勝10敗 5位
     天皇杯 2勝1敗 3回戦敗退
【通算成績】   22勝11敗 .666

←コンサ誕生にあたり、プロ化構想を持っていなかった東芝首脳陣を必死で説得し、正式に移転が決まる前から道内に新居を構えてしまったという逸話もあるほど。行動は素早い
←1997年のJFL優勝、Jリーグ昇格は、フェルナンデス監督や、バルデスをはじめ、多くの有能な選手の獲得に尽力してくれたこの人あってこそ、という人も少なくないであろう。人脈づくり、情報収集が得意なひつじならでは。ただ、後先省みず金をつぎ込みすぎた、というきらいは無きにしもあらずだが(^^;;;
エンジェルトップ とはもの コンサドーレ札幌万歳